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お読みいただきありがとうございます。

エピローグ、的な。

 ーーこれは夢だ。


 三人の少年少女が笑っていた。

 それはとても、楽しそうに。


 どうやらその三人は旅をしていて、これから野宿をするため、夕飯の支度を始めようとしていた。


『まあここは紅一点、唯一の女子たる私が腕によりをかけて作ってみせましょう!』


 少女が得意気に言うと、少年の内の一人が対抗するように言った。


『いや待とう。俺が村で生活するために取得した【料理】スキルの力を見せるのはいつ? 今なんだよ!』

『いえいえ! 奴隷としてご主人様のお手を煩わせるわけにはいきませぬればら』

『なんて!? それなら、奴隷というなら命令させてもらおうか!』

『キャー、『お兄ちゃん』ガ無理矢理命令シテキター。とかチャットに書いちゃいますけど』

『奴隷の方が立場が高い!』


 そんな、ヒイラギとアキヅキのどうでもいい言い争うを一歩離れた目で見ながらシンリは言った。


『俺、とりあえず木の枝とか拾ってくるよ?』

『よし、じゃあシンリに決めてもらおうか』

『望むところです!』

『うわ巻き込まれた』


 もしかしたらこれは、あったかもしれない可能性だ。

 こんな未来が訪れることもあったかもしれない。

 しかし、やはりこれは夢なのだ。


 もう絶対に訪れることのない未来で、潰えた可能性だった。


 夢だと気付いてしまえば、どうしようもなく虚しくなってしまう。

 シンリの面倒そうな顔も、アキヅキのいたずらっぽい笑みも、自分のムキになっている表情も。

 全てが無意味なもののように感じてしまう。


 そんな、幸せだろう光景を、テレビの中の出来事のように見ながら、ゆっくりと目を覚ました。



「ヒーラギ、朝だよ。ミカヅキお姉ちゃんとか、シセルお兄ちゃんはもう起きてる」

「うん。起きる。……けど、ヒネモスお兄ちゃんではないんだよなぁ」


 自分を起こしに来た子供の顔を寝ぼけた目で見ながらそんなことを言った。


 シンリがどこかへ消えてしまって、早くも一ヶ月近くが経過しようとしている。


 頼れる大人が一人もいなくて、それどころか年長者である自分や、シセルとアキヅキの三人で子供たちのこともしなければならなかった。


 衣食住。これが安定するようになったのは最近だ。


 まず衣。

 これは、アキヅキを始めとする女子には申し訳なかったが、優先度を一番下にした。

 最低限ある服を川で洗って干して着まわす。そんな感じだった。

 まあアキヅキはやろうと思えば服は要らなかったので、あまり気にしていなかったようだが。


 次に食。

 正直これが一番問題があった。

 盗賊たちが残していた食糧は、元の人数で考えて三日分程あり、今の場合ほとんどが子供であるため、節約すれば二週間ほど持つのではないか、という位はあった。

 だが、当たり前だが増えなければ減る一方であり、どうにかしなければならないと森に狩りに行くことをヒイラギは提案し、シセルと共に森へ行く。

 しかし流石に人数分賄えるほど収穫はなく、なんなら収穫ゼロの日もあり、というかそういう日の方が多く、自分の分を後回しにしたヒイラギはわりとガチで飢え死にしそうになった。

 その過程で、我慢出来ずに口にした石を食べられると知り、ヒイラギの食事情は解決した。食事というより腹を膨らませるだけだったが。

 ちなみに今はある程度、安定している。


 最後に住。

 最初はアキヅキの領域であるあの洞窟を拠点としていた。

 洞窟というか、アキヅキが全ての道を塞いでいたため岩場のようになっていたが、自在に構造を動かせるアキヅキがいれば関係ない。

 とりあえず安全を第一に考えて、構造はシンプルにし、もしまた襲撃を受けるようなことがあってもすぐに荷物をまとめて逃げられるように、数個の部屋とそれを繋ぐ通路だけにした。


