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お読みいただきありがとうございます。

「一人分くらいの運賃しか払わなかったんだけど、よかったのかな」

「別に気にしなくていいんじゃね。お前、コンビニとかでつり銭が多かったら言うタイプか?」

「もちろん。店員さんに申し訳ないしね」


 馬車から降りて、そんなことを話しながら進む。

 歩いて門の前まで行く途中、多くの人が列をなしているのを見た。


「ここにいる人たち全員、1週間も外で過ごさないといけないのか?異世界辛くね?」

「いいや。寝泊りする場所は用意されてるらしいよ」

「ふぅん。そもそも、そんなに待つ必要ないだろ。どんな検問されるんだ」

「そこまでは聞いてないけどさ」


 話しているうちに門へとたどり着く。

 10mはありそうな大きな門を間近で見て言葉を失っていたシンリたちだったが、列が出来ているのはその門ではなかった。

 すぐ近くに普通のサイズの門がある。

 ならこのデカイ門は何なんだよ、と思ったがヒイラギが答えを知るはずもないので口には出さないシンリだった。


 その門の側に、衛兵とでも言えばいいのだろうか、似たような鎧を身に着けた数人の人間が、列に並んでいる人たちの対応をしていた。

 シンリたちはいそいそと動き回っている衛兵に声を掛けるタイミングが掴めず、列から外れた場所で立ち尽くすしかなかった。


「……なあシンリ、それって使うにしても並んでおかないといけなかったんじゃないか?」

「そうかもなぁ……」


 シンリが何が書いてあるのか読めない手形を眺めていると、突然強い風が吹いて思わず手形から手を離してしまった。


「あ」

「何やってんだよ!」


 二人は慌てて追いかける。

 手形はひらひらと舞って一人の衛兵の足元に落ちた。

 衛兵は手形を拾い、それを追いかけていた二人の姿を見て言った。


「この名前……ははっ。行方知れずの西の賢者からの紹介証とは、お前、何者だ?」


 二人は一瞬誰のことを指して『西の賢者』などと言っているのか分からなかったが、その手形を見て分かる名前など一つしかない。

 とりあえずスゼ爺は凄い人らしかった。



 ゴアイと名乗る中年男性の衛兵に着いていき、シンリたちは街の中に入ることができた。

 街の中というか、壁の向こう側というか……壁の中というか。外と内の中間だ。

 衛兵の詰所のような場所に二人は通された。


「必要な書類の用意ができるまで、しばらくここで待っていてくれ」


 そう言ってゴアイは部屋から出ていった。


「異世界って紙とか高級品だと思ってたんだけど本とかいっぱいあるな」


 シンリが部屋を見渡して言うと、ヒイラギが一つの本を手に取ってパラパラとめくった。


「それに羊皮紙とかそんな感じのじゃなさそうだしね。普通に日本で使われてたのとあまり変わらないんじゃないかな」

「羊皮紙とか見たことないし、どんなんか知らないけどな」


 ヒイラギは「俺もあまり知ってるわけでもないけどさ……」といいながら本を元の場所に戻した。

 部屋にあったイスに座って、二人は十数分待つ。


 その間、ステフォのチャットで情報収集をしていた。

 名前を広げるために、どのようなことをすれば良いのか考えるためだ。


 それで分かったことといえば……


「はーん。冒険者ギルドみたいなのってないんだ。有名になるのに一番手っ取り早そうだったのに」

「そうらしいね。随分前にその話題で結構賑わったよ」


 そんなことをしている内に、ゴアイが戻ってきた。


「これとこれとこれと……あとこっちの書類にも名前を書いてくれ」


 ヒイラギは手渡された紙の束の多さに言葉を失った。

 ゴアイはヒイラギの対面のイスに座った。


「ん……?これ、一人分でいいんですか?」


 ヒイラギは【蛇眼】のおかけで文字を読むことが出来るため、どれも似たようで違う書類だと気が付いた。この紙の多さで一人分らしい。


「……?1人だろ?」

「いや2人だよ」


 シンリが声を発した瞬間、ゴアイは勢いよく立ち上がってシンリから距離を取り、腰の剣に手を伸ばした。


「え?」


 シンリとヒイラギは何がなんだか分からず、間抜けな声を出した。

 そんな二人の様子を見て、ゴアイは自分を落ち着かせるように息を吐き、言った。


「いや、すまなかった。どうやら私が勘違いをしていたらしい。年かな……引退しようかな……」


 眉間の辺りを揉みながら、ゴアイは再び部屋から出ていった。


「今の、どう思う?」

「シンリが見えてなかったみたいだったよね。そう言えば、俺が最初にシンリを見た時も、はっきりとは見えなかったな」

「見えない?」

「【蛇眼】で何かがいるっていうのは分かったから、【空間把握】とか使って空気が遮られている部分の顔の造形を調べたんだよ。そしたらシンリだった」

「何言ってるのか分からない。分かりたくない。ていうかスキルの使い方がキモイ」

「ひどっ」

「でも、見えない?そんなスキル……」


 自分の《スキル》を振り返ってみてもそんなスキルに心当たりはない。

 次に《称号》の方を思い返してみると……


「あ、聖霊?」

「せいれい?」

「や、何でもない」


 思わず口に出してヒイラギに聞かれたため、適当に誤魔化す。


(聖霊って、聖霊から干渉しないと知覚できないとかそんなん書いてあった気がする。ヒイラギ以外は俺から干渉するまで見えなかったのだとしたら……)


