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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
4章 神話の再来
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-88- わたしはなんでも知っているんだよ

お読みいただきありがとうございます。


「なな、なんで……」

「ど、どうして……」


 わなわなと唇を震わせる少女2人。言うまでもなくエルゼとエンテ。

 彼女たちの前には、次の行動を予測して耳を塞ぐシエラルの姿があった。


「「シンリさん(様)が戻ってこないんですかぁぁぁ〜!!」」

「どうしてもなんでも、そういうことだよ。しぃ君はまだ帰ってこない」


 前回、サトリに協力を取り付けたまでは良かったが、彼女の告白を全員にテレパシーで聞かれていたことがバレてしまった。

 機嫌を損ねたサトリは、協力する条件として、シンリをしばらく森にいさせるように要求したのである。


「誰ですかサトリって!」

「しぃ君とか馴れ馴れしく呼ばないでください!」

「あーはいはい」


 シエラルはキャーキャー騒ぐ2人を適当にあしらう。


「というか、君たちにもテレパシーは使えるようにしてあるはずだよね。それでしぃ君に話を聞けばいいじゃないか」


 シエラルの放ったその言葉に、2人はさっと顔を背けた。


「?」

「……拒否、されたの」

「なんだって?」

「話しかけすぎて……。その、わたくしたちの声はシンリ様に届かないのです……」

「……ああ、そう」


 少女2人の沈痛な表情に、シエラルは気まずそうに目をそらす。

 雰囲気を変えようとしたのか、シエラルは思い出したように口を開く。


「そういえばさぁ」

「……なんですか」

「この前買った媚薬、誰に使うのかなぁって思ってね」

「「!?」」


 エルゼとエンテは驚いたような顔でシエラルを見るが、彼女はニコニコと笑ったまま黙っている。


「な、なんのことを言っているのか……」

「わたしはなんでも知っているんだよ。なんでも、見てきたんだよ。例えば──」


 目線をエンテに合わせて、


「エンテちゃんが、しぃ君が拒まないのをいいことに、いつも一緒に寝ていたことを知っているよ」

「な、ぜ、それを……」

「他にも、しぃ君が寝ている隙にキスを──」

「いやあああああああああああぁぁぁ!!」

「──しようとして、臆して額に留めたこともね」

「……こ、殺してください……ッ」


 エンテはそう言いながら、顔を真っ赤に染めてその場にへたりこんだ。


「へぇ、あんたそんなことしてたんだぁ。よし、殺そ──」

「そうそう。エルゼちゃんも、奴隷の時、しぃ君の名前をつぶやきながら馬車で──」

「ぎゃああああああああああああ!!」

「おっと、これ以上は乙女なわたしからは言えないな」


 あっはっはとシエラルが笑っていると、彼女たちは逃げるように部屋から出ていった。


「ふふふ、かわいいなぁ。ねえ?」


 いまこの部屋には、シエラルと、もう1人、ローブを被った彼女の部下がいる。


「……君も可愛いよ、シエラル」

「っと、あは。ありがと」


 ローブの奥から聞こえてきた声は女性のものだった。

 シエラルは、まさか返事が返ってくるとは思っていなかったため少し驚いたような顔をしたが、その後笑ってお礼を言う。


 ローブの部下……彼女は淡々とした声色で、後ろから座っているシエラルを抱きしめながら彼女の耳元で囁くように言った。


「……あと少しだ。あと少し、頑張ってくれるね?」

「うん。もちろんだよ。────。」


 シエラルはくすぐったそうにはにかんだ。



「というわけでユラさん。シンリさんにてれぱしーしてください」

「いきなりだね、2人とも」


 突然やってきた2人に苦笑いを浮かべるユラ。

 磨いていた槍を壁に立て掛け、彼女らを招きイスに座らせる。


「………………。ああうん。エルゼたちが……。おっけー。伝えとくよ」

「シンリ(さん)様はなんと!?」

「なるべく早く帰るってさ」

「帰ったら一緒に寝てくださいって伝えてください!」

「ずっ、ずるいですね。わっ、わたくしも! わたくしも……っ!」

「それくらいなら構わないって。良かったね、2人とも」


 無言でガッツポーズをする2人。

 ちなみに内心ではどちらもを蹴落とすことしか考えていない。


「そういえば、サトリって誰なんですか?」

「誰ってクラスメイト……あー、知り合いって感じかな。別に仲が言い訳じゃないけど」

「それでは、その、魅力的な方なのでしょうか?」

「と言うと?」


 エンテの問いに、ユラは首を傾げた。


「シンリ様が愛の告白を受け入れる可能性は……」

「ああ。確かに、小動物みたいでかわいらしい子ではあったと思うけど」

「「けど!?」」

「食い付きがすごい」

「け!?」「ど!?」

「君たち絶対仲良しでしょ」


 ユラは少し笑って言った。


「フカザトはきっと、サトリを振ったよ。彼にはたぶん、好きな人がいるから。恋愛感情かは知らないけどね」

「は?」「え?」

「あ」


 ユラは言った後で、しまったという顔をしたがもう遅い。


 恋する乙女たちの目の前で、堂々と恋敵という名の燃料(わだい)を投下してしまったのだ。

 燃え上がることは、火を見るよりも明らかであった。


「「どういうことですか!」」

「えーっと、フカザトくんが帰ってきてから聞いてくださーい」


 左右から服を引っ張られ揺らされることに若干面倒臭さを感じつつ。

 頭の中でとある気配が近付いてきているのを察知していた。


