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お読みいただきありがとうございます。

……。

「っと、うわぁ!」


 なんとか苦労して馬に乗ったヒイラギは、数秒と持たずに落馬した。


「待て、おい。待て、いや待てマジで」

「ぶるるるるっ」


 シンリに至っては馬に乗れていなかった。

 称号【害獣駆除】により『獣に嫌われる』という効果が遺憾無く発揮され、近くによるだけで威嚇されながら距離を取られるのだ。

 嫌われすぎて、うっかり三頭の馬から後ろ蹴りを喰らいそうになったりもしていた。


 この現状を見て頭を抱えるのは一人馬に乗る眼帯の男だ。

 ひどい。あまりにもひどい。


 既に生傷だらけのヒイラギもひどいし、馬を追っかけ回しているシンリもひどい。見方によっては仲良く見える。


 男はため息をついた。

 時間が惜しいこの状況で、出だしからコレとは先が思いやられる。

 いや、逆にこれが最大の難関だと思えば多少は気持ち的に楽に……と思ったが、油断は禁物だと首を振る。


「お前ら、俺たちから馬を奪って、それからどうするつもりだったんだ」

「何かを考えていたと言えば嘘になる」

「……」


 男の冷たい視線を受けて、シンリは必死に弁解する。


「あ、嘘。そんな睨まないで。もっかいチャンスを」

「で?」

「何も考えていなかったと言わなければ嘘になる」


 そんなシンリを無視して男は馬を歩かせた。


「ちょ、ちょっと待ってください! あの、ほら! 馬車を使うのはダメなんですか!?」

「速度が劣る上に、あれは目立つ。たとえ真夜中だとしても、街の周りに人間がいることを忘れるな」


 そう言えば、とヒイラギは思い出す。

 街に入るのに一週間近く待たされている人たちがいるのだ。

 ついでに言えば、その人たちを客とした商人らもいるらしい。


「ぴーんときた」

「今度はなんだ。下らないことを聞いている暇はないぞ」

「飛んでいこう」

「却下」


 ヒイラギは即答したが、男は興味を持ったようだった。


「というのは?」

「文字通りだ。こんな風にな」


 シンリは風魔法で自身を浮かせ、ぐるりと宙を飛んでみせる。

 それを見た男は感心したように声を漏らし、自らも身体を霧に変化させて空中でシンリと並んだ。


「お、なんなら二人とも俺が引っ張るつもりだったけど、十分いけそうだな」

「ああ。それに、こちらの方が目立つことなく、そして迅速に行動できそうだ」

「嫌だよ! 馬でいいじゃん馬! もう少しでコツが掴めそうな気がするん……うわぁ!」


 馬の背に乗っている状態で大声を出したせいか、ヒイラギはふるい落とされた。

 その無防備なヒイラギをシンリは掴み、宙へと戻る。


「行くぞ」

「いつでもオーケー」

「ノー! ノー! のぉおおおおおおお!!」


 ヒイラギの叫び声は、強制的に止められるまで続いた。



「死んだ……」


 ぐったりと、今にも倒れそうなヒイラギがそう言った。


「ふむ。時間はだいぶ短縮できただろう。」

「で、どうやって入るんだ? まさか正面から、とか言わないよな」


 街から少し離れた茂みの中にシンリたちは潜んでいた。

 そこからは街の入口でテントなどを張っている人々が見える。

 外にいるため遠慮するものが無いのか、宴会のような騒ぎをしている団体もいた。

 おそらく、その人数の多さから見るに一つの団体が他の団体を巻き込んだ感じだろうが。


「やだなー、酔っ払いとか。周りの迷惑も考えろってんだよ」

「………………………………………………そうだな」

「なにその間」


 男は「お前が言うな」的な視線をシンリに向けたが、シンリがその視線の意味に気づくことは無かった。


「どうやって街に入るのか、だったな」

「ああ。俺たちも魔物スキル持ちである以上は知っておいて損は無いからな。というか知らないとやばい」


 たとえそれが合法だろうが非合法だろうが、『古き血』が安全に街に入る方法を知っておく必要がある。


 その気になれば何かを食べる必要も、睡眠をとる必要も無い『聖霊』であるシンリはいいとしても、人間……人間と言っていいのかは分からないが、少なくとも生物であるヒイラギやアキヅキには偏らない食事や安心して寝れる場所は必須だろう。