 ネイロ村の村人には、何も無いところから姿を現したように見えたのかもしれない。

 突然現れて、村の危機を救ったモノを人間ではないナニカだと思ってしまったのだろうか。

 もしかしたら、そのことが原因であの狂気じみた信仰が生まれた可能性もある。


 事実、意識が無いうちにシンリから干渉したエルゼは、シンリのことを特別視していたとしても、それは信仰的なモノではなかった。


 まあ今考えても終わったことだとシンリは思考を切り替えた。


「……、多分、スキルの効果だな。オンオフはできない」

「うわぁ……じゃああの馬車代もタダ乗りってことかよ。この犯罪者!」

「ノーノー。相手が望んだ額を、お前が払った。気前が良かったんだろうな、あの人」

「一人しか見えてないのに二人分請求したらぼったくりだろ」

「てか、早く書けよ。俺は文字が読めないんだしお前のを見ながら書かないとなんだから」


 シンリがそう言うと、ヒイラギはぐちぐち言いつつも書き始める。

 書くと言っても、決められた場所に自分の名前を書くだけだ。


「日本語?」

「文字は何でもいいんだ。魔力的なアレがどうので文字が意味を持っているなら読み取ってくれるんだよ」

「なるほど。わからん」

「俺も詳しくは知らないよ」


 ゴアイが戻ってきて、シンリも同じように書類に名前を書き始める。

 しかし書いていくうちに段々と飽きてきて、世間話をゴアイに振った。


「そう言えば、1週間も待たされるってどうしてなんですか?通行証みたいなの持っててもこんなに書かされるし」

「魔物対策だよ。十年前くらいか?人化した魔物が都市に潜り込んで、いくつもの都市が壊滅したんだ。それからどの街に入るにも、人か魔物かを調べる検査を受けなければならなくなったんだが、その検査は一回一回が長い上に、1日に何回もできるものではなくてな。それでも絶対に必要だから、待ってもらうしかないんだ」

「へー。この紙は?」

「まあ、簡単な契約書だ。『何かをしでかしたらその責任は紹介者にも及ぶ』とか『有事の際は協力を拒んではいけない』とか、書いてあるとおりだよ」 

「読めないんだけどな」


 ちなみに、この手形は、実力のある者に渡されるのが普通であるらしい。

 だから、街が危機に陥ったならその力を使えという契約を交わすらしい。


「よし、これで全部だな。お疲れさん。何かあればここに来てくれてもいいし、街にも衛兵の詰所がある。くれぐれもお前たちを捕まえる、なんてことがないようにしてくれよ」


 書類を書き上げ、本格的に街の中へと入る。

 すると、ちょうど通常の方法で街に入ってきた一団の一人に話しかけられた。

 シンリは見えてはいないので、ヒイラギが、だ。


「おや?これは……面白い顔立ちですね」

「いきなりディスられた!?」


 出会い頭に『面白い顔立ち』と表現され、ヒイラギは思わず叫んだ。


 話しかけてきたのは、ひょろながの男。今は馬車 (?)に乗っているから分からないが、地面に足をつければ布を引きずりそうなぶかぶかの服を着ていた。

 ヒイラギとシンリの第一印象は、なんだコイツ、の一言に尽きた。


「いえいえ、すみません。私、職業柄いろんな人種や種族を見るのですけどね、貴方のようなこの辺ではあまり見ない顔立ちの人を見ていると色々考えちゃうんですよ」

「は、はぁ、そうですか」

「そうなんです。よろしければどこのご出身か聞いても?」

「や、ちょっとよろしくないです。ほら、知らない人に自分のこと教えるなって言うのが我が家の家訓なんで」

「そうですか……それは残念」


 男はそれほど残念そうでもなく言った。

 そして、咳払いをして声色を高く変えて話し始めた。


「ところで、紹介証で入ってきたということは、それなりの実力をお持ちだと愚行します。資金も潤沢なのではございませんか?」

「いや、別にそんな……」

「ふふふ、謙遜を。見たところ、お仲間などはいないようですが」


 ヒイラギはちらりとシンリを見たが、シンリは首を振った。

 いない、ということらしい。


 ヒイラギが何も言わないため、肯定だと受け取った男は、にやりと笑ってこう続けた。


「奴隷に興味はございませんか?」

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