3.歩む道を決める
お読みいただきありがとうございます。
♪日~が落っちて~また昇って~(鼻歌)
てなわけで筋肉痛。
午前中はベッドの上で痛みと奮闘しておりました。
さすがにおじさんも働けとか手伝えとかは言ってなかったけど、なんか僕を信じられないような目で見てどこかへ行っていた。
少し動けるようになった今は、しかし特にやることもないので、編み物をしている奥さんと同じ席について談話している。
まあ僕は一応記憶喪失で通しているので、奥さんの話を聞いているだけだけど。
おじさんたちの子供のこととか、この村のこととか。あとさらっとこの世界の一般常識なんかも聞かせてもらった。
コンコン
「あら、誰かしら?」
奥さんと会話に花咲かせていたとき、いきなり家のドアがノックされた。
おじさんならノックなんかせずに入ってくるはずなので、必然ほかの村人ということになるだろう。
「あ、僕が出ますよ」
「そう? ありがとう」
奥さんが編み物を中断し、立ち上がろうとするのを声で制し、自分が席を立つ。
けれど、扉の前まで行き、ドアノブに手を伸ばそうとしたところで僕の身体は硬直した。
この扉の向こう側にいるナニカが危険であると、僕の防衛本能が警鐘を鳴らす。
出ちゃダメだ。開けちゃダメだ。ここにいては、ダメだ。
そう思っても身体は動かない。
ただ小刻みに震えてしまい、カツカツとドアノブと触れる指が音を出す。
「ユラくん?」
僕の様子をおかしいと思ったのか、奥さんが心配を孕んだ声色で言った。
その声を聞いて、極限の緊張状態とでも言うべき状況から解放された僕は、冷や汗いっぱいの笑顔で振り向いて言う。
「すみません、ちょっと立ちくらみしちゃったみたいで」
「大丈夫なの?」
「あはは……」
よく考えれば、危険なんてどこにもあるはずがないんだ。
外から聞こえる声も平和そのもので、もしも危険性のあるものが外にいるなら悲鳴の一つや二つ聞こえてもいいはずなんだから。
さっきのは僕の勘違いで、僕が動けなかったのは筋肉痛がまだあとを引いていたからだろう。きっとそうだ。
まあでも一応、ステフォを一押しすれば槍を取り出せる状態にしてドアを開ける。
ガチャ
「やけに遅かったじゃないか。ん? 誰だいアン……」
バタン
「…………………………………………」
よし、まずは状況を整理しよう。
外にいたのは一人の女性だった。
歳は二十代中盤くらいだ。
茶髪を長く伸ばし、適当に一纏めにしている。美人と呼べる整った顔立ちをしているけど頬に大きな引っ掻き傷があり、台無し……とまでは言わないまでも残念だと思ってしまう。
それでも美人だと思えるのは、その傷を何とも思っていないような堂々とした立ち振る舞いからか。
ここまではいい。逆に言えばここまでしか許容できそうにない。
おそらく返り血と思われる血液で半身を染めており、同じ色の液体をこびりつかせた大槌を背中に担いでいた。
そして、その背後には巨大なイノシシの死体が横たわらせてあった。
結論、危険人物。
僕の警鐘は間違ってなかった。
「おじちゃんいるかい?」
その危険人物が扉を開けて家の中に入ってきた。
「ぎゃあああああああ!」
「なんだい、人を見るなり扉を閉めるわ悲鳴をあげるわ。失礼なヤツだね」
「あらあら、トルテちゃん。お久しぶりねぇ」
「もう『ちゃん』はやめておくれよ。そんな歳じゃないし、そもそもアタシにゃ似合わない」
照れを隠すような、困ったような表情で、トルテ(さん?)は顔の前で横に手を振った。
おばさんとの親密さを見るに、おそらくここの村人だろう。
昨日は一応村全体を回ったはずだから、昨日はこの村にいなかったか、あるいはほかの家族が僕の対応をしたか。
どちらにしても、僕の反応は少し失礼だったかもしれない。
いや怖いのは変わりませんが。
「っと、とりあえず今はおばちゃんだけしかいないようだねぇ。だけ、というか……」
