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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
夢見た世界で少年は
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7.都合の良い夢を見る

お読みいただきありがとうございます。

 ワイバーンに襲われたあの夜、僕とトルテはそれぞれアルエとディナに背負われて村に戻った。

 年が近そうな異性であるアルエに背負われることが情けなく思ったりもしなくもなかったけれど、それは仕方ない。どちらかというと、その背負われている最中ちょっとした衝撃で叫んでいたことの方が情けなかっただろう。


 村に着いて、僕とトルテは病院……のような役割を担っている他の人よりも少し医学知識に長けた人の家に寝かされた。

 僕が覚えているのはそこまでだ。

 ベッドに置かれた瞬間、張り詰めていたものが緩んでどっと疲れが押し寄せてきて、瞬く間に眠りに落ちた。



 どのくらい寝ていたのだろうか。

 隣のベッドではトルテが起きていて、ただ天井を見つめていた。


「おはようございます」

「……」

「トルテさん?」

「っ、あ、ああ。おはようユラ」


 どこかぼんやりしているトルテに首を傾げつつも、僕はベッドを下りた。

 あまりにも普通に下りてしまったものだから、昨日ボロボロになった体がまた悲鳴を上げてしまうのではないかと身をこわばらせたけど、そんなことはなかった。全快していた。

 筋肉痛の予兆すらない。

 僕の自然治癒力はこんなに凄かっただろうか。

 具体的に言うと脱臼骨折内出血打撲裂傷その他もろもろが治ってしまうくらい凄かっただろうか。

 いやそんな訳あるか。人間辞めすぎだろ。ギャグ漫画じゃないんだから。


 てなことをトルテに尋ねてみると、治癒魔術を使われたのだろう、とのこと。

 トルテもディナに傷を治されたらしい。

 なるほど魔法って凄い。魔術だったけ? どっちでもいいけど。


 トルテに断って、僕は病院(仮)から外に出た。

 行く宛とか別にないけど、とりあえずおじさんの家に向かおう。百メートルも離れてないけど。


 と、僕が最初この村の挨拶回りをしていた時に、孫のようにもてなしてくれた老夫婦が散歩をしていたのでついでに声をかける。


「誰じゃあんた」

「やだお父さん、ユラ君ですよ。ごめんなさいねぇ」

「い、いえ……」


 うーん。うーん。

 いやなんて言えばいいんだろうこの気持ち。

 自分は仲がいいと思ってた友達が、相手は別にそこまでだと思っていなかったような、そんな感じだ。

 簡単に言うとなんか悲しい。


 まあでも気にしても仕方がないことなので、止めた足をまた動かす。

 おじさんの家に着いてノックすると奥さんの「どうぞ」という声が返ってきたので扉を開けた。


「おー、ユラっちくんじゃんー」

「えっと、アルエ、さん? どうしてここに?」

「アルエでいいよー、で、ここにいるのはご厚意に甘えてーって感じかなー」


 金髪ショートの活発系美少女であるアルエはテーブルに座りながら、奥さんと楽しそうに談笑していた。

 奥さんに招かれ、僕もその席に座る。

 テーブルの上には手作りであろうクッキーが置いてあったので、それを一枚貰って話を聞いた。


「ほら、ユラくんとトルテちゃんが助けてもらったでしょう? その恩人に何もしないわけにはいきませんからね」

「いやー、別に当然のことをしたまでですしー? 感謝はされても恩を感じる必要はないって言ったんだけどねー。まあどうしてもっていうならー、みたいなー?」

「あら、アルエちゃんコップが空いてるわね。お代わりいる?」

「いただきまーす」


 アルエはクッキーをバリボリ食べながらそう言った。

 本来僕が返さないといけない恩義を奥さんたちに返させているようで居心地が少し悪い。

 僕も僕で、何かできることをしよう。


「アルエ、なにか、僕にできることはないかな」

「んー、と言うと?」

「……いや、何もできないけど。でも、僕にできることならなんでもするよ」

「なんでも、ねー。じゃあ死ねる?」

「そ、それは……」


 クッキーを食べる手を止めて、僕の目を見ながらアルエが言った。

 軽率に『なんでもする』なんて言葉を使ったことを後悔するくらいには、そのアルエに恐怖を感じていたと思う。


「冗談だよー」


 にへら、と表情を緩ませて再びクッキーを頬張るアルエ。


「まあねー、覚えとくよー。もしかしたらなんか頼みたいこととかあるかもだしー」

「う、うん。その時は任せてよ」


 アルエはクッキーを食べ終えると席を立って、床に無造作に置いてあった槍を拾って僕に手渡した。


「はいこれ、ユラっちくんのだよー」

「あ、ありがとう……ん?」


 槍を受け取った僕だけど、アルエは一向に槍を握った手を離そうとしない。

 こんな女の子のどこにそんな力があるんだと思ってしまうほどビクともせず、力いっぱい踏ん張ってもそれは変わらなかった。


 と、いきなりアルエが手を広げ、僕は勢いよく転んで壁に頭をぶつける。


「うん、じゃあ食後の運動も兼ねて……少し打ち合おっかー」

「へ?」


 痛みを主張する頭を抑えながら、僕は間抜けにそう言うしか出来なかった。



「いやそうじゃなくてー」

「こ、こう?」

「もっと重心を……あー、だめだめー」


 村から少し離れた平原で、僕はアルエに槍の使い方を教えて貰っていた。

 アルエは戦闘訓練というか、模擬戦的なのをやろうとしていた訳だけど、槍の持ち方すらままならない僕に同じ槍使いとして見逃せない部分があったのか、教わる流れとなった。


 ちなみに彼女の槍は、槍と言うよりはランスと言った方が伝わりやすいような形状の、細長い三角形に柄をつけたようなものだ。お菓子のプリ〇ツにとんがり〇ーン被せたようなの。簡単に言えばきのこ型。

