プレイ・ザ・レトロゲーム〜RPG編〜
「ガサ入れだあ!」
お盆明けの、平日午前十時。
うだるような暑さの中、エアコンも点けずに、僕は両親の寝室のクローゼットをガサゴソやっていた。
別に、両親のアレやコレやを探しているわけではない。
今朝、朝食を食べている時の事だ。
一体何の話から飛んだものだったかは忘れてしまったが、親父があの伝説の『ツインカミコン』を所持している事をカミングアウトしたのだ。
別に隠し持っていたわけではなくて、単に昔遊んだゲーム機をしまっていたというだけなのだけれど。
中一の僕が生まれる前、両親が結婚する前から親父が持っていたものらしい。
カミコンであれば聞いた事があったのだが、ツインカミコンなどというものは寡聞にして知らなかった為、ネットで調べてみた。
実に興味深い機体であった。
普通のロムソフトに加え、フロッピーディスクに書き込んだゲームもプレイ出来る『ディスクシステム』を搭載しているのだ。
ディスクシステム。
…………。
ディスクシステム。
…………。
カッケー。
というわけで、僕は両親の許可をちゃんと得て、二人が出社したあと、堂々と寝室のクローゼットを漁っているというわけだ。
冒頭の『ガサ入れだあ!』は単なる景気付けで、全く何の意味もないのだった。
何にも考えてない中一男子の、おちゃらけのノリである。
程なくして、備え付けのハンガーラックの奥から、ツインカミコンの入った紙袋が出てきた。
擦れて黄ばんで、なかなかに年季の入った紙袋だ。
恐らく、実家から持ち出した時からこれに入れているのだろう。
アラフォーのくせに年甲斐もなく、毎晩のようにFPSのオンラインゲームに興じている親父は、自他共に認める、と言っても母からしか聞いていないが、ゲーマーである。
そんな父の事だ、結婚の際にも『これだけは』だなんて言いながら、後生大事に持ってきたものに違いない。
まあいい。
ところで、僕もゲーマーだ。
こんなツインカミコンの話を耳にして、やってみたいと思わないわけがない。
母は、そんな僕と父に対して『このゲームオタクどもめ』だなんて蔑視の眼差しを向けてくるが、僕の学校の成績はそこそこ上位グループに属している為、ゲーム機を取り上げられるなどの実害を被った事はない。
まあいい。
そんな事は今、どうでもいいし、どうだっていい。
ツインカミコンの入っていた古い紙袋に、二十本余りのゲームソフトを見つけたのだ。
やらない手はなかろうて。
やらずして、何がゲーマーであろうか。
言うなればこれは、ちょっとした宝の山だ。
これだけの数があれば、あと二週間程の夏休みもさぞや充実したものになるだろう。
ウェヒヒ……。
ほくそ笑み、そんな事を考えながら手早くゲーム機本体の接続を終える。
「さーて、何から始めようかな?」
紙袋をひっくり返し、色とりどりのゲームソフトを物色する。
「んーと……お、この白いソフトは」
VITAL FANTASY Ⅱ。バイタルファンタジーツー。
帝国軍に故郷を追われた主人公たちが、小国の王女率いる反乱軍に身を寄せ、帝国の使役する魔物を倒し、様々な犠牲を伴いながらも皇帝を討ち倒し平和を取り戻すという、今もなおRPGの最高峰として君臨し続ける名作シリーズの第二作である。
というのは勿論まとめサイトの情報であり、これをザッと流し読んだ末、これをプレイする事に決める。
ガチャリとロムソフトを挿し込み、電源を入れる。
♪トゥルルル↑トゥルルル↑トゥルルル↓トゥルルル↓
トゥルルル↑トゥルルル↑トゥルルル↓トゥルルル↓……♪
そこはかとなく厳かな雰囲気の調べに、否応なく気分が高まる。
ポチッとAボタンを押すと、オープニングを飛ばしてスタート画面が表示された。
NEW GAMEと……CONTINUE?
このソフト……セーブデータが残ってるぞ?!
