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黎明の風  作者: 浅葱-Asagi-
満月の夜
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七章

 その頃、由羅と丈清は村人達を連れて倭州へと向かい始めた。曹伯は何故か饕餮に興味を持ち、饕餮の背に乗っていた。


「饕餮が怖くはないのか?」


 由羅が聞くと曹伯は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「はい!」


 曹伯は饕餮に抱きつくようにしがみついていた。饕餮は困ったような顔をしながら由羅を見た。


「お前は子供に好かれるな。」


 そう話す由羅を丈清は見つめていた。


「由羅殿。・・・本当にこのような約束をしてよかったのですか?」


 丈清が聞くと、由羅は大きく息を吐いた。


「よいのですよ。・・・元々、阿修羅の力を授かった者がいると聞いて、戦を見に行こうとしておりました。」

「えっ・・・?」

「阿修羅がいたら、戦うつもりでしたので。」

「そう・・・でしたか・・・。」


 丈清は複雑な顔をしながら俯いた。


「・・・何故、そのようなお顔をなさるのですか・・・?」

「・・・いえ。大僧正から、由羅殿はこの世からの未練を絶っていると聞きました。そして・・・あの涙は・・・」

「・・・涙の理由を聞いてどうしたいのですか・・・?」

「いや・・・何かこの私に力になれることはないかと・・・」


 丈清の言葉に由羅は少し俯いた。


「中途半端な優しさは、相手を傷つけるものです。」


 俯きながら言う由羅を丈清は見た。


「私はただ阿修羅を倒す為だけに在る者。そして、倒して死ぬ。そうゆう運命なのです。私の感情や想いなど・・・戦いの邪魔になるだけです。」

「その為だけに生まれたと・・・言いたいのですか?」

「その通りです。」

「そんな・・・・それではあまりにも悲しすぎる。」

「・・・元々・・・私はいらない子だったのです。それが天によって必要とされた。それだけで私が存在する価値があったのだと知っただけで、私は満足です。」

「いらない子・・・?」


 丈清が聞くと、由羅はゆっくりと顔を上げて丈清を見た。丈清は由羅の目を見て胸が苦しくなった。今までに見たこともない深い悲しみを背負う目であった。だが由羅はすぐにまた俯いてしまった。その時に思った。必死に沢山の想いや願いを押し殺し、戦うことに集中しているのだと。


「・・・阿修羅とは、初めて戦うのですか・・・?」

「・・・ええ。これが初めてです。これで私が勝てば、全てが終わります。私の全てが・・・・」

「由羅殿・・・」


 それ以上何かを言うことはできなかった。自分も陸苑軍の命運がかかっている戦を前にしている。由羅もそうであった。丈清は大きく息を吐いた。


「由羅殿。」


 丈清の呼びかけに由羅は丈清を見た。


「剣舞の約束は・・・まだ生きておりますか?」

「えっ・・・?」

「戻ったら、舞いませぬか?」


 丈清は笑みを浮かべて言うと、由羅も笑みを浮かべた。


「ええ。約束ですものね。」


 由羅はそう言うと頷いた。すると自分達が向かう方角の右から何かの気配を感じた。由羅が馬を止めるとそれを見た丈清とそれに続く民達は立ち止まった。


「どうしました?」


 由羅は目を細めて左側を見ていた。その先に何かいるのだろうか。すると曹伯を乗せた饕餮も由羅と同じ方向を見て威嚇をし始めた。丈清はそれを見て敵が来る。そう思った。


「数十人・・・こちらに向かって来ます。」


 由羅が言うと民達は怯え始めた。すると少しずつ馬に乗る者達の姿が見えて来た。おおよそ五〇の騎馬兵のようであった。


慶州(けいしゅう)の兵のようですね。」


 鎧を見た丈清が言うと、由羅は馬から降りた。すると鐙に備え付けていた矢を持った。


「すぐに片付けます。」


 由羅はそう言うと慶州の兵士の方へと歩き出した。


「全員固まって!」


 由羅が言うと、民たちは身を寄せ合うように纏まった。曹伯は饕餮から降りると、饕餮は民達の前で敵兵に威嚇していた。丈清も馬から降りて由羅の元へと走った。


「私も戦いましょう。」


 丈清が言うと由羅は丈清を見て口元に笑みを浮かべた。敵の兵士達は弓矢を構えていた。


「矢は私が止めましょう。」


 由羅は弓を持ったまま右手で背中に背負う剣を抜いた。兵士達は一斉に矢を放った。由羅は前に走りながらこちらへと飛んでくる無数の矢を舞うようにして斬り落としていった。すると兵士達は剣を抜きこちらへと近づいて来た。丈清は剣を持って走り出した。由羅も走り出し二人は馬に跨る兵士達を次々と斬り倒していった。由羅の動きは華麗であった。舞うように飛び上がり馬に跨る敵兵の頭上を回転し首を刎ねていた。丈清も剣を振り馬の足を止めるとそこから落馬した兵士達は立ち上がり丈清と剣を交えた。丈清も数人を相手に圧倒する剣捌きで次々と兵士を斬り倒した。その合間由羅と丈清は互いを見た。

