PDQーデスゲームって何の事?
世の中にあるのは、こちらの世界の住人が何らかの原因で向こうへ行く事や逆のパターンが多い。
けれど、これは少し違う話。
ある事件が起きた事により変容を続けている世界の住人が、謀らずとも受けた恩恵により世界のうねりに巻き込まれていく序章。
廃課金プレイヤーが残したまま忘れられたチートキャラクターとして生まれた中身NPCの女の子の物語。
中身は普通の女の子、メルちゃんの物語。
生まれた時には気が付かなくて、次第に気が着いたのは良かったと思う。
小さいとは言っても流通のある町で、本当に小さな子供の頃はともかく今より少し前から「メルちゃんはすごいね」と言われた。
例えば、小さな子の仕事と言えば家の手伝いや川原などで小石拾い。場合によっては他所の家の手伝いをする事もあるが、その場合はほとんど収入はないと言っても良いだろう……町とは言っても小さな規模であればそんなものだ。ギルドで冒険者登録をする子はいないから、基本的には冒険者の手伝いを小遣い銭で請け負うという事も少なくはない……そう言う事をするのは、ある程度懐に余裕があって慈善行為に近く、それでいてギルドからの本来の依頼は町の情勢を調査するものだったりするから侮れないとメルは思う。
そんな小遣い稼ぎの時に、ふとメルは気が付く。
技術を使う事は一般人にも出来るし、その中で目利きの一種で「探索」と言う機能がある。
普通に見ただけでは判らない情報を得る為の技術だが、メルは自然に行っていたが他の子供達には出来ないらしいと言う事が判った。だから、メルには探し当てられる価値のある石を他の子供達には探し当てる事が出来ない……それでも、本当に価値の高い石などについてはこっそり隠し持っていたりする抜け目がなかったりする。
違う、メルには他に理由があった。メルには他の誰にも見る事も声を聞くことも出来ない「友達」がいて、その友達は沢山の事をメルに教えてくれる……必要な時に使う技術、いつの間にか持っていた謎の札ー後にアーティ・ファクトと言う名前がある事を知った。の使い方、でも使ったことはない、大人相手への接し方。
メルは誰にも聞こえず誰にも見えない「友達」の事を誰にも言わなかった。言っても無駄だと言うのを知っていたからだ。それに、説明しろと言われると何かとてつもなく難しい行為だと言う気がする。
他の子達が出来ない事を、メルは出来る。でも鼻高々の天狗になってしまえば、きっと小さな町では生きていくのに苦労するだろうから可能な限りひっそりと身を潜めるように生きようと思った。実際、いつしかナヴィと名付けた友達も賛成してくれた。
文字を読む事も書くこともロクにできない子供が、技術や札魔法を平気で使いこなすのは異常だと言う事を理解したからこそだ。
いつの間にか持っていた札が魔法を行使する際に使うものだと言う事を知ったのも、ナヴィのおかげだ。ナヴィは沢山の事を知ってはいる素敵な相手ではあるが、目に見る事も手で触れる事も出来ない事も不満だった。沢山の事を知っている上に重い荷物をどこかに仕舞って置いてくれたり、寂しい時にも一人になりたい時もずっと側に居るのだが……それも全て慣れた。
自分自身以外のどこの誰にも知覚する事も出来ないのならば、ちょっとばかりメルがぼんやりしていても独り言をしていても「少しばかり変わってる」と周囲に思われるだけで大した問題ではない。実際、メルは子供達の中では割と収入が良いのだ、本当は出していないだけでお金に替えられるものは幾つもしまってあるけれど、かと言って飛びぬけて収入が良くなると周囲がどう思うか想像が出来ないほどメルの想像力は貧困ではない。
メルは、容姿は理由があってそうでもないけれど手先は器用だし気が利くし仕事も迅速丁寧だ。だから、子供達がまだまだお手伝いの域を出なくても自然とメルに頼まれる仕事は増えてくるのが厄介で周囲にもそれとなく仕事を割り振ったりもしているが、所詮は大きくはない、限りなく村に近い町。地元が発展しない限りメルの異質さはどんどん際立ってくるのが判ったので冒険者登録をし、一人で町の周囲に出る事が出来るようになる頃にはメルは近隣の町や村まで普通に冒険者の仕事を探しに出かけていた……勿論、子供仲間には内緒だ。そんな事がバレた日にはどんな目で見られるか判ったものではない。