 幸いにして、お金はアキヅキが無限にも等しく生み出せるのだ。……値崩れが起きるかもしれないが。


「街に入る方法はいくつかある」

「ほう」

「一番単純なのが、普通に壁を乗り越えることだ。ただ、これは出来る者とそうでない者が分かれる上に、そもそも壁の上の見張りに確実に見つかるためおすすめ出来ない。もちろん今回もこれではない」

「なら言うなよ」

「手段の一つだ」

「最終手段だけどな」


 男は咳払いして話を戻した。


「二つ目は、普通に正面から入る」

「いや、『古き血』は街に入れないんだろ」

「ところが、何事にも例外はあるものだ。基本、街に入る際にとある魔術を使われ、それで『古き血』かどうかを判別しているのだが、その時に金を払えば免除されることがある」

「賄賂、ってわけか」


 そう言えば、『古き血』であるアキヅキを、奴隷商人の男は街に入れていた。その時の『金を積んだ』という発言はそういう事だったのだろう。


「まあ、真面目な奴にそんな話を持ちかければ、怪しまれてその場で捕まることもある。運要素が高いためおすすめ出来ない。さらに言えば、たとえ運良く不真面目な奴に当たったとしても、そういう奴はそういう奴で足元を見て吹っ掛けてくるため殺したくなる」

「殺したの? 払ったの?」

「払った」


 過去のことを思い出しているのか、男は苛立ちを隠さずにそう言った。


 「最後に、俺たちがよく使う方法であり、今回も使うものだが『裏口』を見つける、というものだ」

「『裏口』?」

「そうだ。と言っても、言葉通りのものではない。秘密裏に街へ入れる手引きを生業としている人間をそう呼んでいる。そいつらも自称しているしな」

「信用はできるのか?」

「ああ。元々は、貴族が『古き血』だった場合に用いるものだが、今では全ての『古き血』御用達となっている。他にも、街内の情報や噂の伝達、あるいは連絡コンタクトすらも請け負っているぞ」

「需要と供給が釣り合ってる……のか? それとも、『古き血』はそんなに『裏口』を利用してんの?」

「一度に得る利益が大きいのだろう。俺たちだけでも、これまでの総額で一般収入の生涯分は払っていると思う」

「それ、賄賂とどっちが安上がりなんだろうな……」


 つくづく『古き血』の生き辛さを感じてシンリは苦笑した。

 逆に言えば、この盗賊たちは略奪行為でそれだけ稼いでいるのだということも伺える。盗賊は儲かるらしい。


「ヒイラギ、そろそろ落ち着いたか?」

「え、待っててくれたんだ。その優しさをほんの少しでも空の上で発揮してくれてたらなぁ……」

「大丈夫そうだな。なら……」

「ああ。行くぞ」


 わいわい騒いでいる入口とは別の方向に三人は進む。

 壁の上には見張りがいるらしいため、シンリは姿を消し、男は全身を霧にして見づらくしていた。

 ヒイラギは【蛇眼】から派生した副産物である『眼』系のスキルの一つ【鏡写】を応用し、『他人が自分を見たら鏡を見たようにその人に見える』という効果を周囲を対象にすることにより、自然と同化していた。


