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お読みいただきありがとうございます。

今月中っ!

 これは、起こったことであり、過去のことであり、終わったことである。


 一つの村があった。

 一番近い街に行くにも、急いでも一日はかかる。普通に行こうとすれば数日は覚悟しなければならないような辺境にある村。

 先日、大地震と、謎の『毒』という、一時は村の存亡に関わる災難に見舞われたが、それは既に解決している。

 あの災厄から数日と経っていないはずなのに村人たちの表情に陰りはなく、日々村の復興に勤しんでいた。


守り神シリウス様が見守ってくれているから」


 どうしてそんなに頑張れるのかと問われれば、村人の誰もがそう答えるだろう。もちろん、早く元の生活に戻りたいというのもあるだろうが。


 守り神。

 彼らがそう崇め、祀っているのは一本の大剣だ。

 地面に垂直に突き立てられている金色に輝く剣は、なるほど見るからに神々しく、一点の曇もない。人々が拠り所にするのも頷けるというものだ。


 その村の村長は、その守り神の前に立ち、それを囲っている結界に触れて首を傾げる。


 ーーこれ、いつからあったかのぉ……。


 もちろん、彼自身もこの剣を崇める気持ちはある。

 この剣に助けられ、救われたという記憶があるのだ。


 自分や、村人たちだけではなく、彼の大切な孫娘も守り神が救ってくれた。

 だが、どうやって?