両親が居て、兄弟が居て、親戚が居て……手のかかる普通の友達も居る。別に、メルはこの生まれ育った町が嫌いではない。好きだともいい切れにあたりは罪悪感を持ってしまうけれど……ただ、両手足を縛られて猿轡をされているかの様な息苦しを覚えると知ったのは冒険者として外でこっそり仕事を始めてからだ。
外には、自分達より楽しそうに生きている人達が存在している。
自分達とは異質に見える存在を、見えない友達「ナヴィ」は「プレイヤー」だといっていた。
よくは判らないが、メルほどではないけれど町の人達とは少し違う存在なのだと言う事くらいは判って。その人達の何人かと繋がったり、一緒に仕事を請け負ったり、相手が子供だと思って馬鹿にされたり騙そうとしてきた人も少なからず居たけれど、ナヴィの助言があったりして大きくも無い成果をちまちまと挙げていた。時にナヴィがプレイヤーと呼ばれる人達に成果を全て差し出すような事を言う場合は少し「あれ?」と思わないでもないけれど、そう言う時はメルも何か感じる所があるので基本的には逆らわない。
ここでも、実の所を言えば色々な事をあっさり片付ける事が出来るのをメルは己の実力とナヴィの助言から判ってはいたのだが……それをすれば面倒になるのが判っていたからだ。
とまあ、長々と前置きがあったのはメルが現実逃避していたからだったりする。
「それじゃあデスゲームじゃないか! どうなってるんだよ!」
「とは仰られてもこちらとしては何の事だか……」
いつもの様に町から抜け出して、こっそり訪れた限りなく町に近い街で見たのはプレイヤーと分類されている人達の悲鳴だった。
メルにしてみれば頭の中は訳の判らない事で一杯だ、どうやら元から街に住んでいる人達には何の事だかさっぱり理解出来ない事らしいけれど、プレイヤーに分類される人達は軒並み混乱状態になっている。
中には「ログアウトが!」とか「掲示板が使えない!」とか「個人連絡は大丈夫そうだな……」などと言った人達がごろごろ居る。確かに、この街は常日頃から人通りも多いし小さな仕事等も多いから冒険者にも沢山の仕事があるけれど、そんなに恐慌状態に陥るほどの何かがあっただろうか? とメルからしてみれば不思議なものを見る程度の感覚しかない。
似たような事はその日だけではなく、別の時にもあった。けれど、前回の事があったせいかプレイヤーの人達は「運営委員会の台本」と言う認識らしく色々な人達は生きる事を楽しんでいる様に見える……よく、街で一番人が多い場所で人が突然現れたり消えたりする事があるのをメルは知っていたし。いかにメルの能力が子供の中で飛びぬけているとは言っても、普通なら何日かかかる所を日帰りで行ったり来たりする事は出来ないから、メルも同じ事が出来るので知っていた……当然内緒にしているし、見られないように気をつけてはいるけれど。
時々、ナヴィがメルには理解不能な事をずらずらと教えてくれるのが関係しているのだろうと言う気もしたが。やはり、メルには理解出来ない事だったから放って置くしかなかった。周りに聞いたところで、メルみたいな子供相手に大人は理解出来ないか気味悪いものを見る目で見るかのどちらかだろうと思っている……これはプレイヤーが町の人に声をかけたときに笑ってごまかして、後で何を言っているのか彼らには全く理解できなかったと言う事からの推測だ。
プレイヤーと呼ばれる人達は、良い人もいれば悪い人も居た。
男の人も、女の人も。子供の中に混じっている事もあれば老人の中にも居て、一番多いのは若い人ではあるけれど綺麗な人とか特別な容姿を持っている人に多いのではないかとメルは思う。
困ってしまうのは、時々同じ名前のプレイヤーの筈なのに外見やら年齢が変わっていることだ。職業が変わっているくらいならば「ああ、転職したんだな」程度の事は思うけれど異なる場合は判断に困る。
無論、そのあたりは基本的にナヴィが教えてくれたおかげで何とかなっているのであり。もしもナヴィがいなかったら今頃は全く気が付かないか、それとも……という可能性もある。
