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ヒイラギが気絶していた5日間、もちろんシンリも何もしていなかった訳では無い。
彼は、ヒイラギと戦い敗北した男と話をしていた。
「目覚めたばかりで悪いが、あいつが寝てる間に済ませることは済ませておきたいからな。少し時間を貰うぞ」
吸血種の血という毒を喰らい、ヒイラギほどではなくとも丸一日寝込んでいた眼帯の男に開口一番そう言った。
男はシンリを見るや否や、即座に畏まり頭を下げる。
「済まなかったーー」
「いや、謝罪はヒイラギが起きてからでいい。お前らに、俺は何もされてないしな」
「しかし……」
「いいんだって。それよりも、俺は『頼み』とやらを解決するためにここに来たんだ」
置いてあった椅子に腰掛けながらそう言う。
そもそも、シンリたちと盗賊たちが出会う切っ掛け、というか発端となったのは、シンリたちが移動手段である馬車や馬を欲したからである。
それを貰うために、シンリは盗賊の頼みを聞くことになっていた。
のだが。
男は目を瞑りながら首を振る。
「流石に、あれほどのことをして頼みを聞いてくれと言うほど無恥じゃない。約束通り馬と馬車は譲るさ」
「あ、そう? じゃあ遠慮なく……って言ってもいいんだけどな。それはダメだ。ただでさえあまり豊かな生活できてないのに、そっから無償で財産を貰うとか罪悪感がやばいわ。シセルとか成長期だよ? 子供たちもこれから育ってくる訳だし」
そういってシンリはタダで譲り受けることを拒む。
出会った当初ならばまだしも、シセルの記憶を見て『古き血』の生き辛さを理解している今、何もせずに馬などというそれなりに重要なものを貰うわけには行かない、という思いがあった。
「だからほら、言ってみ。それが出来ることかは分からんし、報酬に釣り合えるのかどうかも分からんけどさ」
それでも男のプライドが許さないのか、少しの間、シンリの提案を拒んでいたが、シンリが意思を変えないことを悟ると、諦めたように息を吐いた。
「……ありがとう。では、その善意に甘えさせてもらおうか。お前たちに頼みたかったのは……」
要約すると、こうだ。
『街に『古き血』である子供がいるという噂があるので、その保護に力を貸して欲しい』
「噂ってことは確定ではないってことか?」
「そうだな。だから、調べる。俺たちはいつもそうして子供たちを保護しているんだ」
噂がたって、それかそういう話を聞いて、調べて確信が持てれば子供を保護するために動く。
それがこの盗賊団のやり方らしい。
「了解っと。すぐにでも動くのか?」
「いや、まずは調査からだからな。それは慣れている俺たちでやる。動き出すのは……そうだな。彼……ヒイラギと言ったか。彼が目覚めてからでいいだろう。そう言えば、彼のことだが」
男はふと思い出したように続けた。
「ヒイラギ?」
「ああ。彼はどういう訳か、吸血種となっていた。他にも様々な魔物のスキルを使っていたことから、他人のスキルを模倣するスキルでも持っているんだろう」
「詳しくは知らんけど、多分持ってると思う」
シンリは自身の【結界術】をヒイラギが使っているのを思い出しながら言った。
「普通のスキル……普通に人間が使えるようなスキルならいい。だが、魔物のスキルは別だ。アレは強力だが、それと同時にその魔物と同じ弱点も背負うことになる。例えば、吸血種であれば昼間に能力が落ちたり、木の杭で心臓を刺されれば死ぬ。味覚も、血以外ではあまり感じられなくなる」
「……」
「吸血種だけでそれだ。俺が確認した限りでサキュバスとジャイアントロック、サキュバスは吸血種と被るが、聖属性や十字架が弱点であり、ジャイアントロックは習性として鉱物を食さなければ生きていけない。増えれば増えるほど、弱点が増える。死ぬ危険性が高くなる。その事を彼に伝えてくれ」
