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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
夢見た世界で少年は
58/124

6.前回頑張ったのであまり出ない

お読みいただきありがとうございます。

前回のトルテの方を三人称でって感じです。


「ユラはちゃんと、逃げたのかねぇ……」


 十や二十では効かない数のワイバーンを相手取りながら、トルテは独り言を呟いた。

 その呟きは、ワイバーンたちの鳴き声に掻き消され、本人の耳にも届くことは無かったが。


 倒しても倒してもキリがない。

 大槌でワイバーンの頭のみを的確に狙い、昏倒させ気絶させる。殺してはいない。そんな余裕は微塵もないのだから。


 トルテの足元に積み重なっているのはワイバーンたちだ。

 気を失ったワイバーンの脈動を足裏で感じながら、トルテは大槌を振るう。


「ああああああっ!」


 トルテは全身を自身の血とワイバーンの返り血に染めながらも、諦めることだけはしなかった。

 凶悪な牙に噛みつかれて、鋭い爪に引き裂かれて、尖った尾を叩きつけられて。

 もういつ倒れてもおかしくない状態だというのに、彼女は倒れることを良しとしない。

 片腕はだらりと下がりもはや痛みは感じず、足は目を覚ましたワイバーンに噛みつかれていて身動きが出来ない。

 抉られた脇腹からは絶えず血が流れ落ち、もはや致命的なまでに血を失っているだろう。


 だがそれでも、半ば朦朧としてきた意識でも、トルテは立ち続けた。


「あ、ぐぁ、が……」


 しかしもちろん、それが長く続くことはない。

 ワイバーンの一匹が回転し、振り回された尾がトルテを弾き飛ばす。

 なす術なく攻撃を喰らったトルテは宙を舞い、いくつもの木々の葉を潜りながら地面に叩きつけられた。


「ひゅぅ……」


 生きているのが奇跡だと言える。

 その命の灯火は、あと数秒で消えてしまうものだったとしても。

 けれどその数秒で救われる未来があった。


「ん、んん?」


 がさりと、茂みを分けて一人の女性が姿を現した。


「道に……迷った、のか? どこだここ。まったく、あいつはいつもすぐにいなくなる」


 海よりも蒼い長い髪に刺さった枝木を抜きながら、彼女はため息をつく。

 その所作一つ取っても芸術といって遜色ないほどの美しさが溢れ、トルテは瀕死だというのに呼吸を忘れて見とれてしまった。


「がはっ」


 しかしそのせいで口の中に溜まった血が喉に逆流し、むせてしまう。


「うおっ、びっくりした。ん、人か?」

「に、逃げ……」

「っと、酷い傷だな。ううむ、私は治療は専門外なのだが……」

「早、く、ここ、から……」

「黙っていろ。死ぬぞ」


 彼女はどこからか黒と白で彩れた槍を取り出すと、何も無い虚空に切っ先をさ迷わせた。

 切っ先に灯る仄かな光は、人の指では描けないような緻密な魔法陣を描き出す。


「<傷を癒す祝福を>」


 魔力を伴う声は、その魔法陣に意味を与え、魔法陣はトルテを多い包むように広がる。

 専門外だと言った彼女の治癒魔術は、トルテの受けた傷をほぼ完全に修復させていた。


「ふむ、こんなものか」


 とはいっても、傷を回復させただけで失った血までは戻せない。

 失血多量の僅かな気力で、トルテは自分を直してくれた彼女に最後の警告をした。


「感謝はするが……早く、逃げな。直に奴らが……」

「奴ら?」


 トルテは言うだけ言って気絶し、一人残された女性は首を傾げて腕を組んだ。


「ああなるほど。奴らか」


 木々を倒しながら進行してきたワイバーンの群れ。

 空腹なのか涎を垂らし、目の前にいる獲物に喰らいつかんと目を血走らせている。


「くっ、くっ、くっ」


