悔恨
「最初はすごい無口だったんですよ、あの子」
そう言いながらルシアはギュスターブの前に置かれた皿にスープを注いだ。皿は木製で年季が入っているのかところどころ黒ずんでいた。
「かたじけない」
ギュスターブは会釈をしてからスープに口をつけた。具はニンジンが少々、塩気は少なかった。塩気だけなら戦場の兵士の方がよほどいいものを食べている。ただ、ルシアの温和な人当たりのせいか、おだやかな温もりが体の中から感じたような気がした。
「おいしいスープですね」
社交辞令ではあるものの、全てがお世辞というわけでもない、そんな言葉。それを口にしたギュスターブの視線の先にルシア。ルシアは小さい皿にほんの少しだけスープを注いでいた。量は一匙もあればいい方だろう。何の為に?尋ねようとして口を閉ざした。言うまでもない。シグルドの分だ。
「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、息子の無事がわかっても習慣ってなかなか消えないですよね」
はにかみながら鍋を火の消えたコンロに戻すルシア。その背中にギュスターブは声をかけた。
「シグルド君の無事なら使いを出してお知らせしたはずですが」
ギュスターブがシグルドの決意を聞いて決断した直後、彼が最初にしたことは使いの者にシグルドの無事と彼の受け入れ先を伝えることだった。もっとも、受け入れ先にルシアが訪れたところでエオルンドがおいそれと会わせてくれるとは思えない。
「おかしい・・・ですよね」自虐気味にルシアが言った。「あの子がこの家を出て行ってしばらくしてから、少しずつこうやって注ぐようになったんですよ」
その一杯はルシアの祈りそのものだった。シグルドが無事ならば、この家に戻って来る事を願い、変わり果ててしまったならば、それは鎮魂の供物だったのだろう。
切ないルシアの親心にギュスターブはうつむき始めた。
「ルシアさん、シグルド君は必ずこの家に戻って来ますから、どうかご心配なく。なに、受け入れ先は私が一兵卒だった頃の上官で師匠みたいなものですから、人柄は保証しますよ。きっと彼は一人前の軍人になってここに戻ってきますよ」
「あの子が軍人に?」
「ええ、来年度から創立される王立士官アカデミーに入学させるために、読み書きと武術を教えているところです」
「あの子が軍人ですか・・・」
ルシアは不安を隠そうともしなかった。当然だ。軍人ともなれば危険がつきものだ。いつ唐突に身内にもわからないような変わり果てた姿で戻ってくるかわかったものじゃない。それ以外にも、彼女の中のシグルドが軍人の姿と一致しない戸惑いを語尾に感じさせた。
少なくとも、ルシアはシグルドを追い出してはいない事は理解できた。
「だからわからないのですよ。ルシアさんはシグルド君を家族として迎え入れた」
「はい」
「亡くなったご主人も、従兄弟にあたるエラン君・・・でしたっけ?思うところはあるのでしょうが、二人も受け入れていた」
「・・・はい」
歯切れの悪いルシアの返事に何か思い当たるフシが見受けられた。
「それなのにどうしてシグルド君は家を飛び出したんですか?」
ルシアがあわてて口を押さえた。押さえているのは嗚咽だが、漏れ出した嗚咽はそう簡単に止まるものではない。ギュスターブは落ち着いた視線でルシアの次の言葉を待った。
ギュスターブの手元のスープの湯気がすっかり無くなった頃に嗚咽は止まった。代わりにルシアの言葉。
「誰かが悪いわけじゃないんです。私が無力で、シグルドが優しくて、エランが子供として当たり前だっただけなんです・・・」