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お読みいただきありがとうございます。


ちょっと間隔が開いたり、勢いで書いた場所があったりするので、『あれ?』ってなるところがあるかもですが、温かい目でふんわりと見逃してください。

 突然の、頭上から襲ってくるかのような土塊。

 そもそも、迫ってくる天井に気付けた盗賊は何人いただろうか。そして気付いたところで避けられる攻撃でもない。


 ドゥン、と重たい音が洞窟に響く。


 盗賊たちのほとんどは、いつの間にか、あるいはなす術なく土に押し潰され気を失った。



「見てくださいヒイラギくんっ、ほとんどやっつけちゃいましたよ!」

「あ、はい」


 見れねーよ、と思いこそすれ口に出さなかったヒイラギは、盗賊を撃退して高揚しているアキヅキにそう返した。


 不意打ちではあるが、もちろん卑怯だとは思わない。

 たとえフィールド全範囲ロックオン可能で遮蔽物無視消費MP0の通常攻撃(仮)だったとしてもズルイとかは思わない。思わないったら思わない。

 戦闘とは言え、殺す殺されるとは割り切れないが、命を賭けたやり取りなのだ。卑怯とかズルイとか言っている場合ではない。


「ていうか、『ほとんど』」

「はい! ほとんどって言うか、もうほぼ全員ですよ!」

「ほぼ」

「一人だけ逃したんです」

「ちょっと待って。もしかして眼帯つけてる?」

「え。よく分かりましたね。そうです。昨日、色々話してくれた人ですよ」

「……」


 ――やっばい。


 そういえば、アキヅキはあの眼帯の男の強さを知らないのだろう。だから、『あと一人』などと言えるのだ。あの男を、他の盗賊と同一視できるのだ。


 おそらく、アキヅキの攻撃が外れたのではないだろう。

 避けられたのだ。

 躱せないはずの攻撃を。兆候も予兆も何もわからないはずの完全に不意を打った攻撃を。

 躱したのは偶然とか、勘とか、そんな理由ではないはずだ。

 見て、そして持ち前の運動神経だけで避けたのだろう。


 それがわかる。わかってしまう。

 その場を見たわけでもないのに、あの男ならそうすることができるのだろうと、謎の信頼のようなものがあった。


 ヒイラギは、今すぐここから離れようと、足を地面に突き刺したままのアキヅキに伝えようとする。

 あの男がここに向かってきているのなら、少しでも離れたい。


「アキヅキさん――」

「えっ! うそっ! いや……っ、ああああああ!!」


 アキヅキが自分の泥の身体を抱くようにして苦しみ出し、お腹を押さえてうずくまった。


「アキヅキさん!?」


 ヒイラギは慌てて駆け寄り、アキヅキを抱き起こす。


 すると、アキヅキの腕の間から、一人の男が顔を出した。


「……」

「……」


 眼帯の男と目が合った。

 互いに無言。ヒイラギはもちろん、眼帯の男自身にも予想外の出来事なのだろう。驚きの表情を浮かべていた。


「コンニチハ」

「……ああ」


 何を言えばいいのかわからず、この状況に不釣り合いな挨拶を交わした。


 アキヅキのお腹辺りから生えてきた、とても表現すればいいのだろうか。

 眼帯の男は、自分を被うアキヅキの腕を無理やりこじ開け、その全身を泥から出した。


 アキヅキはいつの間にか気を失っていた。


「い、一応聞きますけど、アキヅキさんは生きてますよね……?」

「ああ。ただ、細い回路の魔力を強引に伝って来たからな。痛みは相当あっただろう。例えるなら、出産のような」

「うわ微妙にコメントしづらい」


 魔力を伝ってきた、などと意味のわからない言葉は無視したが、理解できた言葉もどう反応すればいいのか分からなかったヒイラギはそう言った。


 幸い、話は通じ、さらに敵意や殺意などもみられないため、会話を試みる。

 バレないように、じりじりと後ろに下がって距離を取りながら。


「どうして、あなたたちは俺たちを攻撃してきた……いえ、殺そうとしてきたんですか。心当たりがないんですけど。それとも、元々そう言うつもりだったんですか。昨日話してくれたことも、全部嘘なんですか」


