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…………。
壁の側には、一人の人間が立っていた。
奇妙な仮面で顔を覆っており、その仮面から『裏口』の人間であるということが分かる。
『通行料』として渡した魔結晶を手に持っているため、顔は分からないが先程と同一人物だろう。
だからシンリたちは、特に警戒することもなく男の前に姿を見せた。
見せてしまった。
「ああ……くそ。めんどうだなぁ……」
声からして同一人物でなかったと気づいた時にはもう遅かった。
男は手に持っていた魔結晶を上に放り投げると、心底気だるそうな声で『詠唱』をした。
「<籠の中の鳥は二度とその翼を羽ばたかせることなくその命を散らす>」
魔結晶が凄まじい光を放ったかと思えば、その光は線となり方々に散らばり、物理的なエネルギーを伴って地面に突き刺さった。
その光景にはまさしくこの言葉が相応しいだろう。
「鳥籠、か?」
「ああ……そして、お前たちの棺桶だぁ……」
シンリの呟きに答えた男は、仮面を外し、そしてそれを握りつぶした。
伸び放題の全く手入れされていないくすんだ緑色の髪に、ひどく濃いクマが目立つ顔。元々はそれなりに整っていたであろう容貌は疲れきった表情で台無しになっており、極めつけは猫背に汚れた白衣というおしゃれなど全く意識していない服装。
その男は、やはり覇気のない声でこう言った。
「王宮騎士序列六位、ムーサ・テラー。仕事帰りの化物退治をさっさと終えて帰りたい」
〇
その言葉の意味をはっきりと理解出来たのは、その場に一人しかいなかった。
「撤退だッ!」
眼帯の男がそう叫んだことにより、シンリとヒイラギもようやく状況を飲み込みはじめる。
この目の前の、吹けば倒れてしまうような不健康な男は、眼帯の男をして『逃げることすら困難』と言わせるほどの人物なのだと。
そして、その男に先手を取られ、見るからに閉じ込められたという状況に追い込まれているということを。
「俺があの男を足止めする。お前たちはこの結界の破壊を試みろ。……悪いが、この子は預けるぞ」
王宮騎士、ムーサから目をそらすことなく男はシンリたちにそう指示を出した。
子供を受け取ったヒイラギは、結界に視線を向けるため後ろを振り向くと、慌ててシンリの頭を押さえつけた。
その一瞬あと、シンリの頭があった場所を弓矢が通り過ぎる。
「くそ、仲間もいんのかよ」
眼帯の男と背中合わせに立ったシンリはそう毒づいた。
いくらムーサに気を取られていたとはいえ、ここまでの接近に誰1人として気付くことが出来なかったことから、凄まじく洗練された者たちだと分かる。
それが、今視認出来るだけで二十人ほど、しかしその全員が槍や剣などの近接武器を持っていることから、隠れた遠距離武器を持つ者も何人かいるのだろう。
「……全部で三十人。少なくとも、半径一キロ範囲にはいないよ」
「さらっと凄い芸当するなお前。この戦いが終わったら何が出来るのかを話し合う必要があるな」
「さらっと死亡フラグ建てないでくれる?」
【蛇眼】をフル活用し、潜伏している兵も含めて看破したヒイラギ。
二人は軽口を叩きつつ、シンリは風魔法を、ヒイラギは光魔法を発動させる。
「おそらく、もう言葉を交わせる暇はないだろうから言っておくが、王宮騎士の保有する騎士団は総勢百人だ」
「さらっと嫌な情報だなー」
瞳を血のように紅くさせた男が背中越しにそう言った。
「まあでも、死ぬなよ」
「お前らも」
戦いが、始まった。
〇
シンリがまず初めに試みたのは、男に言われた通り結界の破壊だ。最大威力で風を飛ばし結界にぶつけてみたが、魔力を打ち消すような効果があるのか、風は霧散するように消滅した。
その一瞬、シンリが気を結界に向けた瞬間、騎士たちはシンリとの距離を剣の射程内に入るくらいには詰めてきており、振り下ろされた剣をシンリは間一髪で結界を展開し弾く。
その隙をついてヒイラギが光で槍を創り出し放つが、他の騎士に切られてしまった。
「こいつら……っ」
「一人ひとりが強い!」
後方では眼帯の男がムーサと戦っているため、これ以上の後退は出来ない。さらに言えば、騎士たちをここより先に通すことは、ただでさえ勝ち目のない男の戦いをさらに絶望的にすることと同義なため、シンリとヒイラギで死守しなければならない。
その内、ヒイラギは子供を背負っており、機動力は格段に落ちている。
その上、こちらの流れ矢を男の方へ、そして向こうの余波をこちらに来ないようにしなければならないため、ヒイラギはちゃんと戦闘に参加することは出来ないのだ。
強大な敵を一人で相手をしなければならない男と、少しはヒイラギの支援はあれど、三十人の精鋭を相手にしなければならないシンリ。
