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これからちょくちょく更新しようと思いますので、よろしくお願いします。
ふと、ヒイラギは目を覚ました。
満月だったはずだが、今は雲に隠れて辺りは暗い。時間は日本的に言えば午前二時くらいだろうか。
まあ、スキル【蛇眼】により視力が上がったり夜目が利くようになっていたりしているヒイラギには、見ている世界は昼間とあまり変わらなかった。
ひんやりとした空気に、ヒイラギはぶるりと身を震わせた。
地面に直接横たわっていた身体を起こして、少し寝ぼけた頭で辺りを見渡す。
すぐ近くには、生やした木を背に腕を組みながら目を閉じているシンリがいた。
そこでヒイラギはなんとなく思い出す。
クラスメイトであるアキヅキを奴隷商人から救い出したのが数時間前のこと。
そのことで追われる立場となった彼らは街の外に出て、早めに寝て早めに起きることにしたのだ。
追っ手が来るとすれば朝早く、少なくとも日が昇って明るくなってからと踏んでの行動である。
その予想が外れた時のために、見張りとしての寝ずの番を「俺、寝ないでいい的なスキルあるから」とシンリが買って出たはずなのだが……。
「……寝てるじゃないか」
「……」
「……シンリ、寝てるの?」
「……すぅ」
「寝てるのかよ」
シンリはヒイラギの言葉に静かな呼吸で返した。
ヒイラギはしょうがないなとため息をついて、続けてアキヅキが寝ている方を見た。
「ぶふっ」
彼女は全裸だった。
何一つ身にまとっておらず、身体もヒイラギの方を向いていたので、色々見えてしまっている。
普通であれば暗すぎて何も見えないはずなのに、ヒイラギの【蛇眼】は余すことなくアキヅキの裸体を視界に収めていた。
ヒイラギは慌てて目をそらす。
突然のことにパニックになりながら、アキヅキに背を向け目を閉じて、冷静に今の状況を整理しようと努める。
深呼吸。深呼吸。
けれど悲しいかな、思春期真っ盛り、健全な男子高校生が異性の裸を見て冷静になれるはずがない。
冷静に徹しようとすればするほど、途中で先程の光景がフラッシュバックして、思考は中断される。
顔を赤くして、正座でただ地面を見つめて時間が過ぎるのを待とうとしていたヒイラギの耳に、天からの声が響いてきた。
『ようこそ……同罪共犯の地へ』
全方位から聞こえてくるような声に、ヒイラギは顔を上げて、まだ暗い空を向いた。
しかしすぐにこの声の主が誰なのかを悟る。
「シンリっ! 起きてたのか!」
声はシンリの声だった。
『大きな声を出してはいけません。アキヅキが起きてしまいます。ちなみに、この声は風魔法であなたの耳に直接届けています』
「っ……と、そうだな」
ヒイラギは声のトーンを落とす。
「この状況、どうしたらいいと思う?」
同罪とか共犯とか言っていたことから、シンリも今のアキヅキを見てしまっているのだろう。なら、シンリとヒイラギは確かに同罪共犯。一蓮托生と言ってもいい。
『結論から言いましょう』
ヒイラギは頷いて続きを促した。
『わりとどうしようもない』
「おい」
『ほんの5分前くらいまで、確かに【硬化】の効果で、アキヅキの身体はクリスタルになってた』
「……」
『……』
「……え、どうしたの?」
『【硬化】と効果を掛けたわけじゃないからな』
「どうでもいい」
『で、いきなり効果が切れて素っ裸だよ。多分、魔力切れ的な感じだと思う』
「なるほど……。ん? 5分前ってタイミング良すぎじゃない?」
ヒイラギが目を覚ましたのもそのくらいだ。偶然かもしれないが、無関係と片付けるには作為的な何かを感じる。
『い、いえ。違いますよ。風魔法でそよ風を起こしてあなたを起こしてたりなんかしてませんよ。ええしてません。あなたは勝手に起きました。ひゅーひゅー』
