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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
3章 魔人帝国シラカバ
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-70- シビトハザード③

お読みいただきありがとうございます。


 時間は少し遡る。


 お姫様と出会うことで無事トイレを済ませることができたアキヅキは、彼女とともに城の廊下を走っていた。


「……今の話、全部本当なんですか?」

「信じられませんか? 『アレ』で信じてもらえないなら、割ともうどうしようもないのですが……」


 確かに、いきなり初対面の人に『あなたの知り合いは国民のほとんどを殺害し、自分の友人すらにも手を掛けている』と言われて信じる方がどうかしている。


 アキヅキだって、お姫様の明かした『根拠』がなければタチの悪い冗談として笑い飛ばしていたかもしれない。


「いえ、信じていますよ。信じているからこそ……こうして子供たちの元へ向かってるんですから──えぐっ!?」


 お姫様はいきなりアキヅキの襟を掴み、強引に歩みを止めさせた。


「話聞いてた……ました!? 貴方のすべきことは、一刻も早くこの国から出て行くことです! 今はまだゾンビたちは動いてませんが、気付かれれば10万を超えるゾンビが貴方の敵となるのですよ!?」

「な、なら、いっそのこと置いてなんて行けませんよ! ヒイラギ君やシセル君はまだしも、子供たちは戦う力なんてほとんど持っていな──ッッ!!」


 轟音とともに、城が大きく揺れる。

 アキヅキとお姫様は顔を見合わせた。


「ああ、ダメ。もう始まってしまった。また助けられなかった」


 悲しくて泣きそうで、そして申し訳なさそうな顔をしてお姫様は言った。


「ふぅ……」


 アキヅキは、小さく息を吐いた。

 半信半疑という訳ではなかったが、お姫様の言っていたことが本当に真実であったことを突き付けられた気がした。


 もう、逃げることはできない。


「……」


 絶望的状況など、これまでに何度も経験してきた。

 奴隷として捕まった時。盗賊と戦った時。洞窟に騎士団が攻めてきた時。

 アキヅキ自身がどうにかして来た訳では無いが、ここにはヒイラギやシセルがいる。

 どうにかしてきてくれた人たちがいる。そう思えばなんとかなる気がしてくる。


 ──それに……最悪殺されたとしても、生き返るらしいですし。


 死んだら終わりの状況ではない。


 諦めるな。足を止めるな、秋月 三日月。


「……よし」


 自分を奮起させるため──いや、納得させるための『言い訳』を終えたアキヅキは、自分の頬を思い切り叩いた。

 それを見たお姫様が目を丸くしていたが気にならない。


「いま始まったのなら、子供たちもまだ無事なはず。私は行きます」


 お姫様に言った訳ではなく、自分に言い聞かせるように口にする。


「あん……たは、死ぬのが、怖くないの?」

「怖いに決まってるじゃないですか。自分が死ぬよりも子供たちが死ぬ方が怖い、なんてことも言いません。自分の命が1番大事です」

「なら、なんで……」


 なぜ、と言われても。

 どうせ今から逃げても間に合わないなら、どう行動しようが同じだ。ならば、誰かのためになる行動をした方が自己満足にもなるし、意味のある行動になるだろう。


 その考え方が少しズレていて、理解されないだろうと分かっているから、アキヅキは内心とは違った言葉を吐く。


「だって、お姫様の言う通りなら生き返るらしいですし……そもそも、私たちはこの世界に来る時に死んでますしね。そう思うと今更感ありません?」

「頭おかしい」

「!?」


 あれ、ちょっとブラックユーモアも混じえてウィットに富んだいい感じのジョークのはずだったのに。


「頭おかしい」

「2回も言わなくていいですよ!? というかそれなら、命懸けで私たちを助けようとしたお姫様も頭おかしいですし!」


 お姫様は、笑った。


「ふふっ、頭おかしい……頭おかしい……。うん、頭おかしくなっちゃったのかなー、あたし」

