-57- 晩餐会
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入国手続きなどは何もなしに帝国へ入国し、今はトンネルのような通路を進んでいるヒイラギ一行。
「話を聞いた時は、そんなまさかと思ってたけど……本当に、こんなに簡単に入れるだなんて」
生まれて初めて、堂々と門をくぐり帝国への入国を果たしたシセル。
彼の漏らす声には感嘆が混じっていた。
十年前に壁が作られて以来、魔物スキルを持つ者たちは合法的な手段では街に入ることすら出来なかった。
それはシセルの生きてきた王国だけの法律ではなく、大陸全土の決まりである。
その絶対のルールが適応されていないことに困惑しつつも、やはり嬉しさが先立ち、馬車の中の子供たちと同じように目を輝かせていた。
ちなみに世界の事情とかそんなの知らない子供たちは単に知らない土地に興奮しているだけである。
そんなシセルたちを微笑ましく思いながら、アキヅキは馬車の中から顔だけ出して感想を口にする。
「というか、何も無さすぎですよね。門番とか突っ立ってるだけじゃないですかー」
「シビトがそういう風にしたんじゃないかな。日本人ぽい人は素通りで〜みたいにさ」
「ぽい人って完璧門番の主観ですよね〜。まあたしかに結構顔の作りは違いますけどうええええ!?」
通路を抜け、帝国の街並みを目にしたアキヅキは驚きのあまり声を上げた。
馬車を操るヒイラギとシセルも突然の光景に口をぽかんとあけて固まっている。
「これ、は……」
壊滅。あるいは崩壊という言葉がよく当てはまる。
まるで爆撃でもされたのかと思うほど破壊し尽くされた街並み。
建物は倒壊し、地面は爆ぜ、あちらこちらに侵入禁止の立て札が立てられている。
遠くに見える城にすらも大きな穴が空いていた。
穴には布が被せてあったり、魔術師が土魔法で直す復旧作業も行っている。
しかしそんな光景にも住人たちは慣れているようで、気にした素振りも見せずに普通に過ごしている。
そのことから、この光景が作られてからそれなりの時間が経っているのだとヒイラギたちは推測した。
「あ、あの!」
いったいこの場所で、いやこの国で何が起きたのか。それを聞くためにヒイラギは側を歩いた住人に声を掛けた。
「ここはシラカバ帝国です」
「は?」
「ここはシラカバ帝国です」
「いやあの」
「ここはシラカバ帝国です」
何度問いかけてみても、返ってくるのはRPGで村の入り口に立っているようなキャラのセリフ。
ゲームであれば、どの村どの町にもいる定番の立ち位置のキャラではある。が、いくらファンタジー世界だとはいえここは紛うことなき現実である。
眉をひそめたヒイラギは、荷台に乗っているアキヅキを振り返り、意見を求めた。
「どう思う?」
「いや普通に悪ふざけだと思いますけど」
真顔で返すアキヅキ。
そして、その言葉を肯定する声が前方から聞こえた。
「その通りだぜ根暗っ子」
色を抜いた髪、その頭の上に置かれた見るからに高価そうな冠がまず目を引いた。
記憶にあるものよりも少し顔色は悪そうだが、それは食生活が日本とは全く違うからだろう。彼の自信に満ちた表情は日本にいた時と全く変わっていない。
笑っている時の彼は、見ようによっては人を見下しているようにも見えるが、それも彼の個性であると友人であるヒイラギは知っていた。
「シビト!」
「よぉラギ。久しぶりだな! ついでに、あれだ。あー、根暗っ子も久しぶりな」
「……アキヅキですよ」
「冗談だ。クラスメイトを忘れるかよ秋月三日月」
片手を上げて応じたシビト。
友人に出会えたことで感極まったヒイラギは馬車から飛び降りシビトに駆け寄った。
「本当にシビトだよな……っ。お前、本っ当……ていうか王様ってなんだよ!」
「正確には皇帝だぜ。勉強不足だなぁラギ。てかお前らこそどうしたよ。予定と随分違うご到着じゃねえか」
「いや、まあ出国する時に色々あってね」
