夜空に輝く星たちは...
ーねぇ、アンメ、君はまだ覚えているかな?二人で見たあの日の夜空を
朝焼けに染まる丘の上で 僕らはずっと景色を眺めていたね。
「お兄ちゃん、なんでお空はこんなに真っ暗なのに、あのお星さまたちは光っているのー?」
「それはねアンメ、ぼくらのご先祖様たちが、ずーっと僕らのことを、見守ってくれているからなんだよ」
君は泣いていた。
僕に気づかれないように、声を殺しながら、泣いていたー
数年前、
僕が中学3年生の2月、卒業を控えそれぞれか受験勉強に追われていた頃だった。
僕はいつから目をつけられるようになっていたのだろう。
放課後、掃除当番だった僕は
いじめっ子のA,B,Cに呼び出されるがままに
男子トイレへと連れていかれた。
「制服新しいな、気に食わねぇんだよ!」とイチャモンをつけてきたAから、突然殴られた僕は
まだ掃除したてのびちゃびちゃの床から滑り、そのまま床のタイルに頭を強打した。
かすかに聞こえる声...
「やべーよ、どうする」
「に、逃げるか」
「早く行こうぜ」
僕は声が出なくなく、動けなかった。
ー当時の私は、保育園の年長でした。
昔の事なんて覚えているはずもないのに、子供心的にも衝撃的だったのでしょう...
この頃の記憶は、昨日のことのように思い出せます。
地方に出ている父と母と一緒に暮らしていなかった私を、保育園に迎えにきてくれるのは
いつもおばぁちゃん。
しかし、この日はなぜか先生も一緒に保育園を出て、車が迎えに来ていました。
中には、父の仕事場の運転手とその同僚、私は先生のひざの上に抱えられたまま
おばぁちゃんが乗り終わると、車はどこかへ走り出しました。
「ねぇねぇ、どこいくのー?」
なんだか人数が多く、先生もいて楽しくなっていた私に
おばぁちゃんが「お兄ちゃんの所よ」
と言うと、空気が重くなったあの瞬間を
子供心ながらに覚えています。
気がつけば病院のエレベーターの扉が開いて、目の前でうずくまり泣き叫ぶ母の姿。
「お兄ちゃんはそこの廊下をまっすぐ行って曲がった所よ...」誰かが言っていました。
手を繋がれるがままに入った真っ白な部屋には、口に呼吸器をつけられたまま寝ているお兄ちゃんの姿。
「お兄ちゃんって、言ってごらん」
突然の出来事と、現実とは思えない光景に絶句して、何も言えなかったのを覚えています。
「お兄ちゃんは植物状態で、もう目覚めない」
「いじめでトイレで殴られて、転んで頭を打った」
子供には難しい様に聞こえる言葉でも
数日後には、私の目には入らないくらい広い大きな会場に、黒い服を着たうつむき、泣きじゃくる人たち
白い花に囲まれたお兄ちゃんの写真を見れば
「お兄ちゃんは死んだんだ」
「お兄ちゃんとは二度と会えないんだ」と、理解していました。
...
アンメ...
一緒にゲームしたり、オモチャで遊んだりして、毎日楽しかったよ。
家庭教師が来て、お兄ちゃんがアンメと遊べなかったら
外から先生のバカー!って叫んでいたのも、お兄ちゃん聞こえていたよ...
勉強が忙しくなって、構ってあげれなくなった事は、ごめんなぁ...
お兄ちゃんが帰り遅くなっておじさんに玄関で怒られて蹴られてた時も
アンメはやめろー!ってお兄ちゃん守りにきてくれたよな。
嬉しかったなぁ...
そうだ、アンメ...
あの日の夜空は、今でもキレイなのかなぁ...
アンメ...お兄ちゃん、もう、動けそうもないや...
また...一緒に...
行きたかったなぁ...
アンメ...
...
あれから毎年、お兄ちゃんの命日には
担任だった先生、そして同級生のみなさんがお花を持って
線香をあげに来てくれました。
少し大人になった私に、先生は教えてくれました...
「あの日逃げた三人は、時間がたってからトイレを見に行ったみたい。
するとあなたのお兄ちゃんが泡を吹いたまま倒れてたというから、あわてて職員室にやって来たの。
その日は校内アナウンスで残っている生徒、部活の生徒、みんな帰したわ」
今ではその3人が何をやっているのかはわかりません。生きているのかも、死んでいるのかも。
もし探し出して今会ったとしても、私は何をするかわからないでしょう...。
数年後、
私が母の遺品整理をしている時に出てきたのは、少し黄ばんだ新聞の切り抜き。
なんだろうと広げてみると、そこには
「中学校トイレにて暴行」
「少年A,B,Cは逮捕」
「被害者少年、意識不明のまま重体」
キレイに折り畳んであった、お兄ちゃんの記事でした。
今では冗談とわかりますが、親戚のおばさんが私に
「お前が死ねばよかったのに」
と言ったというくらい、
当時は誰もが受け入れられない、残酷な現実だったのでしょう。
ふと思います...
もし、今生きていたのなら...
ーねぇアンメ、
君がもし孤独というのなら、二人でまた夜空を見に行こうよ
夜空に輝く星たちは、いつでも
僕らのことを、見守っている...ー