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お読みいただきありがとうございます。

 『殺す』と。


 自分よりも強いと分かっている男にそう宣言されたにも関わらず、ヒイラギは動くことが出来なかった。


 瞳の紅い男に恐怖を感じているからという訳では無い。

 いや、もちろん威圧や殺意からくる恐怖はあるのだが、あの夜に感じたような根源的な恐怖はどういう訳かなかった。


 ヒイラギが動けない理由は簡単だ。

 アキヅキが男に捕らわれているから。


 攻撃しようにも、生身のアキヅキを盾にされれば怪我を負わせてしまうし、最悪殺してしまう。

 だからと言って、人質を取られたまま逃げた場合、その間にアキヅキが殺されてしまう可能性がある。


 一応、【蛇眼】や【思考加速】を発動し、どんな行動にも対応できるようにしてはいるが、どうも攻めあぐね、逃げあぐねていた。


 男は余裕からか、それともヒイラギがどう出るのかを窺っているのか、今は動いていないが時間の問題だろう。


(ーーどうすればいいっ)


 このまま、どうすることも出来ずに、男に一方的に攻撃されてしまうという最悪の未来を予想して、どうにかしようと必死に頭を回す。


 背中は洞窟の壁まで下がっており、これ以上下がることは出来ない。

 ちらりと二の腕あたりから先の無い、石と化している腕を見た。少し重く感じるが、痛みはない。もちろん生えてきたりなんかしない。


 双方どちらとも動かず、緊張した雰囲気が漂う。


 男か、ヒイラギか、意外なことに、その静寂を破ったのはそのどちらでも無かった。


 どろり、と。


 男が担いでいたアキヅキが、液状化した泥になり、びちゃびちゃと音を立てながら地面に落ちる。


 男もヒイラギも驚きに目を見張るが、アキヅキは気にせずそのまま人型を構成した。


 顔も、姿形もアキヅキであったが、その目には光が宿っていない。

 誰かに操られているような、そんな動きをするアキヅキと、ヒイラギは目が合った。


 ーー不敵に笑ったような気がした。


 アキヅキは腕を振るい、男の顔めがけて泥を飛ばす。

 驚きに固まってはいたが、しかし瞬時に調子を取り戻し、身体を翻すことでそれを躱す男。

 それだけでなく、自分に攻撃してきたアキヅキを捕まえようと、腕を伸ばす。


 だが、男へ泥を飛ばした後には既に次の行動に移っていたアキヅキには届かない。

 アキヅキは後ろに倒れるように……いや、事実、両手を広げて後ろに倒れていた。


 相変わらずハイライトを失った瞳のまま。

 とぷんと、洞窟に溶け込むようにその場から消えた。


 直後。


「ぬ」


 透明に煌めく氷柱(つらら)のようなクリスタルが無数に洞窟の壁から生えてくる。

 向かう先、その中心にいるのは眼帯の男。

 どれだけ男に身体能力があろうと、重心を前にずらしているという体勢の整っていない状態で、四方八方あらゆる角度から勢いよく襲いかかってくる攻撃を避けることなど出来はしない。


 シャキン、シャキンと、音を立てながら、鋭利な先端を持つクリスタルは無慈悲に男を貫いてゆく。


 いくつものクリスタルが交わり、重なってできた結晶は、どういう物質なのかそれ自体が発光しており、薄暗い洞窟には不釣り合いの幻想的な存在感を醸し出していた。


 クリスタルの先端を伝って、赤い血が滴り落ちる。

 それは、男が無惨にも串刺しにされているという証明だ。


 圧倒的な光景に、ヒイラギは言葉を失い呆然と立ち尽くすほかなかった。



 時をほぼ同じくして、洞窟の別の空間でこんな会話が交わされていた。


「ちょっと聞いていいか?」


 発言したのはシンリだ。

 当然、そこにはシセルもいる。

 すでに和解(?)をした後。つまりヒイラギたちが誰も殺さず、殺されず、全員が無事に戻ってくるのを『信じて』待っている状況だ。

 今の片腕を失くしたヒイラギや、クリスタルに貫かれている男を無事と定義するかは分からないが。


「何?」


 言葉こそ短く素っ気なかったが、そこに敵意や殺意はなくシセルが返した。


 が、双方共に目を合わせてはいない。何なら顔を上げてすらいない。そこに特に深い意味などなく、シンリはステフォの画面を、シセルは悪魔に捧げて黒くなった自分の腕を見ているというだけだ。


「ぶっちゃけヒイラギとアキヅキが死なずに帰って来れる確率ってどんくらいだ?」

「あのふたりか。無傷では無理だろうけど、生き残るくらいならできるんじゃないかな。女の子の……アキヅキ、だっけ。あの子は死なないだろうし、もう一人は、回避に専念したら大丈夫なんじゃない? というか、彼らの強さは君の方が知っていると思うけど」

