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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
4章 神話の再来
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-95- わんふぉあおーる

お読みいただきありがとうございます。

 神国。

 いや、『元』神国と言うべきか。

 もはや国だった場所に民は1人もいない。


 そこでは雨が降っていた。

 分厚く黒い雲が空を多い、昼前だと言うのにまるで夜のように暗い。


 全ての生命の失われた大地には、ただ激しい雨が降り注ぐ音だけがやたらと響いていた。


「……ぁぁ、ぁ……ぁ、ぁぁぁ……」


 雨音にかき消されながらも、微かに声がした。

 ひとりぼっちの少女の悲しき慟哭。


 少年の亡骸を胸に抱え、叫び続ける少女。


「ぁぁぁ……ぁぁああ…………!!」


 次第に声は大きくなっていく。

 否。


 『彼』は、泣き叫ぶ彼女に近づいて、言った。


「……なんで、こんなことに」

「──────」


 ぽつりと呟いた彼の言葉に、少女はゆっくりと振り向いた。


「し、んり、くん」


 少女は、驚くことなく彼の名を呼ぶ。

 シンリは自分を見つめる瞳を避けるように目を伏せる。


「しん、真理くん……兄さんが……兄さんが動かないの。目を開けないの。息も……してない。起きないと……こんな、雨の中で寝てたら、風邪ひくのに……ほら、身体もどんどん冷たくなって……。心臓が、う、動いて、なくて。さっきまで、話してた、のに。と、突然……なんで? なんで? どうして? ねぇ、真理君。私ね、夢を見てたの。とても、幸せな夢。まだ、私、夢を見てるのかな。おかしいよね、こんなの。そうじゃないと……夢じゃないとおかしいもんね。真理君が私の傍にいるはずがないし……兄さんが、死ん……。こんなことになってるわけないもんね。早く、覚めないかな。さっきまで、あんなに幸せだったのに、ずっと続けばいいのにって、覚めないでほしいって思ってたのに。なのに、こんな、おかしい……おかしいよ!! ねぇ! 真理君! 夢なんでしょ!? なんで覚めないの!? どうして兄さんは起きないの!? 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ああああアアあああァアぁぁ!!!」