 それが少し、思い出せない。


「おじいちゃん?」


 難しい顔をしていたからか、隣にいる孫娘に心配そうな声を掛けられた。

 この娘がこうして外を出歩き、自分の隣にいてくれる。

 それだけで、剣の出自などどうでも良くなった。

 ただ剣に感謝を。


「いいや。なんでもない。さ、今日は料理を教えて欲しいとか言っておったな」

「うん!」


 満面の笑顔で元気よく頷く。

 孫娘は、ずっと篭もりきりで、ほとんど何もすることが無かった。何もできなかったのだ。

 しかし、こうして元気になった今、様々なものをやってみたいと自分に言ってくる。

 教えを請われるのは悪い気分にはならない。それが目に入れても痛くない孫娘で、自分を頼ってくれているというのなら尚更だ。

 ちょっと、家事や裁縫、料理など自分の得意分野とは外れているし、なんならちらちらと孫娘の『誰か』に向けた好意が垣間見えるのが気になるが。


 それでも、こんな平和な日々が長く続いてくれれば、後は何もいらない。

 そう思えるほどには、彼は幸せだった。


 しかし、その願いは一瞬で砕かれる。


「村長っ! 『王宮騎士』が、村長を出せと! 拒否するのなら、実力行使も厭わないと、騎士団を連れて!」

「王宮騎士……? 今さらわしを、国がどうこうするとは思えんが……」


 心当たりのない予想外の来客。


「すぐ行こう。エルゼ、お前は家に戻っておれ」


 そう言うと、村長ことスゼ爺は、自分を呼びに来た村の若者に案内させる。

 村の入り口には、『王宮騎士』ムーサ・テラーとその部下である騎士が十人、馬を連れて立っていた。

 ついでにもう一人、見たことのない男が馬車の上に座っている。


「久しいな、ムーサ」

「ええ、お久しぶりです。『西の賢者』様」


 ムーサの言葉に、普段見られるような無気力さはない。

 それはある意味当然とも言える。


 彼の目の前にいるのは、かつて人化した魔物の脅威から人々を守るために尽力した四英雄が一人『西の賢者』なのだから。

 それはシンリやヒイラギが世話になった村の村長であるスゼ爺その人であった。


「して、何用だ。あの時より、わしは姿を完全にくらましたと思っておったのだが」

「その通りです。我々はあなたの足取りを追うことは出来なかった。ですが、私はいまここにいる。その意味が、分かりますね」

「さてな。いったい、どこで足が着いたのやら……」


 とぼけたようでもないスゼ爺の態度に、ムーサは内心首を傾げる。

 もちろん、彼ほどの人物となれば、ムーサ如きに心中が読めるものではないのかもしれないと、演技である可能性も否定しない。


 だが、『賢者』とも呼ばれる者が、ここでとぼける意味は無いだろう。

 理由など、一つしか無いはずなのだから。


「通行証を、渡しましたね」

「通行証……? ……ああ、なるほどな」


 ヒイラギによって改竄されていた記憶が元に戻った。


 確かに、スゼ爺はシンリに通行証を渡した。

 そして、スゼ爺には分かっている。

 シンリの毒を見た時から、彼が『古き血』だということが。


 ならば、目の前の男がここに来た理由は簡単に予測できた。


「……ご理解頂けたようで」


 通行証で街に入った者が起こした責任は、全て紹介した人物の元へ行く。

 少し話が違うが、『古き血』を街に入れたという罪は、スゼ爺へと降り掛かるのだ。


「一つ、聞きたい」

「答えましょう、どうぞ」

「わしの命。それだけで足りるのかの」

「……」


 ムーサは無言で首を振った。

 その大罪に対する罰は、いかに英雄の命といえど償いきれるものではない。

 家族、親族、さらには村人全員の命をもって罰とする、それが国が下した判決だった。


「……そうか」


 スゼ爺は目を閉じた。

 思い起こすのは、シンリやヒイラギ、エルゼや息子のドゼ、そして村人の顔。

 自分の命だけならまだしも、無関係な彼らを巻き込むのは申し訳が立たない。


 彼は、隣にいる若者へと声をかける。

 思考に心がついていっていないのか、放心しているが気にしている暇はない。


「わしが時間を稼ぐ。皆に逃げろと伝えてくれ」

「は、はいっ」


 転びそうになりながらも、必死に走る彼の背中を見送って、スゼ爺はムーサに向き直った。


「見逃してもよいのか?」

「どうせ、意味の無いことですよ。ここにいない全員で、この村は囲んである」

「そう、か」

「はい」

「だが、せめて抗わせてもらうぞ。ここより先は命よりも大切なものしかないのでな」


 『西の賢者』は覚悟を決めてそう言った。



「<雷霆<彼方より<水<飲み込まれた<鋼牙の……」


 魔術を複数発動させる並行詠唱。

