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ちょくちょく(一週間)
「ヒイラギ、寝てるな。起きろよ」
「……鉄で殴られたことがない人にはこの痛みはわからんですよ」
「クリスタルとどっちが痛かった?」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
アキヅキ(の照れ隠し?)によって殴られたヒイラギは、いじけたように地面にうつ伏せで寝転んでいた。寝転んでいたというか、殴られて倒れたまま起き上がってない。
アキヅキの【硬化】はクリスタルだけではなく、レベルに応じて様々な物に変質できるらしい。
魔力が少なかったアキヅキは、その身体を無意識にクリスタルよりも下位である鉄に変化させ、ヒイラギを殴り飛ばした。
ちなみに今の彼女は一番魔力の消費が少ない『泥』となって肌を隠し、ヒイラギに謝っていた。
「ていうか、なんでシンリは殴られてないんだよ」
「えー? ぼくねてたからわかんなーい」
「……。アキヅキさん、シンリを殴れ」
「え? あれっ? あ、あ、ごめんなさいっフカザトくん!」
奴隷であるアキヅキは、その主人であるヒイラギの命令には絶対だ。
気持ちでは抗いたくても、身体が勝手に動く。
アキヅキは素早くシンリとの距離をつめて拳を握り、手だけをクリスタルに変形させてシンリ殴り飛ばす。
バキィンと、耳に痛い音が深夜の草原に響いた。
「結・界・術!」
シンリは声高々にスキル名を叫んだ。
半透明の壁が、アキヅキの一撃をを受け止めていた。
「なんだよそれ! ずるい!」
未だに寝転んだままそんなことを言っているヒイラギに近づき、もう一度シンリは言う。
「結・界・術! えいっ」
「あ、ちょ、ま……めり込んでる! めり込んでる!」
シンリはヒイラギの上に結界を出現させ、地面に押し潰すように操作した。
それなりにレベルが上がって強度が高くなっている結界をヒイラギは壊すことが出来ずにされるがままになっていた。
「目に土が! いやごめん! アキヅキさんも命令してごめええええええええええ!?」
「なんだよヒイラギ、そんなことしても騙されな……うええええええええ!?」
いきなり大声を発したヒイラギが、シンリの後ろを見ていたので、シンリも何事かと振り向く。
その光景を見て、シンリもヒイラギと同じように驚きの声を出した。
アキヅキの腕が取れていた。
右腕が肩からごっそりとなくなっていた。
どうやら、思い切り結界を殴ったことで、泥だった肩がその衝撃に耐えきれずに吹き飛んだらしい。
数歩離れた場所に、クリスタルの拳と泥の腕が繋がったまま落ちていた。
アキヅキが先程から静かだと思えば、呆然としていただけだった。
『ヒイラギ集合』
全方位から聞こえるような声に、ヒイラギはシンリが風魔法を使っていることを察した。
結界術が解かれていたので、ヒイラギは服に付いた砂を払いながら小さな声で話す。
「……あれ、どうすればいいの」
『わりとどうしようもない』
「そればっかだよなぁ!」
『いやあれなに。俺が悪いの? 違うよな? お前が変な命令したからだよな? ん? で、ヒイラギクンはどう責任取るんでしょうね』
「……なにも言えない……っ」
男二人がひそひそしている間、アキヅキは無くなった腕を見ていた。
痛くはない。予測不能すぎる事態のため、一周回ってどんな反応をすればいいのかわからない。アキヅキ自身は自分でもびっくりするくらい冷静だった。
客観的に見ればシンリたちの方が慌てているかもしれない。
腕が無くなった分、身体が軽くて調子がいい感じもする。
女子ゆえに体重とかも気にするアキヅキだが、あんまり喜べないなぁとか思っていた。
ぽたぽたと、吹き飛んだ部分から落ちるものは血ではなく泥だった。泥水だ。
今更になって【硬化】している時の自分の身体がどうなっているのか気になるが、それどころじゃない。今は腕だ。
とりあえずもう片方の腕でおそるおそる触ってみるが、とぷんと飲み込まれるような感じがした。
やっぱり泥だ。
泥なら、くっつくんじゃないかなぁ。
で。
「くっつきました」
「お、おう」
