あの人はいま 〜シンリ〜2/3 (二)
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本日2話目。三、四と18時、23時に予約投稿されるはずです。
〇
「お前たちに聞きたいことがある」
そう言葉を発したシンリの前には、三十人近い浮浪者たちがいた。
十にも満たない子供もいれば、今にも往生しそうな老人もいる。
例外なく薄汚く、目が死んでいる。
だがしかし、雰囲気的に娼婦や男娼なのだろう。中には少し小綺麗な者もいくらかいた。
彼らは、シンリが金を使って集めた者たちだ。
まず最初に出会った一人に金を掴ませ、人を集めればさらに金をやると言った。もちろん、集まった者にも条件付きで金をやるというのも付け加え、集まりを良くする。
全体的な数を知らないシンリとしては、三十人という数が多いのか少ないのかは知らないが、ひとまずこのくらいでいいだろう。
シンリは彼らにこう尋ねた。
「この街で、化物に関する噂を知らないか。確証は無くても構わない。噂程度でいい。信憑性が高そうだと判断できれば、金をやるよ」
金貨、銀貨、銅貨。
それらを足元に投げ捨てる。
浮浪者たちはそれに飛びつくが、シンリの【結界術】により阻まれた。
「金はある。それを示しただけだ。欲しければ、話せ。だが作り話はダメだ。嘘をついたと思えば、ああなる」
シンリは顎で方向を指す。
浮浪者たちはその方向を見るが、壁に根が生えているだけだ。
だが、その場所に木の根があった記憶などない。
「ひぃっ」
浮浪者の一人が悲鳴を漏らす。
続いて、壁になにがあるのかを理解した者たちが順に同じように息を飲んだ。
そこにあったのは、いやいたのは、壁に貼り付けられた三人の人間。
水分を全て抜かれたように干からびており、しかし、耳をすませば聞こえる呼吸音から生きていることがわかる。
彼らは、路地裏に入ってきたシンリをカモだと思って返り討ちにされた浮浪者だった。
「アレを見て、怖くなったのなら、帰りたくなったのなら帰っていい」
そう言ってみても、この場を離れる者はいなかった。
ここで帰っても、生活に困窮して野垂れ死にするのが関の山。それが彼らには分かっているのだ。だから、スラムにはある種覚悟を決めた者しかいない。
生きるためなら何でもするのだという覚悟を。
「じゃあ、心当たりのある奴から教えてくれ」
それから、話を聞いた。
だが、路地裏の住人。表の世情にはあまり詳しくはないらしい。あくまで噂の、本当か嘘か分からないようなふわふわとした話だけが耳に入ってくる。
脅したので嘘はついていないと信じたいが、騙されている気しかしない。
表の情報が入ってくる娼婦や男娼の噂には少し期待していたのだが、表ではあまりそのような話題はでないらしい。
基本、必死に隠されているか、あるいは殺されるかのどちらかだからだ。
どれだけ話を聞いてみても、これといった情報はない。
銅貨や銀貨を渡すと、彼らは嬉しそうに帰っていった。
誰もいなくなった路地裏で、シンリは軽くため息をつく。
収穫がなかったということは、この街には『古き血』はいないと思っていいのだろう。というか、そう判断するしか出来ない。
帰ろうと思ったその時、先程帰った浮浪者の老人が戻ってくるのが見えた。
というか、帰った振りをしてそこの角に座っていたらしい。
老人はきょろきょろと周りを見渡して、シンリに近付いてきた。
「まだなにかあるのか」
「ああ。誰もいない今だから言えることもある。あんたの欲しがっている情報を持っとるよ」
「へぇ」
老人曰く、自分があんなに人がいる中で大金を貰えばたちまち狩られてしまうだけだから、全員がいなくなるのを待っていたらしい。
シンリはなるほどなと思い、そこまで考えていなかったことを認める。
念のため、周囲に生命感知を張り巡らせるが、他には老人のように考えていた者はいなかったらしい。
「聞かせてもらおうか。もし確かな情報なら残った金を全部くれてやる」
「くく、老い先短い人生で使い切れるか心配だ」
老人は自信を持って笑う。
彼は「かなり前の話だが」と前置いて、語り始めた。
「この街を治めている貴族には、自慢の娘がいたんだ。見た目は天使のように可愛らしく、頭脳はかの亡国の姫に勝るとも劣らないと言われるほどの、自慢の娘がな」
