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ちなみに、やっぱりアキヅキがシンリたちの所へ落ちてから15分から20分くらい経ってるってことで。
言葉を失い立ち尽くしていたヒイラギだが、すぐにハッとなり、結晶に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!?」
敵同士なのにも関わらず、そう言った。
大丈夫な訳が無い。
分かっていても言わずにはいられなかった。
全身を。頭を貫かれ、心臓を貫かれ、全てを貫かれて大丈夫なわけがなかった。
人間である以上、いや生物である以上、『大丈夫』で済んでいるはずがない。
「けど、まだ死んじゃいない……」
生きているだけで奇跡だ。
ヒイラギは【蛇眼】から生存反応を確認し、ひとまず安心する。
だが、男を結晶の中から取り出そうと、結晶の破壊を試みるが、傷が付く程度で壊れそうな気配はない。
ステフォからハズレ武器の鉄の剣を取り出して切りつけても剣の方が折れ、光魔法でどうにかしようとするも、何か魔力が吸収されて出力が異様に下がった。
どうやらこの結晶、対魔力的な効果が付いているらしい。
八方塞がりだ。
こうしている間にも、男の生命力が失われていっているのだと思うと休んでいる暇はないが、どうしようもなかった。
「これは……効くな」
「っ!?」
結晶の中心から、声が聞こえた。
有り得ない。だが、有り得てしまった。
結晶の奥から赤い霧のようなものが出てきて、それが集まっていく。
「油断していたとは言わないが……まさか、あの子があんなにも人殺しに躊躇がないとは思わなかったよ」
男が、無傷の姿でその中から現れた。
「どうして……」
「そんなことを聞く暇があるのか?」
男が恐ろしい速さでヒイラギの首に手を伸ばす。
スキルのおかげで反応できたヒイラギは咄嗟に距離を取ってそれを躱した。
それでもなお迫ってくる男に対してヒイラギは光魔法で槍のような形状を数本作り出し、一斉にそれを放つ。
そこに手心は加えない。あのアキヅキの攻撃を喰らって無傷でいる相手に対し、情け容赦は不要だ。
男はそれを避けるために跳躍し、身体を反転して天井に着地する。
それに驚くのはヒイラギだ。物理法則を完全に無視している。
天井を駆け近づいてくる男に、またも光の槍で攻撃するが、その男の速度に対して狙いが定まらず全て外れてしまう。
それは大きな隙となった。
男とヒイラギの間の距離はほぼ無いに等しい。天井から飛び掛ってくる男を対処する術をヒイラギは持っていなかった。
が。
「くそ……『あなたの名前はなんですか』!」
これは賭けだった。
そして、もし勝てる賭けなのであれば、切り札として取っておきたかったものだ。
先程の男との会話。
ヒイラギが、子供に施されている情報漏洩防止の仕掛けに対して言及した時、男が『俺たち』という言葉を使った時があった。
そこから推測し、もしかしたらあの仕掛けは盗賊全員に施されているのではないかという結論に達したのだ。
「…………」
それは、当たっていた。
空中で機能停止した男は、目標であったヒイラギが避けたために壁に激突した。
だが、それで倒せたなどと思い上がることはない。
動かない男を洞窟に縫い止めるように光の槍を飛ばす。
「はぁ、はぁ……」
男はまたもや串刺しになっていた。
結晶の中とは違い、ハッキリ傷口が見える分、今の方が目に悪い。
光魔法とは癒しと浄化を担う魔法であり、人間に対して使用する場合は治療などに主として使われ、攻撃性は乏しいのだが、魔物に近い『古き血』相手となると、ある種の特攻攻撃と言える。
ジュウウウゥと、肉を焼くような音が、男に光魔法が効いているのだと証明していた。
「なるほどな」
いつの間にか、自分がやられているという状況から、『仕掛け』を逆手に取られたのだと男は気づいた。
頭や心臓は意図的に外されているようだが、肩や横腹などが貫かれ、身動きが取れないように繋ぎ止められている。
男は『能力的』に光とは相性が悪いため、ヒイラギは図らずも優勢に立っていた。
「もう、俺の勝ちで、いいでしょう」
ヒイラギは残り少ない魔力を消費し、光の槍を目に見える範囲に展開する。
降伏しなければ殺すという脅しだ。
だが脅しということは男にもバレている。
元より男はヒイラギが人を殺せるとは思っていない。
だから、言った。
「ああ、お前の勝ちでいいだろう」
「じゃあ……」
「さあ、殺せよ」
「っ」
男は笑う。
「殺す気のない者が、殺そうとすることほど笑えるものはない」
