一章
丈清は由羅がどこから来た何者なのかが一番気になっていた。思わずつばを飲み込んで由羅を見つめた。
「私は・・・惑わしの森から来た者です。」
由羅の言葉に丈清は眉を細めた。
「聞いたことがある。惑わしの森にはそこで暮らす一族がいると・・・」
趙子が言うと由羅は調子を見てゆっくりと頷いた。
「惑わしの森に暮らすのはごくわずかな者達です。民の数も調整され、強者を作り上げる一族。私のような武力を持つ者は他にもおります。私はいわばその一族の四天王と呼ばれる者の一人。私の一族の長の名は真戒。ここで育った者は数々の勢力下に紛れております。私はその中で最も強い四人のうちの一人。」
話を聞いている四人の顔が強張っていた。
「武力を持つ者の中で、私が知る顔はごくわずかです。知っているのは四天王だけ。ですが、その四天王と顔を合わせることも少ない。」
「由羅殿は、四天王でありながら何故こうして・・・」
丈清が聞くと由羅は丈清を見て口元に笑みを浮かべた。だがその目はどこか悲しげであった。
「私は四天王でありながら、唯一主君を恨む者だからです。」
「恨む・・・?」
丈清は知りたい気持ちが前に出ていた。それを見た陸苑は丈清を見てそっと笑みを浮かべた。
「他の者たちはどう思っているかはわかりません。ですが・・・ですが私は、いつか一族全てを殺したいと思っています。」
それを聞いた四人は驚いた。
「私は幼い頃に大僧正と出会い、不動明王からの天命を受け、阿修羅の力を持つ者と戦う為におります。そして、この戦で阿修羅の力を持つ者が現れれば、私はその者を倒して死にます。鋭史には、もし生きていたら私の代わりに一族を殺してくれとお願いをしました。」
「・・・何故、一族を・・・」
趙子が聞くと、由羅は少し俯いた。
「私達がどうして強いか・・・それが理由です。物心ついた頃より武器を持って人を殺した数は・・・数え切れない程おります。弱者は強者によって命を奪われる。最初に人を殺めたのは、私がわずか六歳の頃でした。」
「六歳だと・・・・」
思わず陸苑は体を震わせた。
「殺さなければ、私が殺されるからです。私が四天王に選ばれるまで、数え切れない仲間を殺しました。それが自然に身につけた私達の力です。私を信じるも、信じないもご自由になさってください。私は阿修羅の力を持つ者を倒せればそれでいいのです。これが、私の正体です。」
誰もが驚きを隠せないでいた。
「では、由羅殿と同等の武力を持った者が、あと三人いるということですね?」
趙子が聞くと、由羅はゆっくりと頷いた。
「鋭史も私と同じ武力を持った者とお考えください。私には他に不動明王の力があります。その力をお借りした場合、私を殺せるのは阿修羅の力を持つ者だけでしょう。」
「それほど・・・天の力は強いということですか・・・」
「はい。もし、阿修羅の力を持つ者が現れた場合、私との戦いには入らぬように。殺してしまう可能性がありますし、私に助ける余裕もないでしょう。」
陸苑はそれを聞くと小さく数回頷いた。
「それと、遺言・・・というわけではありませんが、阿修羅を倒すことができたら、鋭史と、鋭史の妻と子をお願いします。その変わり、倭州の戦いにも協力いたしますので。」
「ああ。よかろう。」
陸苑が言うと、由羅は陸苑を見て小さく頭を下げた。
「丈清。お前の屋敷に由羅殿を。鋭史殿は戻り次第摂黄の屋敷に案内させる。」
陸苑が言うと丈清は目を見開き陸苑を見た。
「由羅殿も、丈清なら安心していられるであろう。」
「鋭史殿は、私にお任せください。」
丈清はどうしていいかわからず思わず由羅を見た。由羅は丈清を見てそっと笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします。」
「あ、ああ。こちらこそ。」
由羅が小さく頭を下げると、丈清は動揺しながらも改まったように頭を下げた。
由羅は城からすぐにある自分の屋敷に由羅を連れて来た。饕餮は中庭に、飛天は丈清の馬と同じ馬小屋へと連れて来た。
「私はここで一人で暮らしているので、大した御もてなしはできませんが、自由にくつろいでください。」
丈清は何故か慌てていた。茶を入れた方がいいのか、それとも何かを出した方がいいのか、そんなことを考えながらあちらこちらに動いてしまっていた。由羅は椅子に座ると丈清を見た。
「将軍。落ち着いてください。私は何もいりませんので。」
由羅が言うと、丈清は大きく息を吐いた。
「申し訳ない。家に女性を招いたことがなかったので、どうしてよいかわからず・・・お恥ずかしいまでです。」
「それは意外です。貴方なら素敵なお方がいるのかと思っておりました。」
「いや・・・武の道にばかり集中していたせいか・・・未だに・・・」
