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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
夢見た世界で少年は
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8.都合の良い夢を見た

お読みいただきありがとうございます。

サブタイを考えるのが面倒になったとかじゃ(略)

 女の子からの衝撃の告白……その女の子ことアルエは「あれー?」と首を傾げていた。

 こっちがあれー、だよ。あれー?

 どこで間違えた。


「おかしいなー」

「頭が?」


 おっと、つい反射的に怒らせるような言葉を返してしまったけど、僕の頭はがっちり彼女に捕まっている状態だ。アルエの機嫌を損ねてポキッとやられてしまったら目も当てられない。


「こんな感じで男の子に告白したら絶対オーケー貰えるって先輩言ってたんだけどねー」

「告白の種類にもよるよね」

「お互いの将来についての……」

「僕ひとりの将来が閉ざされる系の告白だったけど」


 まったく、どこの世界に「死んでくれ」と言われて「はい死にます」と答える人がいるんだ。


「どうしても、だめー?」

「だめっ……だめだけどずるいよその顔は! 心が揺れるっ!」


 うるうると瞳を揺らせて甘えるような表情で僕を見つめてくるアルエ。

 うっかり頷いちゃいそうになったりもするけど、流石に鋼の心で留まった。

 まだ死にたくないから。


「というか、『代わり』に死ぬってどういうことなの?」


 その言い方じゃあ、まるでアルエが死ぬことが決まっているような……。


「そのまんまの意味だよー」


 にこにこと、普通に笑いながらアルエは言った。

 言外に、それ以上の追求を拒むような含みを入れて。

 アルエは最後にもう一度、僕の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でると、ゆっくり立ち上がる。

 その過程で、膝枕されていた僕は転がるように地面に頭をぶつけたけど、アルエは気にした様子もなくそんな僕に手を伸ばしてから言った。


「さー、また槍の持ち方から教えるよー」



 カキン、カキンと金属がぶつかり合う音が夕暮れ時の平原に響いていた。


 僕の繰り出した突きをアルエはランスを横にして受けガードする。そのままランスを前に押し出されたことで、突きに体重を掛けていた僕の身体は一瞬不安定になり、それだけで僕は転んでしまった


「今のはよかったよー。ちゃんと体重が乗って威力があったしー」

「そのせいでバランス崩したんですけどね!」


 起き上がって砂を払う。

 僕は割と汗と砂で薄汚れているけど、相対しているアルエは汗ひとつかいておらず、その表情も涼しいものだ。

 仮にも自分よりも大きくて重いランスを振り回しているのだから汗くらいかいていてもいいはずなのに。


 僕は呼吸を整える意味も含めて大きく息を吸った。

 夜が近くなって少しひんやりとした空気が肺を満たして、それがなんとなく心地いい。

 インドア派の僕だけど、やっぱり運動はいいね! とかいいたくなるくらいにはいい汗かいたと思う。


「そろそろ次が最後かなー」

「そだね。すぐに暗くなると思うし」

「じゃあ最後は……アレやってよー」

「アレ?」

「ワイバーンを倒したやつー」


 アレ……アレかぁ。

 一応、アルエとの稽古中に何度か使って、ちゃんとすれば危険はないってことは分かっている。


 どっかのひみつ道具の名刀電光〇みたいなこの槍は、所有者の身体を乗っ取り敵を倒す……という道具ではなかった。

 あくまでも身体の制御権は所有者にあり、この槍の本来の使い方はおそらく、所有者の思い描いた動作をすること。

 たとえば、アルエの『突き』を見てから、僕がそれを真似したいと思えば、それと寸分違わない動作ができる。自分ですら理解していない筋肉の動きなどもそっくりそのままだ。

 故にデメリットとして、その時の筋力がなければひどく筋肉を痛めることになる。

 ただワイバーン戦のように槍に全てを任せると、『最善』を尽くそうとするため所有者を満身創痍にしようが気にしない。勝つことだけを、倒すことだけを求めている。


 それでも、ある程度の要望も通るようで『身体を壊さない程度に』と思っておけば無理な動きはしないことも分かっていたりする。


 まあでも、アルエが求めているのは、槍に全てを委ねた僕との撃ち合いだろう。

 ……でもなぁ、痛いんだよなぁ。

 治癒魔術で治して貰えるって分かっていてもなぁ……。

 うーん。でも一日僕のために付き合ってくれた訳だし、そのお礼として、かぁ。うーん。


 ーーウチの代わりに死んでくれない?


