4.異世界の厳しさを(ry
お読みいただきありがとうございます。
サブタイトルを考えるのが面倒になったとかそんなんではないです。ええ。ないです。
履いた靴のつま先で床をトントンと叩く。
腕を通した服の袖を捲って長さを調整し、動くのに支障がないか確かめるために少しばかり動いてみた。
「おう、なかなか様になってるじゃねえか。『豚にもまず着せてみろ』ってやつだな」
「何その『馬子にも衣装』的なニュアンス含んだことわざ。絶対に褒め言葉じゃないってのは伝わってきましたけど!」
昨日、トルテと森に行くことを決意した僕。
それを奥さんから聞いたおじさんは、息子が昔に使っていたという服を僕に貸してくれた。
元々制服しか持っていなかった僕は生活用としての服も借りているけれど、それとは素材の違う、丈夫そうな服だ。
「改めてありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、奥さんは優しく笑いながら言った。
「いいのよ。どうせタンスの奥に閉まっておくよりは、また着てもらった方が服も喜ぶでしょうし」
「そうだそうだ。あのバカはいつまで経っても帰ってこねえしな」
服だけのことを言ったわけじゃないんだけどな。
ふんっと鼻を鳴らすおじさんは、それでも少し寂しそうな顔をしている。
昨日奥さんに聞いた話によると、十年以上前に家を出ていったきり帰ってきていないらしい。
様々な場所を転々とする行商人をしていて、ごくたまに手紙が来るので元気にはしているらしいが。
「じゃあ、そろそろトルテさんも待ってるだろうし、行ってきますね」
「気ぃつけろよ。トルテがいるってんだから余程のことはねえだろうが」
もう一度僕は「行ってきます」と言って家を出た。
そしてトルテと待ち合わせをしている場所に向かう。
時間はそれなりに早いけど、村人たちの朝も早いのでちらほらと仕事を始めようとしている人もいる。
そんな人たちにあいさつをしながら、僕は少し足を早めた。
気持ちがはやるのは仕方ないことだろう。
わくわくが止まらないし、気を抜けば顔がにやけてしまう。
魔物を狩る、それを今からするということで、僕はようやく自分が異世界に生きているということを実感できた。
気がつけば、早歩きから小走りへ、小走りから普通に地面を駆けていた。
「来たね、ユラ」
腕を組んで、背中を民家の壁に預けていたトルテがそう言った。
地面には、僕が持つ荷物が結構多く置かれている。
魔物を狩ると言ってもそれはトルテの役割で、僕の役割はどこまでいっても荷物持ちに過ぎない。
もちろん、狩れそうな獲物がいるのなら許可を得て戦うつもりではあるけれど。
ステフォに荷物を収納してトルテに行った。
「さあ、行きましょう!」
〇
舐めてた。
すんません、ホントすんません。
森舐めてました。森というか、山に近い気もするけど、僕からしたら大差ない。
歩きにくいし、坂道だし、虫は多いし、不気味というか変な感じもする。
息も絶え絶えに着いてくる僕をトルテは呆れたように溜息をつきながら見ていた。
森(山)に入ってから、たぶん2時間ほど経過しているだろうけど、あまり進んだという実感はない。もちろん原因は僕で、理由は単純に遅いから。
そもそも森に来るまでの道のりも数キロあって少ない体力をほとんど限界近くまで消費しており、入ってからの慣れない山道で奪われ続けた体力はとっくの昔に底をついている。
ガチャで出た槍なんて、既に杖扱いだ。
全体重掛けても曲がらないってすごくべんりです。
「……ユラ」
「こひゅっ」
「………………。はぁ」
トルテはもう一度大きなため息をついてから「休憩するよ」と言った。
〇
「んぐっ、んぐっ」
一心不乱に水を飲み、ぷはぁと盛大に息を吐く。
この水も、トルテが用意していたものだ。
本来であれば、例え荷物持ちであっても……いや荷物持ちだからこそ、自分の食料や水分は用意しておかないとダメなのに、僕は槍以外何も持ってきてなかった。
なにをしているんだ、僕は。
浮かれすぎていたと自覚して、自分で自分が嫌になる。
そもそもの話、魔物を狩るということからゲームのように考えてしまって、体力のことなんて何も考えてなかったのが一番ダメなことだ。自分の体力の無さは先日の薪割りで再確認していたはずだったのに……。
トルテにお礼を言って水の入った筒を返す。
「……飲んだねぇ」
「……すみません」
そうだよ。水も有限なんだ。考えなしに消費していいものじゃない。
もしかすると死活問題にまで発展するかもしれないのに、本当に何をしてるんだ、僕……。
笑みを浮かべていることの多いトルテでさえ苦笑いだ。
「なに、謝ることは無いさ。元々、アタシが無理に連れてきたようなモンだしね」
「そんなことないですっ」
僕に気を遣ってそう言うトルテの言葉を強く否定する。
この状況、トルテの過失は全くと言っていいほどない。
「僕の、わがままです。魔物と戦ってみたかったから、一緒に行きたかった。戦ったこともないくせに、戦えるなんて嘘をついて……」
「へぇそうなのかい。そこまで強くないって言うのは分かっちゃいたんだが……戦ったことない、とまでは思ってなかったねぇ」
「え?」
「立ち振る舞いから目線の動き、ちょっとした仕草なんかで分かるものさ。強いか、そうじゃないかってのはね。アンタは見るからに素人だったよ」
「じゃあ、なんで……」
そう尋ねた僕にトルテは笑いながら「大したことじゃいんだけどね」と前置きして言った。
「あの時のアンタの目がね、まっすぐだったからさ」
「目?」
「ああそうだ。純粋に、強くなりたいってのが伝わってくるようでねぇ」
「……」
僕は無言で、体育座りしている膝に額を当てた。
拳を強く握りしめ、奥歯を噛み締めて身体を振るわせる。
なにをしているんだ、僕は!