 ――結局、盗賊わるものが、命乞いのために騙しただけなんですか。


 という、喉まで出かかった言葉は飲み込んだ。

 時間稼ぎのための質問だ。あまり怒らせてしまうような言葉は避けるべきだろう。

 しかし、知りたいのも本心だ。ヒイラギは自身の言葉に所々トゲがあったことには気づいていなかった。


 この世界で『古き血』が迫害されているというのは、真実なのか、それとも偽りなのか。

 思い当たる節があったため信じていたが、確証まではないのだ。口からでまかせだったとしても、それは分からない。


 『古き血』などないのかもしれない。

 あったとして、人間と仲良く暮らしているところもあるのかもしれない。


 男は答える。


「嘘はない。全てを語ったとは言わないがな」

「本当のことも言わなかったってことですか」

「現実はさらに惨いという話だ。一思いに殺されることが最も幸せだと、そう思ってしまうような話など聞きたかったか?」


 鬼気迫るような物言いに、ヒイラギは言葉を詰まらせる。


 【蛇眼】により、おおよそ言葉の真偽すらも見破れるヒイラギの眼に、嘘はないと映る。なので、この話題は置いて次に進む。


「な、なら、いきなり殺そうとしてきた理由は?」

「それに関しては言い訳のしようがない。シセルに、心の弱みにつけこまれた。俺たちにとって、疑念や不信は常に付き纏うものだからな。『お前たちは怪しい』などと囁かれてしまえば、抵抗できる奴はそういない」

「シセル……ああ」


 シセルという名前を、先程見た少年と紐付ける。


「操られていた、ということですか」

「操られるとは違うな。それならまだ効かない者もいただろう。結局は自分の弱さだ。シセルは切っ掛けに過ぎない。疑いの芽は元からあり、それの成長を促進させられた。つまり、遅かれ早かれこうなっていただろうな」

「……なんか、庇ってませんか?」

「そりゃあ庇うさ。俺の家族で、俺たちの子だ」


 フッと男は微笑んだ。


 元凶は……今回の騒動の原因は、そのシセルという少年なのだ。それをヒイラギは理解したし、目の前にいる男も分かっているだろう。

 けれど、男は悪いのは自分だと、自分たちだと言う。

 つけこまれるような弱い心を持っていた自分たち大人の責任だと言う。

 ヒイラギが言ったように、男が自ら認めたように、庇っているのだ。

 家族だから。子供だから。

 理由はそれだけ。それだけで十分なのだ。


 そこから、男がどれほどこの居場所を、家族を、子供を、大切に想っているのかが伝わってくる。

 もしもこの集団が脅威に曝されたとき、きっと彼は自分の命と引き換えにしてでもこの場所を守るのだろう。


「あの……」


 だからこそ。

 本当に、自分の命よりも大事にしているのだと伝わってくるからこそ、ヒイラギは彼に聞かなければならなかった。


「どうして、子供たちに『あんなこと』をしているんですか」

「あんなこと? なんだそれは」


 質問が漠然としすぎていたためか、男には伝わらなかった。


「情報漏洩の防止。ある特定の質問で、子供たちの機能が停止するような仕掛けを施してるでしょう」

「ああ、あれか」


 ヒイラギは、この男は、この家族を愛する男ならば、きっと顔を悔しさに歪め、憎々しげに重い息を吐きながら、本当はそんなことしたくなかったという風に、それでも『仕方がなかった』とか、『必要なことだった』とか、そんなことを言うのだろうと思っていた。


 もしも、そういう風に言われていても、ヒイラギは納得できなかっただろう。誰かの命が……それも、大人たちを慕っている子供の命を、他でもないその大人たちが握っていることに。

 けれど納得はできなくとも、納得しようとする努力はしただろう。

 少なくとも、目の前の男がどれだけ家族を大事に想っているのかを知って、納得できないという理由で突っかかったりしなかっただろう。


 しかし。

 そんなヒイラギの予想を超えて、あるいは下回って。

 男はこう言った。


「あれがどうした?」


 言葉通り、『あれがどうした?』と。

 悪びれず、罪悪感など欠片も無いような。何が問題なのか分からないといった様子で。


 あまりにも予想とかけ離れていたために、ヒイラギは面食らって、すぐには言葉を返せなかった。


「い、いや……。なんでそんなにあっさり言えるんですか。言わせてもらえば……言ってしまえば、子供を殺すための仕掛けですよ。それに、あんな発動条件じゃうっかり死ぬかもしれない」

