-65- シンリタイム
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簡易登場人物紹介
深里真理
・主人公
・上位存在【聖霊】
・前回から一年以上振りの登場
木刀
・木刀に
・取り憑いている系
・エルフ
少女
・特になし
・
・
もしかしたら、と。
なんとなく、わかっていたのかもしれない。
それを信じられなかっただけで、信じたくなかっただけで、受け入れることができなかっただけで。
ある日、自分の他に、あの人に新しい眷属が出来たのがわかった。
その直後に、あの人との繋がりが切られたのが分かった。
あの人に何かあったのではないかと、そう思った気がする。
心配した。不安だった。
──本当は気付いていたくせに。
捨てられたのだと。
そう思いたくないがために、他の可能性──あの人の身を案じた。
いま思えば滑稽だ。
過去に縋っていた。あの人との思い出だけを美化して大切にしまっておいて、現実を見ていなかった自分が。
ばかみたい。
そのあとすぐに村が無くなった。
おじいちゃんが殺された。お父さんも死んだらしい。
そうなってしまった原因は、あの人なんだって。
そうそう。その時に、少しわらってしまうような話も聞いたんだった。
その原因の内容。
嘘か誠か、奴隷になった女の子を助けるためだったとか──
〇
学術都市ステンド。
いや、『元』と付けるべきだろう。
学術都市と呼ばれた場所は死の霧が蔓延しており、もはや人が生きていける環境にない。
生物が足を踏み入れればたちまち物言わぬ死体となって地面に転がるだろう。
しかしそんな中で。
「すぅ……すぅ……」
「……」
生存者がいた。
2人。正確には2人と1匹。
少年と、少女と、白い子狐。
シンリとエンテと、彼らにシロと名付けられた子狐だ。
暖かな日差しの下で日向ぼっこをしていたシンリたち。
いつの間にかエンテはシンリの膝を枕にして寝息をたてており、シロも気持ちよさそうに身体を丸めて寝ている。
シンリはそんな彼女たちをただ眺めていた。
シンリはともかく、死毒の蔓延するこの都市で、どうしてエンテが生きていられるのか。
その理由は彼らが今いるこの場所にあった。
毒を吸って酸素を吐き出す特殊な植物に囲まれて形成された半径100メートルほどの空間。
都市に蔓延する死毒と呼ばれる猛毒は、その植物をも殺すが、その度にシンリが新しく生やしているので範囲内に毒が入ってくることはない。
果実のなる木、シンリのステフォの中の水、残っていた民家などから衣食住に不自由はなく、事実彼らはステンドを滅ぼしてからの約1週間、この空間の中で過ごしていた。
「……」
無言で、自らの膝の上で寝ているエンテを見下ろす。
良い夢でも見ているのか、幸せそうな表情を浮かべている。
髪に指を通してみれば、くすぐったそうにその身を捩った。
「……」
何もない。
何もないが、暇だという感情も抱かない。
聖霊となり寿命から解き放たれ、不老不死として死すらも超越しているシンリ。
いまこの瞬間が、長い長い人生の、ほんの刹那の時間に過ぎないということを感覚で理解しているのだ。
『何を耽っておるのじゃ、我が勇者よ』
声が聞こえた。
発生源はシンリの視線の先にある地面に突き刺された木刀だ。棒倒しのように山にされた地面に刺さってある。
「ああ、ミルネアシーニ。ようやく目が覚めたのか」
『まだ意識が戻った程度じゃがの。こうして話すのが限界じゃ。実態化できるほど回復はしておらぬ。いや、消滅しなかっただけマシと思うべきかの?』
シンリの持つ木刀に憑いているエルフ、ミルネアシーニ。
彼女は先の戦いのダメージにより力を失い、ただの木刀と成り果てていたのだが、どうやら回復したらしい。
『それよりも! なんじゃこの扱いはッ! これではまるで墓のようではないか!』
「木、だからな。植えてたら回復するかなって思った」
『いや、するがの? したがの? じゃが主が身につけておれば3日と経たず話せるようにはなっていたのじゃが……』
「そうか。ならこれからは……」
と、木刀を取りに行こうとするが、膝の上にエンテが眠っていることを思い出してとどまった。
シンリの様子を眺めるミルネアシーニは察して言う。
『……いつまでもここにおるのはその娘のためにならんぞ?』
「分かってる」
『これからどうするのじゃ?』
「どうすればいいんだろうな」
『分かっておらぬではないか。考え無しじゃ』
ミルネアシーニの言葉に、シンリは反省の意を込めて目を閉じる。
そして少し考えてから口を開いた。
「そろそろ……というか、お前が目を覚ませばここを出ようとは思っていた。行き先は決めてなかったが……。果実だけじゃ、栄養も偏るしな」
『わしを言い訳にするでない……て、何を見ておるのじゃ。我が勇者?』
「なんだ、あれ」
都市を囲む高い壁の上に、何か浮かぶものがあった。
それはどうやら生物のようで、ふわりふわりと宙を泳ぐように移動している。
心なしか、こちらに向かって来ているようで……しかし、途中で毒にやられたのか墜落していった。
『ふむ……あれはバジリスクじゃったな』
「バジリスク……魔物か。てかお前の視点どこにあるんだ。どう頑張っても見れないだろ」
