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「うぅ……異世界に来てから裸を見られるのは何度目でしょう……」
服がないため、泥になって体育座りで気落ちしているアキヅキが言う。
見た目的に欠けている部位はないため完全に元に戻っていると思っていいだろう。
そんなアキヅキにシンリは言った。
「気にするなよ、誰も気にしてないから」
「すごくデリカシーのない言い方!」
「ほら、ヒイラギなんて最初は慌てたり赤面したり目をそらしたりしてたのに、今じゃ動じず真顔でガン見だぞ」
「堂々とした変態じゃないですか!」
「いやガン見とかしてないし」
「チラ見?」
「ちゃんと他の方向を見てたよ」
「と、いいつつ?」
「見てないって。……視界には入ったけど」
「むっつり発言いただきましたー」
「あーもう、何を言わせたいんだよシンリは」
「見たって言ってアキヅキに殴られるヒイラギが見たい」
「うわ、くだらない」
はあ、とヒイラギは疲れたようにため息をついた。
そんな会話をされておもしろくないのはネタにされているアキヅキだ。
「……なんか、私の裸がものすごくバカにされてる気がするんですけど」
じとーという擬音が付きそうな視線をふざけている男子二人に向けた。
ヒイラギは少し居心地悪そうに笑うと口を開いた。
「いや――」
「僕を無視するなああああ!!」
この場にいる誰からも相手にされず、かと言って自分から動くこともできなかった少年がついに吼えた。
憤怒の叫びは空間を震わせ、シンリたちの肌をビリつかせた。
「あー」
シンリはヒイラギ、アキヅキ、そして子供たちの前に立って少年と向かい合った。
その際、ヒイラギに風魔法で指示を出す。
『全員を連れてこの部屋から出ていけ』と。
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。あいつエルゼと同じだからな」
「あの娘ほどか弱そうでもないけどね」
「でもかわいいだろう? 俺の子は」
「え、ごめん何言ってんの。そういう趣味なの。ロリコンじゃなくてホモだったんだ。身の危険を感じるし子供たちの教育にも悪いから出てくよ、うん。みんな、おいで」
「おい、ちょ、ま、おま……」
相対する白髪の少年が、なまじ中性的で整った顔立ちをしていただけに、ヒイラギには冗談だと捉えられなかったらしい。
いや冗談だと解った上で乗っかって、自然にこの空間から出ようとしたのかもしれないが、ヒイラギの声があまりにもマジトーンだったためシンリは焦った。
そそくさと出ていくヒイラギたちに未練がましく手を伸ばすが、誰ひとりとして振り返らない。
最後尾にいたアキヅキがチラチラと振り返っていた気がしなくもなかったが、見なかったことにした。
なんだあいつ。
と。
ヒイラギたちが出ていってから、シンリは咳払いをして空気をリセットし、言った。
「さて、俺に言いたいことがあるなら聞くぞ」
「死ね」
「無理。それだけか?」
睨んでくる少年を軽くあしらう。
まるで親の仇を見るような視線で睨まれて、シンリはどうしてこの少年が自分たちをこのような目で見てくるのかと不思議に思った。
確かに、差別され排他されている『古き血』が簡単に外部から来た者に好意的な感情を抱かないことは分からなくもない。だが眼帯の男が言っていたように彼らから見ればシンリたちも『古き血』であり、同じ理不尽を味わった同族のはずだ。
そのはずなのに、少年は『自分たち』と『それ以外』を明確に、人間と『古き血』の区別もなく線引いている。
それはダメだとシンリは思う。
ただでさえ少ない『古き血』だ。
常に人間に殺される危険に晒され、死と恐怖と理不尽に囲まれ、囚われながら生きているような存在だ。
内輪揉めしていれば、簡単に破滅する。
この世界に来たばかりで、『古き血』になって日の浅いシンリですらその思考に行き着くのだ。
目の前の少年が……この過酷な現実で生き延びてきた『古き血』がその思考に行き着かないはずがない。
「……なぁ」
なら、この少年は。
その行き着いた、少しでも生きる可能性を上げる思考をわざと見て見ぬふりをしているのだ。
合理的に考えれば、絶対に選ばないといけない選択肢を感情的に無視しているのだ。
それは、何故か。
シンリはそれを知らなければならないと思った。
シンリにそう思わせたのは、一種の責任。
眷族としてリンクしているシンリに伝わってくるドロドロとした憎悪に悪意に殺意。そして嫌悪感に不信感。
遮断してなお流れ込んでくる負の感情は、その想いの強大さを物語っていた。
どす黒い感情がシンリの中に入ってきて、あまりの気持ち悪さに吐き気が襲ってくるが、それを我慢してシンリは問う。
「お前は……」
どうしてそんなにも俺たちを恨んでいる?