 描く魔法陣は、もはや人間に描けるのかと思えるほど複雑で、魔術に疎いものが見れば……いや、かなり精通していなければ適当に描いているようにしか見えない。

 まさに、賢者の名に恥じぬ芸当と言えるだろう。


 それを、ムーサは黙って見ていた。

 もう見ることの出来ない『芸術品』を目に焼き付けるように。


「……共鳴せよ>飛来する>召喚>空洞>切り開け>」


 詠唱が終わる。魔法陣を描き終える。

 発動した五つの魔術は、一つ一つが凶悪な威力を伴ってムーサや騎士に襲い掛かる。

 まともに喰らえば、肉片一つ残ることは無いだろう。


 だが、ここに来たのはムーサなのだ。

 九番まである王宮騎士の中の、六番であるムーサ。

 『賢者』ほどの人物であれば、王宮騎士にも劣らない実力を持つ。もしもスゼ爺が王宮騎士に所属する世界があったのであれば、彼の序列はムーサよりも高かったであろう。

 ではなぜ、ここにムーサが行くことになったのか。


 それは『賢者』との戦闘を予想されて、それでも彼が適任であると判断されたからである。


 ムーサは既に発動していたページのスキルの能力を使用する。

 一瞬のうちに、スゼ爺の魔術は霧散した。


 ムーサの戦い方は、どちらかと言えば防御特化だ。

 全ての攻撃に対し、数々のスキルの中から確実に対処できるものを的確に選び、打ち消す。

 対魔物戦では、その魔物の弱点を突いて倒すが、実は対人戦では決め手に欠けることが多い。

 だが魔術を封じれば、スゼ爺などただの老人に過ぎない。


 そもそも、戦闘などしなくなって久しいスゼ爺と、魔物や魔人との戦闘に駆り出されるムーサとの実力が拮抗しているはずも無かったのだ。


 ムーサは悔しさに顔を歪めるスゼ爺に近寄り、こう言った。


「もう、いいでしょう」


 そう言うムーサの声も辛そうだ。

 『西の賢者』と言えば、何度も言うが英雄なのだ。

 十年前、まだ学園に通っていたほどの世代からすれば、尊敬に値する人物なのだ。

 その人物を、彼は自らの手で殺さなければならない。

 自分の人生の目標であった英雄を、彼自身の手で殺さなければならないのだ。

 苦しくないはずがない。


「立ってください」


 膝を着いてうなだれるスゼ爺はもう抗うことなく、言われるがままに立ち上がる。


「英雄……いえ、大罪人スゼ・フローゼ」


 ムーサは騎士の一人から剣を借り受け、ムーサの首に当てる。


「おじいちゃん!」「親父っ!」


 その声に、スゼ爺は刃が肉を裂くのも気にせず首を上げた。

 そこには、大勢の騎士に囲まれた村人たちの姿があり、今にも飛び出そうとしているエルゼとドゼは騎士に羽交い締めにされていた。


「村の制圧も終わったようですね」


 ムーサが漏らした言葉にスゼ爺は反応しない。

 村人たちの自分を見る視線が、恨みがましく尖っていたからだ。


「聞いたぞ村長っ! お前のせいで俺たちがこんな目にあってるんだってな!」

「そうだふざけるな! 俺たちを巻き込むなよ!」

「抵抗した主人が殺されたわ! どうして……どうしてよぉ!」


 抵抗した者は殺され、囲まれている村人の数は半数いるかいないかというものだった。


 村人たちからの罵詈雑言に恨み言。

 投げられた石が頭に当たり、血が流れる。


「どうやら、あなたはディエナスメイナスにはなれなかったようです。あなたの成した偉業は、犯した罪に塗りつぶされた」

「わしは……わしは、自分のしたことが偉業であると、そう思ったことは一度たりともありはせんよ。わしらの作った壁は、多くもの悲しみを生み、多くの命を奪った」

「ええ。ですが、それで救われた命は多く、死んだ多くは化物の方です。紛うことなき偉業ですよ」

「それじゃよ。どうして、区別する。元は共に暮らす仲だったはずじゃ。それが、壁ができてすぐに排斥され始めた。わしらが描いた平和な世界には、彼らもいたはずだったのにな」

「区別、ですか。当たり前ですよ。私たち人間と、化物は違う。『博士』の研究結果によれば、彼らは魔物に近く、事実魔物を操る事例もある。奴らがいつ人間に牙を向くか、分かったものではなかった」


 スゼ爺は、多くの人間に刻まれる『古き血』への意識を聞いて、口を閉じた。

 『古き血』は人間だと、そう思ってしまったから、スゼ爺は自分のしたことを罪だと思っている。

 罪のない者を排斥し、殺すことが偉業であっていいはずがない。


「それに、あの壁はあの子を殺す原因となった」

「それは仕方ありませんよ。あんな異常は、放っておけば世界が狂う。それはあなたを含めて世界の共通の意思でしょう。王国、帝国、神国の三大国家の最大戦力を持って、東の小国を滅ぼした」