「はい、ここでスペシャルゲストの登場です!」

「はぐらかさないでください!」

「そうです! さっきの話を詳しく……あ」


「お主ら、久しぶりじゃの」


 ユラの部屋に入ってきたのは、エルフの幼女、ミルネアシーニ。

 彼女は額に青筋を浮かべながら、見たことも無いような満面の笑みで笑っていた。


 来訪者の顔を見て、1番変化が顕著だったのはエンテだ。

 年相応の表情でユラを揺さぶっていたのが、すんと感情を削ぎ落として平坦な声色でつらつらと言葉を発する。


「ミル様誤解です。ミル様を投げ捨てたのはわたくしですが、指示したのはエルゼ様です。わたくし悪くないです」


 だがしかし、今のエンテには狐の耳と尻尾が生えており、尻尾は挙動不審に震えていた。

 いくら優秀な彼女であっても、生えてきたばかりの器官を制御することはまだできない。


 ちなみにエルゼはすぐに風魔法を使って窓から逃げようとしていたが、ミルネアシーニに魔力を乱され床を転がっていた。


「お主らのことは、我が勇者からわしに一任されておる。覚悟はできておろうな」


 きゃあああああああ、とユラの部屋から響いた少女の声に、ユラロリコン疑惑が噂されたとかしないとか。

 皆ユラのことはほぼ初対面のため無関心に近いのでたぶんされていない。



 きぃきぃ、と。


 規則的に、なにかが軋むような音がしていた。


 部屋の真ん中にぽつんと置かれた安楽椅子。

 その部屋には、その椅子以外に物は何も無かった。


 そこに座り、ゆっくりと身体を揺らしているのは、鮮血を思わせる紅色の髪を持った少女、アリス・イア・ヘルシャフト。


 彼女は肘を付き薄目を開いて、退屈そうに部屋の一点を無言で見つめていた。


「………………」

「………………」

「………………」


 否、無言ではあったが、彼女は会話をしていた。

 それは、脳内で。


 帝国に潜ませた内通者から、テレパシーで情報を送って貰っているのだ。


 テレパシーによる交信が終わると、アリスは小さく息を吐く。


 今回得られた情報はそう多くはない。

 情報と言うよりは、報告。

 テレパシーを得たから、今までステフォでしていた連絡をテレパシーですることにしたというものだった。


 それをアリスは了承した。

 それ自体は、特にデメリットのないものだったからだ。

 証拠に残ってしまうステフォよりも、テレパシーの方がいつでも使える分、便利で使い勝手が良い。


 だが、それは同時にアリスにひとつの疑問を抱かせるものでもあった。


「なぜ、ワタシにテレパシーが届くのデスかね」


 サトリの能力(テレパシー)は強力だ。

 顔を知っていれば、誰にでも声を届けることができる。

 そして1度でもテレパシーを使ったのなら、その者はテレパシー能力を得ることができるのだ。


 カトリミトリは、クラスメイト全員にテレパシーの力を分配するべきではなかった。

 クラスメイトの中に裏切り者がいたのなら。いや、現に裏切り者は存在しており、こうしてアリスに使われている。


 テレパシーを使わせるなら、カトリミトリが信頼できるフカザト シンリや、帝国を統べるシラカバ シビトだけに留めておいた方が良かったし、使うのなら決戦ギリギリの、アリスがテレパシーの存在を知ってもどうにもならない時に使うべきだった。


 内通者などいないとでも思っているのか、あるいは、どうせステフォで連絡が取れるのだから関係ないとでも思っているのか。

 考えても答えは出ない。こうしてアリスに疑念を抱かせ、無駄に思考させる作戦なのだろうか。


 考えてしまえば、カトリミトリの術中だ。

 答えのない疑念に、疑心暗鬼に陥ってしまう。


 あるいは。

 あまりにも荒唐無稽な発想だが、アリスの脳裏にひとつの可能性がよぎってしまう。


「本当に、内通者がいないと思っていたデスか? ワタシがテレパシーを悪用しないとでも? それはあまりにも……愚かなのデス。とてもあの天才(バケモノ)、カトリミトリとは思えない」


 ──相手は、シエラル・ルディーネという少女は、もしかしたら転生したカトリミトリではないのでは。

 なんて。


「有り得ないデス」


 口には出さない。

 口に出してしまえば、アリスは油断をしてしまう。

 無論、持ちうる全てを使って全力で世界征服を成すつもりではある。が、相手があの天才(カトリミトリ)でないと口に出してしまった途端、きっと、彼女は油断してしまうから。

 天才(かのじょ)のいない敵軍など、絶対勝てると心のどこかで慢心してしまうから。


「……はは」


 アリスは笑った。

 笑って誤魔化した。

 一瞬よぎった可能性を笑い飛ばしてなかったことにした。


 いてもいなくても、やることは変わらない。

 そもそも、アリスを油断させることこそがカトリミトリの狙いかもしれないのだから。

 堂々巡り。答えは出ない。


 アリスが安楽椅子から降りると、初めからなかったようにそのイスは消えていた。


「王国は、このまま行けば3日で陥落しますデス。カトリミトリが……帝国が動くなら、明日。いや、テレパシーの調整を考えるなら、明後日デスかね」


 カトリミトリは、明日にはクラスメイトたちにフェンリル掃討の作戦内容を話すだろう。

 アリスの仕事はそれからだ。


 内通者にその作戦を聞き、それに対抗する作戦を短時間で立てる。

 後手に回るようだが、状況は圧倒的にアリスが有利なのだ。


「どちらが勝つか、楽しみデスね」


 アリスはそう言って、また笑った。


 決戦は近い。

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