「誤魔化す気無いだろ! いや本気!? 本気でそれで誤魔化そうとしてるの!?」
「あ、バカ。そんな大声出したら……」
すぅと、シンリの存在が薄くなった。
【蛇眼】を持つヒイラギの目にもシンリの姿は映ることはなく、ただそこに『何かがいる』ということしかわからなくなっていた。
シンリが消えた……いや逃げたことでヒイラギは今の状況を瞬時に理解した。
慌てて後ろを振り向きアキヅキを見ると、眠そうに目をこすって起きているのが見えた。
しかしやっぱり全裸なのには変わらない。アキヅキを視界に入れないため、ヒイラギは振り向きながら一周してアキヅキに背を向けた。
「……あ、ヒイラギくん。大きな声を出して、何かありましたか?」
「ああ、いや何かあったというか、問題は今でも起きているというか」
幸い、と言っていいのかわからないが、アキヅキは今自分が全裸であることに気が付いていない。
つまり、アキヅキを二度寝させれば、何事もなく今はやり過ごせるはずだ。
まあ、問題の先送りにしかならないが。
「ちょっと大きな虫がいてね。カッコ悪いけど、びっくりして叫んじゃったんだ。起こしてごめんね」
ヒイラギは、全力で話を逸らして、何も無かったと伝え、まだ寝ていていいよと言うことにする。
アキヅキも今の話で納得したのか、そもそも寝ぼけているからぼんやりとしか意識がないからなのか、「そうですか」と言って再び眠りにつこうとする。
それを見てヒイラギは安心して、ほっと息をついた。
ただヒイラギはこの時、この一瞬において、彼の存在を忘れていた。
自分を起こして共犯者にした彼のことを。
危なくなったら自分だけ逃げた彼のことを。
「うわっ」
背中を押された。
力はそんなに強くない。ただ、一息ついて気が緩んでいたところを突然押されたため、抗うことができずに一歩二歩と前に出てしまう。
「シンリ!」と怒鳴ろうとしたが、大きな声を出すのは下策だ。叫びたい気持ちをぐっと堪える。
シンリの狙いは、ヒイラギにアキヅキを押し倒したような場面を作らせることだろう。あわよくばそれをステフォのカメラ機能で残して、ヒイラギの弱みを握ろうとしているのだ。
まあ、つまり悪ふざけ。
顔は見えないが、今もきっと声を押し殺して笑っているに違いない。
ヒイラギは足に力を入れて、とどまろうとする。
なんとか、アキヅキに近づく前に止まることができて、ほっと息をついた。
「どうだシンリ。残念だったね。思い通りにはならなくて」
見えないシンリからの返事は言葉ではなく、ちょっとした強風。
しかしそんなもの、油断さえしていなければヒイラギでもその場で耐えることができる。
ヒイラギはこの風を苦し紛れ悔し紛れのものだと思い、勝ったな、と思った。いや別になんの勝負でもないが。
すぐに風は止む。
シンリならヒイラギが耐えることができないような、それこそ台風みたいな風も起こせるのだろうが、ただの悪ふざけにそこまでするつもりはないらしい。
まあなんにせよ終わりだ。
ちょうど隠れていた月が出てきて、辺りを照らす。
シンリも姿を現していた。
先程と同じような、木を背にして眠っているような格好で。
ヒイラギが彼に声を掛ける前に、シンリがさっきの風魔法でヒイラギに声を届けた。
『お前の負け』
そんな声とほぼ同時に、ヒイラギの後ろからかわいらしい音が聞こえた。
「くしゅん」
(ああうんそうだよね。裸で肌寒い夜に、その上風も浴びてたら寒くて目を覚ますよね)
全てを理解したアキヅキが、悲鳴をあげる。
ヒイラギは妙に達観したような気持ちで、これから起こるであろう未来を受け入れようと思った。
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