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「痛い……痛いというより苦しい……あ、そう言えばシンリ」
「何の脈絡もなくケロッとすんのな」
「よく考えたら光魔法で癒せたからさ」
「万能だな光魔法」
蹴られた腹を抑えてうずくまっていたヒイラギが普通に回復したのを見て、シンリはため息をつきそうな声で言った。
「ああ、そう言えばお前に聞きたかったことがあるんだけど」
「シンリは何の脈絡もなく話を変えるよな」
「それだよそれ。なんで俺のことを名前で呼ぶんだ?」
「……?言ってる意味がよく分からないんだけど」
「だから、なんで俺を『シンリ』って呼ぶんだよ」
「シンリはシンリだろ。シリウス様って呼んで欲しいのか?」
「ぶっ殺すぞ」
なんて話をしながら、二人で首をかしげた。
二人の間に行き違いがあるように思えた。
「ヒイラギ、俺の名前を言ってみろ」
「いきなりなんだよ。キャラ変え?異世界デビュー?」
「いいから、フルネームで」
「そりゃあ『深里 真理』だろ?変な名前だなぁって思ったから覚えてるよ」
「終日なんて名前の奴に変な名前とか思われたくねえよ。てかまず、名前が違う」
「え?」
とぼけているようでもなく、本気で驚いているヒイラギを見て、シンリは深くため息をついた。
「深里だフ、カ、ザ、ト。出席番号もお前の妹の後ろだっただろ」
「あ、あぁ〜。言われれば確かに」
「逆になんで間違えたんだよ……」
「なんでだろうなぁ」
ヒイラギはうーんと腕を組んで、あっと何かを閃いた。
「ユラがいたからかも。由良 由良。一人いたら二人目もいるかもって思うだろ」
「思わねえよ。一人でも珍しいんだから二人もいるはずないって疑えよ」
「そこら辺は価値観の違いだな、うん。あ、なら俺、ずっと名前で呼んでた訳か。言ってくれればいいのに」
「タイミングがなかったんだよ」
「じゃあ俺のことも名前で呼んでくれよ。ヒネモスって。ヒネ、とかネモとかで呼ばれたりしてるし、それでもいいけど」
「ヒス」
「そんな癇癪持ちっぽい呼び方……」
「ヒイラギでいいよ。お前も俺のことを名字で呼べばいいだろ」
「じゃあ……コホン。話を戻すけどフカザトって……違和感あるからシンリでいいや」
「好きにしろ」
結局、ヒイラギは『シンリ』のままで通すことにして、話を続ける。
「シンリはこの世界でやりたいこととかないのか?」
「……んー。そう言うお前はどうなんだよ。妹に会いたいとか、あるんじゃないか」
「もちろんあるけどさ。でも、探そうにも手掛かりとかないだろ。転移した国が違うかもしれないし、最悪大陸すら違う可能性もある。むしろそっちの方が有り得るくらい」
「それでも探す努力をしろよ。もう、たった一人の家族だぞ。俺に着いてこないで、探しにいけよ」
「たった一人の家族、か。そう思えば、俺やあいつは随分と幸せなのかもしれないな」
ヒイラギとその妹以外の生徒は、もう家族に会うことは叶わない。彼らは死んで、既に元いた世界にはいないのだから。
だから、家族と会うことができる自分たちは幸せなのだと、ヒイラギは思った。
「先に言っておくと、俺がシンリに着いていくのは妹を見つけるためだよ」
「それはどういう……」
「異世界って、弱肉強食なイメージあるだろ。なら、力があれば有名になることも難しくないはずだ。有名になれば、向こうから見つけてくれる」
ヒイラギは続ける。
「シンリに力があるって思った。思ったというか最初見た時に、何も見れなかったんだ。俺の【蛇眼】は【偽装】や【隠蔽】すらも看破するはずなのにだ。少なくとも、それだけの力をシンリは持ってる。そんなシンリに着いていくのが一番効率がいいって思ったんだよ」
「なるほど」
ヒイラギがなぜ自分に着いてこようとするのかが分かった。
全ては妹のため。
そう言えば、ヒイラギが高校に編入したのも、妹のためなのだろうか。小学生の頃にいじめにあっていた、彼の妹のためなのだろうか。
彼が高校に編入する随分前に、そのいじめは終わっていたけれど。
「……」
シンリは嫌なことを思い出して、奥歯を強く噛んだ。
「……はぁ。シスコンだな」
「うっせ。ロリコン」
「ロリコンじゃねえし。でもまあ、そのやり方はありだな」
「やっぱりシンリも、やりたいこと……やらないといけないことがあったんじゃないか」
「無理だと思ってたんだよ。多分あいつは転生を選んでいるから。どんな顔になっているのかも分からないのに、探すなんて無理だろ。でも向こうから来るなら、別だ」
ヒイラギのように家族ではないが、シンリにも同じクラスに親戚がいた。
「従妹、だっけ。香取さん」
「ああ。まあ、転生を選んだなら名前も変わってるだろうけどな」
シンリは目を瞑って従妹である彼女の顔を思い出す。
「……いきなり死ぬなんて思わなかったからな」
無意識のうちに出てしまったシンリの呟きに、ヒイラギが同意した。
「そう……だな。変わらない毎日が退屈だと思いつつも、それが続くと思ってたのに。突然全てが終わらされるんだもんな。死んでからやり残したことに気づくなんて、当たり前だけど、やっぱりちょっと悔しい」
「全くだ。今度こそ、やり遂げてから死にたいな」
「死にたくはないけどさ」
「まあそうだけど」
二人は笑った。
「俺は看取を見つけるために」
「俺は終夜を見つけるために」
示し合わせた訳ではない。
ただ、自然と言葉が出た。
「よろしくな」
「ああ、よろしく」
深里 真理は香取 看取を。
柊 終日は柊 終夜を。
彼らはそれぞれが望む少女らのために、仲間になる道を選んだ。
それから三日後、馬車は街に着いた。
〇
オルノースの街。
周りは高い壁に囲まれており、魔物の侵入を防いでいる。
「……50m級の魔物でも出そうな外観だな」
「いるんじゃないか?異世界だし」
「そんな奴に勝てる気しないんだけど。そんな奴がいる世界で名を上げるなんてできそうにないんだけど」
馬車の荷台から見える街を見て、そんな感想を漏らした。
「あ、この手形貰ったまんまだった」
シンリはスゼ爺から貰った手形をステフォから出した。
「なんか悪いな。向こうは俺のことも忘れてるわけだし」
「貰っといていいと思うよ。ほら、えっと、『ナントカの処刑』って言ってたし」
「ナントカ?」
「ちょっと忘れたけどさ。なんかいい人が悪いことをして処刑されて、その処刑をその人に助けられた大勢の人が見守ったって出来事から作られた言葉らしい。悪行をして善行が消えるわけじゃないんだと」
「それだと善行を重ねたからって悪行が消えるわけじゃないってことにも取れるだろ」
「それは言うなよ」
ヒイラギは「あ、ディエナスメイナスだ」と思い出した。
「しかも善行も悪行も関係なく覚えてないんだろ」
「それも言うなよ。思うところがあるんなら使わなかったらいいだろ」
「それもそうか」
牛歩のようにゆっくりと進む馬車(引いているのは馬ではない)から見える景色を見ながら、シンリはうとうととしだした。
そこへ、御者と話に行ったヒイラギが戻ってきて、こう言った。
「なんか1週間以上待つ必要があるらしいんだけど」
「よし、使うか」
二人は馬車を降りて、街の門がある方向へ歩いて行った。