「……まあその言動はちょっと頭おかしいと思いますけど」


 ボソリと呟いたアキヅキの言葉は聞こえなかったのか意図的に無視したのか、お姫様は続ける。


「あたしも手伝うわ」

「!?!!? い、や、あの……。え? 本気で言ってます?」

「もちろん、本気よ」

「いや結構です。重いです。そんな責任負えません」

「いいじゃない! このままいても何も変わらないってずっと前から思ってたのよ! あんたの頭おかしい言葉で吹っ切れたわ!」

「め、め、迷惑ッッ!! だって……だって、さっき言ってたじゃないですか! お姫様は……いえ──」


 アキヅキはお姫様の肩を揺らしながら、ここにはいるはずのない人間の名前を呼ぶ。


ノリト(、、、)さんは、死んだら死んでしまうんでしょう!?」


 祝詞ノリト ミサオ

 アキヅキたちのクラスメイトであり、既に死んでしまった少女の名だ。

 彼女の死が切っ掛けとなり、白樺司人という少年の心を濁らせ、大虐殺という凶行に及ばせた。


「やぁね、水臭い。ミサオでいいわよ」

「軽っるい!! 絶対そんな性格じゃなかったでしょう!!」

「この容姿だからかしらね。根拠のない自信が湧いてくるわ」

「とにかく! さっき言ってたじゃないですか──」


 アキヅキが、見ず知らずのお姫様の話を信じたのは、彼女が自分はクラスメイトのノリト ミサオであると正体を明かしたからだ。


 彼女の能力は、他人を乗っ取り、操るというもの。

 人格の入れ替えもできるらしく、運悪く……この場合は運良くお姫様と交換している間に元のノリトの身体が処刑されたため、お姫様の身体に留まっているらしい。


 だが、この状態でシビトに気付かれ、殺された場合、蘇るのが自分なのか、お姫様なのか、はたまた意思のないゾンビとなるのか分からないため、これまで命乞いで生き延びていたのだという。


 幸い、シビトもクラスメイト以外はそこまで積極的に殺すわけではなかったため生かされていたらしいが、アキヅキと共に行動すれば、正体がバレる可能性の方が高くなり、そうでなくとも普通に殺される可能性が高い。


 アキヅキは、自分が原因となって人が死ぬかもしれないのが嫌なのである。


「ノリトさんは、私と同じように生き返れるのか分からないって! 死んだらどうするつもりですか!」

「死んだら死ぬわよ。……ふふっ、それに、もう話してる時間もなさそうよ」

「!」


 お姫様……ノリトの視線の先には、廊下の曲がり角から首だけを出してこちらを覗いている龍ヶ崎リュウガサキ 天葉アマハがそこにいた。


「あは。みつかっちゃった。ヅッキーとお姫ちゃん、遊び(殺し)に来たよ」



 場所は変わってにゃんこ博士とシセル。


「にゃにゃにゃにゃにゃ! にゃーにゃーにゃーん」

「なっ、舐めるなッ!」


 遊ばれている。

 戦闘が始まってすぐに、彼我の実力差が理解できた。


 自分がどれだけ三叉槍を振るっても対処され、相手の攻撃はギリギリシセルが反応できるくらいの速さでしか行われていない。

 それに、相手は細いレイピアで全ての攻撃を対処している。少しでも打ち所を間違えれば壊れてしまうような武器で、だ。


 シセルが武器を扱いに慣れていないということを差し引いたとしても、技量がかけ離れていることは明白であった。


「あらにゃっと」

「うぐぁ……っ」


 槍を弾かれて出来た隙に合わせて、にゃんこ博士が蹴りを入れてくる。

 柔らかいネコの身体から放たれたとは思えない重い一撃でシセルはボールのように壁に激突した。


「弱いにゃ〜。弱すぎるにゃ〜。雑魚かにゃ? ん? んん?」

「く、そ……悪魔の力さえ、使えれば……」

「にゃ!? にゃにゃ!? 自分の実力はこんにゃんじゃにゃいと! 真の力さえ解放すれば、にゃーなんてこてんぱんにゃと!? そう言ったのかにゃ!? にゃにゃにゃ! 弱者の言い訳は耳に心地いいにゃね」


 言うだけ言って、にゃんこ博士はレイピアの持ち手を入れ替えた。

 猫の右手から、人間の左手へと。

 そして余裕からか、ステッキのように振り回す。


「本気具合で言えば、にゃーはもう一段階上げれるにゃよ。それに、こんにゃ動きにくい猫姿よりも、人間だった頃の方がきっと強いにゃ。全体的な身体能力はこっちのが高いから一概にゃ……にゃ!?」