どうしてそんなにも俺たちを憎んでいる?
そう問おうとして、やめる。
そんな言葉で知りたい言葉が引き出せるとは思えなかったからだ。
主として命令をすれば簡単に吐かせることができるだろうが、それでもダメだ。
これは、少年の意思で、少年の口から聞かなければならないことなのだ。
必要なのは、もっと核心を突くような言葉。
はぐらかすことも、無視することもできないような、そんな言葉が必要なのだ。
流れてくる負の感情の濁流から、何かヒントはないのかと、自らの心を悪意に浸ける。
そこから断片的に脳裏に走る少年の過去。
泣きたって、叫びたくなって、逃げ出したくなって、死にたくなるような、残酷で無慈悲な過去を見た。
「ああ……」
仕方が無い。
そう思ってしまった。
少年が歪んでしまったのは、他でもないこの世界のせいだと、そう納得してしまった。
「お前は裏切られたんだな」
「っ」
「裏切られて、殺されかけて、でもひとりで生きてはいけないからもう一度信じて、それでもまた裏切られて」
「黙れ」
「仲間だと思っていた人が殺されて。家族だと思っていた人に騙されて。味方だと思っていた人と殺し合って」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!! お前は何を知っている! お前が何を知っている! 僕の何を見た! 僕の中の何を見たんだ!」
少年はシンリに掴みかかった。
シンリは『黒』で強化された少年の身体に突き飛ばされ、地面に横たわる。
少年はそのままシンリの首を締めようとするが、眷族としての制約によりシンリを殺すことはできないため、殺せるほどの力は入れることができなかった。
それでも、シンリの首を離すことはしない。
シンリは抵抗せずに、ただ少年を哀れむような目で見る。
「やめろ……その目で、そんな目で僕を見るな!」
シンリの顔に少年の涙が落ちてくる。
その涙の色は、黒かった。
少年と直に触れることで、より鮮明に少年の過去が見えてくる。
『大丈夫、あなたは絶対に私が守るわ』
慈愛に満ちた表情でそう言ったのは、少年の実の母親。
『古き血』を街の中で隠し通そうとし、けれどその重圧に負けてしまった女性。
初めて彼を裏切った人物であり、彼が初めて殺した人間でもあった。
『おう、坊主。お前もあそこから逃げてきたのか。だが安心しろ、ここは人間のいない俺たちの居場所だ』
そう言ったのは、命からがら逃げ延びた少年を迎え入れてくれた『古き血』のコミュニティのメンバー。
しかし彼は紛れ込んでいた人間であり、密かに国と連絡を取り合っていたらしい。
兵隊を呼ばれ、少年を含む『古き血』はなす術なく蹂躙された。
『あなたもひとりなの? わたしもひとりなの。一緒だね』
素朴に笑ってそう言ったのは、小さな村の小さな少女。
瀕死状態の少年を匿ってくれた、少年が初めて触れた優しさだった。
身寄りのない彼女は村での立場が悪く、それを助けるために少年は力を使ったが、そのせいでその村は少女ごと滅ぼされた。
『お、お前が悪いんだ……そんな力を持ってるお前が!』
手にナイフを持ちながらそう言ったのは、成り行きで共に行動することになった男。
己の魔物スキルの弱さと、少年の『黒』を比較してしまい、裏切られる前に裏切ろうとした、少年に手を掛けた小さな男だ。
いつからか、その時にはもう、少年は殺すことを躊躇わなくなっていた。
どれだけ時間が流れただろう。
そして少年は、『ここ』に行き着いた。
普通なら足手纏いにしかならない子供たちを救おうとしているこのコミュニティに。
ここなら、子供を救おうとしているここなら、自分の保身のために裏切るような人はいないだろうと、そう思ったからだ。
少年も子供として救われた一人だった。
『制度』が導入されてから産まれた子供たちの多くは人間の本当の恐ろしさや醜さを知らない。
穢れを知らない無垢の瞳を持つ子供たちを少年は守ろうと思った。
例え、その過程で自分がどれだけ穢れようとも、どれだけ血に塗れようとも、子供たちにどれだけ恐れられ、怖がられようとも。
自分の持っていない純粋を、何をしてでも守り通そうと、そう思った。
思っていた。
『――! ―――!!』
それでも、裏切り者は出るのだ。
どれだけ居心地が良くて、温かな場所でも、裏切り者は必ず現れるのだ。
裏切らないと、裏切られる。殺さないと、殺される。
自分が生きるためには、他の誰かを死なせなければならない。
その裏切りで多くが死んだ。
敵も、味方も、子供たちも。