 図らずも、この三人はどうやら隠密行動に向いているらしい。


 壁に触れられる距離まで来ると、全員は能力を解除する。

 『灯台もと暗し』ではないが、わざわざ身を乗り出して真下を確認する衛兵もいないだろうという判断だ。

 それに、姿が見えないままでは『裏口』と会うのにも支障がでる。


「……思ったんだけどさ」


 一応、声を潜めてシンリが言った。


「……普通にバレずに上から行けたんじゃね?」

「……いや俺飛べないからね?」

「……ヒイラギは外で待機しとけ」

「……来た意味だよ!」


 小さく大声で……もうなにを言っているのか分からないがそんな感じでヒイラギは叫んだ。


 壁に手を当てながら進んでいた男が、ふと立ち止まる。


「……いるか?」


 ノックしながら言うと、壁の内側に誰か動いた気配がした。


『……』

「『囚われし者』」

『救いは必要か?』

「『道を照らしてくれ』」


 合言葉、なのだろう。

 ズズズズ……と、切り抜かれた壁が動き、大人が屈んで通れる程度の穴ができた。


 その中から奇妙なお面を付けた者が出てくる。


「ようこそ。早速ですが、通行料を」


 声からするに男だろう。

 お面の男はそう言い、出した手をクイッと曲げて催促した。


 眼帯の男は懐からアキヅキから得たらしいクリスタルを取り出して渡す。


「高純度の魔結晶だ。それだけの大きさなら十分だろう」

「確かに。では、着いてきてください」


 仮面、眼帯、シンリ、ヒイラギの順番で全員中腰で道を進む。

 シュールな光景だと思いながらヒイラギは歩いた。


 出た先は、書斎のような場所だった。

 そこにはもう一人人間がいたが、机の上に足を投げて顔に大きな本を被せて寝ている。

 シンリたちはそれを見ていたが、仮面の男は咳払いして自分に注目を集めた。


「あれは気にしないでください。それと、帰りの際にも見つからないよう注意をお願いします。一度見つかってしまえば、ここはもう使えなくなりますから……あちらが出入口です」


