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お読みいただきありがとうございます。

一ヶ月ほど時間が開きましたが、少しでも読んでいただければ嬉しいです。

 しばらくステフォをぽちぽちしていると、部屋に男が戻ってきた。どうやら『調査』の準備とやらは部下に任せてきたらしい。

 気をきかせたのか、木製のコップに何やら飲み物を注いで持ってきた。

 それをテーブルの上に置いて、男はイスに腰掛ける。


「それで。聞きたいことというのは纏まったか」

「うーん。纏まったてか、話しながら纏めるよ。よく考えたら情報が少なすぎるし、そもそも聞きたいことも一つしかなかった」


 シンリは口の中を潤そうと、コップに手を伸ばし口に含んだ。


「げほっ!」


 そして盛大にむせた。


「なんっ、だこれ! 酒か!?」

「ああ。先日の戦利品だ。味からするに、なかなか高価な物だと思うが……口に合わなかったか?」

「ん、いや。酒を出されるとは思ってなかったからびっくりしただけだ」


 日本での常識的に、未成年に対して酒を振る舞われるとは思わないだろう。しかも百本譲って夕食時ならまだしも、こんな雑談みたいな時に。

 というか多分、この世界でもいきなり酒を出したりはしない。

 きっと盗賊だからだろう。なんとなく忘れていたがここは盗賊のアジトであり、目の前にいる男は盗賊の頭なのだ。

 盗賊ならなんか真昼間でも酒を飲んでるイメージある。普通普通。


 そんな、特に意味の無い納得をして、シンリはもう一度コップを傾けた。

 確かにすっきりとしていて飲みやすく、いくらでも飲めそうな気がする。もっと欲しい。


「美味いな……」


 そう呟いてちらりと男に目を向ける。

 その様子を見た男は苦笑しながら立ち上がり、「待ってろ」と言いながらまたもや部屋を出ていった。


 すぐに戻ってきた男は大きな樽を抱えており、それを地面に置いた時の音からまだ相当量が残っているのが察せられる。

 無意識にシンリは舌を出して唇を舐めていた。


 ただ載せてあっただけのフタを取り払い、コップを樽の中の酒に浸けてすくう。


「いやこれまじで美味いわ。もうここにある分しかねえの? あとこれどこに売ってるのかとかわかる? なんならまた奪って来てほしいんだけど」


 言いつつ、飲むことをやめないシンリ。


 ごくごく、ごくごく。


 男も初めのうちは付き合って飲んでいたが、次第に手が止まり、なお飲み続けるシンリを唖然とした表情で見ていた。


「あーやばい。残しときたいけど飲んでしまいたいというジレンマ。てかもうこんなに減ってるし。おい眼帯、お前飲みすぎだぞ。半分も残ってねえじゃん。俺あんま飲んでないのにさ」

「酔ってないか?」

「あ? 俺が酔うわけないだろ。全然飲んでねえし。状態異常の耐性持ってるし。酒なんかで酔ってたら自分の毒で死んでるわ。まあ死にかけたけどな! あっはっはっは!」

「分かった。分かった。分かったからとりあえず飲むのをやめろ。聞きたいことがあるんだろ」

「それな。なんだっけ? ……あー? あー。あれだ。ミトリどこにいんの? 東ってどこだよ。てかまずここどこなの? 東西南北どっから見て東なの? あ、おい! 酒持ってくな! まだ飲んでないから! 腹八分目だから!」