プレイヤーの何人かとは連絡先を交換したりして、知らない事が沢山あるのと子供である事を差し引いても可愛がってくれる人はいると思うのだが……メルにとってプレイヤーは未知な存在だけれど家族とは違う気安さがある。しかし、プレイヤーとメルは同じものではないと何となく理解しているので完全にプレイヤーに心奪われることも無いのが少し寂しい気がしないでもない。
少しして、プレイヤーの人達は「課金」と言うもので姿を変えたりする事が一時的に出来る場合があると言う事を知った。ちなみに、メルにも出来るらしいが方法は入手済みなので他のプレイヤーの様に懸命になったりする必要はないらしいとナヴィが言っていた。
まったくもってナヴィ様様であるが、メルにとってナヴィは生まれた時から「居て当たり前」な存在だ。常にナヴィは冷静な言葉でしか返してくれないけれど、頼めば難しい言葉を判りやすく言ってくれる事もあるし判らない言葉の意味を教えてくれる事もある。
だから、メルにとってはプレイヤーの中にもナヴィと同じ様なものを持っている者があれば持っていない者がいるのが不思議な気がしたし、プレイヤー達にとってナヴィの様な存在は「最初は使うけど暫くしたら使わないで仕舞い込んじゃう」と言われて不思議な気がしたのは遠い昔の話ではない。
「鬱陶しいなあ……もう……」
ため息を付きたくてたまらなくなったメルは、いい加減にイヤになった。
いかにメルが子供にしては明晰な頭脳や聡明な判断力を持っているとは言っても、世界には数えるのが面倒になるほど人が居て、何かある度に面倒に巻き込まれている気がしてならない……それでも、メインとなる面倒には別の人達が思い切り巻き込まれていてくれていたので、今までのメルにとっては大した問題ではない。単に、帰るのが何日もかかりそうになって家に不在がバレると困るから技術で小細工をして具合が悪くて眠っている様に仕向けたりしたくらいだ。メルの家はよくある子沢山の貧乏……よりはメルや他の子供達も多少は稼げるようになってきたので今日食べるものも困ると言うほどではないが、それでも手立てはないよりある方が良い。早く治したいから放っておいて欲しいと言えばメルの稼ぎもあてにしている親達は子供達にもメルの側に近寄らないように言い聞かせるだろう。
別に、それをおかしいとか酷いとかは思わない。どこの家でもそんなものだと知っていれば、子供であっても稼ぐ事が出来ると認定されている事が前提なのだから……中には、明らかに小銭とは言え稼ぐ事に向いていない子供も居て、そういう子は早く働きに出されたりもするが。
話を戻そう。
目の前で自室呆然としている人物を、メルは知っていた。
正確には、ナヴィを通して知ったというのが正しいので会った事はない。すれ違ったことくらいはあるかも知れないけれど、それでもメルに顔を見たり会話をしたりした記憶がなければ問題はない。
と言う訳で、どう言う事かと問われれば目前の人物に対してメルは頭を抱えたくなった。
「……NPCの……世界地図……管理者権限……」
メルが普通ならば捨て置きたいと思ってしまった相手を目の前に、何もしなかった理由は二つ。
一つは、それが道のど真ん中だからだ。
別に道を外れて歩いても大した問題ではないが、ここはメルがよく来る街の裏通りで遠回りするには一度街をぐるりと囲んだ城壁の外側から回らなければならないと言う程度が一番早いと言う困った場所だ。すり抜けるには位置的に余裕がないし、かと言ってさっきから小さめに「あのう……」と声をかけても相手は全く反応しない。
そこで、ふと相手の顔を見たらナヴィから「PDQ事件及び鍵探索事件の主要人物の一人である」と言う、いまいち意味不明な回答が来たわけである。
内容は知らないが、プレイヤー達が恐慌状態になったり別の意味で酔っ払いの様に大騒ぎをした後にナヴィが「公式掲示板」とか言う所でそういう話題が起きていると言う話を耳にした事はあった……が、その言語の意味がメルには判らなかったので気にしなかったのである。問題の先送りと言う話もある。
何にしても……メルは「彼」の行動に対して非常に心当たりがあったのは何と言うべきか……何やら、客観的に聞いた「メルちゃんって、時々あさっての方をじーっと見ててなんか怖い」と町一番の可愛い女の子にぼそりと言われた時に感じた衝撃そのままの光景が目の前にある気がしてならない。ご丁寧にも、ナヴィも否定しない……肯定しないのはナヴィ独特の優しさだろうか?
