-91- 決戦前夜(裏)
お読みいただきありがとうございます。
ちなみに本日2回目の投稿です。
前話の、決戦前夜(表)からお読みください。
「長かったような、短かったような……。あは、感傷に浸るなんて、おばさんかっつーの」
帝国の一室。
医務室として扱われている部屋で、銀髪の少女は独りごちる。
彼女の名は黒鉄白銀。
ひょんなことからこの世界に転生し、第二の生を謳歌するシンリたちのクラスメイトである。
そんな彼女がこの部屋にいる理由はただ1つ。
「ごめんね、ミカちゃん。もう少し……もう少しだけ、夢を見ていて」
そう言って、彼女は傍らに横たわる少女の髪をそっと撫でる。
秋月三日月。
シロガネにとって親友と言って差し支えない──否、それ以上の存在である少女。
シロガネはゆっくりアキヅキの顔に自分の顔を近づけて、おでことおでこをひっつける。
「目が覚めた時には、全部終わってるから。そのときに……またいっぱいお喋りしようね」
今は、シロガネの能力により眠らされ続けている。
それは全て、アキヅキのために。
アキヅキを守るためだけに、シロガネはこの世界で生きてきた。
シエラルに力を貸しているのもその一端に過ぎない。
「この戦争が終わったら、世界は大きく変わる。どちらが勝って、どちらが負けても、あんたの計画は狂わない。そんなどうでもいいことに、ミカちゃんを巻き込ませたりなんかしない。……聞いているんでしょう? もしも約束を破ったら──あたしがあんたを殺すわよ」
ここにはいない『彼女』に、シロガネは天井を睨みつけて言い放つ。
姿形は見えなくとも、肩をすくめる少女が目に見えるようだ。
言うだけ言って満足したのか、シロガネは「ふぁ〜」と気の抜けた声を吐いて、アキヅキの隣に寝転がる。
「ふへ、ふへへへ。いつ見てもミカちゃんはかわゆいにゃ〜。えへへへへ。ミカたんぺろぺろ」
「……いつ見ても嬢ちゃんは気持ち悪いなァー」
「は? 黙れよおっさん殺すわよ」
「へいへい。怖いねぇ」
シロガネはジト目で部屋の入口を見る。
そこにいたのは、彼女の同僚──シエラルが部下として連れてきたローブの男だった。
突然音もなく現れた彼に驚きを見せることも無く、シロガネは会話を続ける。
「てか、鍵掛けてんだけど? 入ってくる? 普通」
「鍵なんて俺には関係ないんだな、これが」
「はぁ……次からは結界でも張っとこうかしらね」
「人間の理で作る壁なんざ無いのと一緒ですよと。……ま、次は最低限ノックくらいしてやるよ」
「昨日も同じこと言ってたけどね、あんた」
「はっ、様式美だろう? この『次』があんのかは知んねぇが。遅くなったが邪魔するぜ」
「ほんと邪魔。おじゃま虫」
はいはい、と受け流した彼は、シロガネたちが横になっているベッドに近づいて──そして通り過ぎてそのひとつ奥にあるベッドに腰をかけた。
ローブを脱いで現れたのは、30半ばの男性だった。
灰色のくすんだ髪に、軽薄そうではあるが整った顔。
対して纏う雰囲気は壮絶な人生を歩んできたような、妙な迫力があって、そのギャップが異性に好まれそうだ。
彼は座ったベッドの上に眠る少年の髪を不器用に撫でる。
「あんたもおかしな奴よね。捨てた息子がそんなに大切?」
シロガネは横になったまま、隣に眠る白い少年に目を向ける。
その少年にもやはり意識はない。
アキヅキと同様に、シロガネが眠らせているからだ。
「捨てた……捨てた、ねぇ。捨てたんだろうなぁ、俺は。あいつと、こいつを。命惜しさに逃げ出しちまった。でもさ……」
「あ、その話、長くなりそうならやめてもらっていいです?」
「てめぇが振った話だろ聞けや」
「おっさんの身の上話とか死ぬほどどうでもよす……」
シロガネは目をぎゅっと閉じて舌を出して、大仰にげんなりした表情を作ってそう言った。
そう言ったあと、男に背を向けアキヅキを愛おしげに見つめて、彼女は続ける。
「守るため、とか言いたかったんでしょ? 大切な家族を守るために、捨てたと思われても、裏切ったと思われても。決して感謝はされないとわかってても、それどころか非難されて恨まれてでも、その子を守りたかったんでしょう? で、結果としてその子は生きてここにいる。それが全てよ」
「嬢ちゃん……たまにはいいこと言うなぁ」