「はっ、なんだそりゃ」
シビトは笑って、今度はヒイラギの後ろに控えているアキヅキたちに目を向ける。
見知らぬ白い少年と、年端もいかない数人の子供たちがシビトを見ていた。
少年の方は警戒心を隠そうともせずに、子供たちはただ興味深そうに。
「それに、結構な大所帯じゃねえか。大人も全然いねぇし……あと、あいつはいねぇのか?」
「あいつ?」
「以前チャットでお兄ちゃんだのアナザーだのやってたのお前らだろ? なら深里の奴もお前と一緒にいるんじゃねえかと思ってな」
「ああ、シンリは……」
「シンリだぁ?」
シビトは、ヒイラギがシンリを下の名前で呼んだことに何とも言えない表情で反応する。
「……いや、こんな世界だ。一緒にいれば嫌でも親しくはなるか」
が、すぐにそう納得する。
ヒイラギは今のシビトの反応を不思議に思ったが、シビトが変なところに引っ掛かり、勝手に自己解決することはたまにあったので気にしないことにした。
「で、そのシンリクンはどうしたんだよ」
「シンリクンて。まあ、色々あって別行動することになって……」
「色々、色々ってそればっかりか」
「本当に色々あって一言で言えないんだって」
「はっ、違いねぇな! こんな世界に飛ばされて、何もねえ奴もいねぇだろうよ」
シビトは壊れた帝国の光景を見渡した。
目を細めて、これまでのことを思い返すように。
言葉に出すことはなかったためヒイラギにはその行動の意味を理解することは出来なかったが、彼にも『色々あった』ことを察し、黙って時が過ぎるのを待つ。
「まあ、なんだ」
街並みから視線をヒイラギに戻したシビトは、思い出したように言う。
「いつまでも立ち話しってのも疲れんだろ。俺の城へ、この皇帝様が直々に案内してやんよ」
〇
「うまっ! 肉っ! 肉! うまっ!」
「うぅぅぅ……っ。もう雑草なんて食べなくていい。石をかじるヒイラギ君なんて見なくていい。この子たちにもおなかいっぱい食べさせてあげられるぅぅぅぅぅ!」
「ぱん、ふわっふわ!」「あまーい!」「すごーい!」
「………………」
一心不乱に肉を頬張り続けるヒイラギ。一口一口を噛み締めながら涙を流すアキヅキ。見たこともない豪勢な料理にはしゃぎまくる子供たち。
そして、その料理を前にしてなおシビトを警戒し、口をつけようとしないシセル。
彼らが今いるのは城内の食堂だ。
元は皇族が使用していた空間で、長いテーブルが置かれている。
皇帝であるシビトの座るべき場所は最奥の上座であるが、今は真ん中らへんでヒイラギたちとまとまって食事をとっていた。
対面に座るシセルが食べていないことに気が付いたシビトは、肉を刺したフォークを彼に向けながら言う。
「おいおいどうしたよ美少年。遠慮せずに食っていいぞ。お前らのために作らせた料理だ」
「……要らないよ。なにが入ってるか、知ったもんじゃない」
「……あ?」
シセルの言葉に、シビトは眉をぴくりと動かした。
「俺が毒でも盛ってるって言ってんのか?」
善意で級友に振舞った豪華な料理。
自分の今の地位を自慢したいという気持ちがなかった訳では無いが、ヒイラギたちに良いものを食わしてやろうという思いはシビトの善意から来ているものだ。
それなのに、ありもしない悪意を疑われた。
しかも、本来であればこの席に座らせる必要もない、ヒイラギの連れと言うだけの初対面の奴に。
ガシャン、と。
もとよりそこまで温厚でも寛容でもないシビトは不機嫌を示すようにテーブルを蹴りあげた。
騒いでいたヒイラギたちも思わず静かになり、子供たちも小さく悲鳴をあげる。
当のシセルはシビトに対して鼻で笑った。
「はっ、毒とは一言も言ってないけどね。でも初めにそんなに言葉が出るってことは、心当たりがあるんじゃないの?」
「言ってくれんじゃねぇかクソもやし」
額に青筋を浮かべたシビトはシセルに腕を向け、拳を握り──
「そこまでにしとくにゃ」
その手を、人間大の猫に止められた。
「……にゃんこ博士」