 涙も声も枯れ果てた。

 掠れた叫び声を上げながら、夢なら覚めて欲しいと頭を抱える。


 長い眠りから目覚めたと思えば、目の前で兄が死んだのだ。

 夢だと思いたい。現実だと信じたくない。


 しかし現実は非情にも、これが現実だと突きつけてくる。


「────────」


 少女は、ぴたりと叫ぶのを辞めた。


 そして、口元を歪めて、(いびつ)な作り笑いを浮かべようとして、


「あは──」

「ごめん、終夜」


 それまで無言でヨスガラの言葉を聞いていたシンリは、彼女を毒で眠らせる。

 これ以上意識を持っていては、心を壊してしまうだろうから、と。

 もう、手遅れだったかもしれないが──。


また(、、)守れなかった」


 そう呟いたシンリは、ヒイラギの亡骸とヨスガラを抱えて飛んで行った。



 帝国。

 城内にあるシンリの部屋に窓から入ると、2人の少女がベッドの上でくつろいでいた。


「あっ! シンリ……さん?」

「どうしたのですか? そんなにびしょ濡れで。それに、抱えられている方は──」


 エルゼとエンテは久しぶりに見たシンリの顔を見て嬉しそうに近寄ってきたが、シンリの険しい表情を見て困ったようにそう言った。


「ミルは?」

木刀(ほんたい)はここにありますし、呼べば来ると思いますが……」

「ミルネアシーニ」


 名前を呼ぶと、エルフの少女が現れる。

 彼女はシンリを見て、そして次にヒイラギに視線を移して首を振る。


「無理じゃ」

「……まだ、何も言ってないだろ」

「我が勇者よ、主とは魔力で繋がっておる。わしはそれを通じて、主が見たものを見、感じたことを感じ取れる。その上で──死者の蘇生は出来ぬ」

「ッ!! ヒイラギの死体を保存しておいてくれ」


 ベッドの上にヒイラギを置く。

 ミルネアシーニに言い残して、シンリはヨスガラを抱えたまま部屋を出ていった


 次に向かったのは、医務室だ。

 扉を開けて入ったその部屋には誰もいない。


 保健室にあるような白いベッドに彼女を寝かせ、シンリは窓から飛び立った。



 場所は変わって王国。

 太陽が雲に隠れ始め、雲行きが怪しくなった空。


「か、勝った、のか?」


 王国の兵士のひとりが、自信なさげにぽつりと呟いた。


「終わった?」「勝てたのよね?」

「もうフェンリルはいない?」

「勝ったんだ……」「勝ったんだ!!」


 その言葉は、池の中に生まれた波紋のように広がり、次第に大きなひとつの声となる。


「「「うおおおおおお!!!!」」」


 喜びに酔いしれる彼らの熱量。

 その様子を、白樺司人は一歩引いた立ち位置で眺めていた。


「すげーな。今にもお祭りが始まりそうな雰囲気じゃねぇか」


 他人事のように彼は言った。


 事実、他人事に過ぎないのだ。

 感情移入ができない。喜びを分かち合えない。


 シビトは危なげなくフェンリルを倒し、繋がれた次元(ゲート)が自然消滅する前に王国へ戻ってきていた。

 他のクラスメイトも似たようなものだ。


 早々にフェンリルを殺し、役目を果たして談笑している。


 それに対して、王国の兵士たちは命をかけてフェンリルを殺したのだ。

 いくつもの犠牲を払い、60秒という限られた時間の中で、神に等しい存在を討伐した。

 王宮騎士ですら安堵の表情を浮かべていることから、その難易度の高さが伺えた。


 自分はたとえ心臓を貫かれようが、四肢を欠損しようが生きていられるが、人間は少しの怪我で命を落としてしまう可能性があるのだ。


 ──魔人が危険視されるのもわかるな。


 シビトはこのギャップを見て、そう感じた。


 これから魔人帝国の皇帝として、人間と魔人の溝を埋めることができるのかと、そんなことを考えてしまう。


 シビトの視線の先ではシエラルと、次元の槍を使う王宮騎士が話していた。


「お疲れ様、ディナちゃん。今回のMVPはディナちゃんだね!」

「え、えむ……? それと、『ちゃん』はやめろ、シエラル。だがしかし、彼らは……、ああ、なんというか、凄いな」


 ディナは少し言葉を選んでそう言った。

 濁した言葉には、きっと『恐ろしい』とか『危険だ』とか、そういう言葉が入っていたのだろう。


「あはは、でしょ〜。みぃんな、わたしが見つけてきたんだよ!」

「ふむ。そういえば1人気になる少年がいた。後で会話をする時間を設けては──む」


 ディナは言葉を言い切る前に、一歩踏み出した。


「ミトリィィィィィィッ!!」


 叫びとも、怒号とも取れる声とともに、その場に風が吹き抜ける。


 砂埃が舞い、突然の出来事に周囲が慌てふためく。

 視界が晴れると、そこには槍に貫かれ、銀に輝く血を流しながらも必死の形相でシエラルに手を伸ばそうとするシンリの姿があった。


 シエラルは目を細め、ため息をつけながら片手を上げてディナを制す。


「ディナちゃん、味方だ。槍を抜いてあげて」

「味方……? 今にもお前を殺しそうなこいつがか?」

「あはっ。殺さないよ。──殺せないよ、しぃ君に、わたしは殺せない。だから、大丈夫。話をするだけだからね」

「そこまで言うのなら……。いいか、余計な動きを見せれば、お前を地の果てへと飛ばす」


 シンリにそう言って、ディナは彼から槍を抜く。


「──言いたいことは分かってる」


 解放されたシンリがシエラルに詰め寄る前に、シエラルは言った。


「ヒイラギ君のことだろう?」

「ああそうだよ! なんでだ!? どうしてあいつが死んでるんだよッ!!」

「必要な犠牲だった。その代わり、ヨスガラちゃんは生きている。ヒイラギ君は自分の命よりも妹の命を選んだんだ」

「違うだろッ!! そういう話じゃない!! 分かってたはずだ! 俺なんかでも分かるんだから、お前に分からないはずがないッ!!」


 シンリは大きく息を吸って、叫んだ。


「誰も死なない方法があっただろ!」

「……それをここで(、、、)言うのかい?」

「どこだろうと言ってやるッ! こんな戦争──負けてしまえば良かったんだ!!」


 その声は、誰もが状況を静観していたこの場に広く響き渡った。


「フェンリルを殺そうとしなければッ!! ヨスガラは死なずに済んだだろ! ヒイラギが代わりに死ぬことも無い! 誰一人欠けることなく終わったはずだ!」

「誰一人欠けることなく? それは間違いだ。もっと多くの人が死んでいただろう」

「それがどうしたッ! 知らねぇ奴が何人死のうが、知ったこっちゃ──」

「──ねぇ、しぃ君」


 シンリの言葉を遮って、シエラルは言った。


「どうして──怒ったふり(、、、、、)をしているんだい?」

「──────」


 言葉に詰まった。何も言えなかった。

 あまりの怒りに言葉を失ったのではない。


 シエラルの言葉に、どこか納得してしまう自分がいたからだった。


「君の精神は既に聖霊に染まっている。今更知り合いが1人死んだところで、揺らぐものではないはずだ。ああ、そういえば、ヨスガラちゃんに会ってきたんだって? 彼女が引き金になって、一時的に感情を思い出すこともあるかもしれないけれど──もう、残ってないでしょ?」


 何も言い返せなかった。

 シエラルの言葉が、図星だったから。


 友人が死んだ。それで、彼の妹が泣いていた。

 彼に、死の間際に妹を任された。

 だから、怒らなければならない。


 そうやって、怒ったふりをしていた。

 そうやって、人間のふりをしていた。


 1度勢いを止められてしまえば、もう、感情を爆発させることができない。

 どうやって怒っていたのかも、もう、思い出せない。


「ふ、ふざけるなぁ!」


「……あ?」


 声のした方を見てみると、そこには怒りで顔を赤くした王国の兵士がいた。

 怒っているのは、彼だけではない。

 シンリたちを囲む全員が、睨みつけるように彼を見ていた。


 正確には、魔人かれらを見ていた。


「ふざけるな! やはりお前らは化物だ!」

「そうだそうだ! 少しは見直していたのに!」

「何が魔人だ! 化物め! 消えちまえ!」


 声は次第に大きくなってゆく。

 シンリの近くにシエラルやディナがいなければ、石どころか武器を投げつけられていただろう。


 クラスメイトたちも、居心地悪そうに固まっている。


 その中で近付いてきたシビトがシンリの肩を掴んで言った。


「……フカザト、一旦戻るぞ。ラギが……死んだって話を詳しく聞かせてもらうぜ。もちろんカトリ、てめぇもだ」

「こうなってしまったら、仕方ないね。ディナちゃん、帝国に繋げて貰えるかな」


 罵声に見送られながら、彼らは帝国へと戻って行く。


 ぽつり、ぽつりと雨が降り出していた。

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