-49-
お読みいただきありがとうございます。
………………。
今月中……?
「ねむい……」「うぅん……」「ふぁああ……」
普段であれば寝ている時間、拠点の移動のために起こされた子供たちは眠そうに目を擦りながらも大人たちの指示に従って動いていた。
既に、一箇所に仲間の『古き血』は全員集まっており、持っていく最低限の荷物もまとまっている。
今は、大人の内の一人がリーダーの代わりとして仕切り、これからの行動の最終確認を行おうとしているところだ。
最終確認。つまり、だいたいの概要は一度話したことであり、特に意見や質問もない。
全ての準備を終え、盗賊たちは総勢四十人程の規模で洞窟の外へと向かった。
子供たちがいるため足取りは少し遅く、それなりに慣れ親しんだ拠点の放棄が痛いのか、各々の顔は暗い。
「っ、これ……」
その途中、とある気配を察知したアキヅキが全員に聞こえるように叫ぶ。
「止まってください! この洞窟、囲まれています!」
アキヅキと一体化した大地はこの洞窟を覆うほどの範囲だが、もちろんそれはぴったり洞窟の大きさと一致している訳では無い。
洞窟+αとして十数メートルくらいはアキヅキの力の範囲内なのだ。
しかしそれは、逆に言えばその範囲内に『誰か』が接近しているということを意味する。
アキヅキの『この場所』での能力は既に盗賊たちに教えてあるため、大人たちとシセルは警戒し、身をこわばらせた。
「一度、奥に戻るぞ。嬢ちゃん、敵の規模はどのくらいだ。それと、敵のいない出口、あるいは薄い通路に案内してもらえるか」
「はい。まず、人数は……」
来た道を戻らながら、アキヅキは分かったことを伝える。
人数は七十人。
アキヅキが言った文字通り、この洞窟全てを囲むように人員が配置され、目に見える出入口は全て五〜六人単位で待ち構えられている。
あちらから攻めてくる気はないのか、そこから動く気配はない。
それらを踏まえてアキヅキは隠し通路を使って足を進めた。
「なんで……っ」
だが、何故かその足取りがバレているように、三つのグループが一つとなってアキヅキたちに近づいてくる。
もちろん出口は封鎖されたままだ。どうやら、『敵』は自分たちをここから出す気は無いらしい。
「どうしたら……どうしたら……」
どの道を進んでも着実と接近してくる反応にアキヅキは焦りながら呟く。反応と出会ってしまうのはもう時間の問題だ。
焦りと緊張から呼吸が荒くなっていたアキヅキの肩に、盗賊の一人が手を置いた。
「落ち着け」
その時、アキヅキは初めて後ろを振り向いた。
大人たちの心配そうな顔と、子供たちの不安そうな瞳がアキヅキを見ている。
「お前だけが背負う必要はないんだよ。戦闘が避けられないのなら、少しでも戦いやすい場所に行けばいい。地の利はこちらにあるんだ」
諭すように、大人が子供を宥めるような優しい声でそう言われた。
事実、親子ほどに年が離れているだろう。
彼には子供がいるのだろうか。子供が『いた』のだろうか。
少し思考が中断されたことで、アキヅキは落ち着きをある程度取り戻す。
そして、最初に『逃げる』という選択肢を取ったために失念していたが、『戦う』という案が出された時、ふと思い出した。
ーーあ、私ここから攻撃できるわ。
盗賊たちに今からやることを伝え、アキヅキは思い切り壁に腕を振り払ってぶつけた。威力より範囲。
そんな攻撃を、ただ強いだけの人間が避けられる訳が無い。
少し離れた空間で、二十人弱の騎士たちは壁にめり込んだ。
さらに、そのめり込んだ場所をクリスタルにし、そこから脱出出来ないように固定した。
次にしたことは出入口の封鎖だ。
見る者が見れば『防火シャッター』とでも言いそうな手際で次々に土を降ろし、クリスタルに変化させる。
少なくとも防御面は保証されているはずだ。
ただの時間稼ぎにしかならないが、その時間さえ稼げれば、こちらの戦力である三人が戻ってくる。
それまでただ篭っていればいいのだ。
