-59- ガーリックオブザデッド
お読みいただきありがとうございます。
なんだ。
「ああああああああぁぁぁ!!」
「ひ、ヒイラギ君!?」
「ああくそっ! やっぱり口にするべきじゃなかった! 仲間以外の奴を信じちゃいけなかったんだ!」
なんなんだ、これは。
シビトは自分の目の前で起こっている出来事が飲み込めていなかった。
毒など入れるはずがないし、料理を作らせている者たちもシビトの支配下にある。シビトが命令していないことを勝手にすることは絶対に有り得ない。
毒殺など、そんなメリットのないことをするはずがない。
もし毒が入れることが出来る者を考えるとするなら、それはシビトの支配の外にいる者となる。
たとえば、にゃんこ博士。
彼は成り行きでシビトの下についてはいるが、殺して手下にした訳では無いので絶対服従とはいかない。
シビトは隣に立つにゃんこ博士を見るが、彼も同じことを考えたのか、シビトを見ていた。にゃんこ博士もこの状況を作ったのがシビトだと思っていたのだ。
「お前じゃないのにゃ?」
「ったりめぇだろ。こんなことしてなんの意味がある……っ」
「それもそうにゃ……」
ならば、誰だ?
他の生者か?
この城にも何人か、まだ生きている者がいる。生かしている者らがいる。
特に意味は無い気まぐれだ。何かを企てている素振りも、徒党を組むようなこともなかったため、無意味に殺すこともないと思っていた。
これまで何もしなかった奴らが、今になって反旗を翻すか?
──いいや。答えはノーだ。
タイミング的にも意味がわからないし、やっていることも的外れだ。帝国を破壊したシビトを殺すならともかく、客人であるヒイラギを殺してなんになる。そもそも死者であるシビトは毒では殺せない。
考えれば考えるほど訳が分からなくなってくる。
ヒイラギは依然として苦しんでおり、シセルは敵意の満ちた目でシビトを睨んでいる。
「ちっ……糞が」
もうこうなってしまえば、シビトが何を言ったところで彼らは信じないだろう。
ならばもう、いっそのこと……。
シビトが濁った瞳でシセルたちを見据えると、それを遮るようににゃんこ博士が間に入った。
「にゃーに診せてみるにゃ。こう見えても医者の真似事くらいはできるにゃ」
「そんなこと言われて、はいそうですかって言うと思うの?」
「思わにゃいにゃ。思わにゃいが……このまま放っておいても、事態は何も好転しにゃいと思うにゃが?」
「お前らから仕掛けておいて、白々しいっ!」
シセルは床に散らばっていたフォークやナイフを拾ってにゃんこ博士に投げつけた。
力は封印されていても、『古き血』として人間以上の身体能力をもつシセルの投擲は人体に容易く突き刺さるはずだ。
にゃんこ博士はそれは百も承知で無抵抗でその身に受けた。
まあ猫の毛並みは貫通せずにそのまま弾いてしまい、無抵抗のパフォーマンスは意味を成さなかったのだが。
「そもそもそれ自体が誤解にゃ。にゃーたちは毒なんか入れてないのにゃ」
「信じられるわけないだろ!」
シセルにそう言われ、にゃんこ博士はため息をついた。
「にゃあ……。じゃあそこの少女に聞くにゃ」
「わ、私ですかっ!?」
「にゃあの知るシラカバシビトと言う男は、友人に毒を盛るような奴だったのかにゃ?」
「それは……ないと思います。たぶん」
「たぶんじゃねえ。やるわけねえだろ、そんなこと」
埒が明かない。
その場にいる誰もがそう思う。
こうしている間にもヒイラギはずっと苦しみ続けているのだ。
「あ……」
と、その当のヒイラギが口を開いた。
「に……く……」
「にく……肉? 肉に毒が盛られてたんだね」
「盛ってねえっつってんだろクソもやし」
ヒイラギはもう一度、今度はちゃんと聞こえるように、声を振り絞って言った。
「に、にんにく……」
「にん、にく……?」
アキヅキ、シセル、シビト。全員が頭に『?』を浮かべている中、何かを悟ったにゃんこ博士だけが額に手を当ててため息をつく。
