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ご飯を食べ終わって、シンリたちは子供の相手をしていた。
子供の相手と言っても、ほとんどヒイラギが構っていてアキヅキとシンリは一人ずつ相手をしているだけだが。
「ヒイラギもよくやるよな」
「ですね。ていうかもうあれ遊びの域を超えちゃってますよね」
子供たちは魔物スキルを使ってヒイラギを攻撃することを楽しんでいた。
決してヒイラギをよってたかっていじめているわけではなく、魔物スキルを自由に使うことでストレス的なものを発散しているらしい。シンリでいうところの毒抜きみたいなものだ。
洞窟内であるので、崩落の危険性がありそうな攻撃はちゃんとシンリが【結界術】などで防いでいるため、子供たちは全力で活き活きとしていた。
「それと……フカザトくん、凄い懐かれてますね」
「いや、これ懐かれてるって言うよりなぁ……」
シンリは自分の腰に抱き着いてそのまま微動だにしない少女を見下ろした。
離そうと引っ張ってみても、意地でも離すつもりがないのが伝わってくるほど強くしがみつかれている。
「おい離れろ」
「いやだー」
「とりあえず魔力吸うのやめとけ」
「す、吸ってないよ?」
ぱっと手を離して明後日の方向を向いて吹けもしない口笛で誤魔化そうとしていた。
それでシンリが誤魔化されるはずがなく……というよりもう吸われていることが分かっていたのでシンリは彼女に軽くデコピンをした。
「いたい……」
「死なないだけ感謝しろ」
「はえ?」
子供たちの中でも年上になる10歳である少女は間抜けな顔をして首をかしげた。何言ってんの? と。
シンリはそれがムカついたのでもう一度デコピンで額を弾く。
はう、と言いながら額を抑える少女を見てシンリはため息をついた。
魔力を吸う、それだけであったならシンリは何も言わなかっただろう。聖霊であるシンリの魔力はスキルとも相まって常人の数十倍、下手をすれば数百倍はあるため魔力を吸うななんてケチ臭いことは言わない。
だがシンリの魔力には毒が流れていた。
【魔力操作】で毒の扱いがやり易くなったのを思い出して彼女のステータスを見てみたら案の定、状態異常にかかっていた。
理由は知らないし深く知ろうとも思わないが、元々彼女は【毒耐性】を持っており、彼女自身は毒に侵されたことに気付かずケロッとしていたことも問題だ。シンリがステータスを覗かなければ最悪死んでいたかもしれない。
「つか、お前も懐かれてるよな」
「私のこれも懐かれているというより……」
アキヅキの横にはぴったりとくっついている少年の姿があった。
遊ぶわけでも話すわけでもなく、ただ座っているだけだが、その身体はアキヅキの【硬化】のように、岩に変質していた。
「同じタイプのスキルだからじゃないですかね?」
「それを懐いてるって言うんだよ」
「あ、そうなんですかね。でもそれならフカザトくんも好かれてるって言っていいんじゃないですか?」
「エサとしてか?」
ふと目を離した隙にまた魔力を吸っていた少女を抱き上げた。きゃっきゃとはしゃいでいるので懐かれているなのかもしれない。
「あ、ロリコンシンリ。ちょっと疲れたから交代してもらえる?」
「なにその頼む気ない言い方。絶対いやだ」
「まあ言ってみただけだしね。まだちゃんと終わらせてないし」
ひょいと子供の攻撃を受け止めながらヒイラギは言った。
疲れたと言っても息を切らす素振りもないため、ちょっと会話に混ざりたかっただけなのだろう。今まで通り普通に子供の相手をしていた。
シンリがたまにアキヅキと話しながら少女の相手をしていると、突然新しい声が洞窟に響いた。
「なに、君たち。誰だよ」
声の主はいつの間にか通路の入り口に立っていた。
シンリたちはそちらを向く。その時、気を取られたヒイラギが子供の攻撃を食らっていたがそれはどうでもいい。
そこにいたのは白髪の少年だった。
見た目はシンリたちと同じくらいの歳だ。ただ、ここにいるということは彼も『古き血』なのだろう。
眼帯の男に聞いた話によると『古き血』はある程度から見た目があまり変化しなくなるため、外見で年齢を判断するのは難しい。
現に、眼帯の男は50代だと言っていた。
シンリたちは子供たちを自分の後ろに下がらせた。
少年は血に塗れていたからだ。
