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葛藤

村の広場には村中の男手が集まっていた。誰もがこれから起こる事への不安を抱え、近くの者と目を合わせて答えを求めた。答えられるものは誰一人いなかった。

 「村長、これで全部か?」

 厚手だが使い込まれてくたびれた甲冑をまとった男が尋ねた。兜には赤い羽根があしらえてあった。隣には射手と軽歩兵が数人。

 コルカスは怯えた視線で周囲を見渡してから答えた。

 「これで全部です。」

 甲冑の男がうなずいた。息を吸い込み声を出した。

 「全員注目!近くに集まれ!」

 甲冑の男に促されておどおどとした足取りで集まり始めた男達。その様子を遠巻きに眺めている男達の家族。

 「遅い!もっと早く、もっと近くだ。」

 甲冑の男の怒声に驚いた男達の足取りが足早になった。

 「そこに並べ」

 男達の顔には不安が張り付いたままだったが、怒鳴られること無くやや崩れ気味に並んだ。

 「私はこの村での召集を任されたルシタニア歩兵軍百人長、リシャールである!」

 ざわつく男達と村人達。

 「静かにしろ、黙れ!」

 手振りをしながらリシャールが男達を黙らせた。ざわつきは徐々に収まり、やがて聞こえなくなった。それを見計らってリシャールが言葉を続けた。

 「今から二日前、帝国軍がこのルシタニアに侵攻をしてきた。現在、国境のシュヴァルツ砦をヨアヒム将軍が辛うじて食い止めている最中である。そこで我々はヨアヒム将軍閣下の救援として駆けつけなければならない。そこでだ・・・」

 男達の表情に浮かぶ悪い予感。それを察したその家族達は怯えた様子で見守っていた。ワッツの後を追いかけてここまできたシグルドは、一緒にいたルシアに尋ねた。

 「ねえ、伯父さんどうなっちゃうの?」

 ルシアには答えはわかっていた。わかっていてそれが外れて欲しいとすら思っていた。国が大軍に攻められている状況で武装した軍人が男達を集めてする話。足りない兵を村からかき集めて頭数にするつもりだ。

 「この村の働き手を全員召集する」

 悪い予感が言葉になって現実になった。

 「それは困ります。働き手がいなくなっては今年の秋の収穫に差し支えます」

 青ざめた顔で懇願する村長に、リシャールはにべもなく答えた。

 「我々が勝利すればいいのだ。いいか、これは帝国がわが国に仕掛けた侵略である。敗北すれば男は奴隷、女は慰み者になる!それが戦の常だ。そうなりたくなければ戦うより他に道は無い」

 リシャールが言葉を続けるにつれ、男達の中にいるヘンゼルの顔が青ざめていった。そして上ずり気味の声で言った。

 「い・・・、嫌だ・・・。人殺しするのなんか嫌だ・・・」

 「人聞きの悪いことを言うな!これは自分達の家を守る為の戦いでもあるのだ」

 「オ・・・オラもう家族もいないし、この歳になっても嫁さんもいない。だからこの国がどうなったっていい」

 「黙れ貴様!」

 「血塗れになるぐらいなら・・・」ヘンゼルは足をよろめかせながら後ずさりした。「土塗れになった方がまだいいんだああああああああ!」

 言い終わると同時にヘンゼルは畑の中であることに頓着せずに走り出して行った。制止するリシャールの声。それに構わず全速力で逃げ出すヘンゼル。リシャールが部下の射手に命ずる声。

引き絞られた弓からヘンゼルの背中めがけて放たれる矢。女は手で目を覆い、年寄りは顔を背け、子供の親は子供の目を手で覆った。女子供や年寄りが目を開けた時には、ヘンゼルは畑の真ん中で矢を背中に刺したまま倒れていた。

 「他に逃げたい者は?」

 リシャールが尋ねた。男達の誰もが大きく首を振った。

 「いいか、誰もが死にたくないのはわかる。かく言う私もそうだ。だが、同じ死ぬなら臆病者として死ぬか、国を守る戦士と死ぬかだ。国でなくても家・家族・恋人、理由は人それぞれだろう。それでもなお我が身可愛い臆病者は前に出ろ。逃げ出すよりも先に私がこの手で殺してやる!これはエーリッヒ殿下のご命令であるぞ。」