「おっさんたちの強さならお前の方が知ってるだろ」


 と言いつつ、シセルの言葉に安堵の息を漏らした。

 ほんの少しではあるが、実際に戦闘をし、言うなれば双方の実力を比べることの出来るシセルがそう言ったのだ。


 だが。

 ふと疑問に思った。


「いや……そんなものなのか?」

「どういう意味さ」

「確かに、アキヅキは一人足止め出来ていたし、ヒイラギも数人なら相手にして戦えてた。けど、あの眼帯付けた奴はなんというか……別格じゃね? 俺も毒が効いてなかったら、負けないまでも勝てたかは分からねえし」


 昨晩の戦いを思い出しながらシンリは言った。

 おそらく、眼帯の男は本気を出していなかった。手を抜いた状態でもヒイラギを圧倒し、シンリに恐怖を感じさせた。

 毒で倒れたため、その本気を出す前に戦闘は終了したが、あのまま続けていれば、シンリたちにも盗賊たちにも死人が出ていたかもしれない。


「あぁ、それは大丈夫じゃないかな」


 しかしシセルはそんなシンリの不安をよそに平然と言う。


「別格。確かにあの人はこの集団の中でも飛び抜けて強いよ。僕が寿命を十年……いや、二十年くらい捧げて、さらにほぼ全身をこの腕みたいに悪魔に譲らないと負けちゃうかもしれないくらいに」


 言外に、そこまでしても勝てないと言いながら。


「うん。まさに別格って言葉はぴったりだよ。でも、そんな風に次元が違うからさ、たぶん、そんな簡単に僕の能力は効いてないよ。身体的だけじゃなくて、精神的にも強いから」


 シセルの『悪魔の囁き』は心の弱さにつけ込んで、奥底にある願望や欲望を増幅させるものだ。

 欠片程度に小さな気持ちだったとしても、存在しているのであれば、心の弱い者なら簡単に全面に引き出される。

 それが、他人に引き出されたものとは気付かない。あくまでも、自分の気持ちなのだから。


 ゆえに心の強い者ならば。

 揺れることのない鋼の精神を持つ者であれば者であれば、シセルの揺さぶりに惑わされることはない。


 と。


「まあもちろん、感情があることには違いないからさ、効いてはいなくても、能力自体は掛かってるだろうけど」

「効いてないけど、掛かってる?」

「ん、つまりは……えっと、なんて言えばいいんだろ。もしも心の警戒が緩んだときとか、発動するかもしれないんだよ」

「待機状態、みたいな感じか? 発動するまで消えない呪いみたいな」

「そんな一生消えないようなものじゃないけどね。一日も持たないんじゃないかな」

「なるほど。とりあえず、一番強い奴は敵には回ってないってことだな。理性がそのままならワンチャン仲間になってる可能性もある」

「流石に、仲間と敵対するような裏切り行為をあの人はしないだろうけど。見逃すくらいで、後は成り行きを見守るくらいだと思うよ」


 シセルは顔を上げて苦笑する。

 それに気付いたので、シンリもステフォの画面を落としてシセルの方を向いた。


「ちなみに、あいつも敵対した場合の生存確率はどうだ?」

「ゼロ、とは言わないけど低いだろうね」

「ゼロではないんだな」

「そんな長い間、能力に掛かる人でもないだろうし、効果が切れたら生き残れるよ」

「ふぅん。そう言えば、どんなことしたら効くんだ? って、心が揺らぐ切っ掛けなんて本人以外分からないか」

「いや、わかるよ。よくわかる。あの人は、いや、『古き血(ぼくら)』は裏切りを許さない。裏切り者を許せない。卑怯や卑劣には敏感なんだ。だから、不意打ちで仲間がやられたりしたら、簡単に心は怒りで溢れるだろうね」


