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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
3章 魔人帝国シラカバ
89/124

-60- 『死』

お読みいただきありがとうございます。

 (ヒイラギ) 終日(ヒネモス)の持つスキル【蛇眼】の能力は多岐にわたる。

 基本能力としては状態異常の付与だが、副産物として視力が向上したり、夜目やサーモグラフィーなど視覚から入る情報の増加、そして【眼】系のスキルが取得、及び成長しやすくなるというものがある。

 今ここで発揮した嘘の看破もそのひとつだ。

 スキルではないが、相手の声質や鼓動、目の動きを完全に見て取れるヒイラギの嘘察知能力の精度はかなり高い。


「……嘘だぁ?」


 シビトは平静を装ってはいるが、ヒイラギから見れば焦りや困惑が筒抜けだった。


「ああ。なんで嘘をついたんだよ。必要ないだろ……他に誰か来たかを答えるのに、嘘なんて必要ないはずだろっ」


 本来なら、嘘をつく必要のない事柄だ。

 来てるなら来てると言えばいいし、来てないなら来てないと言えばいい。それだけなのだ。

 なのに、シビトは嘘をついた。


 ヒイラギはこれでもこの世界の都合のいい部分だけを切り取って、楽観的に考えたりはしない。自分の判断がアキヅキやシセル、子供たちの命を危険に晒すかもしれないからだ。


 だから、思考を切り替える。

 目の前にいる人間を、友達ではなく自分自分を騙そうとしているかもしれない敵だとそう認識した。


 語気を荒げて言うヒイラギを見て、シビトはヒイラギの言うことがはったりでもカマかけでもないことを察する。


「……」

「なんか、言えよ」

「ひとついいか?」


 シビトはゆっくり、言葉を選ぶように言った。


「お前のその能力は、事実と異なることを嘘とみなすのか? それとも、本人が嘘と思って言ったことを嘘とみなすのか?」

「それを聞いてどうするんだ。嘘をついてないとでも言うつもりかよ」

「いいや。でも、そうだな。もしも後者なら……俺は嘘をついていない。お前の勘違いだ」


 嘘だった。

 ヒイラギの眼をもってして嘘だった。


「嘘じゃん」

「ちょっと待った。ストップ。確かに嘘だったわ。お前らは一番じゃなかったし、お前らよりも前に帝国に入ったやつはいる。これは嘘じゃねぇだろ?」


 嘘はなかった。

 少なくとも、ヒイラギの眼から見て嘘は感じ取れなかった。


「よし。じゃあ続きを話すぞ。話す気はなかったんだが……信頼を取り戻すための誠意と思って聞いてくれ。俺が初めて出会ったクラスメイトの話を」


 そして白樺(しらかば) 司人(しびと)は語り出す。

 今は亡きクラスメイト、祝詞(のりと) (みさお)の物語を。



 シビトがこの世界に転送された場所は、帝国内の隅の隅、いうなればスラム街のような場所だった。

 城を中心に、ぐるりと一周一国全体を囲む壁。メインストリートとして使われず、城からも遠く離れた場所は、法も秩序も存在しない、力が全ての場所だった。


 そこでシビトはそのルールに則り、暴力を振るう。


 転移者の特典である魔物スキル、チュートリアルで得られる選べるスキルにガチャで引ける武器。

 魔物スキルの能力の都合上、痛みを恐れる必要もなければ死を恐れる必要もないシビトが、スラム街の頂点に立つのはそう難しいことではなかった。


 スラム街で強さは絶対であり、シビトは持ち前のカリスマ性もあってスラム街の住民をまとめあげる。

 次に移した行動は、生活環境の改善だった。


 いくら頂点に立ったとはいっても所詮はスラム街。

 明るい手段で金を増やす方法はほとんどなく、犯罪に手を染めてもその収入には限界がある。

 経済がきちんと回っているはずもなく、食べ物どころか飲み水すら手に入れるのが難しい状態だった。

 服だって何日も同じ物を着回し、風呂なんて思い出せる上で一度も入ってない気もする。

 シビトの不満が限界に達するのも時間の問題であった。


 というわけでシビトはスラム街の住人を扇動し、暴動を起こす。


 が。

 帝国は強大な国だ。

 力があったとしてもたかが高校生の起こした暴動などすぐに鎮圧される。


 簡単に言ってやりすぎたシビトは捕まった。


「ん? あれ、うそっ! シラカバ? ………………なにしてんの?」


 そこでようやくシビトは彼女に出会う。

 連行されている最中、たまたま通りかかったクラスメイト、祝詞(のりと) (みさお)にシビトは出会った。