 村の男達はリシャールに気圧されて何一つ言葉を発しようとはしない。顔に浮かんだものは死への恐怖と逃げ出した時の事。仮に逃げ延びたとしても帰る家も無く、臆病者としての汚名はまっとうな人生から自身を隔てるに違いない。

 「では今から出発・・・」

 「お待ちくだされ」

 恐怖で村の男達を統率し、これから戦地に向かおうとするリシャールを押しとどめる低い声。

 「なんだ?」

 「せめてこの者達に家族と別れをさせる時間をいただけませんか?」

 副官らしき中年男性の言葉。コルカスがそれを後押しした。

 「この方の仰るとおりです。周囲をごらん下され。村男達の家族にござりまする。今ここで急いで出発なさっては、男達だけでなく家族にまで未練を残します」

 「それがどうしたというのだ?」

 「せめてしばし別れの時間をいただけませぬか?」

 苛立ちを隠そうともせずにリシャールが言った。

 「ならぬ!この国存亡の危機だと先程話したのをお主は聞いていなかったのか?そんな悠長な時間などあるものか!」

 リシャールは腰の剣に手をかけ、それを抜こうとした。コルカスの顔が一瞬にして青くなった。

 「これ以上口答えをするならば、あの臆病者のようにしてやろうか?村長」

 「お待ちくだされ」

 また副官の声。今度はリシャールの手を押さえ込みながら耳元で囁いた。

 「隊長に任命されたばかりで戦功をあせる気持ちもわかりますが、村長の言うとおりですぞ、隊長」

 コルカスに向けていた鋭い視線を今度は副官に向けるリシャール。コルカスをかばい立てするつもりなら、お前も同じようにしてやろうかという恫喝の視線。言葉を出さないリシャールの表情に怖気をふるいながら、なおも副官は言葉を続けた。

 「この者達は隊長の部下にござりまする。部下の士気を高めるのも上に立つ者の仕事ですぞ」

 「一体何が言いたいのだ?」

 「士気を高めるためには村長の申す通り、別れの時間は必要かと思われます」

 「だから何故それが必要なのだ!」

 「隊長は先程、逃亡しようとした村人を射殺しました。それはそれで構いません。ああしておかなければいざ戦場で次々と逃亡を許してしまう事になり、隊長の責任が問われるでしょう」

 「あれだけでは足りないというのか?」

 リシャールはようやく冷静に話を聞く気になったらしく、副官を睨みながら腕を振りほどいた。

 「足りません」

 「何故だ?」

 「この緊急時に任命された隊長にはわからないとは思いますが、いざとなったら味方が背後から刺されるというのはよくある事です。特に、嫌われている上官とか」

 「おい、それは俺へのあてつけか?」

 「とんでもない」副官が手を振りながら答えた。「ただ、ムチだけでは人はついてこないし、裏切られると言いたいのです」

 「さっき貴様、あの射殺は正しかったと言ってなかったか?」

 リシャールが顔を近づけながら詰め寄る。

 「確かに言いました。ですが人は正しさだけでは付いて来ないのも、また事実なのです」

 リシャールは横を向き、顎に手を当てて考え込んだ。

 「しかしだな・・・」

 そして今度は目を閉じながら言った。

 「こうしている間にも国境では戦いの真っ最中だ。こうやって話しているのも時間の無駄ではないのか?もし仮にお前の言うとおりにしたとして、明日の正午までにワイマールの町の総督府に間に合わなかったら全員処分されてしまうのではないのか?」

 「大丈夫です。これは小休止ですから」

 「小休止?」

 「そうです。この者達の足腰は農業で鍛えられてますから、我々軍人にもそこまで引けは取りません。小休止に当てる時間を一回減らしてでもやる価値はあると思います」

 リシャールは更にうなづき、うなり声をあげた。リシャールの心の中でいくつもの要素がぶつかり合っている。軍人としての任務。責任感。そして副官の言う現実。思考をまとめるために目を閉じたまま尋ねた。

 「家族との別れとは大事なものか?」

 「大事ですとも。あなたの仲間が故郷からの手紙に何度励まされたか知らない訳ではありますまい」

 リシャールの目が一気に開いた。

 「よし、では家族との別れの時間をやる。ただし!五分間だけだ」

 リシャールの視線は遠巻きにこちらを見ている女子供に向けられていた。

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