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……。
「動くな。いや、まずは槍を放せ」
「断る、と言ったら?」
「状況見て喋れよ」
シンリは木刀に力を込めて、男の背中を押した。
いつでも刺せるんだぞ、という意思表示だ。
男は少し首を動かして、後ろを確認する。
「ふん……そんな棒切れで俺を殺せるとでも?」
身長的にシンリを見下しながら、挑発的に鼻で笑う男。彼の顔をシンリはその時初めてちゃんと見た。
老成した雰囲気の割には、自分たちとあまり変わらないぐらいの年頃に見える、というのがシンリの印象であった。
何かしらの能力であろう紅い瞳は、シンリの全てを見通そうとしているようで、シンリはつい目をそらしてしまった。
「……棒切れでもなんでも、心臓刺せば死ぬだろ」
「……」
男は何か予定通りにいかなかった時のような、不満を顕にしていたが、それを目をそらしたシンリが見ることはなかった。
「なぜすぐに刺さない。俺を殺すのが怖いのか?」
「黙れよ。俺が刺せばお前はヒイラギを殺すだろ。それは俺の望むところじゃない」
「そちらから仕掛けてきたというのに勝手だな。殺す覚悟も殺される覚悟もないのに戦いを挑むなよ、人間風情が」
ぞくり、と。
言葉に込められた威圧に肌が粟立った。
シンリは震えそうな身体に力を入れて、なんとか保つ。
「はっ、どうした? 震えているぞ? やはり怖いのだろう」
「震える……? ああ。くはっ。確かに震えてるな、うん」
「何がおかしい」
圧倒的に不利な状況でも優位性を保っていた男は疑わしげな表情を浮かべる。
圧倒的に有利な状況でも不利な状態に追い詰められていたシンリはこらえきれないといったように笑う。
この時点で、既に勝敗は決まっていた。
「震えてるのは、お前の方だろ」
「なに、を……!?」
男は吐血し、地面に倒れる。
「いやぁ、全く効く気配がなかったから無効化されてると思ったんだけど、効きにくかったってだけか」
「何をした……っ」
「なにって、毒だよ、毒。ほれほれ」
シンリは調子に乗りながら毒を撒き散らす。
呆けて突っ立っていたヒイラギにも飛ばしてみたりしていた。
「ごほっ! なに、するんだよ……」
何もできなかったという負い目から、元気をなくしているヒイラギは目を逸らしながら言った。
シンリはそれをつまらなそうに見ていた。
「戦いは終わったって奴隷ちゃんにも言ってこいよ。お前と違って奮闘してるぜ?」
「ああ……というかシンリ、他の5人も倒してたんだね。気付かなかったよ」
「いいから早よアキヅキ止めてこいって。ここら辺全体に毒撒いたから、タイミング悪くアキヅキに効いたら下手したら死ぬよ?」
「何してんだよ!」
少しだけいつもの調子に戻ったヒイラギを見送って、シンリは「さて」と地面に倒れている眼帯の男を見下ろした。
「待、て……! 俺たちが戦う理由は、ないはずだ!」
「今更何言ってんだよ。自分が負けたら言い訳か? 見苦しいっすわー。ちょっとでも怖いと思った自分が恥ずかしい」
「違う! そうじゃない! 俺は……いや、俺たちは……っ」
男は必死に言葉を探して、そして言った。
「お前たちと、同じなんだよ!」
〇
少し離れた場所でのアキヅキと大男との相対。
「はあぁっ!」
「ぅらあっ!」
掛け声とともに獣の拳とクリスタルの拳が交わる。
人間離れした男の腕力と、ゴーレムの力を持つアキヅキの防御力はほぼ互角だった。
男がどれだけ力を込めてアキヅキを殴ろうが、彼女には傷一つつかない。ただ、それはアキヅキにしてみても同じで、アキヅキがどれだけクリスタルで殴ろうが、男の持つ獣のような体毛に阻まれてちゃんとしたダメージを与えることは出来ていなかった。
互いの攻撃力と防御力が均衡していて、不毛な殴り合いが続く。
いつまでも続くと思われたそれは、ちょっとしたことで終わりを迎えた。
「きゃぁ!」
成人男性と少女。攻撃力と防御力が拮抗していたとしても、体力までは大きな差があった。
疲労で動きの鈍ったアキヅキに大男の拳が直撃し、アキヅキは悲鳴を上げながら地面を転がった。
クリスタルで覆われているのは変わらないため痛みはないが、軽い脳震とうなのか視界がおぼつかない。
「らァ! これで終わりだァ!」
トドメを刺そうと最後の一撃を放つ大男を前に、アキヅキはここまでかと両目を瞑った。
「……?」
だがいつまで経っても衝撃は来ない。
不思議に思い目を開ける。
「ヒイラギくん……?」
「……このくらいなら、なんともないのにな」
そこでアキヅキが見たものは、ヒイラギが大男を地面に転がしている場面だった。
大男自身もなにが起きたのか理解出来ていないのか、間抜けな顔をしていたが、すぐに大声で怒鳴ろうとする。
「ーーァ」
「もう、終わりだよ」
ヒイラギは視線を向けて男の意識を奪った。
アキヅキから見れば、見ただけで気絶させているように写っているが、実際は【蛇眼】を使っただけである。
だがヒイラギの能力を知らないアキヅキは純粋に、すごいなと思っていた。
「あ、ええっと、お疲れさま、です?」