「うる、さい。戦う必要なんてないだろ! どうして殺しあわなくちゃいけないんだよ!」
「さあ、な。意味なんて後で考えればいい。死ねば全て無意味になるがな」
槍を放とうと、震える手を突き出したまま動かないヒイラギを他所に、男は貫かれている手を強引に動かす。
裂けることも厭わず、思い切り下におろす。
そして、自由になったその手で残りの槍を抜いていった。
「なんで、そんなことができるんだ……痛みを感じないのか?」
槍に触れるたび、男の手は爛れる。
それなのに男は顔色一つ変えず、淡々と槍を抜いてゆく。抜いた槍は光の粒子となって空間に融けた。
身体のいたる場所に穴が開いて、しかし幸か不幸か、光魔法によって傷口は熱で塞がれている。
満身創痍。
そう表して違いないのに男はなんともないような態度のまま変わらない。
「痛みを感じない訳では無いがな。死なないと分かってる痛みに苦しむというのは些か滑稽だろう」
「意味がわからない……狂ってる」
「そうだな。自覚している」
最後の槍に手を掛けた。
「して、その浮いている槍は使わないのか?」
「いや、使うけどさ」
ヒイラギは腕を振るい槍を飛ばす。
槍を抜き終わり、自由となった男はその攻撃を避けなかった。否、避けることが出来なかった。
ヒイラギは【蛇眼】で睨み続け、石化した男の足を狙い、砕く。
「これで……」
「少し、お前のことを甘く見ていたようだ」
その声は後ろから聞こえた。
男は赤い霧となり、ヒイラギの背後に移動した後、ヒイラギの首筋に噛み付いた。
「う、ぐっ」
血を抜かれる感覚。
ヒイラギは咄嗟にスキルを使った。
ヒイラギの首筋が岩で覆われる。
「これは……」
「それだけじゃない」
ヒイラギは自分の後ろにいる男を捕まえ、接触部から魔力を吸った。
「くっ」
男が、初めて見せた苦悶の表情。
「何故だ」
男は霧となり、ヒイラギから距離を取ってそう尋ねた。
「そのスキルは、あの子たちの……ジャイアントロックの【岩強】、そしてサキュバスの【吸精】だ。何故お前がそれを使える」
「なぜって、視たからですよ」
ヒイラギの【視真似】。スキルをレベル1の状態でコピーできるが、それ以上レベルが上がらないという劣化コピースキルだ。
しかしスキルであるのであれば、魔物スキルであろうが関係なくコピーできる。
ヒイラギは、子供たちと遊んでいる最中に、スキルを見せてもらっていたのだ。
「だから、もちろん」
ヒイラギは石化している腕を、泥にして洞窟に押し付ける。
「アキヅキさんと似たようなこともできる」
男が立っている場所が、底なし沼となり沈み始める。
もちろん男はそこから脱するために飛んだ。
「そうするしかないですもんね」
ヒイラギは泥で型取り元に戻った腕を振るって、残りの槍を男に向かって放った。
なす術なく、男は無防備な状態でそれを受けることとなる。
砂煙が立ち込め視界が塞がれるが、【蛇眼】を持つヒイラギには関係の無いことだ。
視界が晴れる。
だが、やはりと言うべきか。
それでも男は無傷でそこに立っていた。
「吸血鬼……不老不死っていうのはどの世界でも共通なのかな?」
衰えない身体。高い身体能力を有し、コウモリに変身したり、吸血することで有名な怪物。
弱点は、にんにくとか、十字架とか、太陽とか。
殺すためには、銀の弾丸や木の杭などが有効らしい。
と、知りうる限りの吸血鬼知識を思い返してみたが、用意できるものがない。。そもそもにんにくとかこの世界にあるのだろうか。
「そうだ。吸血種の『古き血』、それが俺の能力だ」
「そうですか、俺の血の味はどうでした?」
「中々だな。もう一度飲んでみたいものだ」
「お断りします。自分の血でも飲んでてください」
軽口の応酬。
互いに手の内を晒し、今さら隠すものなど何も無い。
二人は持てる全ての力を以てぶつかりあった。
「生憎、吸血種の血は猛毒なのでなっ!」
ヒイラギの血を吸い、結晶に取られた魔力を幾分か回復した男は、霧と化し縦横無尽に飛び回る。そして、スキを見つければそこを突いて攻撃する。
「くぅっ! 『あなたの名前はーー』」
「効かん!」
男は両手で両耳を押さえ、自分の鼓膜を破壊した。
ヒイラギはそんな戦法に言葉を失う。
だが、吸血種程の回復能力があればいつでも治すことが出来、そしてヒイラギにとって最大のカードを潰すことの出来る最高の一手だと言わざるを得ない。
「<光さえ飲み込む闇をここにーー>」
男が空中に留まり、なにやら聞き取れない言葉で、腕を動かしていた。
ヒイラギには何をしているのか分からなかった。魔力を動かしているというのは分かるが、何のためにしているのか分からない。
そう言えば、とヒイラギは思い出した。
