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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
4章 神話の再来
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-92- 60秒の聖戦

お読みいただきありがとうございます。

『準備はいいかい? みんな』


 いつもと変わらない、緊張などおくびも出さない平坦な声色でシエラルが言った。


 士気をあげるための演説、簡易的な作戦の確認。

 彼女がそれらを語っているのを流し聞きながら、王宮騎士であるロザリンデは隣にいた同僚(ムーサ)に話しかける。


「神国もバカだよね☆ 今のうちに攻めちゃえばいいのに☆ よーいドンで始めるなんて……戦争舐めてるね!」

「まぁ今とは言わず、準備期間中に攻め込まれていれば、確かに戦力は削られただろうが、それだけだ。神国の頭が考えてることは別に間違っちゃいねぇよ」

「ん? どして? ロザリーちゃん分かんなーい☆」


 通常のムーサなら、ロザリンデのふざけた言い方にイラついて話を切り上げるところだが、今はシエラルの形式的な演説に退屈していたところだったので、ため息をつきながらもやれやれと言った様子でロザリンデに説明をする。


「今回の戦争のメインは神狼(バケモノ)魔人(バケモノ)の戦いだ。しかも、勝敗は1分で決まる。王宮騎士(オレたち)はともかく、一般兵なんて端役だ。そんなもん、いくら削ったところで旨みはねぇし、俺たちからしても削られたところで大した痛手にはならねぇ」

「もしかしたら王宮騎士(ボクたち)を殺せたかもしれないのにね☆」

「数打ちゃ当たることもあったかもしれねぇが……神国が攻撃を辞めたのは、王国がフェンリルの生け捕りに成功したからだろうな」


 アリス率いる神国は、フェンリルを使って王国に波状攻撃を仕掛けてはいたが、王国が撃退ではなく生け捕りに切り替えたことでその攻撃をピタリとやめた。


 絶命すれば場所を選んで蘇ることのできるフェンリルだが、生きたまま拘束されたのなら当然蘇生はできない。


 王国は既に4匹のフェンリルの捕獲に成功していた。


「てなわけで、この戦争の火蓋は捕獲されたフェンリルの首と共に落とされる。っと、そろそろ二番(ディナ)転送(ワープ)し始めるな」

「魔人帝国の方は配置完了してるみたいだね☆ そろそろボクたちの番かな☆」

「先に言っとくが……足並み乱すなよ。60秒しかねえんだ。1秒の誤差が明暗を分けるぞ」

「しないってばぁ☆ ボクをなんだと思ってるのさ☆ まっ、初めては貰おうと思ってるけどねっ☆」

「それをやめろって言ってんだよッ!」


『【醜き腐龍の荒廃(クラプション)】ッ!! ──はーい! 一番隊隊長あまちことあまちー! 任務完了しました!』


『全員突撃ぃぃぃ! ディナちゃんもっと急いでッ!』


「……馬鹿がいたッ!!」

「一番とられたぁ……☆」

「……馬鹿しかいねぇ」



『55、54──』


 フェンリルと対峙するもの全員の頭の中に、シエラルのカウントが鳴り渡る。


「……ここが、神国。ヨスガラのいる国か」


 ヒイラギはぽつりと呟いた。


 敵地のど真ん中。

 そこへ転送された彼は、顔を上げてぐるりと辺りを見回した。


「ほ、本当にいきなり現れやがった……!?」

「落ち着けッ!! 計画通りに事を進めろ! 魔法班、砲撃用意──」


 360度、どこを見ても敵だらけ。

 こと『眼』に関しては神にすら届きうる彼にとっては、姿を表している敵と姿を隠している敵とに差異はない。

 全て平等に存在を確認され、視界が通り過ぎた時には全てが終わっていた。


「悪いけど、手加減する暇がないんだ」


「な、に……を」


 少し遅れて、バタバタと人の倒れる音が四方八方から聞こえて来た。

 民間人がいただろう。女子供がいただろう。


 老若男女関係なく、無差別に、平等に。


 透視と遠視を組み合わせた回避不可能の即死技を、神国に住まう全ての生命に対して行使した。


 この国は1秒と経たずに死の国と化した。

 今、この国にある生命は僅かなものだ。


 むしろ、ヒイラギ以外の生命があること自体が異常なのだ。


「アリスさん、かな。どうやったのか分からないけど、それは俺の役割じゃない」


 そう言いつつも、ヒイラギはその生命の灯火がある方向に足を進めた。

 目的はアリスではない。


 意図的に能力を使わなかったがために、奪われなかった命のある場所。


 ヒイラギ ヨスガラのいる場所に。



「アリス!? これはどういうことですか!? なにが起こったと言うのです!?」

「ヒイラギ ヒネモス……ッ!! 最低最悪の選択肢を、躊躇いもなく選ぶデスか! カトリ ミトリ!」


 巫女が慌てた様子でアリスに詰寄る。

 彼女たちの足元には砕けた水晶の欠片が散らばっていた。


 『死避の首飾り』。


 効果は名前の通り、身につけた者の死を1度だけ肩代わりするというものである。


 希少かつ高価な鉱石を、特別な製法で長年の歳月をかけてようやく製造できる、神国の至宝ともいえる逸品だ。


 前線に出ない彼女らは、あくまで保険として身につけていただけではあるが──今はその保険に救われた。


「何故、何故、何故」


 ヒイラギが神国への尖兵として来る確率は、アリスの見立てでは高くもあり、低くもあった。


 なぜなら、ヒイラギ ヒネモスという人間は……柊 終日という少年は、ただの男子高校生であるはずだからだ。


 人間の心を失くした深里 真理ならまだしも。

 幾人ものクラスメイトを殺害し、精神が麻痺している白樺 司人ならまだしも。

 白樺に殺され、命令一つで動くことの出来るゾンビ(クラスメイト)ならまだしもッ!!


 ただの少年に、平常な精神で大量虐殺を行えるはずがないからだ。


 命令に束縛されている訳では無い。

 自ら進んで人を殺せる性格の持ち主でもない。


 ヒイラギが土壇場で怖気付いてしまえば、その作戦そのものが無為と化してしまう。


 確かに、ヒイラギ以外に、こんな効率的に神国を無力化できる者はいない。

 だが、彼が虐殺するという保証は100%ではなかったはずだ。


 そんな博打を、あのカトリミトリが行うだろうか。


 そこまで考えて、アリスは首を振って思考を打ち切る。

 事は全て起こってしまった。


 神国は崩壊し、彼女の手元に残るのはフェンリルのみ。

 そのフェンリルも、数秒以内に全ていなくなるだろう。


 ──数百万の命を奪ったヒイラギに、もはや妹を殺せない道理はないのだから。


「ここまで、デスか」

「……アリス?」


 ヒイラギが来たことに驚きはした。

 驚き、認めがたく余計な思考をしてしまったが、しかしその可能性は予測していたし、こういう結果になることも承知していた。


 全ては、想定内の出来事に過ぎない。


「【創像】」


 アリスがそう、スキルを口にした瞬間。


 世界の全てが静止した。

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