「別に道はなかったのかと、今でも思う。きっと……」


 言葉を続けようとして、スゼ爺は首を振った。

 たった一人を殺すために、三つの大国が動き、一つの国を滅ぼした戦いには自分も参加していたのだから。

 何かをいう資格はない。


「……では、私はあなたを殺します」

「……ああ」

「気休めになるかは分かりませんが、村人たちは殺しません。殺したことにはしますが、名も無き奴隷とします。それが、私にできるあなたへの最大の誠意ですから」

「っ」


 奴隷になる。それは、殺されることよりも酷いことではない。

 もちろん、奴隷となり虐げられることもあるかもしれないが、『王宮騎士』という彼がそういう道を作ったのなら、そう酷いことにはならないだろう。


「感謝する……っ」

「大罪人スゼ・フローゼ」


 先程言おうとした文言を、ムーサは再び紡ぎ出す。


「あなたの罪を、王宮騎士序列六位ムーサ・テラーが裁きます。……どうか、安らかに」


 それは、見事な太刀筋だった。

 罪人は痛みを感じることも、いたずらに苦しむことも無かっただろう。


 ムーサは表情を暗くして俯きながら、その首を拾って部下に渡すと、こう言った。


「村を、焼き払え」


 騎士は迅速に行動する。

 泣き声を、叫び声を、怒声を背にムーサは歩き出した。


「約束通り、こいつらは奴隷商人おまえの商品にしていい。だが……」

「ええ、ええ。もちろん約束は守りましょう。あなたに英雄殺しをさせる原因となった化物、『シンリ・フカザト』の居場所を私は知っています」


 ムーサに着いてきた、馬車に乗っている奴隷商人は、そのひょろ長い胴を折り曲げて地面のムーサと会話する。


 その化物の一人が奴隷の首輪を着けているという情報を聞くと、ムーサは数人の騎士とともに街へ戻った。

 残りの騎士には奴隷商人の手伝いをしろ、と言って。


「『アレ』によって失った奴隷たちには及びませんが、それなりに取り戻せましたかねぇ……まあ、これはただの意趣返しに過ぎませんが」


 奴隷商人は独りでそう呟いた。


 彼は、アキヅキを売っていた奴隷商人だ。

 シンリたちにめちゃくちゃにされた競売時に、彼らが『古き血』だと当たりをつけ、通行証を持っていたことから王国へと報告した。

 まさかその通行証を与えた人物が『西の賢者』とは予想外だったが。


「さて、それではこの商品たちをどうするか考えるとしましょうかね」


 流石に『王宮騎士』に目を付けられれば無事には済まないだろうと、シンリたちのことを忘れ、男は次の商売の事を考えならがらにやりと笑った。



 空が白んできた時間帯。


 焼き払われた村、炭化して誰だかわからない死体。

 ただ結界に守られた黄金に輝く剣だけが、無傷のまま突き刺さっていた。


「なんだよ……これ……」


 ムーサの言葉から、ネイロ村に行き当たったシンリはここにやって来た。


 何も無い。

 家も、人も、自然も、家畜も。

 焼け野原だけがそこに残っていた。


「シンリ……」


 シンリと一緒に飛んできたヒイラギは、足元の首なし死体の人物の名を伝えるべきか迷い、口を噤んだ。

 ちなみにヒイラギが抱いている子供は何度か意識を取り戻したが、その度にヒイラギが【蛇眼】を使い眠らせている。


「なあ、ヒイラギ。これは、俺のせいかな……?」


 そう尋ねてくるシンリに、ヒイラギは言葉を返せない。

 違うと言っても、彼は納得しないだろう。

 こう聞いてくる時点で、シンリは自分の行動がこの結果を招いたのだと感じているのだから。


 それに、シンリは別に答えを求めて聞いてきた訳では無いだろう。

 あるいは、肯定して欲しかったのかもしれない。

 自分が悪かったのなら、責めるべきものがあったのなら、少しはそれに当たることで気が楽になれたかもしれないから。


「……」

「……」


 シンリもヒイラギも互いに無言だった。

 言うべき言葉も、かける言葉も見つからない。


「あはは、は、は」

「しん、り?」


 突然笑い出したシンリにヒイラギは驚きながら視線を向ける。

 両目を覆って、天に吠えるように、シンリは悲しげな声で笑う。


 あはははははは!

 あはははははは!


「あー……シセルが正しかったのか。人間なんて、ロクなものじゃない」


 笑い終えた彼は非常に冷たい表情をしていた。

 鋭い眼光が、一体何を見ているのかヒイラギには分からない。


 シンリはおもむろにステフォを開き、ガチャのページにいくと、持てるポイント全てを武器ガチャにつぎ込み、結果を見ることなくステフォを仕舞う。


 いくつもの武器や防具が辺りに散らばった。


「全部やる。残った盗賊とか、シセルとかに渡しといてくれ」


 シンリは自らの意思で身体に留めていた毒を自由にする。

 元々、他の人に会うために外に出さなかった毒だ。ゆえに、これは独りで生きていくのだと、決別の行動でもあった。


 シンリから放出される毒は、そばに居るヒイラギすらも構わず侵す。ヒイラギは慌ててシンリから距離を置いた。


「シンリ! どうするつもりなんだよ!」


 ヒイラギの言葉には答えずに、シンリは空に飛び立った。

 紫色の霧を纏うシンリを昇ってきた朝日が照らす。

 それは、すぐに見えなくなってしまった。


「どうしろって、言うんだ……」


 ヒイラギは何も無い荒野で一人呟いた。


 それから、『死霧』という『災害』が王国の都市の一つを滅ぼしたという噂があちこちで囁かれたという。

ヒイラギさん@帰れない


主人公フェードアウト。

主人公フェードアウト。


ともあれこの章は終わりということで。エピローグ的なのがあると思いますが主人公は出ないので、きっとそれは二章ではないでしょう。きっと。七月中に二章は終わりました(断言)

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