 扉を示した後、仮面は仕事は終わったと言わんばかりに椅子に座った。


 その対応はいつでもどこでも同じなのか、眼帯の男はさほど気にした様子もなく扉を開けて部屋を出る。シンリたちもそれに続いた。


 扉の向こう側は地下だった。

 今は使われていないような、寂れた牢屋がいくつもある。

 血痕や引っかき傷がいくつも見られ、ヒイラギは顔をしかめた。


「早く、行こう」

「ああ。あまり気分のいい場所ではないからな」


 男は周囲を警戒しながら慎重に進む。

 壁の中は普通に衛兵がいるのだ。見つかってしまえば言い訳は出来ない。


「よし……こっちだ」

「いや、ストップっ」


 潜んだ影から飛び出そうとした男をヒイラギが止める。

 数拍の後、曲がり角から見回りの衛兵が歩いているのが見えた。


「……助かった」

「いえ……役に立てたのならよかったです」


 ヒイラギの【蛇眼】は読んで字のごとく蛇の眼だ。当然、サーモグラフィのような熱源感知をも備えている。

 それで、衛兵が来るのが分かったのだ。


「てか、俺が先導すればいいだけの話か」


 しばらくしてシンリはその結論を出す。

 姿が見えない状態で通路を確認することにより、難なく壁の内側、つまり街の中に出ることが出来た。


「ふぅ……なんか疲れたね」

「本番はここからだ。気を抜くなよ」


 目指した先は住宅街。

 あらかじめしていた調査により、その付近に『古き血』の子供がいるという結果が出たのだ。


 街の中心部なら、まだ酒場などで賑わっていたかもしれないが、住宅が密集するこの場所は静寂に包まれていた。

 ぽつぽつと明かりの灯っている民家もあったが、ほとんどの家は寝静まっているようだ。

 誰かに見つかることもなく、目的の家の前に辿り着いた。


「『裏口』を通して親に話は付けてある。最も、親が了承したからこそ、俺たちは動いているわけだが」


 街の中で『古き血』を抱えるというリスクを背負ってでも、子供を手放したくないという親もいるのだろう。あるいは、それが当然なのかもしれない。


 けれど、だからと言って手放す親が薄情だと言うわけでは決してない。

 なぜなら、街中にいる『古き血』に自由などないのから。

 ふとしたことで『古き血』だとバレて、殺されるかもしれないのだ。

 そんな牢獄まちなかから子供を自由にさせてあげるのが、人間である親にできる最大の行動だろう。


 その決断には勇気がいるはずだ。覚悟がいるはずだ。

 身を切り裂くような痛みが伴うはずなのだ。


 そんな彼らを薄情だと罵ることが、いったい誰に出来ようと言うのだろうか。


 というのを、シンリたちはここに来るまでに簡単に聞かされていた。


「どういう気持ちなんだろうな」

「それは、親がってこと? それとも子供?」

「どっちも、だな。結局、見捨てる見捨てられたっていうのは両方の心の中にあるだろうし、いくらそれが最善だと言い聞かせても、それは変わらないだろ」

「……。分からないけど、でも、時間が経つにつれて『ああするしか無かったんだな』って思うんじゃない? もう、世界を変えない限りはどうにも出来ないんだから」


 世界が悪い。

 言ってみればそれだけで、それはどうしようもないものだ。

 根本を覆さなければ、今、こうして子供を保護しようとしていることすら無意味なことなのかもしれない。

 街の中で見つかることと、街の外で見つかること。

 戦力の多さ、逃げ道の選択肢などから後者の方が生き延びる確率は上がるだろうが、どちらにしても死ぬ可能性があることは否定出来ないのだから。


「……無駄口は、そこまでにしておけ」


 眼帯の男は、これが偽善だとは思っていない。無意味なことだとも、自己満足だとも思ってはいない。

 だが、心の奥底にそういう気持ちが無いわけでもないのだ。

 だから、シンリたちの会話を聞いていると、ひどく気が滅入る。


「いくぞ」


 口にしたのは、ただ気持ちを入れ替えるためだろう。

 男はドアをノックした。


『……はい』


 震えるような女の人の声が聞こえてくる。

 軋む音を立てながらドアが開き、母親と子供が出てきた。

 母親は目を赤く腫らし、何度も泣いていたのだろうことが伺える。


 対して、子供は普通に眠たそうにしていた。

 何が起こっているのかも分からないのだろう。

 おそらくは五歳くらいと言ったところか。

 ただ、顔色は土色をしていて、健康な人間には見えない。よく目を凝らせば、ところどころ『剥がれそう』な箇所がある。

 それが『古き血』の特徴として出てきて、母親も隠し通すのに限界を感じて今回の話に乗ったのだろうと推測できた。


「別れは、済ませました」


 嗚咽の混じった声で、母親はそう言った。


「まま、ないてるの?」

「っ……。いいえ、泣いてないわよ。……でも、もう一度顔を見せて」

「まま、くるしいよぉ」

「ごめんね、ごめんね……」


 強く、強く。

 力の限り子供を抱きしめる母親。

 それは、どのくらい続いていただろうか。

 シンリたちは黙ってそれを見守っていた。


「あなたはいい子。わたしの自慢の息子だわ。だから、いい子にするのよ。もし……もしも、もう一度会えたなら……その時は、また抱きしめさせてね」

「まま?」


 最後に頭を撫でて、母親は立ち上がった。


「よろしく、お願いします……っ」

「ええ、必ず」


 男は子供を抱きかかえて、母親に真っ直ぐな視線を向けた。

 母親はあたまを下げて、そのまま扉を閉める。


「まま! ……まま!?」


 突然の母親との別れに軽いパニック状態になった子供が叫ぶが、男が吸血種としての能力の簡単な催眠を使い、眠りにつかせた。


「いつもこんなことをしてるんだな……辛くないのか?」

「この子たちの親が我慢しているのだ。俺が余計な感傷に浸る必要はない」

「そうか」


 それからの帰路は、誰も口を開く事は無かった。

 行き道と同じように、シンリが姿を消して道の安全を確かめてから進む。

 特に何事もなく、壁にたどり着いた。


なんかこの後が思い浮かばなくて途中でぶった切ってます。

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