「ぺらぺらうるさいよ」


 壁を強く蹴り博士へ接近し、油断しきった彼の喉元に槍を──


「人の話はちゃんと聞くものにゃよ?」


 刺そうとしたところ、首を少し動かしただけで躱される。


 けたけたと笑うにゃんこ博士に、シセルは舌打ちをして距離をとった。

 そして考える。


「……」


 普通にやっていても勝てない、それは理解している。


 勝機があるとするならば、相手の油断だ。

 圧倒的実力差からか、にゃんこ博士はシセルを脅威などとは微塵も思っていないだろう。ちょっとした運動くらいにしか思われていない。

 悔しいが、それは事実だ。


 そしてどういう訳か、彼はシセルを殺そうとはしていないようだ。


 いや、それは少し違うかもしれない。

 殺意はある。命を奪うのに躊躇いはないはずだ。

 ただ、積極的に殺そうとはしていない。彼が本気ならば、シセルはもうこの場に立ててはいないだろう。


 つまるところ、にゃんこ博士はどちらでもいいのだ。

 シセルが死のうが生きようが、どうでもいい。


 それは裏を返せば、気まぐれにより殺されるということではあるが……。


「ふむ。悪くにゃい。合格にゃ」

「……?」


 突然、にゃんこ博士は頷いた。


「おみゃえ、良いにゃ。反応速度、動体視力、運動神経、クリア。シビトの奴の目的とも関係にゃく、そして何より──生者」

「なにを……言ってるの?」

「にゃーの研究の話にゃ。下級亡者共を集めて固めて造り出した『幽合体』。膨大な数だっただけに、力は申し分にゃいんにゃけど、頭がにゃいから命令は聞かにゃい、そしてそもそも不安定。どうしよっかにゃーってところに……」


 にゃんこ博士はレイピアでシビトを指し示す。


「最後のパズルのピース。ちょうどいい材料が転がり込んできたのにゃ。統率機能の問題、クリア。『生』のエネルギーで不安定だった数値も固定にゃ。それに……」

「っ!」


 シセルは全速力で逃げ出した。


 話は半分も理解できていない。

 いや、そもそも聞くべきではなかった。

 にゃんこ博士が話を始めた時点で逃げ出すべきだったのだ。

 レイピアも構えていないあの猫は隙だらけで、シセルが逃げ出せば意表を突くくらいはできただろう。


 今のにゃんこ博士の話の内容は理解出来ていない。

 理解出来たのは──


「やれやれ。さっきも言ったはずにゃ。人の話は最後まで聞くものにゃと」


 ──にゃんこ博士が本気でシセルを狩りに来るということだけだ。


「なん──」


 距離は確かに開いていた。


 戦いの中で、技量の差は認めざるを得なかったが、速度は劣っていなかったはずだ。だから、シセルはにゃんこ博士の攻撃に対処できていたのだ。


 先に動き出していたシセルににゃんこ博士が追いつけるはずがない。


 それなのに。


 目の前ににゃんこ博士が降りてきた(、、、、、)


「簡単なことにゃ」


 理解できない。

 そんなシセルの内心を見透かしたかのように、にゃんこ博士は続ける。


「跳んで、天井を蹴って、追い付いた。いにゃー、猫のバネって凄いにゃね」

「く、くそぉぉおおおお!!」


 がむしゃらに振るった苦し紛れの一撃。

 当たるとは思っていない。それどころか、致命的な隙になることだって理解している。


「無駄にゃ」


 その攻撃に、にゃんこ博士はまるで流れるような動作で、当たり前のようにレイピアを合わせ──


 にゃんこ博士が吹き飛んだ。


「にゃ、ん……?」

「は?」


 両者、理解が追いつかなかった。


 シセルの振るった槍が当たった訳では無い。

 にゃんこ博士が自発的に飛んだ訳では無い。


 床をすり抜けた、半透明の巨大な『骨』がにゃんこ博士を弾き飛ばしたのだ。


 予想外からの攻撃だったにも関わらず、にゃんこ博士は足から着地し、目を見開いてそれを睨みつけた。


「『幽合体』!? 誰にゃ! にゃーの研究所に勝手に入りこんだネズミは!」


 『幽合体』。博士の造り出した、意思無き亡者の集合体。

 シセルの目の前に映るそれは、ほんの一部分に過ぎない。


 ほのかに光っている骨の胴体は床から天井をすり抜け、突き抜けているため頭部は見えない。

 胴体から伸びる骨の腕の数は途方もないほど膨大で、まるでムカデの足を連想させる。


 部屋が壊れないところを見ると、その性質上『幽合体』は無機物はすり抜けることができるのだろう。あるいは、生あるものしか触れられないのかもしれない。


『ァァァァァァァァァァァァァ……』


 なんとも形容しがたい感情が込められた、悲鳴のような声が響いた。

 怒りではなく、悲しみではなく、苦しみでもない。


 『幽合体』が動き出す。

 本能に従い……いや、ことわりのままに動き出す。


 いつの日か突然奪われた、『生命』だけを求めて。



 ぱくぱくと、口だけが動く。

 あまりの驚きにすぐに声が出なかった。


「こ、これは……俺のせい、なのか?」


 暗い研究室でヒイラギは、膨張してどこまでも伸びていく骨を見上げることしかできなかった。

アキヅキを、シセルを、子供たちを。

そして友人であるシビトやクラスメイトを救うため、城の中を奔走していたヒイラギ。


追ってくるクラスメイトの目から逃れるために偶然入ったその部屋で、うっかり制御装置を壊してしまった!


奴の名前は幽合体。

動き出してしまった幽合体を止めることは、開発者であるにゃんこにもできなかった!


もうこれはヒイラギくんが頑張るしかない!

頑張れヒイラギ!負けるなヒイラギ!

to be continued……

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