「お前は、なんというか……」


 男は言葉が見つからなかったのか、少し考えてから言う。


「平和だな」

「平和……?」

「今までよく死ななかったものだ。お前の考えは甘過ぎる」

「よくわからないことを言って誤魔化さないでくださいよ」

「誤魔化したつもりはないが。そもそも、あれの本来の目的は『守る』ためだぞ」

「守る? 下手したら死ぬものなのに、守るってなんですか」

「それだよ。それを甘いと言っている。なぜ『死』を忌避する。『死』が最大の悪だとでも思っていないか?」

「少なくとも歓迎するものではないでしょう」


 男は笑った。

 ヒイラギはそれにムッとした表情を浮かべたが、男はそれを見て、ヒイラギが本気で思っているのだと理解して、さらに笑った。


「人間は俺たちを殺す。俺たちを人間ではなく魔物として殺すんだ」

「……」

「だが一方で、生け捕りにされることもある。なぜだか分かるか?」

「それは……仲間の居場所を言わせるために……。その、拷問とかで」

「確かにそれもある。では、拷問したとしよう。情報を吐いたかどうかは置いておいて、その後はどうなると思う」

「その後? 用が済んだのなら、殺されるんじゃ……」


 ヒイラギの言葉に、男は無言で首を振った。


「殺されない。研究材料として生かされるんだ」


 『古き血』は人間の身体でありながら魔物のスキルを使える。

 そして魔物スキルを持つ者は、その肉体がスキルに適応しようと人間よりも魔物に近い存在となってしまう。


 例を挙げれば、シンリの身体の一部が毒を生成する器官となっていることや、ヒイラギの瞳がスキル使用時以外でも様々な機能が備わっていること。アキヅキに至っては肉体の構造を変えることすら可能となっている。


 つまり、簡潔に言うならば、『古き血』は魔物と大差無い人間ということだ。

 もっと言えば、人間の形をした魔物だと言っても間違いではないだろう。


 だから。

 『こういうこと』を言い出す人間がいるのだと、男は言う。


「『古き血』を調べ尽くすことで、その魔物に対する弱点を見つけることができる。本物(オリジナル)は強くて倒せなくとも、『古き血』なら簡単に希少な素材を手に入れることができる、とな」


 男は自身の眼帯に触れながら続ける。


「切られる。潰される。抉られる。開かれる。火で、水で、風で、土で、光で、闇で、あらゆる新魔術の実験台にされる。やめてくれと叫んでも奴らは聞かない。殺してくれと頼んでもただ嘲笑うだけだ。死にかければ治療され、治ればまた地獄の繰り返し。生かされることに救いはなかった。あるのは終わらない苦痛と人間の悪意のみ。だから俺たちはいつでも死ねるように、ああしているんだ」


 ーーそれでもお前は、まだアレを悪だと言うか。


 ヒイラギはその問いに答えることが出来なかった。

 その言葉の前に、一言も発することが出来なかった。


 甘く見ていたと言わざるを得ない。


 迫害や差別など、言葉では知っている。

 元の世界でも、歴史を紐解けば似たようなものはいくつもあっただろう。

 だが、それを味わったことはなかった。実感したことはなかった。


 正直にいえば、まだ完全に理解出来ているとは言い難い。自分とは別の、何かを隔てた向こう側の話だと思ってしまう。


 しかし今、おそらくその地獄を味わったという男の話を聞いて、この世の闇の片鱗に触れて。

 自身がその迫害の対象であると改めて認識した。


 自分の身体に、何か見えない重たいものがのしかかってきたような、そんな感じにさせられる。


 確か、『古き血』が迫害されるようになってから十年と少し。

 それだけの間、目の前のこの男や、あのシセルという少年はこの重みを感じながら生きてきたのだろう。


 そんなことが、自分にできるだろうか。

 自分が自分のまま、変わることなく、おかしくなることなく生きていくことができるだろうか。


「……」


 できないかもしれない。心が折れてしまうかもしれない。

 耐えきれず、狂ってしまうかもしれない。


 でも。

 彼らは、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて。

 そうして生き残ってきた者なのだ。


「ーーあなたが」


 この男が、一度捕まって、どうやって逃げたのかは知らない。

 興味はあるが、そう簡単に聞けないことだと分かっているし、そもそも今話すことでもない。


 生きることが嫌になって、死にたくても死ねなくて、終わりの見えない苦痛を経て、それでもどういう訳か生き残って。

 そして今、自分の命よりも大切だと思えるものを手にしているのが目の前にいる男だ。


 なら。


「あなたが、本当に子供たちのことを思っているのは伝わった。自分が経験した地獄を味合わせないように、何も感じることなく死ねるように、そのためにあんなことをしてるんだっていうのはよく分かりましたよ」