「分かった」
とは言ったものの、この時シンリは自分の弱点はなんだろうとか考えていたり、ヒイラギが目覚めるのが数日後だったり、目覚めてすぐバカ騒ぎしたりとかで、ヒイラギに伝えることは無かった。
そもそも、ヒイラギは吸血種となった時の吸血衝動で「あれ?」となり、自分で気付いていたりする。
さらに言えば、実はスキルレベルに応じて弱点も大きくなるので、レベルが1から上がらないヒイラギは、そこまで危険ではないのだ。もちろん不便ではあるのだが。
「ま、それはいいとして、少し聞きたいことがあるんだ」
「なんだ? 俺に答えられることなら答えよう」
「この、『古き血』の排斥はどんな風に始まったんだ? いや、大まかなことは知ってるんだ。十年前くらいに、人化した魔物が都市を滅ぼしたから、その対策として魔物スキル持ちに反応する壁を作ったんだろ。でも、なんと言うか……」
「出来すぎている。対応するにしても早すぎる、か?」
「ああ、そんな感じ」
「それは俺も思ったよ。全てが仕組まれていたんじゃないのかってくらいに一瞬だった。人化した魔物が現れてから壁が出来るまで一年も掛かっていないからな。流石に怪しむさ。俺だけじゃない。『古き血』だけじゃなく、普通の人間もな」
「それで?」
シンリが続きを促すように言うと、男は当時のことを思い出しているのか少し目線を伏せた。
「諦めた。偶然に偶然が重なって、奇跡のような不幸が重なっていたんだから。もう笑うしかなかった」
「何があったんだ」
「魔物スキルに反応する魔術。言うだけなら簡単だが、その中身は複雑極まる。とりあえず街を覆うことを想定すればその規模は計り知れない。そもそも魔物のスキルなんて詳しく知られてないものであり、例え知っていたとしても、膨大な数のスキルを魔術に組み込むなんて途方もない話だ。もちろん、そんな天に二物も三物も与えられた人間なんているはずもない。いていいはずがない」
魔術に関してはほとんど何も知らないシンリからしてみても、なんとなく異常なんだろうということは伝わった。
「だがな、いたんだよ。底なしの魔力を持つ巫女が。魔物を知り尽くしていた博士が。どんな魔術も組み立てられる賢者が。そしてその三人を纏め上げ、三人の力を倍以上に扱える神童がな」
「神童……?」
その言葉にシンリは反応した。
「北の巫女。南の博士。西の賢者。東の神童。後にそう呼ばれる四人が、何の因果かその事件当時に一箇所に集まっていたらしい。誰ひとりとして面識がなかった状態で一堂に会して、それぞれの持つ力を理解し合った。そして壁の構想がその場でできたという話だ。……もう笑うしかないだろ。まるであらかじめ決められていたように、作られるべくして作られたんだよ、あの壁は。さらに言えば……」
「……」
途中からシンリは男の話を聞いておらず、一人考え込んでいた。
もはや愚痴のように語っていた男はそれに気付かず話しており、シンリはその断片的に耳から入ってくる情報を無意識の内に推測の要素としていた。
男が満足するまで話し終えたのと、シンリの思考が纏まったのは、だいたい同じくらいであった。
「もう少し聞きたいことができた」
「そうか。ああ……いや、では一度時間を開けて貰えるか。調査の準備を部下に頼んでおきたい。ただでさえ一日無駄にしているのだからな」
「それもそうだな。なら俺は聞きたいことを纏めておくよ。話は準備がおわってからでいい。別に急ぐことでもないしな」
「了解した」
男はそう言って部屋から出ていった。
シンリはそれを見送り、扉が閉じられてすぐ椅子の背もたれに全体重を掛けて上を向いた。
「あ゛〜〜」
溜め込んだ思いを外に出すように言う。
ステフォを取り出し、グループチャットを開く。