つまりは、若かりし頃の親父のセーブデータに相違ない。
自他共に認める——他の方は母からしか聞いた事がないが——ゲームオタクの親父のセーブデータである。
こいつは確認せざるを得ない。
僕は迷わずCONTINUEを選択し、スタートボタンをプッシュした。
画面がセーブデータ表示に切り替わる。
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セーブ1| まーくん たいぞう
| こうぞう ゆっこ
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セーブ2| まーくん たいぞう
| こうぞう ゆっこ
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セーブ3| まーくん たいぞう
| こうぞう ゆっこ
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セーブ4| まーくん たいぞう
| こうぞう ゆっこ
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…………。
確かまとめサイトによると、主人公たちの名前はフリオなんとかとか、レオンなんとかだった気がするのだが……。
…………。
多分、この『まーくん』というのは、親父の名前だろう。
僕の父の名前は福原雅治であるから、恐らく、いや間違いなくそうだろう。
…………。
で、でた〜wデフォ名があるのに、主人公に自分の名前を付ける奴〜〜ww
だなんて、ネット掲示板のスレッドタイトルになりそうな御業の主は、なんと僕の父だった。
なんだか頭痛がしてきた。
仲間の名前も、なんだこれは。
『たいぞう』に『こうぞう』? たいぞうにこうぞうだぞう?
ぞう率高っ! 五十パーセントにも及ぶじゃないか。
友だちの名前かなあ?
それに唯一の女キャラの名前が……『ゆっこ』だぞう?
いや、ゆっこだとう?
母の名前は『かずえ』である。断じて『ゆっこ』なんて愛称が付くような名前ではない。
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セーブ1| まーくん たいぞう
| こうぞう ゆっこ
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全体で見ても『まーくん』『ゆっこ』に対して、『たいぞう』『こうぞう』のモブキャラ感は異常だ。
大体、そもそも、だ。
各キャラに顔絵が有るのだが、どいつもこいつも、何処からどう見ても『まーくん』『たいぞう』『こうぞう』『ゆっこ』の顔じゃない。
バリバリの西洋フェイスだ。
参考までに、その他のサブキャラ達の名前を羅列してみると、『ゴードン』『リチャード』『ヒルダ』『ヨーゼフ』などである。
こうして見ると、帝国軍、反乱軍に加え、東方軍みたいな第三勢力の存在さえ浮かび上がってきそうじゃないか。
だがしかし、そこはまあいいとしよう。
問題は他にあるのだ。
というのも、このセーブデータは父の若かりし頃のデータだ。の、筈だ。
それで、まあ多分、たいぞうとこうぞうは友だちの名前だとして、じゃあこのゆっこは?
……もしかしてだけど。やっぱり、親父の好きだった女子の名前、なんだろうな。
…………。
で、でた〜wゲームの女キャラに、好きな女の名前を付ける奴〜〜ww
なんと、僕の父である。
完全なる黒歴史じゃないか。
…………。
親父、親父よ。貴方の黒歴史を今、息子の僕が目のあたりにしています。
心の叫びが丁寧語になっちゃうくらいには、気が動転してしまう僕だった。
それに、なんで同じデータを四つも作っているんだ?……ああ、そういえば聞いた事がある。
この当時のゲームソフトのセーブデータは、結構簡単に飛んでしまうものらしかった。
だからと言って、全く同じデータを四つも作るなよ、と言いたい。
そんなにゆっこが大事なのか?
それに、データが飛ぶ可能性を考えてバックアップを四つ作ったというのなら、言わば同じメディア上にそれが有るのでは、意味がないんじゃないか?
三つ飛んで一つだけ生き残るなんて事が、果たして起こり得るのだろうか?