 と、あの時のアルエの顔が脳裏によぎった。

 あれが冗談でないのなら、近い未来に彼女は死んでしまうということだ。

 僕は代わりに死ぬつもりはない。

 ならば、その彼女の願いに答えるのが、せめてもの手向けなのではないだろうか。


「……分かった。本気でやるよ。でもその代わり、また連れて帰ってね! 歩けなくなるから!」

「いいよー」


 アルエは適当に僕から距離を取った。

 槍対ランス

 長いもの同士、間合いの外から始めるのは当たり前だろう。


 僕は雰囲気を作るために片手で槍を回転させる。

 ……やばい捻った。鈍い痛みが僕を襲う。


「はじめるよー」

「いつでも!」


 やけくそ気味に叫んだ僕は、僕の身体を槍に預ける。

 自分の身体が自分のものでは無くなるような、そんな感覚が僕を俯瞰させる。

 FPSをしているような……いや、違うな。自分が操縦している訳では無いから、他人のゲーム実況を見ているような、そんな感じだ。


 じゃあ、ぼく

 『殺さない程度に全力で』。



「<揺らめく五つの明かりは主の道を照らすだろう>」


 何やらよく分からない言語を発したアルエのすぐ側に五つの火の玉が現れた。

 初めて見る魔法にテンション上がる僕だけど、今の僕の身体に僕のテンションは関係ない。

 先手必勝とばかりにアルエとの距離を走って詰める僕(の身体)。不思議と足は痛くはないから、僕が『最善』で走ればこれだけの速さが出るということだ。嘘、僕の身体のスペックってもしかして高い? 50メートル8秒台なんだけど。


 けれど愚直に突進する僕に付き合う義理はアルエにはない。

 彼女がランスを前に突き出すと周りの火の玉が動き、僕に狙い定めて飛んでくる。

 僕の身体は最低限の動きでそれを避けようと……ダメだ! ちゃんと避けろ! 回避!


 咄嗟に危険センサーが反応した僕は身体にそう命令した。

 片足一本の犠牲の元、常人には出せないような跳躍力で後ろに跳ぶ。

 その痛みを忘れてしまう程の爆発が、先程まで僕がいた場所で起きた。


 殺す気か!

 当たっていたらタダじゃ済まなかった!


 小さなクレーターからもくもくと上がる煙を突き破ってアルエが攻めてくる。

 その全力の突きを受ける術はないのか、僕の身体は回避行動を優先しようとするも、めぼしい逃げ道は残る四つの火の玉に塞がれた。


 僕の身体が迷っているうちにアルエはすぐそこまで来ており、決着が着いたと思った瞬間、僕の身体はとんでもない行動に出た。


 自分から突き出される槍に身を乗り出したのだ。


「なぁっ!?」


 アルエは悲鳴に近い声を上げた。

 僕も心の中でもそんな声を上げていた。馬鹿なの? 死にたいの?


 僕の心臓を貫く前に、慌ててアルエはランスを上に向ける。

 予想外の出来事。いかに化物と呼ばれる王宮騎士の下で働く騎士と言えど、これはどうしようもない隙となった。

 いやむしろ、僕を貫かなかったことこそ流石騎士と言えよう。

 勢いの乗った一撃を軌道修正するなんてそんじゃそこらの達人には出来ないだろう。達人とか太鼓のしか見たことないけど。


 ともあれ、決着は着いた。


 重量のあるものを前から上に移動させたことで大きく重心が動いてしまったアルエに、僕の身体は槍で足払いをし倒れさせ、その喉元に槍を突き付けていた。


「あー、負けちゃったかー」

「僕の勝ち、っていうには全部槍任せだったけどね」


 一応、あの爆発を回避したのは僕の力と言ってもいいのだろうか。もしかしたら、僕が避けろと念じるまでもなく、爆発する寸前に避けていたかもしれないけど。


 僕は槍を降ろし、アルエに手を伸ばした。

 アルエはその手を掴んで起き上がろうとする。


 と、そこで問題が。

 1、僕の片足は今現在壊れています。

 2、引っ張られると踏ん張ることが出来ません。

 3、なんということでしょう。押し倒すような形になってしまったではありませんか。

 4、あれ、左手にあるこの柔らかい感触は……? ←イマココ


「ゆ、ユラっちくんっ」


 至近距離にあるアルエが泣きそうな顔で、叫ぶように僕の名前を呼んだ。

 彼女がパニックになったからか、残りの四つの火の玉が割とすぐ近くで爆発した。

 風圧に押し潰されるがままにアルエと密着することになった僕だけど、そこからのことはあまりよく覚えていない。


「あ、あんまり動かないで……っていうかはやくのいてよー!」


 違うんです。それ痙攣なんです。僕もう動けないんです。


 薄れゆく意識の中、もったいないことをしたという後悔だけが深く、深く残っていたはずだけど、次に目が覚める時には忘れてました、まる。

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