シンリとしては、『かの亡国の〜』とか言われても全く分からないわけだが、話を止めるのも悪いので黙って聞いていた。
「父親としては鼻が高かったのか、よく街中へ連れて来ていたよ。よく笑う彼女は街の住民から愛されていたと言ってもいい。だがある日突然、貴族は街へ下りなくなった。当然、娘が街に来ることも無くなったんだ」
「死んだ……訳じゃ無いよな、話の流れからすれば。その娘ってのが『古き血』というわけか?」
「まあ老人の話はゆっくりと聞け若者よ。あんたの予想を裏切って悪いが、貴族は娘が不治の病に冒されたと公表し、街は騒然とした。だが、時とともにその話題は忘れ去られていったのさ」
「死んだとは言ってない、か」
「ああ。だがもうみんな死んでるとは思ってるだろうな。なにせ音沙汰がない。彼女のことを覚えている者すらもうほとんどいないだろう」
老人はしみじみと思い出すように言った。
「だが、まだもし生きているのなら、それは貴族様が大事な娘を隠していた、そんな図が思い描かれないか?」
「生きているのならな。いや、生きているんだろ? 化物の噂と聞いて、こうして紐付けたんだ。なにか確証がないとおかしい」
「当たりだ。つい先日の話、表の酒場の前で酔いつぶれている男を介抱したんだ。まあ財布を抜き取るためだがそれはいい。戯言のように呟く男の話を聞いている内に、彼はその娘の名前と共に『もう見ているのが辛い』と零した。だから、貴族に仕える世話係か何かだと推測したのさ」
「なるほどな……」
話は理解できた。
それに、『貴族の娘』というピンポイントな対象だというのも信憑性が高そうだと思える。
「話は終わりだ。どうかね、あんたの満足いく話は出来てたかい?」
「ああ十分だ。約束通りこの金は好きにしていい。奪われないことを祈っとくよ」
「くくく。縁起でもないな」
老人は声を噛み殺すように笑い、金を拾う。
「最後にいいか、若いの」
「なんだ」
「どうして化物の話なんて聞きたかったんだ?」
「ああ、そんなことか。それは……」
シンリは腕に渦巻くように毒霧を出現させた。
「化物だからだよ」
〇
路地裏を普通には出ず、風魔法で浮いて屋根の上に着地する。
貴族の館とやらを探そうとしたわけだが、それは一目見て分かった。
豪邸。
そう呼ぶしかできないほど立派な屋敷が街から少し離れた場所に建っている。
それぞれの街にそれを治めている貴族がいるとしたら、ヒイラギと行った街にもこんな豪邸があったのだろうかと思ったが、今ではもうどうでもいいことだと思考から切り捨てた。
このまま襲撃するのは容易いが、下手に目立つのは避けたいところだ。
王宮騎士六位のムーサの時は何故か見逃されたが、『古き血』と露見している以上、いつまた王宮騎士が出張って来るかもわからない。
居場所を知らせる行為は控えるべきだろう。
だからといって貴族に直接掛け合っても、どこぞの者とも知れないシンリを相手にしてもらえるとは思えないし、運良く屋敷に入ることが出来たとしても、隠している娘に会えるはずもない。
となると……。
「まあ、忍び込めばいいか」
聖霊の性質上、シンリから働きかけない限り人間に感知されることは無い。
屋敷の中に入るくらいは造作もないだろう。
ただまあ、姿が見えず、匂いもなく物音も立たないといっても、物理法則をねじ曲げることは出来ない。
簡単に言えば、霊体化したミルネアシーニみたいに透過は出来ないのだ。つまり、ドアとかは普通に開ける必要がある。
誰かが出入りするのを待つ手もあるが、割と運要素が絡むので望ましくないだろう。
ならば次の案。
「相応の地位の奴に頼むか」
幸運にも、うってつけの人物をシンリは知っている。
さらなる幸運として、彼女はとっても見つけやすい体質であるのだ。
膨大な魔力を探し求めて歩いていると、彼女はやはり簡単に見つかった。
軽く手を上げて挨拶すると、それに気付いた彼女はシンリに駆け寄ってくる。
「また会えるなんて偶然だね、シンリのお兄ちゃん☆」
「同じ街にいるんだ。偶然もなにもないだろ。それよりも、誘拐されてた奴らは無事だったか?」
「もっちろん☆国民を守るのがボクたち王族の務めだからね☆」
「そりゃ頼もしいな。ところで、そのロザリンデ様に頼みたいことがあるんだが」
「んんっ、なにかな☆ちなみに今はローザね、さすらいの旅人ローザさん☆一応、お忍びだからねっ☆」
口元に手を当ててウインクをするロザリンデ。