下にスワイプした。何度も、何度も。限界まで。
当然、そこに書かれてあるのは転生した『少女』の言葉。
時間にして十数年前の記録だ。
初めは未知にはしゃいでいて楽しそうな感じが窺える、そんな発言がある。
それからしばらくスクロールしていくと、目当ての発言を見つけた。
『神童とか麒麟児とか持ち上げ過ぎ(笑)』
『神童』。
先ほど男が話した『東の神童』。
これらを紐付けるのは強引だろうか。
この『神童』がシンリの探している『彼女』だと決めつけるのは早計だろうか。
シンリはさらに画面をスクロールさせ、流れる文字を目で追う。
『生まれ変わってもやっぱり面白くないね。人生ってのが面白くないんだよ』
『彼女』は言っていた。
人生はつまらないと。
あの世界で天才と言われ続けた『彼女』はそう言っていたのだ。
あまりにも逸脱し過ぎていて、誰にも理解されず、彼女自身、誰からの理解を求めなかった天才。
不可能はなく、全てが思い通りになるが故に生に意味を見い出せず、人生を嘆いていた異常。
自殺することすらを世界に禁止され、しかし彼女を手中に入れよう強硬に及んだ国を滅ぼした兵器。
ようやく死ぬことができた彼女が、あの時yesを選ぶ理由がないのだ。
なら、noを選び転生……ではなくあの時点では死を望んだとしてもおかしくない。
しかし皮肉にもまたもや『人間』として生を受け、『天才』として人生を憂うこととなっているが。
そんな彼女……シンリの従妹である香取 看取が『東の神童』であると、シンリはほとんど確信を持って推測していた。
推測というより、断定だろうか。
元々疑ってはいたのだ。
そうなのではないかと、しかし情報が少なすぎたためあまり考えてはいなかったが。
疑念が芽生えたのは、グループチャットでみんなが魔物スキルを持っていると分かった時だ。
その前に『壁』が出来たのが十年前だと聞いていたため、それと一緒に考えた。
あいつならそんな壁を作れるのではないか。
いや、作るのではないだろうか。
おもしろそうだ、なんて理由で。
確信はなかったが、シンリはそう考えた。
そしてこうも考える。
自分が考えついたなら、他の誰かも遅かれ早かれその思考に行き着くだろうと。
ミトリの異常性を知っているのは自分だけではないのだ。
クラスメイトはもちろん、国も、世界も、誰もが知っている。
だから、犯人をでっち上げた。
神などという干渉できないものに矛先を逸らせて不満を向けた。
しかし所詮は時間稼ぎにしかならない。
今、シンリが男から話を聞いたように、彼女を知っている者が同じような話を聞けば、『東の神童』とミトリを紐付けるだろう。
おそらく真実だろうが、たとえ勘違いだとしても、怒りの矛先はミトリに向く。
こんな世界にした諸悪の根源を、クラスメイトたちは許さないだろう。
殺されかけて、そして真実が露呈するまでには死人も出ているかもしれない。
元の世界では色々な意味で最強と言えた彼女でもでも、この世界に来て力を持った魔物に数で攻められては流石に勝てないはずだ。
それすらもおもしろいと、彼女は笑うのかもしれないけれど。
「あーやめやめ。今考えても仕方ねえわ。とりあえず『東の神童』に会えばあいつかどうかも分かるはずだしな。東ってんだから東に行けば会えるだろ」
嫌な方向にしかいかない思考を中断し、目を覚ますように顔を横に振る。
今度はグループチャットの最新の発言を見て、暗い会話がされていたので空気を変えるようにこう投稿した。
『お兄ちゃん参上』と。
ちょっと自分でいきなり過ぎて「うーん」って感じなのですが、やっぱり不自然でしょうか。
あとこんな奴が学校とか行く必要ねーなとか思いましたが、まだ異常が知られてなかった初等部からのエスカレーター式的なので名前だけあってたまに来てた感じですたぶん。