 けれど、と。

 だんだん感情が昂っていくのを自覚しつつ、ヒイラギは続ける。


「それでも、あなたが生きていたから、今があるはずだ! 助かった命があるはずだ! 捕まったら助からないなんて、それはあなた自身が覆している! なら、初めから死ぬことを前提に、生きることを諦めるような仕掛けを! 他でもないあなたが子供たちに施して、未来を、可能性を、否定するというのならーー」


 先程答えられなかった問いに、ヒイラギは自信を持ってこう答えた。


「それは悪だと言わせてもらう!」

「言いたいことはそれだけか」


 なんかテンション上がって、調子に乗って言った感あるヒイラギとは正反対の温度で男はそう言った。


 冷めた瞳に冷たい声色。

 落胆と軽蔑を隠そうともせずにヒイラギに向けているのがわかる。

 元々、この男とは瞳が紅い状態で相対していたが、今ではその理由がスキルではなく怒りによって紅くなっているのではないかという気さえする。


「お前を見ていると過去の自分を見ているようで……殺したくなる」


 自分の言葉が男の逆鱗に触れたと察し、ヒイラギは全力で後悔した。


「自分には力があると、自分は強いのだと、そう思ってないか? 事実、力があるのかもしれない。強いのかもしれない。だがな、そんなものにはなんの意味もない。敵に自分よりも強い者がいる。たったそれだけで向かう結末は定まってしまう。破滅だよ。自分だけの、ではなく、周りを巻き込んだ破滅だ」

「それは、あなたの……」

「ああそうだ。俺が引き起こした結末だ。捕まった仲間を助けに行こうと、当時の仲間と共に人間に立ち向かった。助けに行く過程で何人も死んだ。殺された。それでも諦めず、ようやく囚われた仲間の前にたった時、なんと言われたと思う? 『殺してくれ』だ」


 吐き捨てるようにそう言った。


「それで、殺したんですか。……仲間を」

「殺したよ。床を汚す夥しい量の血と、傷一つないそいつの身体を見て、何をされていたのかは分かったからな」


 まぁ、その後は体力も気力も残っているはずもなく、呆気なく捕まったがな、と自嘲気味に呟く。


「これが末路だ。過信し、偽善を振りかざしたバカの話のな」

「どうして、それを俺に話したんですか」

「言っただろう、過去の自分を見ているようだと。お前と俺は考え方が似ているんだ。似ていた、と言うべきか。どうでもいいが。だからお前は、俺と同じような結末を迎える可能性が高い」


 たとえば、と。

 男はヒイラギに抱かれているアキヅキを指さして言った。


「その娘がもし捕まったとしたら、お前はどうする?」


 ヒイラギは少し考えた。

 助ける助けないを、ではない。答えは助けるで決まっているのだから。

 ヒイラギが考えたのは、どういう風に答えるか、だ。

 話の流れから、男が「助けにいく」という答えを望んでいないというのは分かる。

 だがこの状況で嘘をついても何も好転しないだろうという結論に達し、ヒイラギは答えた。


「もちろん、助けますよ」

「そうか」


 と。


「なっ!?」


 何をされたのか分からなかった。

 腕からアキヅキの重みが消えたと思ったら、彼女が男の影の中から出てきたのだ。


 アキヅキを担いで、男は言う。


「ならば救って見せろ。できなければ全員殺す。元より、俺はそのためにここに来たのだから」



あとどうでもいいけど、これを投稿してぴったり1年です。

更新がなく話も進んでないのに時間だけ進んで1年です。……時間の流れとは残酷デスネ。

これからも頑張りたい……というか、これから『は』頑張っていきたいと思います。

ぜひ、お付き合いいただければ幸いです。

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