『どうでもいいじゃろそんなこと。それよりも、早くここを移動した方がいいかもしれんの。このまま毒が薄まれば、そのうちバジリスク共が押し掛けてくるぞ』
「押しかける? ……いや、ああ。なんか、分かるな。俺の毒が引き寄せてるのか」
レベル10に至った魔物スキルとは、その魔物の頂点に立つ存在であることを意味している。
バジリスクのスキルである【毒霧】を極めたシンリは、バジリスクの王のような存在なのだ。
「どこに行っても追ってくるんだろうな……。なら、わざわざここの毒で死なせてしまうのもアレか……」
『魔物なんじゃから死なせとけばよい、とお主に言うのもなんか違うかの?』
「とりあえず……」
シンリは未だにすやすやと眠っているエンテを見て言った。
「エンテが起きたら、ここを出よう」
〇
「まぁ! ミル様、お久しぶりです」
『うむ。久方ぶりじゃ』
夕方、空がオレンジ色に染まる時間。
目を覚ましたエンテはシンリが腰に帯びている木刀に目線を合わせてお辞儀をした。
それから、ステンドから離れるという話を聞き、こくりと頷く。
「なるほど……いざ離れるなると、なんだかもの寂しい気持ちになりまふね」
「住めば都、みたいな感じか」
「住めば都……言い得て妙ですね。戦場に寝る兵士、という言葉のようなものでしょうか」
「んー……なんだかわかる、気も……?」
なんて話をしながら風魔法を使い、シンリはエンテとシロを抱えて宙へ浮く。
「舌を噛まないように、そして毒を吸わないように口を閉じて息を止めていろ」
高く、そびえ立つ壁よりも高く飛ぶ。
夕日の眩しさに少し目を細め、とりあえず夕日のある方向へ向かって移動した。
ステンドの周辺にも毒が広がっているらしく、眼下には黒い霧が満ちているのが分かる。
なので、少し離れた場所に湖が見えたのでそこに着地した。
「ここまで来れば、毒の心配は要らないだろう……ん? どうしたエンテ。顔が赤いぞ」
「い、いえ。な、なんでも、ございません、よ?」
抱いたシロを顔の前に持ってきて、そそくさとシンリから離れるエンテ。
「?」
「……あ、あんなに近くで……。心臓に悪いですぅ……」
心臓がうるさいくらいに鳴っている。
いつも、エンテがシンリに抱えられて移動する時は、基本的にお姫様抱っこだった。
その時もその時でドキドキしていたのだが、今回はエンテがシンリの首に手を回して、抱きつくような形で密着していた。
──もしかして、シンリ様に鼓動が伝わっていたのでは!?
もしかしてどころではなく、間違いなく伝わっているだろう。
いや、バレても別に問題はないのだが、恥ずかしい。
そろそろ顔から火が出そうだ。
ちょうどそこに湖があることだし、頭を冷やして──
「ッ!?」
この1週間、お風呂に入っていないことに気が付いた。
いや入らないことには慣れている。何年も同じ部屋に閉じ込められて過ごしていたのだ。備え付けの浴室はあったが、何日も使わないこともあったので、シャワーを浴びない不快感にも慣れたものだ。
今回はその慣れが災いしたのだが。
いやもちろん身体を布で拭いてはいた。
好きな人と共に過ごすのだ。不潔だとは死んでも思われたくないし、思われたなら死ぬ。
水はシンリが持っていたのである程度なら清潔を保てて、なんならそれをいいことに、「背中を拭いてください♡」なんて大胆なことを頼んでみたりもした。
それでも。
……匂いとか、大丈夫……大丈夫な、はず……。
……。
「し、シンリ様ッ! わたくし、シロちゃんと水浴びしてきますね!」
ちょっと声がひっくり返ってそう言った。
「あー、じゃあ着替えを渡……」
「ありがとうございます!」
シンリがステフォから出した着替えをひったくるように受け取って、湖まで走っていった。
少しの間、ぽかんとしていたシンリはそれから少し笑って
「元気そうで良かった」
と言った。
『……む? まだ人間らしい感情も残っとるようじゃな』
「なんか辻ヒールみたいなことされたおかげでな」
『つ、つじひ? ……。……ッ! 我が勇者!』
「分かってる」
何か、気配があった。
即座に木刀を構え、目を閉じて気配を辿る。
ここにいるのは、自分と、少し離れたところにエンテ、そして──
エンテに近付く反応が一つ。
「きゃああああ! な、なに──」
「ちっ! エンテッ!」
速い。凄まじい速度でエンテが連れ去られる。
後を追うために風を纏い、最大出力を──
「君の相手は僕だ」
──出そうとしたところで、止められる。
目と鼻の先に突き出された蒼い槍。
反射的に、身体を引っ込めてしまう。
もう少し精神が聖霊に寄っていれば、反射など起こらず、頭を貫通してでも前に進めたのに、と歯噛みする。
声の主は少年だった。
ローブを身に付けた黒髪の少年。
「……何だ、お前」
「……分からないか」
少し、残念そうにする少年を無視して、その脇を通ろうとする。
が。
「君の相手は僕だと言ったはずだよ」
「ッ!?」
足を捕まれ、そのまま地面に叩きつけられた。
「邪魔するなら殺すぞ」
「よくその体勢で強気になれるね……」
地面に仰向けになり、首元に槍を突き立てられているシンリに、少年は苦笑いを浮かべる。
「でも、邪魔するよ。君をこの先には行かせない。僕の役目は、君の足止めだからね」
「なら死ね」
シンリは容赦なく、藍色の毒霧を撒き散らした。




