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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
4章 神話の再来
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-93- セイシ

お読みいただきありがとうございます。

 アリス・イア・ヘルシャフトという少女がこの世界で与えられたスキルは、【幻像】という好きな幻を相手に見せるだけの能力だった。


 例えるなら立体映像のように、実際にはそこにはないけれど、あるように見せるだけの、ただそれだけの能力。


 もちろんそのスキルもレベルが上がることで相手の脳に作用し、触れるように見せることも、実際には負っていない傷を負わせて命を奪うこともできる能力だ。


 だが、天才(アリス)はその能力を改造した。


 発見はただの偶然だった。


 暇な時、アリスは映画でも眺めるように……というか実際に見た事のある映画を脳内再生し、【幻像】を使って投射するように映画を見ていた。


 ふと、脳内再生であるならば登場人物を変えることもできるのではないかと思い、主人公を自分にしてライバルにカトリミトリを配置した。


 そこでさらに思う。

 映像の中の自分は、能力を使えないのか、と、


 結果的にいえば、成功した。


 しかも、想像したよりもずっと大成功という形で。


 【幻像】の中のアリスがその中で能力を使えば、現実に作用することを発見したのだ。


 裏の裏は表、とでも言うように。

 【幻像】の【幻像】は現実になるのだ。


 そのことを理解したアリスは、より深くスキルにのめり込む。


 そうして昇華され、完成したのが【創像】という、『想像したことをそのまま現実に反映する能力』だ。


 その反則的な能力を手にしても、天才の探求は止まらない。


 もっと深く。もっと奥に、その先の深淵を覗こうとした。


 そして。


 彼女はついに、もうひとつの世界を作り上げることすらも成功させてしまったのだ。


 それはつまり、世界を何度もやり直すことと同義で──────。



「ふむ。戻って来れたデスね。ワタシの記憶にない時間に戻れないのが残念デスが……」


 ここはアリスによって作り上げられた世界。


 元の世界は破棄され、永遠に静止した時空として彼方へと忘れ去られてしまった。


 この世界では、まだ『深里 真理は聖霊となっていない』し、まだ『白樺 司人は誰一人として殺していない』し、まだ『クラスメイトの誰もレベル10へと至っていない』。


 言うなれば、誰もがこの世界にやってきたばかりで、誰もが右も左も分からない異世界迷子ということだ。


 もちろん、アリスが介入しなければ、全てが同じ未来を辿るだろう。

 微々たる差はあれども、大筋は変わらない。


 故に、今回の敗因。

 まずは『ヒイラギヒネモス』の懐柔、あるいは排除を目的として──。


「こ、ぱ、ぁ……?」


 口から大量の血液が吐き出された。


 おびただしい量の血液が地面を赤く染める。

 自分の胸から刀が生えていることに気が付いたのは、感じたことの無い痛みが全身に駆け巡った後だった。


 視界が赤く染まる。体温が下がっていくのがわかる。自分がたっているのか倒れているのか分からない。痛みを感じているのか、麻痺して何も感じていないのかが分からない。分からない。分からない。分からない分からない分からない分からない────。


「せっかく、私好みの世界だったんだ。勝手に捨てられるのは困るよ……すごい困る」


 何も分からない。自分を指した『彼女』がどういう意味で言っているのかも分からない。


 だが。

 この少女が誰なのかは、誰よりも理解していた。


「カトリ……ミトリ……っ」


「さあ選ぶんだ。アリスちゃん。このまま死ぬか、また新しい世界に逃げ込むか。私はどちらもおすすめしないよ? このまま死んだら終わりだし、新しい世界に行っても……私じゃない私はまた君を殺しに行くだろう。そして聞くんだ────」

「……【創像】……」



「警戒していたね、何度目かな。躱されてないってことはそんなに試行回数は多くないのかな。私には、君の逃げ出した世界がどんなのかは分からないけれど、たぶん、私にとって都合のいい世界だったんだろうね。で、君にとって何度目か分からない質問だけど──」



「へぇ、惜しかったね。ここまで来るのに何回死ぬほどの痛みを受けてきたんだろうね。私には分からないことだけど、分かっても、どうでもいいことだけど。これは、どこまでも続くよ。なんでそこまでするのかな。もしかして──」



「──もしかして、話を最後まで聞いていない? 君には選択肢が3つあるんだよ。ここで死ぬか、次の世界に行くか……あ、刺し所が悪かった。次の世界に行く? 死ぬ? 早く決めないと──」



「話を聞くデ──!?」

「あ、いや、余計な反抗されないために、何されようと刺すよ。殺す気で刺すよ。じゃないと君、逃げるじゃん。出血量としては、三分くらいかな。話、聞きたいんだっけ?」

「ごぽァ……なに、優位に進めようとするデスか……聞かせたいのはオマエのはず──っ!?」

「止血薬とか出すの禁止だよ。もう、腕が無くなったから30秒くらいで死ぬんじゃん。どうする? 死ぬ?」



「………………」

「あれ、生きてる? なんで喋らないの?」

「………………」

「何回斬られたのか知らないけど、心は折れたみたいだね。じゃあ、話をしようか」

「………………」

「アリスちゃんが選べる未来は3つある。ひとつ、このまま死ぬこと。ふたつ、新しい世界に行ってまた刺されること。そして3つめ、──元いた世界に戻るんだ。たぶんだけど──まだ死んでも、死にそうにもなってないんじゃない? あれが、あれこそが──正史だよ」

「ぁあ……そうデス、か。どの道──」



「ワタシはもう、負けていたのデスね」

「アリス!? 何を言うのです! 貴方さえいれば、その力さえあれば! フェンリルなどいなくとも、負けることなどありはしません!」


 元の世界に戻ってきたアリスは、力なくうなだれた。

 そばにいる巫女がどれだけ激励を飛ばしても、彼女の心には届かない。


 アリス・イア・ヘルシャフトはずっと前からカトリミトリに敗北していた。

 この戦争など、カトリミトリにとってはただの通過点に過ぎないということが分かってしまった。


 次の計画に進むための、土台作り。


 彼女は他の世界で、『私に都合のいい世界』と言っていた。

 この戦争で得られたもの、あるいは失うべきことが彼女には重要なのだろう。


 彼女の……カトリミトリが思う、失わせるべき脅威(、、)

 ──願わくば、その中に、自分(アリス)が入っていれば、少しは救われる。


 パリンと部屋のまだが割られ、そこから人影が侵入してくる。


 ローブで身体をおおった人物。


「カトリミトリ……いやシエラル・ルディーネ、デスか」

「うん! わたしの名前はシエラル。王宮騎士第三位、シエラル・ルディーネ! 悪いけど──死んでね!」

「いいデスよ……デスがッ!!」


 弾丸のように飛来した水晶を、アリスは急造で生み出した盾を使って弾いた。


「彼女は……巫女さんの命だけは助けて欲しいのデス。彼女はワタシが巻き込んだ……ワタシに巻き込まれただけなのデス」

「アリス! 私のことは構わないのでございます! 共に逃げましょう! いいえ、ここは私の命を差し出してでも──」

「うーん……、んー?」


 互いに命を差し出し合う彼女を前に、シエラルは難しい顔をして唸った。


「よし! 拒否! 2人まとめて殺しちゃうぞー!」


 シエラルの展開した9つの水晶が、アリスと巫女の身体を容赦なく貫いた。

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