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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
3章 魔人帝国シラカバ
87/124

-58- ゆらゆらレコード

お読みいただきありがとうございます。


前回から1ヶ月近く開いてる上、前回とは関係のない話ですが……。

一応、-55-の続きとなります。

 その少女──エルゼと出会ったのは、もちろん僕が奴隷商人であるザッハと出会ってからだ。

 つまり、出会ってから1週間くらいしか経っていない、知り合いと呼ぶにも首を傾げてしまいそうな関係だ。……彼女が僕を認識しているかも怪しいのでどれだけ時間を重ねても知り『合い』にはなれないかもしれないが。

 まあそれはいい。


 僕は一応彼女のことを……なんと言えばいいのか、気に掛けている。と言うよりは気になっている、だろうか。

 小さな女の子ということもあり、妹のいる僕としては重ねてしまっているという理由もある。


 ただまあ小さな女の子の奴隷というだけなら、もちろん他にもいる。子供に限らず、僕と同じような年齢の奴隷を見るとなんだか可哀想だなぁという感情は沸いてくるので、その点だけでエルゼが気になっているという訳では無い。


『どうして、いまになって……っ』


 初めてエルゼと対面した時、彼女は僕の顔を驚いたような顔をしてそう言ったのだ。


 今と変わらない、起きているかも寝ているかも分からないような衰弱しきった状態にも関わらず、身を起こして、はっきりとした声で。


 その時はなんとも思わなかった。

 ただ単にそんなこともあるよねと流していた。


 けど、今にして思えばあれは明らかにおかしい。

 あの時以外に僕は彼女の声を聞いていないし、彼女もそれ以外になんの興味も抱かない。


 そのエルゼが唯一反応したのが僕であるというのなら、おそらく、エルゼは僕に誰かの面影を重ねたのだと、そう推測した。


 つまり、この世界では珍しい日本人特有の顔。


 もしかすると、クラスメイトの誰かと関係があるのではないかと、そう思って。


祝詞(ノリト) (ミサオ)、えっとあかさたな……次は誰だっけなぁ」


 ここに来る度に、出席番号順に僕はクラスメイトの名前を呟いている。

 これまで半分以上言ってみて全く反応しないから、正直意味ないんじゃないかと思ってるけど言うだけならただだ。暇つぶしにもなる。


 もちろん、他にも日本人が来ている可能性もあるし、そもそも日本人なんて全く関係ないこの世界の誰かを重ねたのかもしれない。重ねてすらいない、僕の勘違いかもしれない。

 それならそれでいいんだ。本当に、ただの暇つぶしなんだから。


「は、は……『は』っていなかったっけ。じゃあ(ヒイラギ) 終日(ヒネモス)(ヒイラギ) 終夜(ヨスガラ)

「……」


 いま、反応した?


「ヒイラギ、知ってる? 双子の兄妹なんだけど」

「……」


 気の所為だったかな。


 気を取り直して次の名前を呼んでみる。


深里(フカザト) 真理(シンリ)

