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黎明の風  作者: 浅葱-Asagi-
満月の夜
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三章

 太陽が傾きはじめた頃、穏やかな風が吹く荒野を曹伯(そうはく)はひたすら歩いていた。喉が渇くと水を飲んだ。するとどこからか地面が響く音が聞こえた。曹伯はすぐに地面に耳をつけた。音の響きからしてこれは数頭の馬の蹄。曹伯はすぐに辺りを見回した。そして木々が生える茂みへと急いで走り、茂みに身を隠した。しばらくすると、蹄の音が次第に大きくなり、ようやくその姿が見えた。曹伯の目に映ったのは五頭の馬とそれに乗る将軍の姿であった。見たことがある男が一人いた。自分の村を支配している軍の将軍であった。何度か村に来たのを覚えていた。曹伯の体は小刻みに震えていた。しかしその振るえを必死に抑えながら音を立てないようにしていた。


「倭州で戦が起きるが、予定は変更するか?」

「いいや。泉翠(せんすい)様は響秦(きょうしん)軍と同盟を結んだ。予定通り狩りをするぞ。」

「では三日後、夜明けと共に・・・」


 それを聞いた曹伯は目を見開いた。将軍たちはそう話しながらそこから去って行った。見えなくなるまで曹伯は茂みの中でじっとしていた。その間、どうしよう、どうしたら。そう考えていた。天に祈りを捧げること、このことを村に知らせること。どちらもしなくてはならない。とにかく急いで忉利寺(とうりじ)へ行こうと思った。そして辺りを見回し人影がないのを確認すると、茂みから出て再び忉利寺へと走り出した。


 その頃、曹伯のいた村では曹伯の母親が息子が忉利寺に向かったこと、息子の勇気を村人に知らせながら自分達も自分達で身を守ろう、もし狩りに来たとしたら、戦おうと村人たちに説得して回っていた。しかし、母親が一軒一軒家を回るが、誰もが戸を閉ざしてしまっていた。気持ちはわからないではなかった。次第に戸を叩いて叫んでいる間に、息子の決意の目を見る前の自分を思い出していた。時は乱世。弱者は強者に食われるものだ。力のない者は従うか、死ぬしかない。そう思っていた。自分の夫も、戦う力はあったものの、村で乱暴に人を傷つける将軍達に無謀にも立ち向かい、命を落としてしまった。それ以来、希望を見出すことができなかった。しかし、息子の決意の目に諭された。希望はある。そう信じて屈しない心が大事なのだと。涙を必死に拭いながら母親は一生懸命戸を叩いて叫んでいたのであった。


 曹伯は一度も止まることなく走り続けた。足がもつれる思いだった。曹伯はまだ幼い。体力が続かないのはわかっていた。それでも母上と村人たちの為に、その思いだけが曹伯の足を走らせていた。しかし足がもつれてしまいその場で転んでしまった。ゆっくり体を起こすと右足の膝が擦れて皮膚から血が出ていた。


「これくらい・・・どうってことないや。」


 曹伯は痛みを堪え、歯を食いしばった。そして履いていた草鞋を見た。草鞋は破けることなくしっかりしていた。


「母上。母上が編んでくれたこの草鞋は頑丈ですね・・・」


 母を思い出す曹伯の目に涙が浮かんだ。必死に堪えていたが、その涙は目からこぼれてしまった。しかし、その涙を右手で拭うと、また立ち上がり走り始めた。


「天よ・・・どうか母上と村人達をお助けください。僕は必ず参ります。だからどうか・・・」


 曹伯は空を見上げて祈ると、また走り始めた。


 ちょうどその時、忉利寺の一番上の屋根にいた由羅(ゆら)は誰かに呼ばれた気がした。その声が聞こえた方を向いた。


「誰・・・?」


 由羅はふと呟くが、それに対しての返事はなかった。その日の夜も座りながら声が聞こえた方角をただ眺めていた。ずっと屋根の上にいる由羅を不思議に思った鋭史(えいし)はまた屋根に上った。


「どうされたのですか?今日はずっとここにおいでですね。」

「・・・声が聞こえたような気がした。だから気になってね。」

「声・・・ですか。」

「お前を見つけた時もそうだった。」

「・・・そうでしたか。あの時も、私は天に祈りを捧げておりましたね。きっと、天が貴方様に誰かを導こうとしているのかも知れませんね。」

「私に何ができるというのか・・・・」

「貴方様には天より授かった力があります。」

「それは阿修羅と戦う為だ。」

「そうかも知れませんが、貴方は人を放ってはおけない性分ですからね。」

「別にそうゆうわけではない。」


 不満そうに言う由羅を見て鋭史は笑みを浮かべた。


「では、私はいつでも動けるよう準備しておきます。」


 鋭史はそう言うと、両手を顔の前で組むと一礼をし、屋根から降りていった。由羅は大きく息を吐いた。


「・・・放っておけないわけじゃない。天が言うからしたまでのことだ。私の意思では・・・ない。」


 小さい声で言うと、由羅はまた大きく息を吐いたのであった。


 その日の夜、丈清(じょうしょう)は城の庭から空を眺めていた。悩んでいたのだ。忉利寺に行くまで後二日。君主も行くことになり、由羅のことを伝えた方がよいのか、どう伝えればいいのかを。また一度しか会ってはいない。阿修羅と対抗する力を持っていたとしても、それが事実かもわからない。だがそんな時、君主である陸苑が来た。


「我が君。」


 丈清は顔の前で手を合わせて礼をした。陸苑も夜空を眺めながら丈清の隣まで歩くと足を止めた。


「お前はわかりやすい男だな。夜空を眺める時は決まって何かを悩んでいるか、迷っている時であったな。」


 陸苑の言葉に丈清はそっと口元に笑みを浮かべて夜空を眺めた。


「忉利寺に行った時、一人の美しい女性と出会いました。その女性はどちらのお方かはわかりませんが、恐らく・・・武の腕は私以上でしょう。」


 それを聞いた陸苑は目を見開いた。


「・・・お前以上の腕があると言うのか?」

「おそらく・・・。不思議な女性でした。本当は大僧正とそのお方にも秘密にしてほしいと言われたのですが、我が君も行かれればいずれ知れてしまいます。それに・・・我が君に隠し事をするなど、あってはならないことですし・・・」

「それで悩んでいたのか。」

「はい・・・・。」


 頷く丈清の顔を陸苑は見つめた。丈清はその女性を思い出しながら空を見上げているかのようであった。それを見て陸苑は笑みを浮かべた。


「惚れたのか・・・?」


 陸苑がそう聞くと、丈清は慌てたように陸苑を見た。


「いえ・・・そのような・・・」


 恥ずかしさを隠すように目を右往左往させ、また空を見た丈清の姿に陸苑は思わず笑ってしまった。


「本当に・・・お前はわかりやすいな。」

「よかろう。私は知らぬことにしておこう。」

「お気を遣っていただき申し訳ございません。」

「構わぬさ。」


 陸苑はそう言うと笑みを浮かべてくれていた。丈清はそんな陸苑を見て安堵した。

<新たに追加された人物>


泉翠(せんすい)

  慶州(けいしゅう)を治める君主。


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