 今までの事を振り返りながら、ヒイラギはみんなが集まっている部屋に行く。


「おはようございます、ヒイラギくん」

「おはよう。ごめんね、なんか一番寝かせてもらって」

「いいんですよ。昨日は一番遅くに寝たんでしょう?」


 アキヅキとそんな会話を交わして、ぐるりと部屋を見渡す。

 子供たちはそれぞれリュックの中身を確かめたり、あるいは準備万端の子は持たせている武器の手入れをしていたりする。


「シセルは?」

「シセル君なら……あ、来ましたよ」


 悪魔の力を封印され、黒かった腕も元に戻っている少年がが部屋に入ってきた。

 彼はヒイラギに気付くと馬鹿にするような笑みを浮かべて言う。


「君のせいでここまで時間が掛かったというのに、いいご身分だよねぇ」

「うぐっ……」


 ヒイラギたちは、全員でこの洞窟から離れる。

 それは元々決めていたことだ。

 当たり前だが、一度バレてしまった隠れ家をいつまでも使っているというのは非常にリスクの高いことである。

 この一ヶ月は特にそういうことは無かったが、いつまたあの騎士たちが来るかは分かったものではない。


 しかし離れるにしても、もちろん徒歩ではキツイ。

 馬車を使うのが一番合理的だが、最低でも二台は必要であり、一台はシセル、もう一台はヒイラギが操縦することになった。


 そこで問題になるのが、ヒイラギ馬に乗れない問題だ。

 一ヶ月、狩りの合間に馬に乗り、洗濯の合間に馬に乗り、料理の間に馬に乗り……。

 そして食糧不足から少し愛着の湧いた馬を食べ……いやこの話はよそう。


 馬は諸事情によりいなくなり、代わりに馬と魔物を配合したアバという生物に乗ることに挑戦する。

 そして苦難を乗り越え、ついに、普通にアバに乗れるようになったのであった。


「ヒイラギ君は夜遅くまで起きてたんですよ」

「いや、それ夜行性だからだよ。朝起きないのもそれが理由だし」

「返す言葉もないけどさぁ!」


 アキヅキのフォローが一瞬で崩され、ヒイラギは話を強引に終わらせる。


「さあ行こう。思い立ったが吉日って言うしね。何でもかんでも早い方がいい」

「思い立ったのは随分前ですけどね! でも行きましょう! こんな狭い場所にいつまでもいるのは良くないですから」


 自分の力が最大限振るえる場所から離れることに、アキヅキに不安はない。

 なぜなら、それ以上の力を付けたと思えるから。


 この一ヶ月、この中にいる者で何もしなかった者はいない。

 ヒイラギも、アキヅキも、シセルも、子供たちの一人ひとりに至るまで、全員が強くなるために努力した。

 今は亡きリーダーの、大人たちの背中を目標に。

 シンリの残した武器を手に取って。

 元々身体能力の高い『古き血』の子供たちだ。

 たとえ独学であったとしても、そこら辺にいる魔物程度ならば倒せるほどの力を付けていた。


 ヒイラギとシセルは馬車を引く。

 荷台には荷物と子供たちを乗せて。


 特に交通網がある訳でもないので、並走しながら会話を交わす。


「こっちであってるの?」

「たぶんね。植え付けられた感覚だけど、違和感は確かにこっちにある」


 目的地は初めから決まっている。


「僕を引きずり上げといて、今度は自分が堕ちるなんてね。めんどうな主を持ったものだよ」

「……まあ、気持ちは分からなくもなかったんだけどさ」


 向かうはシンリのいる場所だ。

 『聖霊』は眷族の居場所は分からないが、眷族は主の場所がわかる。

 『聖霊』からは分からないのは、通常の『聖霊』にとっての眷族とは使い捨ての道具のような扱いであるからなのだが、ここで詳しく説明する必要はない。

 シセルがシンリのいる方向が分かるということだけが重要だ。


「ずっと聞きたかったんだけど、シセルは、その、みんなが殺された時、復讐しようとか考えなかったの?」

「考えたよ。でも、子供たちがいた。子供たちには僕しかいなかった。理由ならそれだけで十分さ。まあ、悪魔の力が使えなかったからって言うのもあるけどね」


 シセルはシンリと出会ってから変わった。

 だから、今度は自分が彼を救う番なのだと、そう思っている。


 かつて人を殺して、敵を殺して、何も信じられなくなったシセルは、もう何かを憎んで、何かを恨んで、対象のいない復讐に囚われていた。

 今思えば、あの頃の自分はとても見ていられる状態じゃなかっただろう。誰かが、救わなければと思うくらいには。

 だけど、その差し伸べられた手を切り裂いて、優しい言葉を掛けた口を抉り取って、シセルは独りで戦った。

 戦うごとに、自分が傷ついていたことにも気付けずに。


 もしかしたら、シンリは違うのかもしれない。

 自分とは違う道を行くのかもしれない。

 復讐に囚われても、一人で目を覚ますことが出来るかもしれないし、目を覚まさせるのは自分じゃなくて他の誰かなのかもしれない。


 けれど、シセルはシンリの元へ行く。

 これはヒイラギもアキヅキも同意したことだからだ。


『何かをすることよりも、何かをしてあげたいと思うことが大切なんです』


 何かのセリフみたいだとヒイラギに突っ込まれながらもアキヅキはそう言った。


『俺たちはとにかく、リーダーに着いていくよ』


 自分であの眼帯ひとの後任になると言った訳では無いけれど、彼はそう言った。


 きっとこの選択は間違っていない。

 誰かを助けたいという気持ちが、間違っているはずがない。


 そんな想いを胸に、彼らの旅は始まった。

はい。これで二章は終了です。

次からは別のクラスメイトのお話です。

予定では誰も死なず、多くが苦しまず、大勢が幸せになるような優しい物語です。

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