こう見ればヒイラギの役割は一見二人に比べれば少し物足りなくも見えなくもないが、シンリや男の邪魔にならないよう、雨のように降り注ぐ矢を何枚も重ねた【結界術】で防ぎ、魔術が飛んでくれば【蛇眼】に魔力を乗せて打ち消している。
魔力の消費はもちろん、自分のミスが仲間の命を奪ってしまうかもしれないという精神的疲労は計り知れない。
それでも、戦闘はまだ五分と経っていなかった。
〇
「めんどうだ。めんどうだ。ああ、めんどうだ……」
男の、目にも留まらぬ高速の攻撃をムーサはそう言いながら難なく躱す。
彼の動きは決して早くない。ゆらり、ゆらりと不規則に動いているため、行動が予測しにくいのだ。
吸血種である男の腕力であれば、人間は普通に壊せる。
もしも一撃与えることが出来ればそれだけで致命傷になるだろう。
だがそれも、当たらなければ意味がない。
「ならば、この場は帰ってくれないだろうか」
「そうしたいではあるんだけどねぇ……流石に見過ごして帰ったらそっちの方がめんどうなんだ」
へらへらと笑いながらムーサは言った。
「そもそも、これはお前たちがさぁ……」
ムーサが何か言いかけたが、男は構うことなく攻撃した。
「あぶな……これだから化物は……」
「何か言いかけたか?」
「ああそうだよ。これはお前たちの自業自得だろぉ。わざわざ、俺がここに来てるって情報を掴ませたのに、どうして来るかなぁ……」
「掴ませた、だと?」
「ああ……こんなことになるから、教えてやったのに……まあ、化物と通じる人間を処理できたからよかったけど」
男は顔をしかめた。
ムーサの言うことが本当ならば、男が子供を救うことを諦めていれば、こんな状況に陥ることはなかったという事だ。
というか、『人間』を処理したということは、『裏口』が裏切った訳ではなく、騎士団が『裏口』の振りをしていたということなのだろうか。
いや、その前に……。
「待て。どうして俺たちが、情報収集をすると分かった?」
男たち盗賊が調査をしてすぐ、王宮騎士がこの街にいたという情報は手に入った。
このことからムーサは、男が調査を開始する前から『古き血』がこの街の近くに拠点を置いていたということを知っていたということになる。
するとムーサは「あちゃー」といいながら額に手を当てた。
男は焦りだす。嫌な汗が止まらない。
最悪の事態が、男の脳裏に過ぎったからだ。
「お前、武器はどうしたのだ」
冷静に考えればおかしい点がいくつもある。
男は、今が好機とばかりに攻めていたが、通常『王宮騎士』とは、国から賜りし専用の『武器』を持っているはずだが、それがムーサの手元にはない。
そして、今までムーサは男に反撃をしなかった。『武器』がないからと言われればそれまでだが、強かったから王宮騎士になり『武器』を貰えたのだ。何もなくとも戦えないわけではないだろう。
この鳥籠のような結界もそうだ。
逃がさないために張っている。
普通なら、必要無いはずなのだ。王宮騎士と、その騎士団を相手に逃げられるものなどいるはずも無いのだから。
まるで戦う気のない王宮騎士。この場に留めて置くための結界。どう見ても、時間稼ぎをしているようにしか見えない。
そして、極めつけは。
「残り、七十人。騎士はどこにいる!」
「まあ、いいかぁ。どうせだし」
ムーサは観念したように両手を上げ、次いで自分の首をトントンと指で叩いた。
「人間の道具を、化物が持つということの意味、分かる?」
男はすぐに答えを出すことは出来なかった。
相手が何を言っているのか分からないわけではない。思い当たる節がなかったのだ。
人間の道具を、隠れて暮らす『古き血』が持つ意味。
もしもその道具が魔力を用いるものだったのであれば、それはある種発信機のようなものになる。
もちろん、普段はそんな使い方はしない。街中であればその反応はいくらでも溢れかえっているのだから。
だが逆に、あるはずのない場所にその反応があったのなら、それは、そこに『古き血』がいるという目印になってしまうのだ。
「まさかあれは、奴隷の首輪だったのか……っ」
後ろで戦っている二人の少年の仲間である少女が首に付けていたもの。
普通の『古き血』の常識からすれば、人間の道具を身に付けた者と行動する者などいるはずがないのだ。
だから男たち盗賊は、ただの首輪だと思い、奴隷の首輪だなんて想像しなかった。
「ならば……」
「ああ。もう分かるだろぉ。残りの連中は、俺の『武器』を持って、化物退治に励んでいるはずだぁ」
ムーサは無気力に、そして無慈悲にそう言った。
……今週中にこの章を終わらせるなんて出来なかったよ。今月中ならあるいは……テス……バイ……まあ、まあ……。
なんか短い気するし、よく分からない所もあるし、暗いし、もうなんかアレだしでごめんなさい。