照れくさそうに言う丈清に由羅は笑みを浮かべた。ふと部屋を見渡すと部屋の奥に仏壇があった。由羅は椅子から立ち上がり仏壇の側に行った。仏壇には二つの位牌があった。
「私の両親です。」
丈清は歩み寄りながら言うと、由羅はその位牌を見つめてから両手を合わせた。
「父は立派な将軍でしたが、戦で死にました。母もまだ幼い私をかばって命を落としました。」
「そうでしたか・・・・」
「由羅殿のご両親はご健在ですか?」
丈清が聞くと、由羅は合わせた手をゆっくりと下ろした。
「・・・私は、両親の顔を知りません。」
「えっ・・・」
「真戒の話しでは、己が命欲しさに私を差し出したそうです。だから私はあそこにいるのです。」
聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれない。丈清はそう思った。
「すみません。余計なことを聞いてしまいました。」
「いえ。いいのです。」
由羅はそう言うと丈清を見て笑みを浮かべた。その時思った。由羅はふと笑ってはくれるが、その笑顔が何故か偽りに思えた。そんな風に見えたのだ。
「あの・・・汗をかいてしまったので、少し湯につかりたいのですが・・・」
「あ、ええ。そうですね。すぐに湯を沸かします。」
丈清はそう言って奥の方へと入って行った。由羅は丈清が見えなくなるまで見ていた。丈清の姿が見えなくなると、大きく息を吐いて再び位牌を見た。
「私も・・・あなた方のようなご両親の元に生まれていたら・・・このような道を進まずに済んだのでしょうか・・・」
胸が苦しかった。由羅は胸を押さえるように両手を胸にあてると俯いてしまった。一方、丈清は井戸から水を汲み上げていた。何度かため息をつきながら水を風呂へと運んだ。聞きたいことが沢山ある。初めて会った時の気持ちは今でもはっきりと覚えている。今まで見たこともない美しく妖艶な女性。しかし、その美しさの中に隠されていた悲しみと苦しみ、そして憎しみを知った。だが時は乱世。皆それぞれに色々なことを抱えている。だが、気になって仕方がなかった。興味本位とかそうゆうのではなく、何か力になれないだろうか。そう思っていた。そんなことを考えながら薪に火をつけて湯を温めていた。湯が暖まるまで由羅に着せる服がないか探した。母が着ていた衣を取り出し由羅の元へと戻った。すると由羅はまだ仏壇の前に立っていた。しかし胸を押さえるようにして俯いていた。声をかけていいのかわからず見つめることしかできなかった。すると気配に気づいた由羅は顔を上げてこちらを見た。
「あ・・・今湯を沸かしています。着替えですが、母上のものしかなかったのでこれでよければ・・・」
「いえ。大切なお着物を着るなど・・・」
「お気になさらないでください。母上も喜びます。」
そう言うと由羅に衣を渡した。由羅はその衣を見つめた。
「では・・・お言葉に甘えて・・・」
ちょうどその頃、城では陸苑と趙子が由羅についての話をしていた。
「しかし、丈清殿の元に由羅殿お一人をお任せなさるとは・・・」
「丈清は気づいてるかわからぬが、由羅殿に惚れてしまっているようだ。」
「それは珍しいことですね。まぁ、あの大僧正様が信用なさっているお方であれば心配はいりませんね。」
「ああ。それより、不謹慎かも知れぬが、由羅殿と鋭史殿が加わってくれたおかげで勝機が見えた。」
「それほどの力があるのですか?」
「ああ。まさに人知を超えた身のこなしだ。あのような戦い方は見たことがない。」
「そんなに・・・」
「数々の武将を見て来たが、あれ程の武将を私は見たことがない。」
「ということは、由羅殿の話しを信じるならば、あと三人、それ程の腕を持つ武将がいるということですね。」
「ああ。四天王か・・・・」
「あのお二人がそれ程の力なら、是非我が軍に来ていただきたいものですね。」
趙子が言うと、陸苑は大きく息を吐いた。
「しかし・・・由羅殿には目的がある。それをどうここに留まらせることができようか・・・」
「では、まずはこの戦に勝利してから私が考えましょう。」
「ああ。頼む。」
由羅は丈清が沸かしてくれた湯に入った。大きく深呼吸をすると湯に浸かったまま天井を見上げた。思い出すのは丈清と剣舞を舞った時のことであった。もし、自分が他の人と同じように生きられたら。しかし、この腕がなければ出会うこともなかった人。所詮、この特別な力がなければただの女。価値などない。余計な想いを抱いてはならない。ただ阿修羅の者を倒すことだけに集中しなければ。由羅はそう心の中で自分に言い聞かせていた。
<惑わしの森の一族>
◆真戒
惑わしの森の一族の長。
◆四天王
由羅
功櫂
◆惑わしの森の住人
玉凛