-61- ゆらゆらメモリーズ 1/2
お読みいただきありがとうございます。
前回から半年近く開いてる上、前回とは関係のない話です、が……?
なんか前回も同じこと言ってますね!
-58-の続きになります
僕の身体は呪鬼になってから、普通の人間とは違う何かに変わっている。
見た目的に分かりやすいのは、徐々に身体が黒に染まっていくことだ。
最初期に片目、そこから顔が黒に侵食されるのかと思いきやそうではなく、少し時間が経ってからお腹にまわってへそを中心に広がって染まってゆく。これはきっと、体内をぐるっと呪鬼仕様に改造しているのだ。鍛えたように見えない僕の腹筋も、触ってみればガッチガチである。
そしてへそを中心に黒が広がっていき、今では足や手まで染まってきている。
ここまでがだいたい二週間程度の経過で、完全な呪鬼になるのは……理性も何もかも失って、死なないと元に戻らなくなるのは更にもう二週間くらいなんじゃないかと思われる。完璧勘だけど。
正直、今悩んでも仕方のないことで、どうにもならない事だ。よってその時になったらまた考えればいい。どうせ長い時間ではない。
とりあえず何が言いたいのかというと、僕の身体は人間のものとは遠ざかっているということだ。
睡眠をとらなくても身体の調子にはなんの支障もきたさないし、飲まず食わずでもある程度普通に生きていける。
もちろん呪鬼といっても生物であることには変わりないので、なんか眠いなーとか、なんかお腹空いたなーとかは普通に思うけど、寝なくても食べなくても1週間くらいならおそらく余裕だろう。それ以上は割と死ねる。ほら、ザッハに拾われたのも空腹による衰弱が原因だったし。
と、まあなぜいきなりこんな話をしたのかというと……。
「もうっ、ユラさんきいてます?」
「うん……聞いてるよ……」
目の前に座るエルゼが、少しむくれた表情で僕に言った。
僕の返事に満足したのか、エルゼはまた『シンリさん』の話を語りだす。
ちなみに朝ごはんを届けに来てからぶっ通しで語っているので軽く見積って4時間は同じ話を繰り返している。
それが先程の話となんの関係があるのかと思うかもしれないけど……今僕はとても眠いのだ。
原因はもちろんエルゼの話だ。
まるで高校の頃、プール終わりの理科の授業みたいな眠たさ。
呪鬼である僕をして抗いがたい睡魔をもたらすとは、エルゼの声には誘眠作用でもあると言うのだろうか〜。
……いや誰が喋ってようと、飽きるくらいつまらない話を繰り返されたら、ふみんとくせいだって眠くもなるわ。
「〜ーーー、ーーー。」
あーーーー、ダメだ。眠い。
どうでもいい思考をしてエルゼの声から意識を外そうとしたけど、それが裏目に出た。声がほどよいBGMになって、馬車の揺れがちょうどいい感じになって……。
…………………………。
〇
!!!?!!?!?
衝動。
おそらくスキル【※※】による危険察知と、呪鬼による受殺願望がほぼ同時に発動した。相反する衝動に、身体が左右に思い切り引っ張られるような感覚で目が覚める。
本能と欲望がぶつかり合い、それに伴う一瞬の頭痛で意識は完全に覚醒した。
気がつけば僕はエルゼの前に両手を広げて無防備に立っていた。どうでもいいけどどうやら呪鬼の欲望の方が勝ったらしい。
目の前のエルゼは息を荒らげて髪の毛を逆立てていた。
興奮した様子で僕を睨みつけ──いや違う。その視線は僕の後ろを射抜いていた。
そこでようやく僕は自分の後ろにザッハがいた事に気がついた。
どういう状況かは全く理解が追いつかないが、彼はこんなときでも普段と変わらず、胡散臭い笑みを浮かべている。
と、思ったけど訂正。冷や汗をかいているのを僕は見逃さなかった。
というか本当に、これはいったいどういう状況なのだろうか。
「……驚いた……まさか、魔力を封じられたまま魔法を使うなんて」
独り言を呟くように、ザッハがそう言った。
それに対して、エルゼは。
「うそつき!」
瞳に涙をいっぱい溜めて、そう叫ぶ。
「嘘つき嘘つき嘘つき!」
彼女が叫ぶ度に強風が全方向に放たれ、馬車全体を揺らした。
寝起きだったし、そもそも反射的に立ち上がったこともあって不安定だった僕の身体は、格好悪くその場で尻もちを着いてしまう。
「ああ……ユラさん、彼女を止めてください」
「いやまずエルゼに何したんですか……」
「それは後ほど言います。『エルゼさんを止めなさい』」
ザッハがそう言った瞬間、僕の身体は僕の意思とは関係なく勝手に動いた。
立ち上がると同時にアイテムボックスを操作して、その中に入れてある蒼色の槍を取り出す。
そして、それに困惑する暇もない程すぐ、これが奴隷の首輪による『命令』であることを理解していた。
抗えるものでは無い。
であれば、命令通りに僕はエルゼを止めるだけだ。
「ちょっと……ごめんね、エルゼ」
呟き、手を広げた。
握っていた槍が重力に従って、カランという音を立てて倒れる。
その一瞬、どうしてもエルゼの意識はそちらへ逸れてしまう。
そうなってしまえば、風を操れるらしい彼女に近付くことも簡単だ。
距離にして数歩。
僕が迫っているとエルゼが気づいた時にはもう遅い。
「……えっ、?」
目を丸くするエルゼ。
驚く彼女に、僕は──。
……。
……え、これどうすればいいの?