 明らかに泥酔しているシンリにこれ以上飲ませるのはよくないと思った男は樽を抱え移動させた。

 が、まだ飲み足りないと感じているシンリは男を追いかけ捕まえようとする。


「返せー! ぶっ殺すぞー! どーん!」


 笑いながら、手加減も何もしてない全力全霊で風魔法を放つ。

 咄嗟に男は振り向き、樽を盾にし、少し威力が弱まった一瞬を見逃さず上に跳んだ。

 しかし酒樽はそのまま風に押し流され、壁にぶつかり、無残にも割れてしまった。

 地面に吸い込まれる酒を見てシンリは絶望した顔で膝から崩れ落ちる。


「ひとまず落ち着いたか……」

「うぐっ……ひっ……おれの……おれのぉ……」

「まさかの」


 地面にうずくまって嗚咽をもらすシンリに対し、男はどうするべきか迷った。いやどうすればいいんだこれ。


「その、なんだ……」

「ぐすっ、うぇぐ……」

「まだ、あと二樽ほどあったような気が……?」

「よぅし、じゃあはよ持ってこい」

「が、それは話が終わってからだ。いや、今まともに話せるのか?」

「オーケーオーケー。オールオッケー」

「だめな感じしかしないんだが……」


 男はため息をついた。

 とりあえず後日また話の場を設けようと、部屋から去ろうとしたが、いつの間にかテーブルにうつ伏せているシンリが独り言を呟くように何かを言ったので足を止める。


「ただ、ミトリの居場所を知りたいんだ……どうしてこんなことをしたのか、何を思ってこんなことをしたのかが聞きたいんだ……」


 返事はさほど期待せずに、男は言った。


「ミトリ、というのは?」

「さぁ。もしかしたら、その神童が……」


 言葉はそこで途切れた。

 すやすやと寝息が聞こえてくる。


「神童が……? 神童と知り合いなのか?」


 『古き血』にとって、壁を作る一因どころか元凶とも言えるのが『東の神童』だ。

 ふと矛先のない怒りが沸いたが、すぐに冷静を取り戻す。

 もう今更、どうしようもないことだと知っているから。


 聞こえていないとは分かっていながらも、男はシンリにこう言った。


「神童は、故国と共に、もう……」


 男は口を閉じて、ゆっくりと部屋から出ていく。

 シンリの寝息だけが、その部屋で静かに響いていた。



『ーー!!』


 誰かが叫んでいた。


『ーー!!』


 誰かが苦しんでいた。


『ーー!!』


 誰かが、泣いていた。

 


