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ヒイラギのステフォに追加されていた名前は秋月 三日月というシンリたちの元クラスメイトの女子生徒だった。
「メッセージが送れるようになってるってことは、どっかで出会ってるってことだよな」
「そうなんだけど……ネイロ村から出る時は無かったし、出てからはほとんどシンリと一緒だった。シンリのステフォに秋月さんの名前が無いってことは、シンリと離れてる時に出会ったってことだけど、心当たりはない、かな」
「お前がここで寝てた時に接触されてる可能性は?」
「いや、別に横になっていただけで寝てたわけじゃないから」
考えてみればみるほど、ヒイラギだけが彼女と接触する機会はない。シンリのステフォに表示されていたなら、街中で気付かない内にすれ違っていた、で話を終わらせることができるのだが。
シンリはそう考えて、ふと思ったことを口にした。
「『接触』って何なんだろうな」
「は?」
「ほら、文字通りに身体が触れ合う必要があるのか、会話を交わす必要があるのか、それともすれ違うだけでいいみたいに、一定の範囲内に居合わせたらいいのか、とか」
「ああ、個別チャットができる条件ってこと」
自分たちの時はどうだっただろうかと2人は思い出そうとしたが、気にもとめてないことだったので、何も思い出せなかった。
「にしても、アキヅキか……余計に面倒だな」
「何かあったっけ?」
「あったっていうか、あいつなら転生を選んでいても不思議じゃないだろ」
「あ……」
秋月 三日月という少女は、不幸な人生を歩んでいたらしい。
親のリストラ、借金、そして失踪。
他にも様々な事件事故に巻き込まれており、それらの事件の被害者になることもあれば容疑者に数えられることも少なくなかったという話も聞いたことがある。
学校に来ることもほとんど無く、シンリたちが知っているのは生徒間で飛び交った憶測だけだが、それに少しでも真実が含まれているのであれば、生きることが嫌になっているかもしれない。
「転生を選んで姿が変わっているとして、個別チャットが会話で解放されるのなら、あの奴隷商人の男がアキヅキって可能性もあるわけだ」
「いや流石にそれはありえない……よな?だいたい、あの男の歳は30歳いってただろ」
「外国人の年齢ってわかりづらいよな」
「そうだけどさ」
9割はありえないと思っていても、残りの1割を否定出来ない。
不幸な人生を歩んでいた彼女なら、新しい人生で他人を不幸にしてやりたいなどと思うのかもしれない、などと考えてしまう。
シンリもヒイラギも、元の世界でアキヅキと話す機会はほとんどなかったが、覚えている限り彼女は小柄でおとなしいイメージだった。
ひょろながで口の回るあの男とは似ても似つかない。
だから、彼は彼女ではないだろう。
前世と今世の比較になんの意味も無いと気付いていてなお、ヒイラギは元クラスメイトが奴隷をあんな風に扱っているという可能性を潰したかった。
「あ」
ふとヒイラギは思った。
そういえば、どうしてあの男は自分に話しかけたのだろうか。
紹介証で街に入ったから、若い実力者として客になると思ったからかもしれない。
けれど、あの時紹介証は見えないはずのシンリが持っていたからヒイラギは持っていなかった。
なら普通、ヒイラギのことは紹介証の持ち主のおまけで着いてきた人と思うのではないだろうか。
紹介証の持ち主が後から出てくる可能性もあったはずなのに、あの男はヒイラギを1人だと断じ、かつ実力者だと思っていた。
転移した生徒はみんなバラバラで、仲間がいるなどと思わなかったのかもしれない。
与えられたスキルは強力だから、実力者だと思ったのかもしれない。
そして感情を偏らせるという、おそらくスキルを使っていた。そんなスキル、この世界で奴隷商といっても普通に商売をやっている人間が取得できるものだろうか。