気のせいか、星が散ったようにシンリには見えた。
「んじゃローザに言うけど、頼みたいのはロザリンデとしてなんだ。王族として、この街の貴族との面会を取り持って欲しい」
「……へぇ、どうしてか聞いてもいいかな☆」
「商人としては、どこでも誰でも太いパイプってのを作っておきたいんだよ」
この街に向かうまでの数日、シンリは商人として通していた。
というか積荷を持っている以上、商人というしかなかった。馬車を引いていたのはミルネアシーニだったが。
「なるほど☆そういうことなら構わないよ☆シンリのお兄ちゃんには道中お世話になったからねっ☆」
シンリが生み出せる食料としての果物と、ステフォに収納してある水がなければ、この街に着く前に何人か死んでいただろう。
ロザリンデがそれを貸しだと思ってくれているのなら、都合がいい。
「それに、ボクもあの家に用事があったしね☆」
〇
シンリはロザリンデと共に貴族の家の前に来ていた。
近くで見れば見るほど大きい。規模でいうなら、小さな大学くらいの広さはあるのではないだろうか。
ロザリンデは躊躇うことなく門の前に立つ者に話し掛け、貴族に知らせるように伝えた。
ロザリンデの王女としての顔は広がっていないのか、門番は最初、本物かどうか疑っていたが、彼女が首から下げていた結晶を見せると頭を下げて館の中へと通される。
「……お前、本当に王女だったんだな」
「え、疑ってたのならショックだよ☆そもそもシンリのお兄ちゃんたちが街に入れたのもボクのおかげなのにぃ☆」
門番の後ろを歩きながら、シンリたちはそんなやり取りを交わす。
決して短くはない玄関までの道のりを歩き終えると、玄関の扉が開き、老年の執事が出てきた。
彼は丁寧なお辞儀でシンリたちを出迎える。
「ようこそいらっしゃいました。不躾で失礼致しますが此度はどのようなご要件か伺っても?」
「んー、直接領主にボクの口から伝えたいな☆」
「なるほど……分かりました。ところで、こちらはどなたでしょう」
執事はシンリに目線を向けた。
「お……私は一介の商人でございます。今回は、領主様に覚えていただくため、足を運んだ次第です」
貴族マナーなど何も知らないシンリは、いっそのこと開き直って堂々と目を見て自己紹介をする。
それを見た執事が眉を顰めたのは、礼儀が間違っていたのか、それともほかの理由かは分からなかった。
「商人……商人、ですか。見たところ、随分お若いようで。王女とはどのようなご関係で?」
「ちょっとした縁があっただけだよ☆それよりも、早く通してくれないかな☆」
「っ、そうですね。どうぞこちらへ」
執事に案内されるまま、館の廊下を歩いてゆく。
廊下を彩る芸術品として、高そうな壺や絵画が飾ってあったがシンリにはその良さは分からない。
ロザリンデには分かるのか、少しばかり声を漏らしていた。
「ここでしばらくお待ちください」
そう言って、執事は案内した部屋から出ていく。
通された部屋に置いてあったソファに二人は腰掛け、執事が呼びに行った貴族を待つ。
シンリはその間に生命感知を屋敷全体に張り巡らせたが、そもそも屋敷自体に使用人が何人もいるらしく、噂の娘がいるのかいないのかは分からなかった。
「そう言えば、お前はここに何の用があったんだ?」
「確認だよ☆ここの貴族が『なにか』してるって聞いたからね☆」
「それは王女のすることじゃないだろ」
「だから王女としては来てないんだよ☆」
「さすらいの旅人のすることでもないだろうよ」
と、扉が開かれ一人の男が入ってきた。
疎いシンリにも分かるほど高価な服を着ており、品性が損なわれない程度に装飾品を身に付けている。
創作物に出てくるような『悪い貴族』のような人物ではなく、人当たりの良さそうな恰幅の良い男だった。
彼は王女であるロザリンデにも砕けた口調で話を始める。
「王女様と商人さんだね。要件は私に直接言いたかったらしいけど、それを聞かせてもらえるかな」
「そうだね☆まず、キミにある容疑が掛けられているんだよ☆」
「ほう? どうかな、心当たりはないけれどね。疑われているのなら、それを晴らすために何でも話そう」
「『古き血』……いや、半魔と言った方が伝わりやすいかもね☆キミの娘が半魔で、何年も隠しているって情報が入ったんだよ☆」
二人が話している横で、シンリは誰にも気づかれることなく目を見開いた。