「ッ!」


 当たったと、そう確信した。


 彼女は大きな瞳を見開いて、何かを言いたそうに口を震わせる。


「ぇ……ぁ、ど、……」


 けれど言葉は出てこない。

 何日も飲まず食わずである彼女の口からは、掠れた音しか出てこなかった。


 僕は持ってきた食事をもう一度彼女の前に差し出して言った。


「ほら、食べなよ。そしたらどんな質問にも答えるから」



「……」


「(もぐもぐ)」


 差し出した食事を無言で食べているエルゼ。

 手持ち無沙汰にそれを眺めながら、深里とエルゼの関係性を考えてみたけど、やはり答えは出ない。


 というか、こんな異世界でクラスメイトの知り合いと出会えるなんて、世間は狭いというかなんというか。


 偶然という言葉よりも、運命という言葉の方が似合いそうだ。


 なんてことを考えているうちに、エルゼの食事が終わる。

 最後に水を飲んで押し流し、息をついていた。


「んっ、くっ……ふぅ……。食べおわりました」

「早いなぁ。よく噛んだ?」


 茶化すような言葉を無視して、エルゼは僕に尋ねた。


「あなたは、シンリさんを知っているんですか?」

「うん。知ってるよ」

「どうして」

「どうしてって言われても……」


 どうして、か。

 普通ならクラスメイトだからって言葉で済むだろうけど、それをそのまま言って伝わるかどうか。


「友達だからだよ」


 まあ、友達って言ってもいいよね。

 小中高一貫の学校だったから、知り合ってから言えば10年近く経っているわけで。言ってみればクラスメイトが全員幼なじみって感じだ。なんかのタイトルみたい。くらおさ。


「友達……? それじゃあ、ヒイラギさんとも?」

「あ、柊のことも知ってるんだ。兄の方? それとも妹?」

「わたしが会ったのは、男の人でした」

「じゃあ兄の方だね。柊とも友達だよ。他に知ってる人はいる?」


 聞くと、彼女は首を振った。


「……シンリさんが」


 エルゼは、片手を自らの胸の前で握り、ほんの少し不安そうな顔をしてこう言った。


「あの人が、いま、なにをしてるのか…………知って、いますか?」

「いや、知らないけど」

「そう、ですか……」


 それを聞いたエルゼは悲しそうに目を伏せる。けれどどこか安心したようにも見えた。


 まるで捨てられた子犬のようだと、そう思う。いや、捨てられたのだと信じられずに、健気にも飼い主を待っている子犬だろうか。


 深里とエルゼはどんな関係だったのだろう。


 エルゼにとっての深里真理。

 それはきっととても大きな存在であるはずだ。

 でなければ、無気力で無関心に過ごしていた彼女を名前だけで起こすなんてできなかっただろう。


 対して、深里真理にとってのエルゼという存在は。

 いま、こうして彼女が彼のことを待ち焦がれていることがその答えになっているのかもしれない。


 彼はきっと、見て見ぬふりが出来てしまう悪人ではないだろうから、エルゼのこの状況すら知らないのだろう。


「……」

「……」


 沈んだエルゼが黙り込んだことにより、ガラガラという馬車の車輪の回る音がよく聞こえてくる。

 商隊の従業員たちの雑談の声。馬の鳴き声。リーダーであるザッハが指示を出しているのも聞こえた。


「あー、その。もしこれから深里に会うことが会ったら、エルゼのこと伝えとくよ」

「……」

「それまで誰かに買われないようにね……なんちゃって……あ、はは……」


 ははは。

 ミスったああああああああぁぁぁ!!

 完全に言う必要のないことでしたねごめんなさい。

 違うんだよ。この暗い雰囲気を入れ替えようとしただけなんだよ。

 ああ。エルゼがさらに沈んでしまった。

 そうだよね。奴隷なんだからいつ買われるかも分からないよね。

 それにエルゼは美少女と言って差し支えない容姿の持ち主だ。今はまだ子供でも、将来有望になることは間違いないだろう。

 であれば、買われてしまうのは時間の問題だ。


「そ、そう言えば、エルゼは深里とどうやって出会ったの?」


 変に気を使うとまた墓穴を掘ってしまいそうなので、僕はエルゼに話題を振ることにした。

 誰でも好きな物を話せるなら、嫌なことを忘れたりできるだろう。


「シンリさんと、であった時のこと……」


 その目論見は成功し、エルゼは言葉を探すようにぽつりぽつりと話し始める。

 だんだんと口は軽くなり、身振り手振り、時に恥ずかしそうに顔を赤らめたり、年相応の女の子っぽい反応もしていた。

 この娘は本当に深里が好きなんだなぁと伝わってくる。


 ……というか命の恩人とか、シンリさんぱねぇっす。


 シンリさんシンリさんシンリさんシンリさんシンリさんシンリさんシンリさんシンリさんシンリさんシンリさん……。


 んー?


 同じ話題が十週目を超えたあたりから、ちょっとあれ? って思ってきた。

 いや、あれ? ってなったのは二周目からなんだけど。


「それで、シンリさんが……」


 十周目も佳境に入り、そろそろ十一周目が始まりそうだけど、エルゼの『シンリさん語り』が終わりそうな気配はない。

 自分から振ってこんなこと思うのはアレなんだけど、正直キツい。

 内容が少ないのも悲しい。たぶん、エルゼと深里が一緒にいた期間は短いのだろう。


 最初の方は相槌を打って続きを促したりしていたけれど、今では何もしなくても勝手にエルゼが喋る喋る。

 この娘、もしかしなくてもヤンデレ気質があるかもしれない。ふかざとくんにはがんばってほしいとおもいました。


 その話は、従業員が全然戻らない僕を呼びに来るまで続いた。


 が。


「もう少しだけ、この人とお話がしたいんです。いいですよね? だって最初、奴隷になるとき、わがまま言っても聞いてくれるって、言ってましたよね?」

「あ、ああ」


 エルゼは上級奴隷としての権利を十全に発揮し、退けた。


 結局、エルゼが疲れ切って眠ってしまうまでの数時間、もはや数百回というレベルでエルゼと深里の話を聞いた僕は、おそらく一言一句間違えずに暗唱できることだろう。


 すやすやと寝息をたてているエルゼの馬車から降りる。


「あー……つかれた」


 体を伸ばして深呼吸する。冷たい空気が肺を満たした。

 夜はもうすぐ終わる時間なのか、遠くの空はうっすらと白んでいる。


「ふわぁーぁ。ねむ……って、うわぁ」


 口に手を当ててあくびをすると、目に入るのは自分自身の腕だ。

 肌色ではなく、呪いが進行して黒に染まってきた鬼の腕。


 それが意味することは、もう余り時間がないということ。このままいけば、僕は数日後には理性を失った呪鬼へと変貌してしまうだろう。


 一度死んでしまえば、呪いはリセットされるのだろうけど、同時にザッハやエルゼからの記憶もなくなってしまう。


 他の人からしてみれば惜しむにはあまりにも短過ぎる期間だと思うかもしれないけれど、僕にとっては得がたいものなのだ。

 誰かに覚えてもらえているという事実だけで、救われる気持ちになれる。


 それに、忘れられてしまうことはとても辛い。出来ればもう味わいたくないほどに。


 だから、この商隊と共に行動するのももうすぐ終わりだろう。

 もう少ししたら僕は、死期を覚った猫のように姿を眩ませる。


 これからのことは何も考えてないけれど、エルゼのために深里を探すのもいいかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか朝日が地面を照らしていた。

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