特典、あるいはステフォから取得したものではないのだろうか。
ヒイラギは静かに息を吸って、吐いた。
「……シンリ、もう一度あの男に会いに行こう。確かめる必要がある」
「その前にチャット送れば?返信が来るかは分からないけどさ」
ヒイラギは『どこにいる?』とメッセージを送ったが、一晩待っても返信は来なかった。
〇
なんだかんだで衛兵の詰所で寝泊まりした2人は、まだ朝早い時間に街へ向かった。
もちろん、あの奴隷商人に会いに行くためだ。
奴隷市場らしき場所は、昨日のシンリの観光でだいたいわかっていた。
「もしも、アキヅキがあの男だったとしたら、お前どうするつもりだ?」
「やめさせる」
「やめさせるって……確かに言うのは簡単だぞ。けどな、向こうは商売として生活が懸かってるし、そもそも悪いことなんてしてないんだ。言ってやめるなんてことは絶対にないぞ」
「わ、わかってるよ。それでも……人が人をあんな風に扱うなんて、間違ってる」
それを聞いてシンリはヒイラギに聞こえないくらいの声で呟いた。
「……間違ってるのは俺たちの感覚なんだろうけどな」
話しているうちに、奴隷市場に近づいてきた。
シンリはそこから少し離れた路地裏に入った。
「俺だけが行く。あいつと話して、それでアキヅキの名前が追加されてたなら、確定だ」
「ああなるほど。ん、今なんかスキル使ってる?視えにくくなってる」
「一応、な。『人がいる』とは認識できても『誰が』とは分からない程度にしてみた。もしもアキヅキなら、クラスメイトがヒイラギだけって思わせといて損はないだろ」
「そうかもね。というか、見えなかったり、少しだけ見せたり、幽霊みたいだ。シンリ、人間やめてるんじゃないの?」
茶化したように言ったヒイラギの言葉が、ちくりとシンリの胸をついた。
「……」
少し言葉に詰まったが、シンリはいつも通りな感じに振る舞って、同じように少し茶化したように言った。
「さあな」
〇
「すみません、奴隷に興味があるんですが」
シンリの姿も声も、他人には男か女かも分からないというようになっているが、不信感は抱かれない。
それが普通だと認識されている。
それが聖霊の力だった。
「はい、奴隷ですね。ご予算はいくらほどでしょうか」
店の奥から店員らしき女性が出てきて言った。
が、シンリには奴隷を買う気がないし、予算といってもまず通貨すら知らない。そもそもあのひょろながの男がかつてのクラスメイトかどうかを知りたいだけなのだ。
だからシンリは大きく息を吸って、怒鳴るように言った。
「あぁ!?お前じゃ話になんねぇ!店主を呼べ店主をっ!!」
怒鳴るようにというか、怒鳴った。
近くにあったテーブルをバンバンと叩いて大きな音を出して、まるで迷惑な客だ。
まるでというか、迷惑そのもの。
「おやおや、どうかなさいましたかお客様」
だが、その行為は目論見通りの結果を持ってきた。
ひょろながの男は店員の女性を下がらせて、シンリの前に立った。
デカい、とシンリは思った。
190、あるいは200cmあるかもしれない。
見下ろされているというのが嫌で、シンリは半歩下がった。
「ちっ!何でもねえよ!覚えていやがれ!」
シンリは捨てセリフを吐いてそのまま店の外へと出ていった。
そしてヒイラギの待つ路地裏に曲がる。
「とりあえず何やってんだこいつって思った」
「うるせ。いきなり予算とか聞かれてパニクったんだよ。機転を利かせたんだよ」
「機転も何も利いてないけどね。あれ、店側からしたら迷惑な客ですらなくただの狂人だからね」
「さてと、アキヅキの名前は〜」
「露骨に話逸らすよね」
ヒイラギのジト目に気付かない振りをしつつ、ステフォを開いた。
「おっとぉ?」
ミカヅキ・アキヅキ
そこには、そう表示されていた。
ヒイラギは深く息を吐いていた。
「確定、だな」
「そう、だね」
2人は奴隷商人……アキヅキのいる方向へと視線を向けた。




