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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
3章 魔人帝国シラカバ
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-55- ゆらゆらダイアリー

お読みいただきありがとうございます。


〇簡易登場人物紹介〇


由良ユラ 由良ユラ


魔物スキル【※※】

死ねば強制的に他人に忘れられ、それを代償に生き返るという誰からも忘れられた少年。


加えて呪鬼という化物になる呪いを受け継いだため、身体能力は大幅に上がっている。正直死なないのでデメリットはほとんどなかったりする。


かなり高度な槍の技術をも持ち合わせているため、たぶんすごく強い。

 死とはなんだろう。

 別に哲学をしたい訳では無いけれど、僕はそんなことを考える。


 脳が死んだ時か、心臓が止まった時、あるいは息をしなくなった時か。

 誰もが知っている有名なマンガでは、人は人に忘れられた時に死ぬのだと言っていた。


 だけれど、そうであるのなら。

 いわゆる『肉体的な死』、先程挙げた脳死や心停止をした時、誰からも忘れられてしまうことと引き換えに生き返ってしまう僕は、蘇っていると同時に死に続けているんじゃないだろうかと、そんなことを思ってしまう。


 もちろんそんな思考に答えなんて出ない。

 別にそれはいい。

 そもそも答えを出すことを目的にしている訳でもないただの暇つぶしに過ぎないのだから。


「……いや、化物に人の死を当てはめるのは違うのかな」


 木陰に腰を下ろしている僕は小さく息を吐く。そして元の世界と変わらない青い空を見上げた。


 そんな僕の視界に映り込む人影。

 長身痩躯の男の顔だ。


 行き倒れていた僕を、何らかの思惑を元に拾った奴隷商人の男。

 名をザッハという。


「休憩は終わりです。そろそろ進みますよ」

「……了解っと」


 手に持った槍を地面に刺し、それを支えに腰を上げる。


 現在僕は奴隷として、そして用心棒として日々を過ごしていた。



 あの日。

 呪鬼を殺したあの日、呪われた身となってしまったあの日。

 アルエから、ディナさんから、村の皆の記憶から消え去ってしまったあの日。


 僕は逃げた。

 逃げて逃げて逃げ続けた。

 何日も、何週間も、もしかしたら何ヶ月も。


 その時のことはあまり覚えていない。

 ただ、空腹や疲労のリセットのためだけに自殺し、意味もなく逃げ続けていたことだけは覚えている。


 その過程で、疲労のリセットのタイミングを間違えて、倒れてしまった所を拾われて、今に至る。


「起きたらお前は奴隷だっていきなり言われて驚いたけどさ」


 馬車の横を歩きながら進んでいる僕がそう零すと、御者をしているザッハが反応した。


「なにか言いましたか?」

「いやぁ、ザッハさんに拾われた時のことを思い出しててね」

「ああ。くくっ、まさか、呪鬼なんて化物だったとは思いもしませんでしたがねぇ」

「それを知ってなお使うってのも大概だと思うけどね」

「生憎と、使えるものは何でも使うということこそ商人の性でして」


 そう言って、僕は付けている眼帯の上から瞳を撫でる。


 そう、彼は知っている。

 僕が化物であるということを初見で見抜いていた。

 見抜いていたというか、呪鬼の初期症状である片目が塗り潰したように黒くなることを知っていたのだ。


 それでも彼は少し驚きはしたものの、恐れることなく僕を奴隷として近くに置いた。


 奴隷の首輪の強制力を信じているのとは少し違うだろう。

 外そうと思えば自力で外せることは一応だけど申告してあるし、呪鬼の恐ろしさはそんな所にはないのだ。


 呪鬼が疎まれ恐れられている点は、撲滅出来ないということと、いつ暴走するか分からないという所にあるのだから。

 言ってみれば火のついた爆弾を抱えているのと同じだ。

 とてもではないが、正気の沙汰でないことは明白だろう。


 故に、そんなことを出来てしまうザッハの考えはよく分からない。

 まだ知ってから数日と経ってない関係ではあるけれど、頭の回転の早い男だ。無意味なことはしないだろう。

 