……ヤメよう。
そう思って、僕は電源を落としてバイファンのソフトを抜いた。
だって、帰宅した親父に「ショウ、お前何のゲームやってんだ?」と聞かれたら、何て答えれば良いのか、僕には分からない。
セーブ1に僕のデータをセーブしたとして。
その下に居並ぶ三つの親父の黒歴史を、親父自身が目にした時の事を思えば、わざわざそんな微妙な空気を醸し出すのは、どうにも憚られるというものだ。
僕は空気を読める方の人間なのだから。
まあいい。
幸いにして、ゲームソフトはまだ他にも沢山ある。
僕はその中の一本、黒いソフトを手に取った。
タイトルは『ドラゴンコンテストⅢ〜そして伝説へ〜』である。
バイタルファンタジーシリーズがRPG最高峰なら、このドラコンⅢは、間違いなくRPGの金字塔と言えよう。
勿論、ソースはまとめサイトだ。
ソフトを本体にガチャリと挿し込み、電源を入れる。
♪デンデロデンデロデンデロデンデロデンデン!♪
うわあ、びっくりしたあ!
なんだこの空恐ろしいBGMは?!
『ざんねんですが、あなたのぼうけんのしょ1は きえてしまいました』
『ざんねんですが、あなたのぼうけんのしょ2は きえてしまいました』
『ざんねんですが、あなたのぼうけんのしょ3は きえてしまいました』
な、なにいーっ?!
ぼうけんのしょっていうのはつまり、セーブデータの事だよな?
それが消えた……三つとも?!
ついさっき、同一ロムソフト内に同じデータを複数保存する事の是非について、考察したところじゃないか。
全部消えちゃった! バックアップ意味ねー!
僕は電源を落として、ドラコンⅢのソフトを抜いた。
親父のセーブデータを飛ばしてしまった事の失望感よりも、電源を入れた瞬間の
♪デンデロデンデロデンデロデンデロデンデン!♪
というBGMが心臓に悪すぎて、なんだかやる気が削がれてしまったのだ。
ごめん、親父。親父のセーブデータ、飛ばしちゃった。
どうせ名前は『まーくん』御一行なのだろうけれど、勇者まーくんの物語は、僕が看取りました。
ドラゴンコンテストⅢ〜そしてまーくんのデータは伝説へ〜
これにて完結である。
まあいい。
ドラコンⅢがダメなら、ドラコンⅡだ。
例によってまとめサイトによれば、Ⅱ以前はセーブデータではなく、復活の呪文という名のパスワード制だ。
これならセーブデータが飛ぶ事も、親父の黒歴史を目撃する事もあるまい。
そう思い、僕はドラコンⅡの黒いソフトを拾い上げる。
ん、なんだこれ?
何気なく裏表を検めた時、ソフト裏面のなぐり書きに気付いた。
『スタート セレクト おわる』
……隠しコマンド?
取り敢えずドラコンⅡのソフトを本体に挿し込み、電源を入れてみる。
厳かにタイトルロゴが表示され、雄大な雰囲気のBGMが流れる。
だが、どうも隠しコマンドを入れられそうにないので、やはりネットで検索する。
第二王子と王女の名前を決められる隠しコマンドらしい。
親父の奴……まさかとは思うが、王女に『ゆっこ』と付けたいが為に、この隠しコマンドをあろうことかゲームソフトに直書きしたというのだろうか?