「NPCか……」
今度から、もう少し周囲に気を使いながらナヴィと会話をしようとメルが硬く心に決意をした直後に聞こえた声に、なぜかメルはかちんときた。
「私はNPCなんて名前じゃないわ」
ちらりとこちらを見た彼が放った一言の、何がそんなに気に掛かったのかメルには判らない。
ただ、メルの放った一言に関しては即座に後悔するほどの反応を引き出してしまったのは事実らしい。
「……反応、した?」
直感的にメルとナヴィが「状況的にまずいコレ」と言う判断を同時に下したのは、長年の付き合いだからなのか。それとも、単にナヴィも動揺しているかメルが慣れたかの何れかだろう。
「サン、おかしいよこの子。プレイヤーなのにNPCだよ」
どこから……と思っていたが、どうやら先ほどから側に居たのだろう。サンと呼ばれた普通の冒険者と見るには怪しい人物の周囲でちらちら光が舞っていると思ったら、どうやら高速で飛び回っていて視認出来なかったという事らしい。
可愛いか可愛くないかと言えば、ぎりぎり可愛くなくもないと言う程度の掌サイズの羽の生えた存在。
珍しいか珍しくないかと言えば珍しいが、かと言って全く知らないわけではない存在。
ただ、出会う確立が異常に低いというだけで種族的にはないわけではない。
「妖精……?」
「は? 何言ってるんだフェアリー?」
「何じゃないよお、そうなのおっ!」
少しばかり舌っ足らずな音ではあるが、大きさから考えたら仕方がないのだろうかと言う気がしないでもない。
すとんとした貫頭衣に体に合った小さなアクセサリーを身に着けている様だ。武器は持っていないが、この程度の大きさの存在ならば武器で戦うことがメインと言うわけにはいかないということなのだろう。
「意味わからないんだけど……?」
「管理者権限で見てみなよお、この子は入れ物がプレイヤーなのに中身がNPCだから!」
「はあ……て、えっ?」
「は?」
状況が掴めないメルとしては、じっとこちらを見つめてくる男性……世間一般のレベルでは少年と言う部類に入るのだろうが、何しろメルにしてみれば早過ぎる冒険者登録をしただけあって周囲の人達は全て大人の男性に見える。父親より年上の人も普通にいるから、目の前のサンと呼ばれた人物は男や男性と言うより、お兄ちゃんと呼ぶレベルの年齢だとは思う。思うのだが……。
「ちょ、なんだこれっ?」
「それってこっちの台詞だと思うんだけど?」
「ナンなんだよ、フェアリー!」
「知らないよおっ! だからさっきから運営に繋がらないとか接続切られたとか言ってるじゃないかあっ!」
いちいち光の粉が飛び散っている姿が見えるが、メルとしてはすでに「あんなに動いて目が回らないのかな?」程度の認識しかない。面倒くさくなったとも言う。
「って言ってもおかしいだろう! なんだってプレイヤーキャラの中にNPCが入って普通に成長してるわけ!」
「あ、成長に関してはちょっと前にアップデートしてたじゃない? サーバーを三カ国の任意の国に分けて二千年毎の年代にして、過去の世界で起こした探索の影響を別の時代のサーバーでも反映するって奴。現実とのリアルタイムリンクだから現実とゲームの世界は24時間タイムリンクしてるって話だよ、ちゃんと「冒険の書」に書いてある筈だけど……また読んでないのお!」
フェアリーと呼ばれた小さな女の子の言葉をナヴィが肯定するが、メルにはまったもくもってさっぱりだ。
彼らが何を話しているのか、ナヴィ並にわからない。
「しょうがないだろう、面倒なんだし」
「もう! お父様はちゃんと読むのにい!」
「作ってる張本人なんだから当然だろうが……俺を一緒にするな?」
