-53- 魔人帝国シラカバ
お読みいただきありがとうございます。
短いです。
新章のプロローグとでも思ってもらえれば。
【???】
どうしてこんなふうになっちゃったんだろう。
〇
「くはははは! 見ろ、見てみろよ! これがお前の国だぜ皇帝様よォ!」
狂気に濁った瞳を見開いた少年が、窓の外に腕を広げながら言う。
ミーディア王国に並び、神国フォルティニィと共に三大国家と呼ばれるグリンラガル帝国。
その城の最上階。皇帝の部屋。
遥か高みから見える景色は帝国を一望でき、今の被害状況を嫌でも認識させられる。
人が、人を殺している。
親が子を。子供が大人を。
友人を、仲間を、恋人を。
殺して、殺して、殺している。
流れる血は川となり、道を赤くしていた。
もはや、奪われた命は十や百では済まないだろう。
その光景を、少年に首を掴まれながら見せつけられているのは、グリンラガル帝国現皇帝グウォンテフ・グラ・グリンラガルだ。
贅を尽くした生活を送り、丸々と太った絵に書いたような権力者。
彼は涙と鼻水と血で脂ぎった顔面を穢し、それでも少年に命乞いを図る。
「た、助けてくれっ! 望むものはなんでもくれてやろう! 金か! 女か! それとも権力か!? お前が望むのなら、この皇帝の地位ですらくれてやる! だからっ……」
その言葉は遮られる。
少年に顔面を机の角にぶつけられたからだ。
「ふっざけんじゃねえ! 助けてくれだァ!? 自分の番になったらそう言うのかテメェは! 『あの娘』が殺さないでと言った時、お前はどうしたよっ!? 見逃したか!? 助けてあげたか!? 答えてみろよなぁ! なぁ! なぁ!」
「ぐっ、がっ、ぶっ!」
何度も、何度も、皇帝の顔を叩きつける。
片目は潰れ、鼻は曲がり、歯は折れた。
それでも少年は手を止めず、怒りに任せて皇帝を痛め付ける。
「俺は別に、あいつのことが好きなわけじゃなかったさ! クラスでも話したことはほとんどねえよ。デブだし、オタクだったし、見るからに陰キャだったしな。接点なんて何も無かった。けどなぁ!」
もう一度、強く叩きつける。
「それでもっ、この世界で唯一会えた知り合いだったんだ! それに、どれだけ救われたか……っ。それを! それなのに、お前はっ……くそ! 何が化物だ! じゃあお前らはなんなんだよ! 平気で彼女を殺したお前らの方が化物だろうが!」
これまで溜め込んだ怒りを、彼は皇帝にぶつける。
少年のクラスメイトだった一人の少女を目の前で殺された恨みを。動くことができなかった過去の自分への怒りを。
感情のままに皇帝を痛めつけた。
既に皇帝の手足はだらりと下がり、意識も失われている。
いや、少年の人間を超えている腕力で何度も叩きつけられた皇帝は既にその命を散らしていた。
「お前だけは俺の手で殺したかったんだ」
少年は皇帝の死体を放り投げ、静かに呟いた。
そして、窓の外の光景を眺める。
破壊し尽くされた帝国。
先程まで響いていた音はなく、静かなものだ。
誰一人として身じろぎ一つしないことから生まれた静寂。
鼓動の音すらそこにはない。
全ての命が失われた。
しかし。
「シビト様」
皇帝の死体が起き上がり、少年の名前を口にした。
ぐちゃぐちゃの顔面、折れた首、あらぬ方向に曲がった身体。
見るからに死んでいなければおかしい死体が、起き上がる。
帝国中で、死体が起き上がる。
『シビト様! シビト様! シビト様!』
死体が叫ぶ。
少年を讃えるように、彼の名を呼ぶ。
万を超える死体が、一糸乱れず呼び続ける。
その光景を眺めながら、少年は薄く笑う。
「確かに俺らは化物かもしれねぇよ。たった一人で国を壊せたんだ。人間からしたら、そんな怪物は殺したいって思うのも分かるわ。怖いもんな、化物って」
──俺も一人知ってる。
少年は目を閉じて、化物を思い出しながら言う。
「けどな! 俺たちだって生きている! 人間だって認められないのなら、魔物だと言うのならっ! 俺たちは『魔人』を名乗ろう! そして──」
そして。
腕を掲げ、帝国を支配した少年は高らかに宣言する。
「この国を! 魔人の国にする! もう人間に虐げられることはなく、もう魔人という理由だけで殺されることもない、誰も失わない安住の地としよう! グリンラガル帝国……いや、魔人帝国シラカバの誕生を! 今! ここに宣言する!」
大地を震わせる雄叫びが、国中から湧き上がる。
死体となった彼らには意思がある。記憶がある。しかし、少年に逆らうことは無い。逆らえない。
だからといって嫌々同調している訳では無い。
彼らは心の底から彼に賛同している。
彼の能力によって魂を地上に縫い止められている彼らの精神は、そういうふうに組み替えられているのだ。
少年の名は白樺 司人。
ひとつの悲劇を経験し、帝国を滅ぼすことを決めた彼はそれを成し遂げた。
殺した者をゾンビとして蘇らせる能力【屍者】を使い、パニックホラーのようにねずみ算式にゾンビを増やしていく方法で。
国民が全員と不死者なったこの国でシビトに逆らえる存在は誰もいない。
彼が皇帝であり、法であり、国なのだ。
自らが崇められるこの状況に大きく頷いた彼は、ステフォを取り出して呟いた。
「そう、俺たちの国だ。ここなら安全なんだ。だから、お前らも来いよ。俺が全員守ってやる」
ステフォを持つクラスメイトが全員閲覧できるグループチャットに、彼はそれを書き込んだ。