さっきのバイファン2のセーブデータ程じゃないけれど、これも結構な黒歴史じゃないか……。
勘弁してくれ親父、あんたの半生、真っ黒だよ。
息子の僕は恥ずかしいよ。
まあいい、取り敢えず始めよう。
—————なまえを いれてください—————
|****|
——————————————————————
名前かあ。
僕の名前は『しょうたろう』なので、そのように入力する。
—————なまえを いれてください—————
|しょうた|
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……むう。
*が四つしか並んでいなかったのでまさかとは思ったが、どうやら名前は最大四文字しか入れられないようだ。
しょうたかあ。
僕の名前は『しょうたろう』であって『しょうた』じゃない。
ちなみに漢字は『承太郎』。
親父は僕に、某有名漫画の主人公の名前を付けたかったらしい。
名前を決める際、メモ帳にでかでかと、それこそなぐり書きのようなフォントで、産後間もない母に見せ付けたと聞いている。
母も一発で気に入ったらしく即断で決まったのだが、父がフリガナを打っていなかったので、母は『しょうたろう』と読んでしまい、そのまま母の独断で出生届を提出してしまったのだ。
『まーくん』だ『たいぞう』だ『こうぞう』だ『ゆっこ』だと、ゲームであれほど名前を決めていたクセに、息子の名前で致命的なミスを犯すのが、僕の父なのである。
父は言っていた。
「ショウの事、ジョジョって呼ぶお父さんの計画が台無しになったよ」
何を勘違いしているのか。
漫画の承太郎は、『じょうたろう』だからジョジョと呼ばれているのではない。
空『条承』太郎だからジョジョと呼ばれているのだ。
僕の苗字は『福原』であり、『福原承太郎』と書いて『ふくはらしょうたろう』である。
そのせいで、親父には言っていないが、学校で一部の女子からは『ハラショー』と呼ばれている僕なのだ。
父の願望は、少々捻じ曲がってはしまったが、ある意味非常に語呂の良いあだ名となって叶えられた。
それはさておき。
どうにかして『しょうたろう』っぽい名前にならないだろうか……。
—————なまえを いれてください—————
|しょたろ|
——————————————————————
お、ちょっとおかしいかもしれないが、『しょうた』よりは遥かに『しょうたろう』っぽい。
これでいこう。
ここで『おわる』にカーソルを合わせて、Aボタンを押せば晴れてゲームスタートなのだが、折角親父がダイイングメッセージのようななぐり書きで、隠しコマンドの存在を示してくれているので、これを入力して、仲間の名前も決めようと思う。
—————なまえを いれてください—————
|****|
——————————————————————
特に表記が変わっていないのが不親切ではあるが、これは第二王子の名前を決める画面らしい。
なんて名前にしようか。
やっぱりここは親友の『じょうじ』にするべきだよな、うん。
—————なまえを いれてください—————
|し゛ょう|
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『じょうじ』どころか『じょう』でもなく、『し゛ょう』になっちゃった!
たった四文字しか入れられないのに、濁点が一文字に勘定されちゃったよ。
何なんだよ、『じょうじ』っぽい名前にするにはどうすれば良いんだ?
濁点を取ってみるか?
—————なまえを いれてください—————
|しょうし|
——————————————————————
ふははははは、しょうし千万、うぬの力など、そんなものか!
…………。
誰の台詞だよ。
流石に『しょうし』はあり得ないか。
じゃあ『しょたろ』パターンでいくか……『じょじ』で女児っぽくなっちゃうけど、『じょう』よりは『じょうじ』っぽいだろう。
—————なまえを いれてください—————
|し゛ょし|
——————————————————————
しまった、女児どころか女子になっちゃった!
なんだよもう、濁点め、存在を主張し過ぎだろ。
仕方ない、こんな呼び方はした事がないので親近感がイマイチ湧かないが、『し゛ょう』でいくしかないか……。
—————なまえを いれてください—————
|****|
——————————————————————
またしても同じ表記だが、今度は王女の名前を入れる画面になっている。
…………。
な、なんだこの気持ち。
何故だか急に、僕が好意を寄せるクラスメイトの顔が浮かんできたぞ?
恐るべきは、女キャラの名前入力画面の魔力!
父は、この誘惑に屈したというのか……。
今なら親父が『ゆっこ』と入力した気持ちが痛い程によく分かる。
くそう、このままでは……。
このままでは僕自身が『で、でた〜wゲームで女キャラに、好きな女の名前を付ける奴〜〜ww』になってしまう……。
く……。
くく……。
パチンと、僕はツインカミコンの電源を落とし、深呼吸した。
ヤバいヤバい。
名前を決める系のゲームは、今は止めて、アクションゲームにしよう。
まだ僕は、親父みたいに黒歴史に塗れたくない。
夏休みはまだ二週間近くあるのだ。
RPGは、気持ちを落ち着かせてからプレイしよう。
そんな風に思いながら、僕は新たなソフトを物色するのだった。