 持ち主の身長の倍近くある、見るからに重量のあるその槍は、今現在地面に突き刺して放置してあった。


「ちゃんと聞いてるー?」

「ふぁい!」

「……」


 じとーという視線が僕のすぐ横から向けられているのが分かる。

 すぐ横から。

 もう一度言おう。というか何度でも言いたい。気を紛らわせたい。

 すぐ横から!

 

 アルエは僕に密着し、手を上から重ねて懇切丁寧に槍の使い方を指導してくれている。

 女の子に槍の使い方を教えてもらうだなんて、やだ卑猥! と変な方向に考えてしまうくらいには健全な男子高校生である僕は、アルエが動いたり喋ったりする度に押し付けられる胸の感触や、首筋に当たる吐息に気を取られて、実際アルエの言ってることの半分も理解出来ていないだろう。

 落ち着け、僕。

 仄かに香ってくる女の子特有の甘くていい匂いに惑わされるな。よく考えれば姉さんも妹たちも似たような香りをしていた気もする。

 身体の柔らかさだって、おそらくユラ姉妹の方が柔らかかっただろう。アルエの身体には程よく健康的なくらい筋肉が付いていて、押し返すような弾力がいやむしろそれがいいというか何を言っているんだ僕は落ち着け落ち着け。

 え、ちょっと待って。さっきから背中に当たる胸……柔らかすぎない? 妹が背中に飛びついて来た時はこんなに柔らかくはなかったはずだ。大きさの問題だと片付けてしまうのは容易いが、悲しいかな、アルエの大きさはパッと見た限り妹たちと変わらなかったように思える。着痩せするタイプなのか、それとも他の要因か。たぶん後者で、その理由はアルエがノーぶらはぁ!


「ユラっちくんー? さっきからうわの空でちゃんと聞く気があるのかなー?」


 上から覗き込むように、目が笑っていないアルエがそう言った。

 どうやら投げ飛ばされたらしい。受身を取る暇もなく、遅ばせながらやってきた痛みに悶絶していると、アルエはやれやれと言った風に息を吐いて彼女自身も地面に座る。


「ユラっちくんさー、なんでもするって言ったよねー」

「イイマシタネ」


 怒られるのかなって思い少し片言になってしまったけど、そうではないらしい。

 アルエはぽつぽつと独り言を零すように話し出した。


「ウチもねー頼みたいことがない訳でもないんだよねー」

「それは、僕にできること?」

「んー、どーだろ」


 どーだろー、どーだろーと繰り返しながら、彼女は身体を左右に揺らしていた。


「でもねー、強くない人には頼めないんだよねー。だからユラっちくんの実力を見たかったんだけどー」

「武器すらちゃんと持てなくてごめんなさい」

「まあワイバーンは倒したんだからー、弱くはないと思うけどねー」

「全部槍の性能でごめんなさい」

「良い槍は良い戦士の元に行くってあの人なら言うよー」

「戦士じゃなくてごめんなさい」

「さっきからふざけてないー?」

「まあ、少しね」


 赤くなっていた顔と、熱くなっていた頭を冷やすためにちょっとどうでもよく返したとこはある。

 僕がふざけていたと知ったアルエは仕返しのためか、僕の頭をペットか何かにするようにわしゃわしゃと撫でつけた。

 この人ちょっとスキンシップ過剰じゃないですかね!

 と、異性に縁のなかった僕がドキドキしていると、アルエはそのままその頭を自分の膝に置いた。

 ……。

 ……。

 ……。

 はっ、膝枕という突然のラブコメ展開に少し意識飛んでた。

 落ち着け僕。ここでテンパるとキモいと思われるだけだ。なんでもない風に、平常心で行くんだ僕クール。


「あっ、アリュエしゃん!?」


 キモいわー。ないわー。噛むとかないわー。


「ユラっちくん……」


 しかしアルエはそんなキモい僕の反応を無視して、熱っぽい表情で僕の名前を呼んだ。

 そしてなにか言おうと口を開いては、言葉が出てこないのか口を閉じてを繰り返す。


 え、なにこの状況。

 この告白されるようなシチュエーションはなんなんだ。


 ついに僕にも春が来てしまったというのか。出会って間もないけれど、一目惚れというやつだろうか。

 いまならギャルゲ主人公というアダ名も受け入れられる気がする。


「ユラっちくん」


 アルエは決心したように、もう一度僕の名前を呼んだ。


「うん」


 僕はただそう言って、続きを促す。


「ウチの──、ウチの代わりに、死んでくれない?」

「ごめんなさい」


 僕の春が終わりを告げた。

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