足元に散らばったナイフとフォークを交差させ、魔術で聖属性を付与して簡易的な十字架を作ってヒイラギに近づいた。
シセルが突っかかるよりも早く、十字架をヒイラギの肌に押し付けると、その部分から煙が上がり、肌には十字架の跡ができていた。
「くっだらにゃいにゃあ……」
「いきなりなにを……っ」
「落ち着くにゃ。謎は全て解けたのにゃ」
にゃんこ博士はヒイラギが食べていた肉を指さして言った。
「吸血種にとっての毒であるにんにくを食べた。それだけにゃ」
「……」
「……」
「……」
その事実に、誰もが言葉を失った。
所詮はにんにくを食べただけのヒイラギも徐々に回復し始めており、そのヒイラギが否定しないことからそれが事実であるということを証明していた。
「なあラギ。ちょっと殴っていい?」
「……やめて」
「いいよ僕が許可する」
「私もいいと思います」
「……たすけて」
と。
一段落し、ぐちゃぐちゃになってしまった机やら料理やらをシビトが手下に片付けさせた。
そしてにゃんこ博士を交えて晩餐会を仕切り直しとする。
「ったく……人騒がせ過ぎんだろ。このにんにくマンめ」
「にんにくが弱点なんて知らなかったし……」
「吸血鬼ににんにくなんて有名な話だろ」
「まさかこっちでも通用するとか思わないじゃん!?」
今度はにゃんこ博士が玉ねぎを食べて死にかけた以外はつつがなく食事は進む。
「にゃあ……まさかハンバーグに玉ねぎが入れられてるとは……。殺しにきてるにゃ……」
げっそりとしたにゃんこ博士にヒイラギが尋ねる。
「その……にゃんこ博士さん? も『古き血』なんですか?」
「おいおいラギ改めにんにくマンよ。魔人と呼べ魔人と。ここは魔人帝国、俺たちのための国だぜ」
「じゃあ俺の呼び方も直してよ……。で、にゃんこさんも魔人なんですか?」
「お前もにゃんこ呼びはやめるにゃ。博士と呼ぶにゃ。にゃーも好きでこの姿をしてる訳じゃにゃいのにゃ」
と言ってにゃんこ博士は語り出す。
「にゃーは魔人でも、ついでに言って獣人でもなく正真正銘人間なのにゃ。はいそこ、嘘つきを見る目はやめるにゃ」
「はぁ」
指をさされたアキヅキはなんとも頼りない声で返した。
「にゃーがこの姿なのは深ーい理由があるのにゃ。簡単に言うと実験に失敗した結果なのにゃ」
「短ぇ……」
「本来なら神獣の力をこの身に宿す予定だったのにゃが」
「でもスケールはでけぇのな」
「にゃー。にゃにが悪かったのかにゃあ。思い出してきたら悲しくなってきたにゃ……。あ、そこのメイド、強い酒持ってきて貰っていいかにゃ」
にゃんこ博士が酒を飲み、絡まれたシセルと共に潰れたので、晩餐会はお開きとなった。
シビトは手下ににゃんこ博士とシセルを部屋に運ばせ、アキヅキたちの部屋の手配をする。
その後にシビトとヒイラギは部屋を移して二人で話していた。
「んじゃ、お前らが会ったクラスメイトはフカザトと俺だけってことか。やっぱそう簡単に出会えるもんじゃねえのな」
「グループチャットでうまくやれば、会おうと思えば会えたんだろうけどね」
「ま、大所帯の上、半数以上が子供だ。余計なリスクは避けたかったってとこだろ」
「そういうこと」
シビトはグラスに入ったワインに口をつける。ヒイラギもそれにつられるように飲んだ。
「俺らまだ未成年なんだけどなぁ」
「こっちの世界じゃ、十五で成人らしいぜ。そもそもこの国じゃ俺が法だ。飲酒オーケー」
「はは、シビト酔ってる?」
そう言ってヒイラギはグラスをあけ、それを見たシビトは新たにワインを注ぐ。
「ありがと。そう言えば、まだ俺たち以外にクラスメイトは来てないの?」
「あー? 来てねーよ。お前らが一番だ。一等賞おめでとう。なーんて……」
「え?」
ヒイラギは本当に不思議そうに首を傾げ、言った。
「シビト。なんで今、嘘をついたんだ?」
「……あ?」
シビトは目を細めて、ヒイラギを見ていた。