籠城である。
「なので、しばらく待っておきましょう。やろうと思えば一箇所だけ通路を開けて、待ち伏せとかできますけど」
「いや、安全第一にしておこう。だが凄いな。聞いてはいたが、ここでなら誰にも負けないんじゃないか?」
「え、そうですかね。いやぁ〜」
「おねえちゃんすごい!」「かっこいい!」
「苦しゅうない! 苦しゅうな……」
調子に乗って高笑いをした時、洞窟が揺れた。
「わ、わっ、すみません! クリスタルの壁が壊されました! 嘘っ、全部!?」
もう出口で待つことなく、全員が中に入ってきたのを察知したアキヅキは、全ての敵に、同時に天井を落とした。
が、それは一人も脱落することが出来ずに対処される。
避けられ、壊され、切られ、粉砕され。方法は様々であれど、結果は一つだ。
もう、不意打ちは効かない。
今度こそアキヅキは青ざめた。
こちらの人数の倍近い敵が自分たちに向かって来ており、その全員がアキヅキ『程度』の攻撃なら簡単に切り伏せることの実力を持つ者たち。
実力差で考えるのなら、半数が子供であるこちらとあちらは下手をすれば百倍以上とすら言えるのではないだろうか。
先程身動きを封じた十数人も仲間に解放されこちらに向かってきている。
「ねえ、降ろした土を瞬時に解除することってできる? ほら、目くらましみたいに」
「え? え?」
隣に来ていたシセルにいきなりそう言われ、混乱するアキヅキ。
「できる? できない?」
「で、できますけど……?」
それがどうしたのかと言わんばかりの表情で首を傾げるアキヅキに、シセルは見る者を震え上がらせるような『狩る者』の視線でこう言った。
「なら、お願い」
シセルはそう言うと通路を駆け出す。
すると、曲がり角から鎧で身を包んだ人間が姿を現した。
「今!」
「はいっ」
アキヅキはほぼ反射的に騎士たちの目の前に土を落とす。
シセルは騎士たちの視界が土に覆われる直前に跳躍し、しかしすぐに天井を蹴って地に足を付けていた。
そこでアキヅキは土の壁を消失させる。
騎士は、シセルが跳んだ軌道上に槍を突き出していたが、当のシセルは身を屈めて騎士に突っ込む。
黒く巨大な、アキヅキのクリスタルすらも紙のように切り裂く悪魔の手で騎士たちの身体を二つに分けた。
「四人か」
今の一瞬で殺した騎士の人数を呟き、シセルは奥を見る。
同じ手はもう使えない。
だが、騎士はまだ何十人と残っていた。
〇
人の死体を見るのは初めてではない。
だが、人が殺されるのは初めて見た。
血が、内臓が、叫び声が。
目に焼き付いて、耳にこびり付いて。
ああ、吐きそうだ。
目の前でシセルが戦っている。
身体中を黒く染め、もはや誰だか分からない。
ただ、唯一染まらない白い髪だけが彼だと教えてくれる。その髪も、もはや返り血でほとんど赤く染まってきているけれど。
「※※※※※!!」
明らかに人間から出せるような声ではない咆哮を上げ、狂った獣の如く暴れ回る。
槍で刺され、剣で斬られ、斧で打ち砕かれ。
それでも止まらない。
黒く染まった血を流しながら、騎士を殺そうと立ち向かう。
騎士の数は、最初の四人を含めても十人も減っていない。
後ろでも大人たちが戦っている。
泣き叫ぶ子供たちの声を背に戦っている。
実力差は歴然だ。
騎士は一人も倒せていないのに、こちらはもう三人も殺されている。
だけど、誰も諦めていない。
いや、諦めてはいるのだろう。自分たちの命を諦めて、子供たちを守ろうとしているのだ。
あ、また一人死んだ。
私は何をしているのだろうか。
ただ不安定な意識の中で、この地獄をどこか他人事のように眺めていた。
最低限、ほとんど無意識的に、飛んでくる弓矢を防いではいる。
子供たちは一人も死んでいない。
それでも、アキヅキは自分が守ってあげている、などとは思えなかった。
彼らを守っているのは盗賊とシセルだ。
自分は、守られる側だった。
「おねえちゃん……」
服を引っ張られる。
