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見慣れた教室だった。
並べられた机にはクラスの全員が座っていて、前にある教卓には担任である教師が立っていた。
「なん……だよ……なんだよこれ!」「教室……学校?どうして……?」「私たち、どうなったの!?」「知らねえよ!」「こんなのおかしいよ!だって、私たちは……」
そこにいる誰もが状況を理解出来ていなかった。
けれど、そこにいる誰もがこう思っていた。
「私たちは、死んだんじゃ、ないの……?」
そう、彼らのクラスはバスでの移動中に事故に巻き込まれ、崖から落ち、即死したはずだった。
万が一、奇跡的に生きていたとしても、全員が全員生きているなんてのはもちろん、今のように無傷だなんていうことは絶対に有り得ない。
「説明します」
担任である瀬川がおもむろに口を開いた。
機械のように感情の篭っていない、温かさを感じさせない声色だった。
「先生……?」
厳しい一面も優しい一面もあった威厳のある彼とは似ても似つかないその声に、生徒の1人が不安の声を漏らした。
「いいえ。私はこの人間ではありません。彼は死にました」
淡々とそう言う瀬川に、生徒たちは何も言えなかった。
「説明します。彼が死んだように、貴方たちも死亡しました。しかし、彼は死の間際に、貴方たち生徒の無事を願いました。人間味溢れる彼に敬意を表し、我が主は彼の最期の望みを叶えることにしたのです」
「主?」
「貴方たちの言葉というのなら、神です」
誰かがポツリともらした声に、瀬川ではないナニカは答える。
「続けます。貴方たちはもう一度生きることができます。しかしそれは、貴方たちが生きてきた地球ではない世界です。もちろん、死を受け入れて輪廻の輪に加わることも一つの選択として選ぶことも可能です」
「異世界転生?」
「厳密に言えば、転生というよりは転移に近いものです。あくまで貴方たちは貴方たちのまま、貴方たちの言う『異世界』で生きてもらうことになるのです」
そこまで聞くと、数人はテンションが上がったように、ナニカに質問をした。
どのような世界なのか、というものだ。
「まず、貴方たちが生きていた日本と比べれば、大変危険な世界です。普通の人間の脅威となる化物が闊歩していたり、貴方たちに受け入れることができるかは分かりませんが、奴隷も殆どの地域で認められています。そして技術の進歩も日本とは比べることも出来ないほど遅れています」
ナニカはその世界のマイナスポイントをそれからいくつか挙げていった。
「しかし、簡単には死なないように能力の向上ということで便宜を計らいますし、奴隷といってもあまりにも酷い扱いは法で禁じられています。技術に関しては科学とは別の、魔法という形で進歩しているため、最初は戸惑うこともあるでしょうが、次第に慣れていくものだと考えられます」
「能力というのは?」
「『称号』や『スキル』というものがあります。『称号』は定められた行為を達成した者に与えられ、様々な恩恵を得ることができます。『スキル』とは簡単に説明すれば技です。技術が拙くとも、少なくとも形になるくらいのことは出来るようになります。今出来る説明はこれで以上です。他に、何か質問はありますか」
ナニカは首だけを動かして教室を見渡す。
一人の生徒が手を挙げた。
「今言われた別の世界で生きるとして、僕たちは最初、どこに飛ばされるのでしょうか」
「はい。それは分かりません。完全にランダムとなっております。一度に40人もの人間が一箇所に現れたとなれば、あちらの人間がどのような行為に走るか分かりませんから。一人ひとり別々の場所からのスタートとなっております」
ナニカはそれからも何人かの生徒の質問に答えていった。
質問が一段落つくと、ナニカはまた説明を始める。
「貴方たちの机の中に入っている端末を手に取ってみてください」
生徒たちが机の中に手を入れると、一人に一台ずつ黒いスマホが入っていた。
「それは、貴方たちのステータスを確かめることができます。随時手に入れることが出来る『スキルポイント』を割り振ってスキルを入手することも可能です。ステータスフォン、略してステフォとでも呼んでください。その他、所持金を収納でき、装備などの道具も一定量収納することが可能です。決して壊れることもなく、紛失したとしても持ち主の所へ転送されるため失くすという心配をする必要はありません」
生徒の一人が、ステフォの電源ボタンを押すと、こんな画面が出てきた。
『異世界で生きることを受け入れますか』
《yes/no》
「もう確認した者もいるでしょうが、yesを選べばすぐに異世界へへと送られます。noを選べば魂は天界へと送られます。押し間違えにご注意ください。貴方たちの好きなように、貴方たちが選びたい方を押してください。制限時間などはございません。質問は受け付けます。それでは、良い人生を。または、良い来世を」
ナニカが一礼するとともに、数人の姿が教室から消え去った。選択をしたのだろう。それがyesなのかnoなのかは誰にもわからないが。
一人、また一人と消えてゆく。
質問をする生徒もいて、ナニカに回答されると、どちらかを選択して消えてゆく。
結果、最後まで残った生徒がいた。
これまで一度も口を開かず、ステフォすらもまだ机の中に入ったままである男子生徒。
「最後の一人になったわけだけどさ、特別に何か特典があったりする?」
「いいえ。ありません」
「残念。じゃあ次の質問。何人が異世界に行った?」
「三十九人です」
「……全員?なら俺も行くか」
少年はステフォを取り出して、画面を見た。
yesに指を伸ばして、最後にナニカを見る。
「瀬川が俺たちの無事を望んだからって、こんなことをするなんて、案外神様っていうのは暇なんかね。あ、もう一個質問ができたわ。聞いていい?」
「どうぞ」
「yesを選んだのは何人だ?」
「三十七人です」
「そっか」
先程の言葉と矛盾するナニカの言葉を、少年はすんなりと受け入れた。
「その二人は、同じ世界に転生したと考えてもいいのか?」
「はい」
「記憶はあるのか?」
「はい」
「俺がyesを押せば、noを押した時間より十七年くらい経っていたり?」
「はい」
「まじか……。転生か転移か迷うな」
少年はしばらく画面とにらめっこしていたが、意を決したようにyesを押した。
少年の意識は一瞬で消え去った。