 ミサオが、どういうわけか城でメイドとして働いていなければ、さらに言えば皇女のお気に入りになっていなければ、シビトはそのまま牢屋にぶち込まれていただろう。


 彼女の口添えにより、シビトはなんとか投獄を免れた。


「……一応、礼は言っとくわ。サンキュー」


 正直、日本では見下していた少女に助けられたシビトは、ぶっきらぼうにそう言った。


「あー、うん。なんか変な感じだねー。あたしがシラカバにお礼を言われるだなんて」

「いやお前のメイド姿の方が変な感じだわ。なにそれ。コスプレ?」

「し、仕方がないでしょーが! 分かっとるわい! 似合ってないことくらい!」


 なんてことない会話。

 下らないことなのに、なぜか自然に笑っていたことを覚えている。不思議と、張り詰めていた緊張が緩んだのを覚えている。


 それからシビトも城内で執事として働くこととなった。

 その格好をミサオに爆笑され、舌打ちしたのも今となっては懐かしい。


 ミサオとすれ違えば、雑談するくらい。そこまで親しくもない、教室にいた頃と同じような距離感。

 彼女以外にも、異性同性問わず友人もできた。

 にゃんこ博士ともこの頃に知り合った。


 特別なことは何も起こらない、穏やかな日々が続いていた。


 あの日までは。


 詳しいことは、現場にいなかったシビトには分からない。

 ただ、あとから伝聞して得た情報をまとめると、こういう事だった。


 皇女を狙った暗殺者。そこに居合わせたミサオが暗殺者を撃退したはいいものの、その手段が魔物しか持ちえないスキルであり、ノリト・ミサオが魔人であることが判明してしまった。


 たった、それだけ。

 一国の姫の命を救ったミサオに対し、感謝以外の感情を抱くなど、あってはならないはずなのに。

 皇女は、皇帝は、帝国は。

 魔人(ミサオ)の処刑を決行した。


 ミサオは拘束された状態で皇帝の前へ連れてこられた。


「ち、違いますっ! 私は──」

「黙らせろ」

「がぁっ」


 処刑人が皇帝の指示でミサオの腹を蹴りあげる。

 呼吸ができなくなり呻き声を漏らしながらも、彼女は必死に命乞いをする。


「わた……は、ばけもの、ではありま……」

「化物に喋らせるな。耳が腐るであろう」


 処刑人は剣でミサオの腹を貫いた。

 断末魔のような叫び声が城内に響き渡る。


「このような化物が人間の見た目をしているなどおぞましいものよな。我が娘も可哀想に。化物に騙されたと知って部屋に閉じこもっておる」

「おね、がい。たすけ、て……」

「もうよい。処分せよ」

「や、ぁ──」


 そして、彼女の首は切り飛ばされた。



 シビトは淡々と語りを終える。

 そして無言で残っていたワインを飲み干して、ふっと息を吐いた。


「え……死ん、だの……? 祝詞さん」

「ああ死んだよ。そう言っただろ。それとも──嘘をついてるか? 俺」

「いや……」


 そこに嘘はなかった。

 これほどまでに、自分の嘘判別能力を間違いであって欲しいと思ったことはない。クラスメイトが既に亡くなっているなど、ヒイラギには重すぎた。

 もちろん、その覚悟がなかった訳では無い。

 非常に優しくない残酷な世界だ。クラスメイトが全員生き延びている確率の方が低いことは分かってはいたはずだ。理解していたはずだ。

 ただ、こう、面と向かって事実を述べられると、堪える。


「最初、お前の質問の答えが嘘になったのも、そこなんだよ。言うつもりはなかった。いずれ話すこともあったかもしれねぇが、少なくとも、今話すつもりはなかったんだ」

「あ、ああ。信じるよ。それと、辛いことを思い出させて、ごめん」

「はっ、こっちはもう振り切れてんだ。気にすんな」

「強がるなよ」

「……っとにうぜぇなその能力」


 しばらくふたりとも口を開くことはなくなり、シビトは目を閉じ、ヒイラギは手持ち無沙汰に手に持った空のグラスを見つめていた。


 そしてふとシビトが言う。


「今日はもう終わりでいいだろ」

「そうだな……部屋に戻るよ」


 ヒイラギは部屋のドアノブに手を掛け、しかし最後にひとつ気に掛かっていたことをシビトに尋ねる。


 聞かなくてもいいことなのかもしれない。聞く必要のないことなのかもしれない。

 それでもヒイラギは、聞かずにはいられなかった。


「……さっきの話、最後の方はシビトが出てこなかったけど、どうしてたんだ?」

「なにを聞くかと思えば……お前は嫌なところを突いてくるなぁ」


 シビトは泣きそうな顔で笑って、言った。


「見てたよ。見てるだけだった。俺はあいつを見殺しにしたんだ。どうだ、軽蔑しただろ」


 ヒイラギは何も言えなかった。

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