トルテは足元にへたりこんでいる僕を見た。
僕は立ち上がり、トルテに目を合わせて言う。
「僕の名前はユラです。色々あってこの家にお世話になっています。お金も何もないので、一応『何でも屋』という体でお金さえ貰えれば何でもするので、よかったら」
「ほぉう? 何でも……」
差し出した手を鋭く見られて、身体が竦む。
しかし最低限の笑顔は崩さない。
僕が一番望まないのは、村人の誰かひとりにでも疎まれることだ。
村人たちの結束が強い以上、必然よそ者の僕が立場上一番下となるし、もしも何かあった時は責められる格好の的だろう。
誰かひとりに嫌われて、そこから波紋が広がっていけば、そんな立場の僕は一瞬でこの村には居られなくなる。
ただでさえ最初の反応でやらかして、印象を悪くしているんだ。これ以上のマイナスは避けておきたい。
「ユラ、ね。ああ覚えたよ。アタシはトルテって者だ」
「よろしくお願いします」
「固っ苦しい言葉遣いはやめておくれ。アタシに畏まる必要なんてないさ」
「まあ、それはおいおい……」
差し出した手を握り返されて、ブンブンと振り回される。
見た目の豪快さ通りに握力も強いトルテとの握手には、さすがに笑顔を保つのは難儀した。あと十秒もしてたら無理だったと思う。
気が済んだのか、パッと手を放したトルテは気を取り直したように言った。
「おじちゃんがいないのなら、どうしようかねぇ……。ユラ、アレの解体とかできるのかい?」
「アレ?」
トルテが親指で示した先には、当たり前だけど先ほど見たイノシシの死体がそのままあった。
よく見れば、道を通る村人たちはそのイノシシに過剰な反応をしていないことから、別段珍しい光景ではないのだと伺える。もちろん、撲殺された死体を見て複雑な表情を浮かべている人がほとんどだけど。
「ムリムリムリムリりりりりり」
僕は必死に首を降る。
「なんだい。え、何でも屋?」
「う……」
それを言われたら何も言えない。
いや誇大広告とかじゃないけど、できないものはできない。
「じゃあ何ができるって言うんだい?」
「うぇ、えーっと……」
自分に何ができるか分からないから、『何でも屋』なんて言っただけだし、これと言って得意分野なんて無い。
だからこれは、一番困る質問だ。
「ま、薪割り……?」
「ユラくん」
「嘘ですすみません」
昨日の一部始終を知っている奥さんに、諭されるように呼ばれてしまえば謝るしかない。
「……」
トルテの胡散臭そうなものを見る目が痛い。
やめて! そんな目で見ないで!
というか、本当に何もできないな僕。
スキルもあってないようなものだし、前にいた世界と全く変わっていない。ただの男子高校生のままだ。
チャットでは、元クラスメイトたちが魔法を使ったり、魔物を倒したりしているのに、僕にはそのどれもできやしない。
劣等感や嫉妬、そんなものが僕の中で溜まっているのがわかる。
元の世界ではそれらを感じることなんてほとんどなかったのに、自分だけが持っていない、そう思ってしまうとどうしても嫌な気持ちになってしまう。
……。
あれ、本当にただの男子高校生か?
何か見落としてる気がする……何か……。
「そうだ!」
「うおぉっ。いきなりなんだい! ビックリしちまうじゃないかっ!」
「僕にもできることありましたよ! 荷物持ちできますよ!」
「威張れるモンでもないけどねぇ」
僕はチッチッチッと指を振っちゃったりする。
あ、今の僕めっちゃ調子乗ってるな。やってから気付いたけどもう遅いし仕方ないよね!
「じゃーん!」
「?」
「アイテムボックス(ステフォ)です! 最大容量は50kg!」
例も兼ねて、槍を取り出して見せる。
異世界モノではだいたい出てくるアイテムボックス。例に漏れず、この世界にもあったようだ。ありがとう神様。
……。
あれ、トルテからの反応がないな。
もしかして呆れてる? 実は珍しくもなんとも無い?
