第十三話
辺りは静まり返った。一瞬のうちに起きた出来事を、脳が処理できていなかった。
水柱は収まり、水柱を立てた元凶は、水を含んだ砂を巻き上げて、波打ち際に着地した。
一つ、二つ三つ、四つ。その数はどんどんと増えていく。
と同時に、静止していた群衆の中から、叫び声が上がった。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
一人が叫べば、他も叫ぶ。
またある人は丘に向かって走り出す。他もそれを追い、雪崩のような勢いを起こした。
子供も大人もごっちゃまぜ。
自分たちが持ってきたパラソルも、幅広の麦わら帽子も、潮干狩り用の鍬も、果ては誰が持ってきたのか分からないサバイバルの御供、三叉の銛すら、砂浜に散乱する始末だ。
着地した元凶は、口をパクパクと動かして、別個体と何か話しているようだった。
――*――*――
キキ達は、その姿を立ったまま眺めていた。
上司たちも後からミカに追いつき、現況を目に納めた。
アイは、驚きのあまり絶句した。
「あれは……、あれは……………」
「魚人、つまりは、敵!」
アイの口からは出てこなかった言葉を、キキが代弁した。
というよりも、我慢が出来なかったのだろう。
相手は、人間の体に魚の特徴を乗せたような怪物。頭に背びれが、首にエラが、腕や足にもヒレと思しき器官が付いており、体全体が青白い鱗に覆われている、気色の悪い怪人。
また水柱が上がった。追加要員が次々に上がってくる。
「なあ、人のいない今なら、ここで変身してもいいだろ?」
上司さんの顔を睨みつけながら、キキは問うた。
その顔は、もう導火線燃え尽き寸前の爆弾みたいだ。
「ちょちょちょ、それはまずいかな! この時代、どこで何されてるかわかんないから……」
キキに制止をかけつつ、上司さんは肩にかけた鞄を急いで探り始めた。
数瞬の後、上司の顔がぱあっと華やいだ。
「これで問題解決! それぃ、発煙トウ!」
上司さんの放り投げた五つの発煙筒は、即座に燃え出し、五色のうるさい煙を吐き出した。
「うわ、何この趣味悪い発煙筒は?」
「そんなこと言わないの! これで姿はおろか、音や温度さえも外側からは感知できないんだから! それに加えて、その近辺の記憶をちょびっと消す得能付きだよ☆」
「それは私たちに対して大丈夫なんですか……?」
「大丈夫。うちの人間には効かないように作られてるらしいから」
「あら、それなら安心ですわね」
ミカ一行が話している間に、前方から二つの閃光が放たれた。
直後に、どちらかが踏み込んだのであろう、砂がミカ一行の周りに飛んできた。
「いてて……。さてと、んじゃ、変身しますかね、お二人さん?」
「はい」「分かりましたわ」
ミカの号令で、三人も一足遅れて光に包まれた。
「君たち、無理はしないようにね?」
「大丈夫ですわ」
「右に同じです」
「いやー、頼もしい後輩だ。まあ、そういうこってすよ、上司さん」
「んじゃ」と片手を振って、ミカは後方へ跳んだ。
レイ、アイは前方へと突き進んでいく。
「キキ先輩、私たちはどうすれば?」
耳のインカムに手を当てて尋ねてみても、アイの声に応える先輩の声は届かず、砂嵐のようなノイズ音だけが耳に入ってくる。
「あ、ごめん。インカムもこの煙の妨害を受けちゃうの!」
上司からの追加情報に、アイは閉口した。
「つまり私たちがまずやるべきは、この煙を抜けて、キキ先輩と合流すること、ですわね」
レイが笑いかけてくる。「ふふふ」と余裕をもって笑う彼女の顔を見て、「そうですね」と答え、アイは一段と速度を速めた。
「煙、断っちゃいますわね!」
煙を抜けると言った舌の根の乾かぬ内に、この奴隷然とした姿の淑女は、今日では剣闘士の代名詞としても知られている片手剣、グラディウスソードを振り上げ、上段からから一気に振り下ろした。
煙は太刀筋に従うようにざっくりと左右に分割され、次の瞬間、風圧で直線状の道を開いた。
「さあ、いきます……わよ?」
「…………」
二人の足は、次第に速度を緩め、まだ波打ち際まで距離があるというのに完全に止まってしまった。
何故か? 答えは簡単だ。
敵が、全て打ちのめされていたからだ。
銛とパラソルをそれぞれの手に携え、麦わら帽子を風でなびかせている、水着の魔法少女によって。