平然と言うアキヅキに、シンリはそう返すしかなかった。
「多分ですけど、普通の泥から新しく身体のパーツを作ることもできると思います。これでまた腕が取れても安心ですねっ」
「普通は取れたりしねえよ」
シンリはジト目でアキヅキを見ながら、視線を肩に移した。
接合部分も、もはやわからないくらいにちゃんとくっついている。
「それ泥のままだけど、元に戻っても繋がってるの?」
ヒイラギは気になったことを聞いてみた。
ただ、それはアキヅキにも分からない。「どうなんでしょう?」と言いながらアキヅキは【硬化】を解いた。
その時シンリは何かを察して二、三歩下がっていた。
「あ、くっついたままです」
「ソ、ソレハヨカッタデスネ」
「どうしたんですかヒイラギくん。いきなり顔を逸らしたりし……て……」
アキヅキは【硬化】を解いた。
それは部分だけを肉体に戻したわけではなく、全てを元通りにしたことを意味する。
つまりどういうことか。
答え。全裸。
「今の俺悪くないよね!?」
「いやぁああああ!!」
「ダメだ! 聞いちゃいない!」
ヒイラギはすぐに避けようとしたが、アキヅキもこちらの世界に来てから身体能力が上がっているのだろう。
意外に動きが早く、避けることができないとヒイラギは悟った。
「だったら……っ」
ヒイラギの眼が蛇のような瞳に変化する。
ヒイラギは【蛇眼】を発動させた。
「【結界術】!」
劣化コピーのスキル【視真似】。
先ほどのシンリの【結界術】をコピーし、それを使用したのだ。
【視真似】のことを知らないシンリは、ヒイラギが【結界術】を使ったことに純粋に驚いていた。
アキヅキの拳とヒイラギの結界がぶつかり合う。
しかしヒイラギは気付いていなかった。
主人として奴隷に一言「やめろ」と言っていればすぐに解決できたということを。
「なっ……!?」
そしてヒイラギは知らなかった。
レベル1の【結界術】が作ることが出来る結界の強度を。
アキヅキの拳はヒイラギの結界を易々と突き破る。
クリスタルの塊は勢いそのままヒイラギの身体の中心を捉え、ヒイラギは宙を舞った。
「脆……過ぎ」
ヒイラギはそう言って意識を手放した。
〇
数分後。
「わあっぷ!?」
大量の水を顔面に掛けられてヒイラギは無理やり意識を回復させられた。
ヒイラギが文句を言う前に、シンリがこう告げてきた。
「予想外というか、想定内というか。もうそれっぽいのが追ってきたぞ」
「っ」
それを聞いてヒイラギは気を引き締めた。
シンリが見ている方向を向くと、明かりが数個、それなりの速さでこちらに向かってきている。
平地であるため遠くまでよく見える。
まだだいぶ距離は離れているが、それも時間の問題だろう。
「アキヅキの魔力は回復させたし、お前のダメージも多少は取り除いた。違和感あるなら先に自分で治しとけよ」
「おお、至れり尽くせり。道理で痛くないと思ったよ。寒いけど。風邪ひきそうだけど」
「【光魔法】で風邪くらい治せるだろ」
「いやどうだろ」
ヒイラギはよく分からないが、ヒイラギが気絶している間にシンリとアキヅキは追っ手を迎え撃つことに決めたらしい。逃げる気配がない。
アキヅキはやる気満々クリスタルモードだ。
ボクシングみたいな構えをとっているし、何かそういう格闘系のスキルを持っていそうだなとヒイラギは思った。
アキヅキの拳の強さは身をもって知っている。超痛い。
ヒイラギ自身も【蛇眼】を発動させて、いつでも行動できるように備える。
「……ん?」
そしてふとヒイラギは、あれ? と思った。
【蛇眼】のおかげで視力が上がっているため、離れていても遠くの様子がよく分かる。分かるからこそ、どうにも向かってきているのは衛兵とか騎士とか、そんな『きっちり』している者のようには見えなかった。
もっと雑というか、適当というか。コレジャナイというか。
眼帯とかバンダナとか獣の毛皮とか身に付けていて、見るからに粗暴そうな人相をしていたりする。
衛兵とか騎士なら、鎧とか盾とか装備してそうなイメージだ。あとなんか優しそうとかイケメンとかそんなイメージもある。
……ちょっと想像とかけ離れすぎているんだけど。
これはもう、衛兵や騎士というよりは……。
あいつら、盗賊じゃね?