……この世界ではありふれてるものだったらどうしよう。
一家に一台みたいな感覚で持たれていたら本格的に僕のやれることなんて何もなくなるんだけど。
なんて心配は杞憂に終わったようだ。
「へぇ! これが!」
トルテは目を輝かせてステフォを僕からひったくった。
ただ、ステフォは持ち主にしか操作できないのか、トルテがいくら液晶部分を触っても、画面が切り替わることは無かった。
奥さんも口を丸くして固まっていることから、それなりに珍しいものなのだろう。
下手をすると珍しすぎてお偉いさんが来ちゃうかもしれない。
そこからユラユラ異世界譚わらしべ長者編が始まるのでお楽しみに。
なんてどうでもいいことを考えれるくらいには余裕があったし、自分にも出来ることがあるのだとちょっとした自信にもなった。
「ユラ! こいつをアタシに貸しておくれ! もちろん金は払うよ!」
「あー、貸すのはいいんですけど、これ僕から一定距離が離れると元に戻ってくるんですよね、多分」
そんなことを、あの教室(?)で瀬川先生(?)が言ってた気がする。
試したことがないから分かんないけど。
それを聞いたトルテがステフォを持ったまま家から出て行ったけど、しばらくするとステフォは僕の足元に落ちていた。
息を切らせて戻ってきたトルテに、ほら、とステフォを見せる。
「なるほどねぇ……」
トルテは何かを考えるように口元に手を当てた。
そして視線を僕の持っている槍に合わせて言う。
「ユラ。アンタ、武器を持ってるってことは全く戦えないって訳じゃないだろ?」
「え、あ、え?」
「どうなんだい?」
この質問の意図をなんとなく察し、僕はどう答えるべきかを考える。
トルテはステフォを……アイテムボックスを使いたい。だけどそのためには僕の同行が不可欠だ。
だからトルテは僕を連れていく可能性を模索した。
ここで問題になるのは、トルテがどこへ行こうとしているのか、だ。
それは外にあるイノシシの死体と、僕の持つ槍に目を付けたことから見当を付けることができる。
ずばり言うと、森だろう。
森ではなくとも、危険な生物が生息する場所だ。
おそらく、獣(魔物?)を狩ることで生計を立てているだろうトルテは、昨日この村にいなかったことから、日をまたいで……つまりどこかで野宿したということが分かる。
もちろんそのためには食料を始めとした大量の荷物が必要だろう。
アイテムボックスがあるのとないのでは疲労の度合いなど様々な効率が大幅に変わるはずだ。
それが、トルテがアイテムボックスを求める理由と見ていい。
まあ全部推測に過ぎないんだけどね。
でもとりあえず仮定とする。
正直、森へ……魔物を狩るところへ着いていかせてもらえるのなら、それは僕にとって願ってもないことだ。
戦える、そう答えればトルテは喜んで僕を森へ連れ出すだろう。
もちろん、それなりのお金は貰えるだろうし、弱そうな獲物と戦うことで僕も異世界を満喫……げふんげふん、この世界での生き方の幅を広げることができるかもしれない。
ただ、それは嘘をついた場合だ。
その嘘で、僕は命を落とすかもしれない。
「……」
魔物を狩りに行きたい、そう思うのは実入りが良さそうだということ以上に、クラスメイトたちに張り合いたいという意地だと理解している。
他人事であれば鼻で笑うようなくだらない意地だ。命と天秤に掛けるものではない。
僕が本当にただ一人、ぽつんと異世界に放り出されたのならあからさまなリスクは避けながら生きていくだろう。
けど、この世界には見知った彼らがいる。
それも、スキルを与えられて、スキルを取得して、武器も簡単に入手できるという特典付きで、だ。
彼らの何人かは、もしかするとほとんどが、後々大成、というか俺TUEEEEするような力を持つかもしれない。少なくとも一人、元の世界でも俺TUEEEEしてた人がいるし。
そんな彼らとこの世界で再び出会えた時、自分とは比べ物にならない強大な力を持ったクラスメイトに出会った時、僕は何を思うだろうか。
彼らに対する恐怖か、それとも自身の怠惰に対する怒りか。
「……ぁ」
無意識に開いた口を力強く閉じる。
その時の光景が目に浮かぶ。
クラスメイトに向かってへらへら笑いながら、見えない後ろで血が出るほど強く腕を握りしめる僕の姿が。
それは、嫌だ。
強くならないといけない。努力しないといけない。
例え彼らに追いつけないとしても、並び立てないのだとしても、少しでも近づいておかないといけない。
恐怖と怒りを緩和するために。
だからーー
「戦えます」
「そうかい」
トルテは僕の答えに、片目をつむってにやりと笑みを浮かべた。
「じゃあユラ、何でも屋に一つ依頼をするよ。荷物持ちとして少しばかりアタシに着いてきな」
「ええ、喜んで」
もう一度、差し出した手は力強く握られた。
前書き後書きに書いてるのは基本的に言い訳ですけど、ユラくんがたまに達観というか、客観的過ぎたりしてるのは気のせいでしょう。