 絶対絶命の危機的状況にも関わらず、蒼色の女性は堪えきれないと言ったように笑いを漏らす。


「この私を『竜殺し』と知っての狼藉か? このトカゲ共がッ!」


 槍を構え、その場で目にも留まらぬ速さで槍を何度も突き出した。

 だがもちろん、両者の間にはその槍以上の距離が離れているため攻撃が届くことは無い。


 はずだった。


 ワイバーンたちは一体何が起こっているのか理解出来なかっただろう。

 理解出来ぬままその命を散らした。

 絶命し、地に落ちたワイバーンの頭にはどの個体にも槍で貫かれたような穴があり、それが死因だということは言うまでもない。


 恐れをなした残りのワイバーンはそれぞれ散り散りになって逃げようとするが、女性は目に付く全てのワイバーンを同じように地面に落とした。

 もちろん逃げた個体は何匹かいたが、別に女性は気にしない。


 そんなことよりも。


「……腹が減ったな」


 女性はお腹に手を当ててそういった。


 彼女は殺したワイバーンの一匹を軽々と放り投げると、それが落ちてくる前に槍で細切れにする。

 いくつかの部位を地面に着かないよう串刺しにして、落ちた肉片は魔術を用いて燃やした。


「もっと美味いものならなお良かったが、この際贅沢は言えないか。なにせ、三日ぶりの食事だ」

「あー、やっぱりいたー!」


 女性がワイバーンの肉にかぶりついていると、ひょっこり少女が姿を見せる。

 その手には血に濡れた槍を持っており、それを女性に向けていた。


「やたらと怯えたワイバーンがいたから、もしかしてって思ったんだよねー」

「ふぁふ、ふぁふはふ」


 女性は口に含んでいた肉を飲み込んでから、言った。


「アルエ、何か飲み物持ってないか?」

「いやそんなことより、面白い人見つけちゃったんですよー」


 アルエと呼ばれた少女は、背負っていた少年を地面に下ろした。

 その少年が地面に下ろされた時の衝撃で叫んだが誰も気にしない。


「ど、どうも、ユラと申します」

「そうか。私はディナ・メネシスという者だ。で、アルエ、彼は?」

「ユラっちくんはですねー、一人でワイバーンを倒してたんですよー」

「それがどうした。そんなことお前でも出来るだろう」

「そうなんですけどー、ほら、ユラっちくんの使ってる武器、槍ですよ槍」

「ユラと言ったか。ふむ。君は見込みがあるな。槍はいい、槍は。剣よりもリーチは長く、投げれば弓矢と同じことも出来、斧よりも軽い上……威力? そんなもの使い手次第でどうにでもなる。いい感じに弾けば盾の代わりとしても使え、魔術を使うにも持ってこいだ。ならば杖の代わりにもなるだろう。弱点を突けば一撃必殺、一点集中すれば貫けない障害なぞ無く、迷った時には方向の指針を示してくれる」

「それで目的地行けたこと無いですけどねー」

「黙っていろ。それに槍のその姿のなんとシンプルで美しいことか。この細身のどこにこんな力が秘めてあるのだろうか。ほら、一日中見ていても飽きないだろう。ああこの手に馴染む重量感、肌触り、配色、先端の尖り具合。どこを取っても素晴らしい。槍こそ至高の武器だ。最高唯一絶対の最強の武器だ。君もそう思うからこそ使っているのだろう、ユラ」

「は、はあ」


 ユラはディナの槍に突き刺さっている肉を見ながら返したが、ディナはうっとりと槍を見つめたまま気づいていない。


「なら雑に扱うなよって感じだよねー」

「まあ……」

「でもそんな槍バカ姉さんがウチらの上司の……」


 アルエはやれやれと言うように一旦言葉を区切ってから言った。


「王宮騎士第二位ディナ・メネシスなんだよねー」


 きっとこの瞬間から、ユラの物語は始まったのだった。

ワイバーン「がおー」

アルエ「せいやー」

ワイバーン「ぎゃおー」


てな感じでユラくんは助けられました。めでたしめでたし。

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