トルテにここまで理解されておいて、どうして僕はまだ座っているんだ!
立ち上がれよ!
いつまで休んでいるつもりだ!
自分の心の中でそう叫び、自分で自分を奮わせる。
立ち上がった僕はトルテに頭を下げて言った。
「すみません、時間を使わせてしまいました」
「行くのかい? この距離なら村に帰るのも手だよ」
僕は首を振る。
「強くならないといけない理由がありますから」
「いいねぇ、その意気だ」
僕らはまた森を進み始めた。
〇
それからトルテがまずしたことは、前から仕掛けておいた罠の確認だ。森中に仕掛けた一つ一つを確認して回る。
休憩する前もいくつか見ていたけど、それらは一つも掛かってはいなかった。
けど、休憩上がりの一発目、近付くにつれてがさがさと言う音が聞こえてくる。
「まずは一匹か」
「うぇ」
日本にもあった、あのギザギザの入れ歯みたいな罠(名前は知らない)に野うさぎが捕まっていた。
本来ならば、もう少し大きな獣の足を噛むための罠なのだろう。
うさぎはお腹あたりからぱっくりと捕まっており、くい込んだ歯から血が滴り落ちている。暴れもがく姿にもどこか力がなく、今はまだ生きてはいるけど、きっと時間の問題だと思う。
トルテは普通に近付くとうさぎに手を伸ばし、首を絞めた。
きゅ、と声を漏らしてうさぎは絶命する。
スプラッタな光景を見ることもなく安心する一方で、殺されたうさぎを可哀想だと思ってしまった。
食肉だと分かっていても、そう簡単に割り切れるものではないらしい。
「アイテムボックスに空きはあるだろ? 入れといておくれ」
「あ、はい」
まだ生温かいうさぎを手渡されて、固まる僕。
死んだうさぎのなにも写していない瞳が、僕を飲み込もうとしているようで慌てて目をそらす。
ここまで生物の死に近づいたのは初めてかもしれない。
いや嘘。昨日イノシシの死体見たわ。
うさぎの死体を持ったまま動かない僕に見向きもせず進むトルテの後を追うため、僕は頭を振ってうさぎをステフォに収納した。
やってみて思ったけど、死体は入るらしい。
生きている状態ならどうなんだろう。
それからの罠の成果は芳しくなかった。
中には壊されているものまであり、それだけ大きな獣がいるという事実を再確認して少し怖くなる。
夜。
ぱちぱちと燃える焚き火を前に僕らは座っていた。
結局、罠を全て確認し終えてから日が落ちるまで、適当に散策したけど、何かに会うことはなかった。
これまででうさぎ以外に見てないということは普通なのかトルテに聞いてみると、普通ではある、らしい。
曰く。
「流石にずっと通っているとね、アタシの強さも魔物に伝わるのさ。アイツらも敵わない相手を襲うほど馬鹿じゃないらしいね」
にやりと笑うトルテサン。やっぱり強いらしい。
それはきっと根拠の無い自信なんかじゃなくて、事実に裏打ちされた実力なのだろう。
でもちなみに隙を見せると襲われるとのこと。
僕がこの森に入ってから感じている漠然とした嫌な感じは、魔物たちの視線だろうと言っていた。
今も見られてるんですね、怖い。
思わず振り返って、がさりと茂みが動いた時は叫びそうになった。何も無かったけど。
昔はトルテも強い魔物と戦うために森へ行っていたようだが、今ではもう村に肉を供給するというのが主な目的になっているのだとか。この森で苦戦するような相手はほとんどいないらしい。
それでもたまに、昨日のイノシシみたいな(経験値的に)おいしい獲物が出たりもするので、全く成長に繋がらない訳でもないとも言っていた。
「トルテさんはどうして強くなりたいと思ったんですか?」
気になったから聞いてみた。
「そりゃ憧れたからさ」
「何に、ですか?」
「騎士にだよ」
騎士?