 民達は二人の戦いの様を見ていた。最初は怯えていたが、呼吸の合った二人の動きに圧倒され魅入ってしまっていた。気づけば敵兵は全員倒れていた。由羅と丈清はお互いに顔を見合わせた。


「お見事です。将軍。」

「由羅殿こそ。」


 そう言って二人は笑みを浮かべながら民達も元へと戻った。


「さあ、先を急ぎましょう。」


 丈清の言葉に民達はまた歩き出した。


「気づくのが早すぎですね。」

「ええ。恐らく倭州(わしゅう)の者だと気づかれたでしょう。」

泉翠(せんすい)軍と響秦(きょうしん)軍が同盟を結んだとなればどの道敵なのですから構わないでしょう。しばらくは私も滞在することですし。」

「・・・敵が多すぎますね。」


 丈清はそう言うと大きく息を吐いた。


「人間狩りを許す泉翠軍と阿修羅(あしゅら)の力を取り込んでいる響秦軍・・・。響秦軍にとっては、同盟というより傘下に加わった程度にしか思ってはいないでしょう。」

「えっ・・・?」

「私のような者がいるなら、わざわざ他国と同盟を結ばずとも奪ってしまえばいいだけのことです。」

「奪うなど・・・そう簡単にできることではないのではないのですか?」

「できないことはないですよ。私は過去、鋭史の家族を救う為に延軌(えんき)軍を滅ぼしてしまいましたからね。」


 それを聞いた丈清は目を見開いて驚いた。丈清も知っていた。延軌軍は何者かによって滅ぼされたと聞いていた。


「本来、阿修羅は闘争の神。今や、人を滅ぼす力として恐れられております。けれど、私の力はその阿修羅を止める為の力。人の世に、天が手を出すことはあってはならないのです。天は人をお守りくださいます。もし、私がこの力を己が欲望の為だけに使えば、天は私を許さないでしょう。それだけ、私の力は恐ろしいものなのです。だから・・・私は欲を持たぬよう人と距離をとってきた・・・。そして、阿修羅の力を持つ者を倒し、死ぬ。それが私の宿命なのです。」


 由羅の話を聞いて丈清は深く考え込んでいた。それではあまりにも悲しすぎる。その為なら、一人の人間の人生を犠牲にしてもいいということなのだろうか。その人間を救いたい、守りたいと思って側にいる者もいる。その者達も犠牲者となる。


「・・・天は、救いを求める人を救う為に由羅殿へと導かれた。ですが、この乱世の世に、救いを求める者は沢山いる。しかし、由羅殿へと導かれる者はごくわずか。私と由羅殿が出会ったこと、鋭史殿や曹伯と出会ったのも、何か大きな意味があるはずです。」


 丈清は深く悩みながらつぶやくように話す言葉に由羅は眉を細めた。


「大僧正からも、人知を超えた力を受けた由羅殿の体は持つはずがなく、命を落とすと聞きましたが・・・私は由羅殿が生きたいと真から願えば、奇跡は起こると思います。」


 丈清はそう言うと由羅を見た。その言葉を聞いた由羅は何故か悲しそうに俯いてしまった。


「・・・私が、真から生きたいと願うことはありません。」

「何故ですか・・・!?」


 丈清が聞いても、由羅は応えてはくれなかった。だが由羅は丈清を見てそっと微笑んだ。


「よいのですよ。・・・・それで、よいのです。」


 その笑みを見た丈清は言葉を無くした。まるで、死を望んでいるかのようであった。そんな気がしたのである。


 丈清と由羅が倭州に到着したのはその日の夜遅くであった。民達は官吏に任せ、由羅は一先ず城へと案内された。鋭史は由羅の到着を待っていた。


「では由羅様。私は一旦忉利寺に戻り大僧正と妻に報告をしてまいります。」

「ええ。お願い。」


 鋭史は顔の前で両手を合わせ礼をするとすぐに忉利寺へと向かった。その間、由羅は軍師の趙子を紹介され、作戦を聞いていた。


「つまり、城を突破させなければいいのですね?」

「突破さればおしまいです。」

「阿修羅の力を宿す者は私が引き受けます。」

「・・・それと、どうしても聞かねばなりません。貴方がどこの誰なのかを。こちらで戦う以上、あなたの狙いと正体を知らねば・・・」


 説明をしていた趙子からそう聞かれると、由羅はここにいる陸苑、丈清、摂黄の顔を見た。


「確かに。助力の申し入れも私からです。お話いたしましょう。」

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