つられて腰あたりに目を落とすと、一人の幼女が目に涙を浮かべながら自分を見ていた。助けを求めるような瞳でこちらを見ていた。
ーーこの子はフカザトくんに懐いていた子で、たしか名前は……。
その名前を思い出すことはなかった。
飛んできた矢がその子の頭に突き刺さる。
世界がスローモーションになって、ゆっくりとその子の身体が崩れ落ちるのを見せられた。
広がる血が、もう、その身体に命が宿っていないのだと告げてくる。
「あ、あ、あ、あ……」
つい一瞬前まで、自分を見ていた瞳が何も写していない。
「い、いや……いや。なんで……これ、死、血が……でも、違う……私? わたしの、せい? どう、して……」
この子が起き上がることはもう無い。
この子が笑うことはもう無い。
この子が「おねえちゃん」と呼んでくれることは、もう無い。
「嫌。嫌、嫌、いや、いやいやぁぁああああああ!!」
頭を抱えてしゃがみこみ、ただ叫ぶ。
もうなにもみたくない。もうなにもききたくない。もうなにもかもがどうでもいい。
アキヅキが矢払いをしなくなったことにより、次々と子供たちに矢が刺さる。
一撃で死ぬことはなく、悲痛な叫びがこだまするがアキヅキには聞こえない。
「……ぁ」
アキヅキにも矢が刺さる。
泥とはなっていない生身の肉体に深々と刺さっていた。
皮肉なことに、その痛みが錯乱していたアキヅキの正気を取り戻させる。
そして、また地獄を見るはめになった。
矢の刺さった腕の痛みなどどうでもよくなる程の地獄絵図。
もはやこれは戦闘ではない。虐殺だ。
違う。最初から戦闘などでは無かった。
ただ殺される。それだけだった。
「嬢、ちゃん……」
声のした方を見る。
盗賊の、リーダーの代わりを務めていた男だ。
「ひっ」
その男にはもう腹から下は存在せず、右腕も切り離されている。
這ってきたのだろうと、おびただしい量の血で描かれた線が教えてくれた。
「頼みが……あるんだ……」
掠れるような声。その命は風前の灯だ。まだ生きているのはこの男の意地だろうか。
「逃げて、くれ」
もうその瞳は光を失っている。
アキヅキの姿も見えていないのだろう。どこか別の場所に向けて喋っていた。
「俺たちの死に、意味を……あいつ、らを……守れたっ、て……」
最後まで言葉を紡ぐこと無く、男は息絶える。
「やめ、てよ。そんなの……むりだって……」
生き残っている子供は十人。
その内、三人は弓矢に貫かれており、時間が経てば死んでしまうだろう。
大人はもう五人も残っていない。
それでもやはり、まだ諦めていないのだ。
子供たちを守ろうと、文字通り必死に抵抗している。
「……」
彼女は一度目を閉じて、胸に手を当てる。
自分ができることを。自分に託されたことを。
「あの……」
戦っている大人たちに声をかけるが、一瞬たりとも気を抜けないのか返事はない。
それでも、聞こえていると信じてアキヅキは言う。
「私は、この子たちを連れて逃げます。ごめんなさい。あなたたちを……」
見殺しにして生き延びます、とは言えなかった。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
「謝るなよ。親が子供を守るなんざ、当たり前の事なんだからよ」
盗賊の一人が口を開いた。
「ああ親冥利に尽きるってもんさ。俺の家族ってだけで、『あいつら』は殺されちまった。今回は守れるんだ」
「まだ生きているなら……いや、あいつは殺しても死なねえだろ。シセルのこともよろしく頼むよ。生意気で我儘で手のかかる奴だけど、それでも俺たちの子供なんだ」
「楽しかった。ここ数年は、本当に楽しかったなぁ」
「ああ。俺たちが逝くのは全員地獄だろうし、また集まって語り合おうや」
アキヅキは目を見開いて驚く。
すぐに頭を下げて最大限の感謝を示し、続いて子供たちを一箇所に集めた。
ちらりと横目でシセルを見る。