「たまに、は余計よ。ま、あたしも似たようなモノだからかしらね。あんたを否定したら、同じことしてるあたしまで否定することになっちゃうでしょ。他の全てを切り捨ててでも、犠牲にしてでも、自分の守りたいたったひとつを守る。……それが、たとえミカちゃんが望まないことだったとしても」
たとえば、仲間がいて。
そのほかの全員が死んでしまって独りで生き残るのと、仲間と共に全滅して終わってしまうのが、どちらが幸せかという話。
その仮定に正答はない。
賛否両論。
前者を選ぶ者もいれば、後者を選ぶ者もいるだろう。
「全てが終わったあと、ミカちゃんは……」
シロガネは優しくアキヅキを抱きしめて、耳元で囁くように言う。
「怒るのかな、悲しむのかな。それとも……」
意識のないアキヅキからは、その問いの答えは返ってこなかった。
〇
少し欠けた月を見上げる。
辺りは木々に囲まれて、時折風が吹いては葉の擦れる音が周囲から聞こえてくるが、それ以外に物音はほとんどしない。
鳥も、動物も、全てが眠りについたと思わされるような深夜の森。
日付は既に超えているだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、シンリは森の中に佇んでいた。
隣には、クラスメイトの少女である郷離心沪がすやすやと寝息を立てて寝ている。
ほとんど話したことも無い同級生の異性がすぐそこにいると言うのに、無防備なものだ。
今のシンリに、そういった感情はほとんど残ってはいないが。
サトリはその能力……テレパシーの力を貸す代わりに、シンリの存在を求めた。
戦争が終わるまでの間……サトリの能力が封じられるまでの間、能力の効かないシンリを側に置くことを条件として、テレパシーを貸している。
司令塔であるシエラルがそれを了承したということは、この戦争におけるシンリの役割はほとんどないのだろう。
強いていえば、サトリの側にいることが、シンリにしかできない役割だとも言える。
「いや……」
そう言えば、一つだけテレパシーで頼まれていたこともあったか。
後始末というか、保険というか。
もしもの時はすぐ動けるようにしておいてくれと、そう言われた。
天才である従妹……香取 看取に頼られたようで、嬉しかった……のだと思う。
もうあまり、人間の時にはあった感情が薄れてしまって、それが適当な感情なのかも分からない。
香取看取。
探していたはずなのに、会いたかったはずなのに、いざあってしまうと時間が経ちすぎていて、魂が聖霊に寄りすぎてしまっていて、何を話したらいいか分からない。
話したいことも、言いたいことも、いくつもあったはずなのに、もう、どれが自分の気持ちなのか分からなくて、どれも自分の気持ちではない紛い物のような気がして。
もっと、早く出会えていればよかった。
残った、人間の部分から出た本心も、数秒後には風に吹かれた砂のように消えてしまった。
あの日。シンリたちが事故にあって全員が死んで、よく分からない空間に集められたあの日。
担任の姿をしたナニカに、最後まで残ったシンリは質問をした。
そして得た回答は、転生を選んだクラスメイトが2人いたことと、この世界でも17歳になるように、それだけの時間が経っているということ。
転生を選んだ2人というのは、言うまでもなくミトリとシロガネだろう。
ミトリがシエラルとして生まれ変わり姿かたちが変わっているのに対して、シロガネは髪色以外あまり変わっていなかったが。
いや、性格も変わっていたのか? あまり彼女を知らないシンリでは、元の性格が発露した結果なのかは検討がつかない。
ともあれ、シエラルだ。
彼女はどうしても同い年には見えない。年下にしか──
「んんぅ……」
隣に眠るサトリがもぞもぞと動いた。
「ふっ」
言ってしまえば、サトリだって年下にしか見えない。
中学生だと言われれば信じるし、エルゼやエンテだって、小学生の歳だが中学生にも見える。
彼女たちを並べて、サトリやシエラルが17歳だと聞いてしまえば、エルゼたちだって17歳に見えてくるかもしれない。
考えていることがどうでも良すぎて、くだらなすぎて、思わず吹いてしまった。
笑ったのは、いつぶりだろうか。
全部終わったら、ヒイラギにでも話してみようか。
エルゼたちやシエラル、サトリを並べて、クラスメイトに見せてみようか。
そのために。
このくだらない戦争を、さっさと終わらせよう。
俺、この戦争が終わったら……()
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