「うん、お疲れさまで合ってるよ。終わったからね」
ヒイラギはシンリの方を見てそう言った。
「フカザトくんも無事だったんですね。というか、すごいですね」
「そうだね。本当に、シンリはすごいよ。俺の方が先にこっちに来たはずなのに、俺なんかよりもずっと先に行ってるように感じる」
「わたしから見ればヒイラギくんも十分すごいですけどね……」
「ははは」
ヒイラギはただ笑うだけで返した。
なんにせよ終わりだと、シンリの元まで歩いていく。
「シンリ、終わったよ」
「んー」
シンリはヒイラギとアキヅキの顔を見てから言った。
「たららったったったー。盗賊団が仲間になった」
〇
「水だ」
「あ、どうもです」
あの後、ヒイラギはシンリの言われるがままに光魔法で盗賊たちを回復させた。
そしてなんだかよく分からないまま盗賊たちのアジトまで連れてこられていた。
シンリはまるで友達の家に来たかのように食料を漁っていたり、アキヅキは服をいくつか貰ってどれを着ようか迷っていたりした。
そしてヒイラギは眼帯の男が持ってきた木製のコップに入った水を一口飲んでから一言。
「なにこれ!?」
「ヒイラギうるさいぞ」
「うるさくもなるよ! え、何!? 俺がおかしいの!? さっきまで殺し合いしてた連中と和気藹々してるのがおかしいと思う俺がおかしいの!?」
「の割にはその敵から貰った水を躊躇いなく飲んだよな。毒とか考えるだろ」
「シンリのおかげで毒耐性はレベル高いからね!」
「おかげじゃなくてせい、だろ」
「お前が言うな!」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、ヒイラギは残った水を飲み干した。
おかわりを注いでくれた男に「ありがとうございます!」と敬語でお礼を言ってまた飲む。
「……ふぅ。というか、そろそろ話してよ。馬車の中でもはぐらかしてさ。いきなり仲間になるなんておかしいでしょ普通。マンガじゃあるまいし」
ヒイラギは落ち着いてそう言った。
この状況は、はっきり言って異常だった。
眼帯の男も、他の盗賊たちも、ヒイラギたちを本当の仲間のように接している。
意味がわからない。
シンリと眼帯の男の間でどんな会話が交わされていたのか知らないが、だからこそ、ちゃんと話してもらいたい。
意味不明過ぎてついていけない。
ぶっちゃけなんの疑問もなく順応しているアキヅキの方が異常なのだ。
シンリは適当に食べ物を見繕うと、イスに座って話し始める。
「まあ簡単に言うと、俺たちと同じなんだよ。というか、俺たちがこいつらの同類っていえばいいのか?」
「それは……元クラスメイトって意味?」
「いやそっちじゃなく。魔物スキル……あー、なんて言うんだっけか」
「そこから先は俺が話そう」
シンリと交代して、眼帯の男が説明する。
「まず、俺たちは普通の人間では絶対に使えない力が使える。それがお前たちの言うところの『魔物スキル』で、普通は『古き血』と呼ばれているものだ。過去、人ならざるモノと交わり、その血を継いでいる者に発現することがある」
「魔物スキル、リバース……あ、それって」
「話が早いな。そう、街に入れない。入ろうとすれば人化した魔物だと判断され討伐される。そういった『古き血』を持つ者の集まりが俺たちだ。徒党を組まなければ、すぐに殺されてしまうからな」
男は水を飲んで一息ついた。
「……」
「……」
「……」
「……え、それで!?」
「終わりだが?」
「この状況の説明は!? なんで仲間になったの!?」
「『古き血』は元々数が少ない上、次々に殺されている。『古き血』同士が争うなど無意味だとは思わないか」
「それと馬と馬車くれるって言うから」
「買収じゃねえか!」
叫び疲れたヒイラギはため息をつきながら地面に座った。
盗賊たちのアジトは洞窟を掘って隠れ家にしているだけなので少しひんやりとしたが、その冷たさが少し心地いい。
それから眼帯の男から『古き血』の話を聞いた。
十数年前に人化した魔物が都市を滅ぼしたことから、今の街に入る時に検査される制度が導入されたこと。
特定のスキルの有無で判別しているそれは、『古き血』も対象に入っていたこと。
ある日突然、友人や家族から関わらないでくれと剣を向けられる恐怖。時には討伐隊を組まれて死に怯える理不尽もあった。
「あんな制度が導入される前は、特別な力を持つ俺たちは選ばれし者なんてもてはやされることすらあったのに、今では『選ばれざる選別者』と皮肉られている」
「国はそういった存在を認知してるんだろ? なら何かしらの対策を立てたりしなかったのか?」
「例外をつくればキリがないからな。対策と言えるものを挙げるとすれば、『古き血』を皆殺しにしようとしたことだろう」
アキヅキは「ひどい……」と呟いた。
ヒイラギも他人事ではないので、クラスメイトやもはや唯一の家族である妹の身を案じる。
シンリは思うところがあるのか、深く考え込んでいた。
そんな彼らを見て、眼帯の男は立ち上がってアジトの奥へと消えていった。
割と自分でも何を書いているのかわからない……なんかごめんなさい。




