魔王子とメイド、な関係?
ルルゥと初めて言葉を交わしたのは、王宮の片隅だった。
けれど。
キラが彼女と出会ったのはそれよりもう少し時を遡り、そして多分彼は知っているけれどルルゥは知らない、という 特殊な 状況下にあったのだ。
その夜は。――そう、二人の最初の出会いは月明かりがほとんど遮られた曇天の「 夜 」だった。
「ひあっ!」
夜、目が合った人影がビクリと飛び上がり、次の瞬間にはそこから消え渡りの回廊から内庭に転がり落ちていた。
うーん、と呻く声は 若い女のもので目でも回してしまったのか動かない。
(捨て置くか……いや)
本当は放っておくつもりだったが、あとで騒がれても面倒だしなと思い直した。
倒れた植え込みから人目につきにくい芝生まで彼女の襟首を銜え引っ張って運び、仰向けに寝かせる。
身につけているお仕着せの真新しいメイド服から、最近入った新入りなのだろうとあたりをつけて……(コイツ、大丈夫なのか?)と他人事ではあるものの心配になる。
先ほどの間抜けすぎる足の踏み外し方は、よほど仕込んだ演技でもなければホンモノだろう。
間諜とか刺客とか、たまに出没する王宮内だから警備は厳しい。内部〔ここ〕まで入るのは至難の業だ。
彼女が手練れの ソレ とは到底思えない。
今だって、緊張感のない顔で眉をハの字にしたり、ギュッと目を閉じたりしている。
(タヌキ寝入りかよ、下手過ぎだろ)
尻尾で頬をなぞってやる。
身を竦ませ、ブルブル震える小柄な彼女は「あわわわわ」と瞼を開けるべきか真剣に悩んでいるようだ。
ペロリ、とその美味しそうな頬を舐める。
「 ! 」
瞳を開けた彼女と赤色の視線が合い、もう一度頬を舐める。
「………」
固まった彼女は、お世辞にも有能なメイドには見えなかった。きっと、入ったばかりの王宮で遅くまで仕事が残り、終わった頃には暗くなっていて帰る通路を間違えウロウロしているうちに迷子になったに違いない。
王宮には、そういう魔族の中でも極めて魔力が少なく、一族の落ちこぼれとなる哀れな同胞を引き受ける特別枠があるのだ。
(なるほど。実際に目の当たりにすると必要性を感じるな……こういう輩は同族の群れにいれば 標的 になりえる)
痛々しい最期が想像しえて、古くからある制度に納得をする。
動きの鈍い彼女の目を眺め、そろそろ思考が落ち着いてきたと見てとったキラは座っていた足を立たせて、背を向けた。
「あ。ありがとう」
小さな声に、振り返る。
「驚いちゃって、ごめんなさい。綺麗なヒョウさん」
無防備に笑う彼女から微量の魔力を感じ、(もしかして、そうなのかな?)と思っていた直感が、確信に変わった。
淫魔の少女は、無自覚に「魅了〔チャーム〕」を魔王子である自分に仕掛けているのだ。
本来の姿ではない、金色の豹に向かって。
細長くしなやかな尻尾をユラリ、と揺らして跳躍したキラは喉の奥をゴロゴロと言わせ、知らずのうちに上機嫌になっていたらしい自分に気付く。
大抵のことにはさした苦労もなく卒なくこなせる高い能力があり、望めばどんな貴重な宝でも常に手に入る尊い地位に生まれた彼にとって、彼女は凪いだ湖面に落とされた小石だ。小さな漣〔さざなみ〕が心に及ぼした影響は、彼にとって生まれて初めての「好意」を生んだ。
ある一魔族を気に入る、という感情は彼女の発した淫魔の得意技が 奇跡的に 効いたワケでは 決して なく(その証拠に、キラはあれがチャームだったと知っている)、彼女の発した好意に柄にもなく浮かれはしたが、囚われたのはもっと前の段階だ。
なんとなく、可愛い。すごく 好み だ。
と、思ってしまったのだ。ただ、それだけ。
不器用で、ドのつく察しの悪さと妄想癖を持つ彼女が可愛くて、時々無性に腹立たしい。意地悪をしてしまうのは、キラのせいだけではない。
「ルルゥ、お前は俺だけのメイドだろ?」
「ふぇ? ハッ! キラさまっ、わたし また 何か粗相をしました?(今、ちょっと意識なかったのっバ、バレバレ??)」
ペシリ。
「いたぁい、キラさまぁ……はぅん、んん!」
鳥の巣のような頭を叩〔はた〕けば、涙目で見上げてくるメイドに(ああ、鈍い。馬鹿は馬鹿のままだ!)セクハラ紛いのことをしてしまう(魔族とは本来、性に奔放だからな……心のままに体を重ねるのはごく普通。ルルゥも積極的には嫌がらない)。
彼女の不安定なチャームが、自分に対する好意を如実に感じさせるから……悪いんだ。
魔王子の執務室は、昼間から淫魔なメイドの「いやぁん」とか「ダメですぅ」とかいう嬌声(あるいは泣き言?)が響くとか……結構有名、らしい。
ここまで、魔王子とメイドの出会いの小話でした!
次は、「魔王子とメイド、とエトセトラ」と題してエキストラの皆さんを招集しようと目論んでいます。が、その前に「魔喰いの森のお人好し」の小話を投稿するので、少し間が空きます。
気の長い方だけ、よろしければ 引き続き お付き合いくださいっ。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。ありがとうございました!