向かい側で「き、キモかわ……っ」などと口にするアキヅキの声を聞かなかったことにして、シビトは自分を止めた者の名前を呟いた。
「頭に血が上りやすいのは、お前の悪い癖にゃ」
「……分かってる」
掴まれた手を振りほどき、不満げな顔でそう言った。
「そっちの白い少年もにゃ」
「……」
新たに現れた珍妙な人間……とも言えない猫をさらに警戒するシセル。
そんなシセルの様子を見て、次にヒイラギやアキヅキたちを見渡して、全てを理解したにゃんこ博士は盛大にため息をついた。
「慕ってる兄や姉が取られた気がして拗ねる気持ちも分かるけどにゃ」
「はぁ!?」
突然そんなことを言われた彼は、目を丸くして、ひっくり返ったような声を出し、「そんなんじゃない!」と否定した。
「違うのかにゃ?」
「違うっ!」
「じゃああれにゃ。仲のいい友達に、自分よりももっと仲のいい友達がいて、不貞腐れる気持ちかにゃ」
「ちっがーうっ!」
怒りか照れかは分からないが顔を赤くするシセルを「にゃあ、にゃあ」となだめるにゃんこ博士。
「いやぁシセルが俺たちのことをそんなふうに思ってくれてたなんて、嬉しいなぁ」
「なっ」
最悪だった空気がなんともほんわかしてきたのを察したヒイラギは、この機を逃すまいと全力で乗っかった。
「でーすねー。ほら、シセル君。私のことはお姉ちゃんって呼んでくれていいですよ〜」
「ちがっ」
アキヅキもそんなことを言い、良いように弄られているシセルをニマニマ見ながら、さっきまで険悪だったシビトも混ざる。
「くっくっく。俺、お前のことがなんかかわいく見えてきたかも」
「はぁ!?」
「ごめんな。でもお前の大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんを取ったりしないから安心してくれ」
「ああああああああぁぁぁ!!」
湯気が出てきそうなくらい顔を赤くしたシセルは思いっ切り叫び、テーブルに顔を伏せた。
しばらく、みんなシセルを温かく見守る。
元気な子供たちも、空気を読んでか静かにシセルを見ていた。
くぅー。
「……食べる」
自分のお腹がなり、シセルは顔をあげた。
にゃんこ博士に言われたことが事実であるとは断じて認めないが、変な意地を張るのが無意味だと思ったのだ。
たとえもしシセルの懸念通りに料理に毒が混ぜられていたとしても、自分以外の全員が倒れてしまうのなら、どのみちシセルも終わりだ。
ここは敵地(?)のど真ん中で、シセルは今悪魔の力を使うことが出来ないのだから。
それならもう、おいしい料理を食べた方がいいに決まっている。
ちなみに恥ずかしさでヤケになっていたりもしない。断じてない。合理的判断だからこれ。
「おお食え食え! ぶっちゃけお前のこと空気読めないし友達もいないただの自己中クソもやしだと思ってたけど、結構好きだぜ!」
「僕は君のこと嫌いだけど!」
ふんっと言いつつもパンに手を伸ばし、さっきまでの態度が嘘のように躊躇なく口にする。
「!」
これまでに食べたことのないようなおいしさ。思わず顔がほころんでしまいそうだが、しかし目の前にシビトがいるため顔に力をいれて真顔を保つ。
──と、自分では思っているが、無理に表情を固定しているためどっちつかずの表情になり、そんな美少年の変顔を見てそこにいた人たちは全員堪えきれずに吹き出した。
笑い声が部屋中に響き渡る。
そんな中で、
「うっ……」
突然胸を押さえて苦しみ出したヒイラギ。
テーブルに思い切り体を打ち付け、食べていた肉が皿ごと床に落ちた。
苦悶の表情を浮かべ、早くなる呼吸を調えようと深呼吸を繰り返す。痛いのか、苦しいのか、それを誤魔化すために身を捩ろうと試みるが、ビクリと身体が跳ねて椅子から転げ落ちた。
「あぁあああああぁああああ!!」
その叫び声はどこか、何かを伝えようとしているようにも聞こえて。
ヒイラギの目は、なにかを訴えかけているようにも見えた。