 僕がやったことって分かってるから、それでも我慢できるかもしれないけどね、とそう付け加えた。


 会話がちょうど終わったその時、部屋の端でぽとりと何か落ちた音がする。


「ん?」「なに?」


 二人共、その音につられてそちらを向く。


「ん、ぅぅん……」

「なんだ、アキヅキか」


 見覚えのある姿が見えて、そう言い興味を失ったシンリだったが、すぐに二度見した。


「え、アキヅキ? なんで?」

「あの子……裸じゃない?」

「いつもの事だろ」

「いつも!?」


 なんて会話をしつつ、二人はアキヅキの側に駆け寄った。

 シセルは異性の裸を目の前に、顔を赤らめながら目を伏せている。


「洞窟から……落ちてきた? そんな機能がここにはあるのか?」

「ないよそんなものは。この子のスキルでしょ」

「でも気絶しながら使うとか無理じゃね……いや、使ったから気絶したのか?」


 と、考察していたが、後からアキヅキに聞けばいいと気付き、ひとまずアキヅキをどうにかしようとする。


「その、服とか着てくれないと目のやり場にこまる……」

「服はお前が切り裂いたんですけどねぇ」

「どうにかして、恥ずかしい……」

「ちょっと初心すぎやしませんかねぇ」

「うぅ……」


 年頃になって、同世代の異性と触れる機会が皆無に近いシセルがこのような反応をしてしまうのは仕方のないことだった。


「ま、とりあえず埋めるか」

「埋める」

「顔だしとけばいいだろ」

「適当すぎない?」


 スキル【穴掘り】でアキヅキが入れるような深い穴を掘り、首から上を出して埋め直した。


 埋めて、五分程経ち、アキヅキが目を覚ます。


「……どういう状況でしょうか」


 ……どういう状況だろう。


 で。

 かくかくしかじか。

 アキヅキがいきなりこの部屋に現れたことを話す。


「えっと……すみません。私にも、どうしてここに来れたのかわからないです」

「状況は分かってるか?」

「そ、そうです! ヒイラギくんの腕が斬られて! 盗賊のみなさんが襲ってきたんですよ! それで、私はまとめて倒して……それから、何か洞窟(からだ)に入ってきて……? そこから記憶がありません」


 気絶する前の情報を思い出しながら、アキヅキが言う。

 それを聞いて、シンリはなにやら思案顔で呟いた。


「腕が切られた、か。なら、今は片手で大人数を相手にしてるってことか?」

「いえ、私の攻撃で、あの眼帯の人以外は倒すことができました。だから、一体一だと思います」

「……敵対されてるのかよ。最悪だな」


 シンリは隣にいるシセルをちらりと見た。


 シセルの説得に使った『信じて待つ』という言葉。

 もしも、ここでそれを破ってヒイラギの所へ駆けつければ、シセルはシンリに裏切られたと思うだろう。そうなれば、もはや彼は誰かを信じることを諦めてしまうかもしれない。

 誰も信じることなく、信じないがゆえに裏切られることもなく、ただ独りで生きることになってしまうだろう。


 もちろん、元クラスメイトであるヒイラギと、出会ったばかりのシセル。どちらの方が優先順位が高いかと言われれば、ヒイラギだと答える。

 シセルの心が再起不能になってしまうとしても、ヒイラギの命を優先するだろう。


 だが、シセルを見捨てるという選択もなるべく取りたくない。

 彼は、普通の子供だ。異性の裸を見て赤面するような、純真な子供。

 世界から弾かれて、世界を受け容れられなくなった、不幸なだけの少年なのだから。

 これ以上、彼の不幸を重ねることをしたくない。彼を絶望に突き落としたくない。


 手詰まりだ。

 どちらかを切り捨てなければならない。

 そして、切り捨てる方は決まっている。


 シンリは重く息を吐いた。


「シセル」

「シンリ」


 声が重なった。

 シンリが譲り、シセルが言葉を発する。


「彼の所へ行くといいよ」

「けどな……」

「大丈夫。君が迷っているのは伝わった。彼の所へ向かったとしても、裏切られたとは思わないよ」

「……そうか」


 どうやら、信じ切れていなかったのは自分の方らしい。


「ありがとな」

「ていうか、他人(ぼく)のことなんかより仲間の命の方が大切なのは当然だしね。『古き血』的に」

「お、おう。原因はお前だけどな。あと、お前のことも仲間だと思ってるよ」


 それを聞いて驚いた顔をしているシセルを見て笑う。


 で、そんな笑っているシンリを見てアキヅキがにやけていた。


「おやぁ、ナニかありましたぁ?」

「少なくともお前が期待してる様なことはない」


 シンリはそう言いながら、アキヅキの首元を掴む。


「という訳で抜くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 自分で出れますから! 引っ張る必要とかないですから!」


 土から出たアキヅキは、シンリをヒイラギのいる場所へ案内するため、位置を探る。


 が。


「え……」 


 自身と一体化している洞窟から送られてくる情報に絶句する。

 信じられず、何度確かめても返ってくる事実は変わらない。


「そん、な……ヒイラギくんが……」


 立っているのは一人。もう一人は、大量の血の上に横たわっている。

 そして、地面に染み込んだ血は、そこに混じった魔力からヒイラギのものだと分かった。


 アキヅキはただ一人理解する。


 もう、遅すぎたのだ、と。

きっと、アキヅキが落ちてきて10分くらい経ってます。

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