それも見るからに返り血で、離れていても血の匂いがする。
「いやお前が誰だよ」
「は? 聞いたのは僕だろ。殺すよ?」
「『古き血』同士が争うのは不毛だって聞いたけどな」
「ああ、それはあの人の持論だろ。『古き血』だろうと人間だろうと、敵だろうと味方だろうと、家族以外は殺さないといけないんだ。殺される前にね」
白髪の少年が動く。
その速さを目で追えたのは、魔物スキルによって『眼』が変化しているヒイラギだけだっただろう。それでも身体が動くかは別だが。
少年が一番初めに狙ったのはアキヅキだった。
右手を禍々しいほどに黒い巨大な腕に変化させ、アキヅキを八つ裂きにしようとする。
アキヅキは反射的に身体をクリスタルに変質させるが、黒い腕は難なくアキヅキの身体を抉る。
「へ」
右半身を抉られたアキヅキは血こそ出ていないものの、肩から脇腹にかけて失った彼女はバランスを崩して地面に倒れた。
止めを刺そうとする少年をシンリとヒイラギは【結界術】で足止めをする。
「ヒイラギ! とりあえず俺に任せろ! お前はアキヅキの一部を拾ってこい!」
「あいつの手の中なんだけど!?」
アキヅキが前言っていた通りなら、例え半身がなくなってもくっつけることは可能だろう。
だが、その身体は未だに少年が持っていた。
「ん、やっぱり人間じゃなかったか。え、これが欲しいの? どうしよっかな。ま、答えは決まってるんだけどね」
「させるか!」
少年がクリスタルを握りつぶそうとしているのを見てシンリは慌てて風魔法を打ち出した。
だがここが洞窟ということが頭にあったため、無意識に威力や速度を落としてしまっていた風は簡単に避けられた。
「あはは。これであの子は死んじゃうね。でもいいよね。大切な人が殺されたら、それだけで強くなれるんだ。ここにいるみんながそうだったように」
砕けたクリスタルを投げ捨てながら少年は言う。
人を殺すことをなんとも思っていないような言い方シンリは生理的嫌悪を抱いた。
「気持ち悪いなお前」
「これから死ぬ奴にどう思われようがどうでもいいけどね。けどムカツクから殺す」
「気にしてんじゃねえか」
シンリは意識を少年だけに向けた。
子供たちに気を配らなくても彼は子供たちに怪我をさせることはないだろうと先程の会話から想像がついたからだ。
だが、シンリに少年の動きを捉える術はない。
迫り来る攻撃は反射的に【結界術】を使うことでなんとか防げてはいるが、攻撃手段がない。
毒は子供たちを配慮し使えず、魔法はレベルが高いため威力を抑える必要があり、それは避けられる。
この状況はシンリにとってとても不利なものだといえた。
だから。
『ヒイラギ、叫べ』
「なんで!?」
ヒイラギにしか聞こえない声を届ける。
少年はいきなり大声を出したヒイラギに一瞬気を取られるが、すぐに意識を戻す。
「……は?」
だがそこにシンリはいなかった。
一瞬あればいい。
一瞬でもシンリから気を逸らすことができたなら、シンリは消えることが出来る。
それは臭いや足音などで知覚出来るものではない聖霊としての性質。
少年は警戒し、虚空を見つめ耳を澄ませるが、シンリを見つけることは出来ない。
シンリは少年の背後に周り、拳に風を圧縮させて思い切り殴った。
普通なら死んでしまうかもしれない一撃だが、人間よりも魔物に近い存在である『古き血』はこのくらいでは死ぬことはないだろうという根拠のない自信がシンリにはあった。
【直感】の効果かもしれない。
「そうくると思っていたよ」
「なっ!」
死にはしなくても、あの一撃でこの戦いは終わると確信していたシンリは油断していた。
風によって引き裂かれた少年の衣服のしたには、先程の腕のような禍々しく黒い背中が広がっていた。
どうやら少年の能力は身体の一部を強化するタイプの魔物スキルらしい。
見えない相手が背後から攻撃を仕掛けてくるだろうと予測し、服の下から背中を強化していたのだ。
驚いているシンリの隙をついて、少年の背中はさらにその形を変化させ、まるで獣の口のように横に裂けシンリを捕まえた。
「やっと捕まえた。もう避けることも防ぐこともできないだろ?」
顔を後ろに傾けながらそう言う少年の顔は半分ほど黒く染まっていた。
「化物め」
「お互い様だよ。さよなら化物、僕の勝ちだ」
シンリは黒の中で押し潰された。