「あたまがやばい」


 目を覚ましたシンリは、ひどい痛みを放つ頭を押さえながらそう言った。

 なんで自分が寝ているのかイマイチ思い出せない。


「あ、やっぱり起きてましたね。おはようございます」


 そう言いながら部屋に入ってきたのはアキヅキだ。


「なんで俺、寝てんの?」

「覚えてないんですか? お酒の飲みすぎらしいですけど」

「……酒?」


 なんだかとても魅力的な言葉のように思えたが、それでも思い出せなかった。


「水、いりますか?」

「ああ……」


 受け取った水を飲み干して、部屋を見渡した。

 最後に記憶にある場所とは違うことから、寝ている間に移動させられたのだと推測する。


「あ、ヒイラギくんも起きたようですね」

「俺どんだけ寝てたんだろう……」


 ともあれ、ヒイラギが起きたということで、彼のところへ向かうことになった。


 入り組んだ洞窟を迷いなく進むアキヅキについて行く。


「で、私は彼らに言ったんですよ。『私の身体が目当てだったんですね!』って」

「そしたら?」

「特になんの反応もなくてさみしかったです」


 ちなみに、状況的には『高値で売れるらしいクリスタルを生み出せるアキヅキに、盗賊たちがいくらか作ってくれと頼んだ』というものらしい。

 とりあえずこれからの旅路でお金に悩む必要はなさそうだとシンリは思った。


「てかお前、向こうにいた頃とだいぶキャラ違うよな。もっとおとなしいイメージだった」

「まあ、変に目立って目をつけられたくなかったですからね。誰に、とは言いませんけど」

「高校生にもなっていじめとかはないだろ……」

「分かりませんよ。あの時も、いつの間にかあの人はみんなにいじめられていましたし」

「……。そう言えば、言わないんだな。ヒイラギに。あいつの妹が、誰が原因で誰にいじめられていたのか」

「フカザトくんも言ってないじゃないですか。それに、ヒイラギさん……ヨスガラさん自身、お兄さんに伝えてないってことは知られたくないんじゃないですかね」


 それから二人とも言葉を発することなく、ヒイラギのいる部屋の前に着いた。


『シンリぃ!』


 突然聞こえてきた声にアキヅキは驚いていたが、シンリは笑いを堪えながら扉を開けた。



「早速で悪いが、時間が惜しい。今すぐ街へ向かうぞ」


 大人たちによるヒイラギたちへの謝罪が終わってすぐ、その場で男はそう言った。

 男以外の大人たちは忙しなく機敏に動き、シンリたちのいる部屋から出ていく出ていく。

 部屋に残っているのはシンリたち3人と、眼帯の男とシセルだけだ。


 男はいつになく真剣な表情をしており、また事情を知っているのかシセルも難しい顔をしていた。

 シンリやヒイラギは、自分たちが寝ている間に良くないことが起こったのだと予測する。

 そしてそれは事実として合っていた。


 街に行く、という言葉から、盗賊の『頼み』の内容を知っているシンリが男に尋ねる。


「簡単にでいい。なにがあった」


 シンリがそう聞くと、男は移動しながら話し出した。


「調査の結果、ほぼ確実に街に『古き血』の子供がいることが分かった。だが同時に、『王宮騎士』の一人が街に滞在しているということも掴んだ」

「『王宮騎士』?」

「この国、『ミーディア王国』に仕える化物にんげんだ。身体能力もさることながら、国から強力な武具を与えられている。もし見つかれば倒すことはおろか逃げることも容易ではないだろう」


 話を聞いていただけだったヒイラギは男に質問する。


「なら、わざわざ街に行かなくてもいいんじゃないですか? 見つかるリスクを犯してまで行く必要って……」

「俺たちが『古き血』について嗅ぎ回っていたことは自ずと向こうの耳にも入る。その時点で街にいる子が殺されるのは明白だ。見捨てられる訳がないだろう」


 それを聞いてシンリが男に言う。


「小のために大を危険に晒すのはリーダーとしてどうなんだ」

「危険、というのなら街に行こうが行かまいが大して変わらない。俺たちが調査していたということから、街の近くに拠点が置いてあるのはバレているだろう。遅かれ早かれ、見つかるのは時間の問題だ」


 男は続ける。


「故に、この拠点は放棄することにした。他の奴らは既に荷物をまとめて準場を整えている。街へ向かう者以外は、一足先に、目を付けていた次の場所へ行ってもらい、後で合流する手筈だ」

「分かった。まあ『頼み』を受けると言ったのはこっちだ。俺たちのやることは変わらない。それで、行くのはこの五人ってことでいいのか?」

「いや、僕は残るよ。隠密行動だ。人数は少ないほうがいいし、戦力がこっちに集中し過ぎているからね」

「なら私も行かない方が良さそうですね。ここにいた方がお役に立てると思いますし」


 そう言ってシセルとアキヅキが辞退する。

 男は頷いて、シンリとヒイラギに目を向けた。


「では、この三人ということで問題ないか」

「ちょっと話がよく見えな……」

「問題ない」

「……」


 ヒイラギの不満そうな視線を無視してシンリは前を向いた。

 出口が見え、そこから覗く暗い光景から今は夜だということが分かった。


「シセル、あちらは任せたぞ」

「うん」


 シセルは力強く頷き、アキヅキと共に洞窟の奥へと消えてゆく。


 残った三人は、準備されてあった馬の下へいった。


「若く、足の速い三頭を選んだ。さあ、行くぞ」


 男が飛び乗りそう言ったが、シンリとヒイラギは気まずそうな顔で男に言った。


「「馬とか、乗ったことないんだけど……」」


 彼らの長い夜は始まったばかりだった。

目標としては今月中にはこの章を……欲を言えば来週には……終わらせたいなぁ……と……思ったりしていたり……。

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