止めるって言ったって、手を掴んで拘束しても、風を操れるのなら無意味だろう。更に怒って逆効果まである。
なら、意識を奪うという方向で考える。
パッと思いつくのは3つ。首を絞めて落とす、腹パンして気絶か、首の後ろをトンってやるやつか。
……腹パンはないな。うん、ない。
なら絞めるか首トンだけど……まあどちらでも変わらないだろう。知識がある訳でもない。どちらもマンガとかで見たくらいだ。
よし、首トンでいこう。
手刀を作り、エルゼの首元目掛けて振り下ろす。
「ぁ、っ」
エルゼは短い息を零して、前に倒れ……
「痛ぅぅぅ〜ッ! なにするんですか!」
倒れなかった。
打ちどころが間違っていたのか威力が足りなかったのかはわからないけど、ともかくエルゼを気絶させることに失敗してしまった。
それどころか。
「は?」
エルゼに手を掴まれたと思ったら、視界が反転していた。
おそらく、風で浮かせ、体重を軽くして投げられたのだろうと気付いたのは、背中を強く打ちつけてからだ。
この娘、なんか強いぞ!?
「ユラさん、これ以上邪魔をしないでください」
見たこともないほど冷たい表情で、エルゼは僕を見下ろしていた。
そして、ザッハに視線を向けて彼に言う。
「……で、さっきはどうしてあんな嘘を……」
エルゼの言葉が途中で途切れた。
ザッハの服の袖から伸びた縄が、彼女の身体に巻き付いて身動きを封じたからだ。
「なに……これっ……」
「貴方は一旦眠りなさい。もう、馬車がボロボロではないですか」
今度は、もう片方の袖から鎖が出てきた。それはまるで蛇のようにエルゼの身体を這い上がり、首を絞め付ける。
「な、ん──シン、さ……ぁ」
ばたりと、エルゼはその場に倒れた。
それを見て、僕は唖然とする。
そんなことが出来るのなら最初からザッハが動けばよかったんじゃ……。
そんな僕の心情が顔に出ていたのか、彼は「所詮は護身用です。ユラさんが気を引いてくれなければ出来なかった」と言った。
彼が僕を気遣う必要はないのでおそらくそれは真実なのだろうけど、それは成功率の問題で彼一人でもなんとかなった気もする。
「ふぅむ……しかし、困りましたね。魔法が使えるのはともかく、奴隷の首輪が作動しないとは……」
縄と鎖を袖の中に戻しながらザッハは言った。
僕と同じ奴隷である以上、エルゼにも奴隷の首輪が付けられている。
だからザッハはエルゼに『落ち着け』と命令すればいいだけなはずなのに、そうしなかった。
どうやら今の言葉を聞くに、しなかった訳ではなく出来なかったらしい。
その理由は、ザッハにも分かっていないようだが……。
少しの間、彼は難しい顔をして黙り込んでいたが、ふと顔を上げて僕に言う。
「いえ、考えるのは後にしましょう。エルゼさんが起きる前に、彼女の身体を拘束しておかなければ。ユラさん、貴方もいつまでも座っていないで手伝ってください」
反省の意を込めて次の更新はなるべく早く……。
まあ長くなったの分割しただけなので同日中に上げるのですが!