優しかったあの人も、懐いてくれたあの子も、みんな。
なのに、裏切り者は死ななかった。
『俺も殺すか、シセル。母親を殺したように』
いや、殺せなかった。
制度が導入されてからいち早く、自分を捨て一人だけ逃げた実の父親。
コミュニティで偶然再会したあの父親を、少年は殺すことができなかった。
裏切り者だと分かっていながら。
家族の仇だと分かっていながら。
『黒』に染まった悪魔の腕を振り下ろすことができなかったのだのだ。
「あれから僕は強くなったんだ! あいつを……あの裏切り者の父親を殺すために! そのためだけに全てを捧げて強くなったんだ! 悪魔の力を借りて、代償に魂を捧げて! 家族を、子供たちを守るために! だから! お前も殺して……僕は、僕はぁ!」
シセルがどれだけ力を込めようとしても、ある一定以上の力は入らない。
『黒』の侵食を全身にまで広げてもそれは変わらなかった。
シンリは、自分の首を締めているシセルの腕をそっと掴む。
「シセル」
何度も裏切られて、何度も大切なものを失って、奪われて、心をボロボロにして、魂すら捧げたという、目の前で泣いている少年の名前を呼んだ。
「お前、寂しいんだろ」
「誰がっ!」
「寂しくないはずないんだ。本当に、子供の頃に母親を……母親と別れて、そこから心を休ませる暇もなく、会う人全員を警戒して、精神をすり減らして、警戒しなくていい子供たちには怖がられるから近付くこともできなくてさ。お前は十年以上もの間、ずっと独りだったんだから」
「うる、さい! 僕の中に入ってくるな! 僕をそんな可哀想なモノみたいに見るな! 僕は可哀想なんかじゃない! 寂しくもない! だって、そうだろ! 寂しいのなら殺さない! 殺すから独りになるんだ! だから、殺してる僕は寂しくなんてないんだよ!」
シセルはもう、自分でも何を言っているのか理解できていないだろう。
ただ喚き散らして、シンリから言われた言葉を否定したいだけなのだろう。
寂しくないと言うことで、自分自身を騙して。
悲鳴を上げている心にフタをした。
シンリには、泣いている子供にしか見えなかった。
「寂しいなら寂しいって言えばよかったんだ。あの眼帯のおっさんとか、子供たちなら、きっとお前を独りにはしなかっただろうよ」
「言えるわけないだろそんなの! 僕だってそう思ったことはあるさ! でも、もしまた信じて、裏切られたら、僕は……」
がくり、とシセルは項垂れた。
シンリから見えるのは、伏せた顔から黒い涙が落ちるとこだけだった。
「……僕は、どうしたらよかったのかな」
「信じればよかった、とは言わない。裏切りを恐れなかったら、とも言わない。それらが言うほど簡単じゃないってのは分かってるつもりだ。ただ、信じなくても、裏切りを恐れたままでも、誰かに言えばよかったんだ。一人で抱え込める量は限界があるんだ。どうでもいいことでも、些細なことでも、誰かと話すことで何か軽くなったりするんじゃないのか、とは思うよ」
「確かに……ああ、軽くはなったかもしれないね」
顔を上げたシセルは付き物が取れたような、スッキリとした顔をしていた。
『黒』も引いている。
それを見てシンリは内心ホッとする。
シンリは今でこそ聖霊やら『古き血』やらで少なくとも普通ではないが、元々はただの高校生だ。
それがいきなり重い過去を見せられて、その過去のせいでどこか狂って壊れてしまった者に『どうしたらよかったのか』と問われて解決できるはずがない。
なんとなくそれっぽいことを言ってたまたま解決できたが、言うことを間違っていれば逆上されてこの洞窟が崩落していてもおかしくはなかっただろう。
まあ、それでもシンリは死なないかもしれないが。
「てか、そろそろそこを退けよ。お前は心が軽くなったかもだが、俺は普通に重い」
「ああ、ごめんごめん」
二人は立ち上がって、向き合った。
「君は僕の名前を知っていたけど、改めて自己紹介させてもらうよ。僕はシセルだ。ただのシセル。名字は捨てた」
「おっと、過去を知ってるだけに重いな。俺はシンリだ。シンリ・フカザト。俺はお前を裏切ったりしないから安心しろ」
「あはは。シンリ、ありがとう。僕はまた強くなれた気がするよ」
シセルから差し出された手を、シンリは握り返す。
(なんとか、終わったな)
握手をしながらそう思ったシンリに、シセルが言った。
「ありがとう。うん、でもやっぱり信じるとか無理だから」
『きゃああああぁぁぁ!!』
甲高い悲鳴が、どこかの部屋から響いてきた。
着地点が見当たらない……