ネイロ村での滞在時に読んだ書物の中に『魔術』について書かれているものがあった。
自身の魔力を消費して使用する『魔法』とは違い、空間に漂う魔力を規則的に並べ『精霊の声』と呼ばれる詠唱を紡ぐことで発動するのが『魔術』だ。
魔術は魔法とは違いスキルではなく、技術。
もちろんそこに才能はいる。
魔力を見る才能や魔力を操る才能。しかしそれらは努力次第で後天的に手に入るため、魔術は誰にでも使えるものらしいが。
それはともかくとして。
それを思い出したヒイラギだからこそ、彼は男に向かって駆け出した。
「<ーー終わりの時だ。顕現せよ>」
詠唱を終え、ヒイラギに魔術を放つ。
男が使った魔術は、人を一人殺すには過ぎた代物だ。やろうと思えば百人単位で人を殺せる範囲攻撃。
出ることの出来ない闇に閉じ込めるという魔術だった。
もちろん、公に公開されていないどころか、男が独自に作り上げ、闇の住人と呼ばれる吸血種だからこそ扱える独自魔術。
一人のために使えば、絶対に避けることの出来ない必殺の一撃だと言えよう。
だが。
それは発動しない。
ここはアキヅキの体内だと言っても過言ではない場所だ。
ゆえに、そこに満ちた魔力はアキヅキのものであり、他人の魔力を本人以外が使える道理はない。
それが男の隙だった。
ヒイラギは空中の男の足を掴み、魔力を吸う。
元々、魔力が少なくなっていた男は滞空する力も失い地に落ちた。
魔力が残りわずかなためか、傷の治りが随分と遅い。
いや、それでも再生しているところを見ると、流石不老不死と呼ばれる吸血種だと言うべきだろう。
ここで決めんとばかりに、ヒイラギは男に殴りかかる。
スキルなどは何もつかわない。ただの拳だ。
ここに来てもなお、ヒイラギには殺しを許容出来ていない。
再生能力の衰えた男に対し、致命傷を与えることを避けたのだ。
しかし、拳が届く距離と言うことは、当然、二人の間に距離がないことを示している。
「か、ふっ」
「お前は強かった。だが、敗因はお前の甘さだ」
男の手に握られていたのは、剣の切れ端だった。それは、最初にヒイラギが折った物だ。
刺された腹に手を当てるも、血は止まらない。
よろけながら後退し、足がもつれてうつ伏せに倒れる。
視界が狭まる。
意識が遠のく前に、最後の力を振り絞って顔を上げた。
男の紅い瞳が、ヒイラギを見下ろしていた。
〇
「終わったか……」
いかに最初に魔力の大半を奪われ、相性の悪い光属性攻撃を喰らい、治りの遅くなった傷に更に魔力を注ぎ込むことになったとしても。
「いや、これは言い訳だな。奴は強かった」
男は、そうヒイラギを評価した。
「シセルの効果は切れたが、さて、どう言い訳したものか」
と言ったところで、男はふらついた。
当たり前だが、ヒイラギの戦闘で消耗し、思った以上に疲弊しているらしい。
ごくりと、無意識に喉を鳴らした。
眼下のヒイラギを見る。
正確には、彼の沈んでいる血の海を。
吸血種にしか分からない、芳醇な香りがここには立ち込めている。
男の心境は、餓えた獣が生肉を差し出されて『待て』と言われているようなものだ。
我慢できるはずがない。
男はヒイラギの身体を起こし、首元に牙を突きつける。
味は先程飲んだ時に確認済みだ。
だからこそ。
男は何の躊躇いもなく、ヒイラギの血を飲んだ。
「なん……だと……」
目の前が赤くなる。
酷く充血し、血の涙を流していた。
身体の中身が破裂し、大量の血を吐き出した。
それでも、死ねない。
あの、囚われた時の地獄と同等の苦しみが男を襲う。
「やっと、勝てた……っ」
鼓膜を破っている男にはその声は聞こえない。
ただ、目の前の光景に驚くだけだ。
吸血種特有と紅い瞳を持ったヒイラギが、立ち上がったのだから。
男は立っていることもままならず、ヒイラギが倒れていた血の海に沈む。
先程とは逆に、ヒイラギがそれを見下ろしていた。
「吸血種の血……うっかり飲まないように気を付けよう」
ヒイラギは最後の最後に男の魔物スキル【血族】をコピーしていた。
つまり、ヒイラギも吸血種になったということだ。
その血を飲んだがために、男は苦しみ続けている。
「にしても、すごいなこれ」
レベル1だというのにも関わらず、その恩恵は計り知れない。
刺された傷は既に塞がり、その他この戦いでしたケガも治りつつある。
しかし広がっている血を見て喉が渇くのは、その影響だろう。
「ヒイラギくんっ」
「ヒイラギ無事、か……? あれ?」
立っているヒイラギを見て、驚くシンリとアキヅキ。
二人に向かってヒイラギは言った。
「とりあえず、勝ったよ」
なんだかよく分からない盗賊との敵対終了!
誰がなんと言おうが終了デス!