自分とロザリンデの目的が被っていたことは、偶然なのだろうか。
嫌な予感が拭えない中、しかし全く出どころの違う情報が一致したということで、ここの娘が『古き血』であるという確証が強まった。
「なるほど、ね。でもそれは……おや、どうしたんだい」
「気にせず続けていいよ☆」
ロザリンデは身を乗り出して、貴族の手に自分の手を重ねる。
貴族も若い少女が自分に触れて嫌な気はしないのか、再度口を開いた。
「残念だが、その情報は正しくない。私の子供に『古き血』は誰一人としていないのだから」
「んー、嘘は言ってないみたいだね☆」
「ああ怖い。触れるだけで嘘を見破れるなんて。しかし疑いが晴れたなら良かった」
ロザリンデは相手の魔力を読み取って嘘を見破る術を持っていた。
どのような人間でも、嘘をつく時は多少なりとも魔力に揺らぎが見られることを応用したものだ。
それで、彼は嘘をついていなかったと判断したのだ。
「次は商人さんの話を聞かせてもらおう。私との繋がりが欲しいとのことだが、どのような商品を扱っているのか教えてもらえるかい」
なんてことを言われても、答えようがない。
そもそも目的である『古き血』がいないと判断された今、ここに用はないのだ。だが、ロザリンデもいる手前、何もせずに帰ることはできない。
「あー、そうですね……例えば、この木刀を見てください」
「ふむ……」
「折ります」
「は?」
シンリは自分の顔の前に持ってきた木刀を躊躇なくへし折った。
めきゃ、と子気味良い音をたてて折れた木刀の残骸をテーブルの上に置くシンリ。
すると、その木刀の上にミルネアシーニが現れた。
「なんじゃ!? なにごとじゃ!? って我が半身んんっ!? どういうことじゃ我がゆう、しゃ……」
あまりに突然の事に、ロザリンデも貴族も目を丸くしてミルネアシーニを見上げている。
自分だけ騒いでいる状況に居心地の悪さを感じたのか、彼女は尻すぼみに声を小さくしていき、そのまま霊体化して床をすり抜けるように消えてしまった。
シンリは何事も無かったかのように着ていたローブを脱いで、木刀を覆い隠す。
「それではご覧下さい」
「はっ、いや君! 今のはなんだね、エルフ!? どこからでてきた!?」
「ええっと、ミルネアシーニちゃん、だったっけぇ……☆うーん、意味わかんないっ☆」
「それではご覧下さい」
「説明はないのかい!?」
シンリがローブを取り去ると、そのテーブルの上には無残に折れたままの木刀があった。
「……」
「……☆」
「なるほど、な……」
沈黙が訪れた空間で、最初に言葉を発したのは、再び浮上してきたミルネアシーニだった。
ミルネアシーニは隠しきれない笑みを浮かべて言う。
「我が勇者よ、ここの地下にとても面白いものがあったぞ」
「地下……まさか、見たのかっ!?」
その言葉に反応したのは意外にも貴族であった。
「いや、声を荒げて済まない。しかし今日の所は帰ってくれないだろうか。急用を思い出したんだ」
「と、言っておりますが、どうしますか王女様」
「嘘はなかったし帰ってもいいんだけど、気になるよねぇ商人さん☆」
「頼むよ。手荒な真似はしたくない。アレは人の目に触れさせたくないんだ。誓って化物でもなければ、害になるものでもない」
「じゃな。言ってみればただの人間じゃし、害がないといえば無害の極地ですらある」
貴族の言葉を、『アレ』を見たミルネアシーニが同意する。
それを聞いて貴族はあからさまにほっとした。
「君たちの……連れ? もこう言っている訳だし、ね?」
「じゃが、ひとつ聞くぞ若造。アレは主の娘であろう。で……いつからじゃ」
「……」
「答えよ。わしは人間のすることに興味などないが、とのくらいの期間、どのような思いであのようなことをしているのかは少し興味が湧いた」
かつて千年生き、一つの国を治めていた王の言葉は、数十年しか生きていない人間にはとても重く耳に届く。
貴族は圧倒的な存在を前に黙り続けることが出来ず、口を開いた。
「七年……もうすぐ八年になる」
「そう、か」
ミルネアシーニは目を伏せ、何かを考えをまとめるように息を吐いた。
「やはり人間とは度し難いのぉ……」
「ミル、話が見えない。こいつが隠したがってるものはなんなんだ」
「実の娘じゃよ。何にせよ、見れば分かる。案内せよ人間。肯定以外の返答は死と思え」
ミルネアシーニは静かに怒りを込めてそういった。