 いや、『面白さ』、つまり非日常を求めているらしい彼のことだ。ただの気まぐれだとしても不思議ではないのかもしれない。


「……ん」


 僕の持つ謎スキル、あるいは呪いといっても過言では無い【※※】、その能力の一部である危険センサーが反応した。


「前方、敵性反応。もうじき見えると思います」

「あなた一人でどうにかなりますか?」

「問題ありません」

「では、頼みます」


 移動速度、個体数からみると、敵意を持った人間ではなくおそらく魔物だろう。

 呪鬼の身体能力、そしてこの世界の頂点に限りなく近い人物を模倣した槍術を扱える僕にとって、倒せない敵というのはかなり少ないだろう。

 さらに言えば、【※※】で生き返ることを許容するのなら、殺せない生物はいない。

 許容しないけど。


 足に力を入れて、駆け出した。

 流れていく景色を横目に視界に入ってきたのは、犬、というよりは狼だろうか。毒々しい色のまだら模様の毛皮を持った狼の魔物だった。


「ギャンッ」


 数は十。

 いま一つ減って九。


 槍に刺さった死体を振り払い、牽制として放り投げる。

 突如現れた僕を敵と見定めた狼たちは唸ることで威嚇し、僕を取り囲む。


 取り囲むだけですぐには襲ってこなかったから、僕は自ら近付きまた1匹殺した。

 接近に気付けなかった、その隣にいた個体も槍で貫く。

 そこでようやく飛び掛ってきた狼の顎を掴んで地面に叩きつけた。


「オォーン!」


 瞬く間に半分近くを失った群れは、撤退を決断したらしい。

 僕に背をむけて、散りゆくように去って行く。


「……」


 魔物の死体を見下ろしながら、僕はザッハの馬車が来るまでその場に立ち尽くしていた。



 夜。


 現代日本と違い、どこにでも泊まれる施設がある訳でもない異世界だ。

 当然、村と村を行き来する途中に日が暮れれば野宿という手段をとることとなる。


 まあ、奴隷と従業員を合わせて100人近い大所帯。

 たとえ村であっても野宿とあまり変わることがないのはこの前寄った村で分かっている。


 どちらにしろ、用心棒という立ち位置にいる僕は、寝ずの番として見張りをするのだけど。


 何もすることがないので、動き回る人たちをぼーっと見ていると、声をかけられた。


「おい。これを上等の奴らに持っていけ」


 声を掛けたのは、奴隷ではなく従業員。

 もちろん用心棒である前に奴隷である僕のカーストは底辺であり、命じられるのは珍しくはない。


 手渡されたのは、決して貧相ではない食事だった。

 もしかすると、貧乏な家庭のちょっと豪華な夕食というくらいには手が掛けられているかもしれない。

 つまり、奴隷に食べさせるには惜しいレベルのものだ。


 ここの奴隷商隊では奴隷にランク付けをしており、上等、中等、下等と分けている。


 主に容姿や教養、能力、そして種族などによって分類される。

 そう言えば処女性なんかもプラス査定として……いやなんでもない。


 上等奴隷の扱いは、先程示したような食事が与えられ、生活魔術による清掃が毎日行われる。拘束は首輪と手錠のみで、望むのなら外を歩いたりもできる。ストレスをあまり与えないようにされているのだ。


 中等奴隷の扱いは上等よりも下がるが、味はともかく空腹を感じなくなる程度の量の食事、数日の頻度だけど身だしなみが整えられる。行動の自由は与えられていない。


 下級奴隷、ここでは主に犯罪を犯して奴隷堕ちした人たちがここに分類されている。そのため、需要がほとんど土地の開拓や鉱山、捨て駒兵士となっており、生きていればいい、というレベルの世話しかされない。

 1日ひとつのパンのみの食事、清掃魔術は使われるはずもなく、ひとつの檻に十数人単位で押し込められている。


 ちなみに僕に与えられている食事は下級と同じパンだけだったりする。3食出るけど。


 ともあれ、渡された食事は上等奴隷へのものだ。


 多くの奴隷がいるこの商隊でも、上等奴隷として扱われているのはほんの数人しかいない。


 自分の価値をよくよく理解しており、立場が上の従業員に対しても傍若無人に振る舞うため、あまりにも扱い辛く、近付きたくないというのが従業員の総意である。


 機嫌を損ね、自傷などされてしまえば商品としての価値が大幅に下がってしまう。そしてその損失を補填できるだけの大金を、平社員のような立ち位置の従業員が払えるわけもない。


 そんな誰もが嫌がる仕事を回されるのが、いい感じに扱いやすい僕というわけだ。


 とはいっても、所詮は食事を渡すだけの簡単なお仕事。


 相手の機嫌が悪くなければ、何か気に障るようなことをしでかさなければ何事もなく終わる。


 いくつかの馬車を回って食事を渡し、残すところあと一人となった。


 ただこの最後の一人が少し特殊であり、ひとつの馬車をひとりのためだけに当て振られている。

 ザッハに聞いたところ、理由は精神的に不安定ということと、強力な魔法を扱うため危険だかららしい。


 見た目的には小学生くらいの少女なため想像もつかないが、最初に奴隷にする時に何人かに重症を追わせたのだとか。

 今では魔法を使えなくする特別な枷をしているためその心配はないそうだけど、一応の保険に隔離しているらしい。


「……入るよ」


 いつもの事だけど返事はない。

 そもそも、最初に顔を合わせた時以外に彼女の声は聞いていない。

 たまに、何かをぶつぶつと呟いてはいるようだけど。


 馬車の天幕を上げると、力なく横たわった少女の姿が目に映る。

 手のつけられていない冷めた食事は昼のなのか、朝のなのか。

 少なくとも僕の知る中で、彼女は一度も食事をしていない。


 どうして生きているのか、よくわからない。

 普通の人間ならば、1週間も飲まず食わずであれば死んでもおかしくないだろう。こんな小さな女の子であるのなら尚更だ。


 彼女は瞳だけを動かし、馬車に入った僕を数秒見つめたあと目を閉じた。


 僕はため息をついて、食事を入れ替える。

 おそらく、これも手をつけることは無いのだろう。


 正直、こんな弱りきっている少女を見るのは辛いものがある。


 僕は彼女の食事からパンを手に取った。

 僕の食べる硬いパンとは違う、ふんわりと柔らかいパン。


 それを彼女の口の前に持っていき、食べるようにと声をかけた。


「食べないと死んじゃうよ、エルゼ」


 ザッハから聞いた名前を呼んでも、エルゼが反応することは無かった。

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