まだ生きているが初めと比べ動きが大分鈍くなっていた。長く見積もってもあと五分持てばいい方だろう。
「真っ直ぐ進んで。私はあの『弟』を連れてくるから」
アキヅキは精一杯の笑顔を見せて、子供たちに言う。
洞窟の壁に丸い円を指でなぞると、床が下がった。
もちろんそこには道はない。ただの穴だ。
だからアキヅキはその縦穴に、横にも穴を開け、即席で通路を作る。
真っ直ぐ進んで行けば外に出られるような通路を。
騎士がそれを見過ごすはずもないが、アキヅキはすぐに穴を閉じてクリスタルで固める。
「さて、と」
我を失っているシセルを連れていくのはかなり難しいだろう。
なにせ、二十人近い大人たちが抵抗しても崩されてしまうほどの騎士たちを、一人で受け止め続けているのだから。
そして、盗賊たちも分かっているだろうが、アキヅキがシセルを連れてゆけば、彼らは騎士に挟み撃ちされ一分と持たず殺されるだろう。
それでは時間稼ぎにすらならない。
せめて、子供たちが出口付近にまで行ってからでないと、簡単に追いつかれてしまう。
「それは、ダメです」
おそらく、子供たちを先回りするためにこの場を離れようとした騎士がいたが、アキヅキはそれを土を落として……いや、土を敷き詰めて阻止する。
もはやこの場所は洞窟ではなく、岩場の中にある空洞と化した。
今子供たちがいる場所以外に道はなく、ここから出るためには掘り進めていくしかない。
密閉状態であるため、もちろん酸素も限られているので、出るのが遅ければ死んでしまうだろう。
ならもう、いいか。
「シセルくん」
呼んではみたが、やはり反応されなかった。
仕方がないので、シセルが着地する瞬間を狙って地面に穴を開けるが、それも、まさかの黒い翼で浮かれて回避される。
最終的に騎士たちに抑え込まれたシセルの上に土を落とし、無理矢理地面に叩きつけたあと穴を開けて地下へと落とした。
「それじゃあ……」
最期の別れの言葉を告げようとした時には、盗賊たちは全滅していた。
剣で斬られる直前で身体を泥にしていなければ、アキヅキはもう死んでいただろう。
今まで忘れていたが、泥になったことで刺さっていた矢が落ちた。
「えーっと……」
この、騎士たちに接近された状況。
下手に地下への穴を開ければ、騎士にも入り込まれてしまい、今までの全てが無駄になる。
このまま、泥である身体を斬られたり刺されたりして時間を稼ぐのはいいのだが、それには無視出来ない問題が立ちはだかるのだ。
「ゴーレム系のスキルらしい」
図鑑のような大きさで辞書みたいな厚さを持つよく分からない『本』を持った騎士がそう言った。
ページがパラパラと自動で捲られ、ある場所で止まる。
「倒し方。普通のゴーレムと同様、核を破壊する。だが、魔結晶まで生み出せるレベルとなると、その硬度は……今の火力じゃ足りないな。魔術が使えるならまだしも、何故か使えないし……」
読み上げるように言葉を発していることから、あの『本』は『古き血』の攻略本みたいなものなのだろうか。
だとしたらまずい。
「二つ目の方法は……ああなるほど。斬りまくればいいらしい。魔力が無くなれば、その形状を維持出来なくなり生身に戻る」
そう。アキヅキが泥なれるのは魔力があるからだ。
身体を変質させるだけでも魔力を消費しているし、斬られたりすればその再生にも魔力を使用する。
アキヅキはこの場では魔力を使わずに大地を操ることができるが、それはアキヅキ自身の変質にはなんの関係もない。
さらに言えば、アキヅキの魔力はそう多くない。
「う、くぅっ……」
ついに魔力がなくなり、運悪く……いや、死ななかったので運良くと言えるかもしれないが、顔に浅くない傷が付く。
「女の子の顔を傷つけるとか……騎士の風上にも置けませんね」
「化物を女扱いする者は騎士団にはいない」
一切の躊躇なく、最後の一撃が振り下ろされる。
アキヅキは目を瞑り、こう思う。
ーーあ、死んだ。
ふわふわした場面が書きたい。
早く終えたい。
単位ヤバイ。