knight的な騎士で合ってるだろうか。
鎧を着て剣と盾を持って守ってるみたいなやつ。
でもそれって男の人がしてるイメージなんだけど。
そんな、僕のピンと来ていなさそうな顔を見てか、トルテは少し驚いたような声で言った。
「アンタこの国で生きてきて騎士を知らないって、そりゃ嘘だろう」
「いやほら、僕こう見えて記憶喪失なもんで」
「初耳だよっ!?」
「気が付いたらいつの間にか見ず知らずの平原に立ってました」
「本気で言ってるのかい!?」
「実は僕、ほかの世界から来たんです」
「それは流石に嘘だろう」
なんか驚くトルテが新鮮で面白くって、(僕的)超弩級問題発言したつもりなんだけど真顔で否定された。いやいいんだけどね。
僕が記憶喪失というのを信じたのか信じていないのかは分からないけど、とりあえず騎士というものについて教えてくれた。
簡潔に言うとこうだ。
『王宮騎士』という超強い人たちがいるらしい。
この国でたった九人の……まあこの国だけしかない制度?らしいので世界で九人しかいないと言ってもいいかもしれない。
そんな九人がそれぞれ持つ、百人単位の騎士団、その中の一人にトルテはなりたいのだという。
ちなみにどうして王宮騎士を目指さないのかと聞くと、こう返された。
「アタシは人間だからね。化物たちと肩を並べることは出来ないのさ」
化物。
驚くことに、ほとんどの国民からもそんな認識らしい『王宮騎士』とやら。
たまに不定期で騎士の募集が行われるらしく、それに合格することができれば王宮騎士の部下、つまり騎士団に入れるのだ。
トルテも何度か受けたらしいが、一度も受かったことはないらしい。
これ以上聞くと、空気が悪くなりそうなので、僕は話題を変えることにした。
だけど。
「……ぁ」
「どうしたんだい?」
まただ。
またこの感じだ。
昨日、トルテに対して起こった現象。
これ以上ここにいるのは危険だと、かつてない危機が迫ってきているという警鐘。
焦点が定まらない。呼吸が荒くなって動悸が激しくなる。
「ユラっ!」
「びふっ!」
ビンタされた。
もう一度いう。ビンタされた。
でも感謝しよう、正気に戻った。
「トルテさん、なにかが来ます」
「何かって……ああいや、森が静かすぎる」
トルテは黙って立ち上がり、武器である大槌を手に持つ。
僕も一応槍を持ってトルテの隣に立った。
でも思う。
今から来るのが敵なら、トルテの戦いの邪魔にならないように離れた場所にいないといけないのではないだろうか。
でも離れすぎると、今度はほかの魔物にやられる可能性が大だ。
あれ僕詰ん……いやいやまさか。
というか、この危機感知能力みたいなのは何なのだろうか。
まあ思い当たるのはあの名前のないスキルしかないんだけど、ならスキル【防衛本能】とでも名付ければいいのに。いや誰がスキルに名前つけてんだろうって話だけどさ。
んー、でもトルテにも反応したってことは違うのかな。
ダメだ。考えても分からない。
とりあえず今は精度の微妙な危険センサーとでも思っておこう。
なんてほかの思考で今の絶体絶命的状況から目をそらそうと頑張ったけど無理だった。
危険センサーが今回に限ってビリビリ来てる。
もしかしたら敵が今どのあたりにいて、どれくらいで僕らのいる場所に到達するのかが分かるレベル。
いや分かるわ。
なんでか分からないけど、イメージとして頭の中に円があって、赤い点が中心に向かって来てる感じ。もちろん中心は僕のいるところだ。
「トルテさん、あと十秒もしない内に来ます」
「そのようだね。どうしてアンタにも分かるのかは知らないけど、聞いてる暇もなさそうだねぇ」
次の瞬間、思わず身を構えてしまうような突風が吹き荒れた。
その風が去ったと思えば、今度は頭上から押しつぶされそうな空気の塊が僕らを襲う。
その感覚はたぶん、ヘリコプターの真下にいるような感じだろう。
ただ僕らの上にいたのはそんな現代の鉄の塊のような何かではなく、異世界の代名詞とも言えるような超ポピュラーな魔物。
空飛ぶトカゲ……つまりはドラゴンだった。
周りの人から(頭大丈夫?と)心配されるレベルで単位を落としてしまい、アニメ見たり周回してたりしたら少し時間が開きました。でも信じてください。この4話を書こうと手を付けていた日にちは31日だったんです。まあだから何だって話ですよね。
次は割りかし早く書けそうな感じはします。