わかる事があるとすれば、もうこの道は通れないし一刻も早くこの場から立ち去ったほうが良いと言う事だけだと言うのがメルには判った。
見かけと同じ子供に、こんな難しい事を自分達だけで判るように話されても肝心の子供は置いてきぼりを食らうと言う事を大人なんだから理解して欲しい……と言う認識をしている時点で子供の範疇から大きく外れている事をメルは知らない。
「ふう……何かよく判らないけど、もう行くんで」
言っても無駄かとは思ったが、かと言って無言で立ち去ったところで意味は心が勝手に痛むだけだから一声かけると、それはそれで不味かったのだろう。
「駄目だよ、何言ってんの。
……ったく、父さんに繋がれば早い筈なのに。また「古の栄光」に入り浸ってるのかな?」
「そりゃあそうでしょう、お父様にとっては感動の再会だもの」
「うるさいよ」
「あの……離してくれない?」
確かに、たまにプレイヤーの人が「イベントだから」と言って人の事を掴んだり揉め事に巻き込んだり巻き込んだり巻き込んだりして面倒を持ってくる事があるが。と言うより、面倒に巻き込まれる以外の事をされた記憶がないと言う事実にメルはげんなりする。
「ちょっと待って……フェアリー、どうにか父さんに連絡取ってみてくれよ」
「んぅぅぅぅっぅぅぅぅ……無理だよお、前ほどは出力ないんだから。サンこそ一度ログアウトしておうちに帰ればいいじゃない、お父様は滅多に外出とかしないんだから」
「えええぇぇぇっ? あの部屋得意じゃないんだけどなあ……大体、父さんはこの仕事請け負ってないから本当なら頼るべきじゃないんだけど……でもなあ、俺。他の人って知らないし……」
何やら、目の前で男の人と小さな妖精の会話が始まられてしまっても捕まえられた状態のメルにはどうする事も出来ない様で面倒くさい気がする。
「……技術・透過」
ぼそりと呟きが漏れた瞬間、サンの手から何かが掏り抜けて行ったのが判った。
「ゲームのキャラが、勝手に動くっ?」
「ゲーム?」
非常に驚いた顔をするサンを見て、何か不愉快なことを言われた気がした。
少なくとも、メルはそう思った。
「フェアリー、父さんに連打で連絡しまくれ! ゲームのキャラが暴走してるって」
「さっきからやってるよお! お父様ぁっ、早く答えてえっ!」
「ゲームって何……」
「まさかウィルス? 感染系? トロイの木馬だったら奴の置き土産か? ったく……前回と良い、その前と良い、なんだってあの人は……!」
「答えて、おじさん」
ぴしり。
その瞬間、その空間を見通せる全ての範囲が凍りついた気がした。
「……NPCのお嬢ちゃん、おじさんはやめてくれないかな? せめてお兄さんって言うべきだと……」
「NPC相手に何ムキになってるの?」
「だって俺、まだ16なんだけど! 高校生なんだけど! もう小父さんっ?」
と言われても、高校生が何なのかフェアリーはわからないし。16歳と言えば結構な年齢だとメルの目から見れば思える。
「おじさん」
「ぐはっ!」
「サンンンンンンンンっ?」
しっかりして! とばかりにちょこまか飛び回っている妖精を見ながら、内心で「男って、脆いわよね……」などと、どっかで聞いたことのある色気たっぷりの酒場の女性風に頭の中で感想を漏らしてみる。
「げ、ゲームに突っ込まれた……!」
「しっかりして、サン!」
一体何がそんなに深々と突き刺さる要因になったのかは判らないが、謀らずとも相手の精神にクリティカルな揺さぶりをかける事が出来たメルは、それでも繰り返される単語に眉根を上げることになる。
「ゲームって何よ、さっきから何を言ってるわけ? 意味わかんない」
「ちょ……父さん! 何を無駄にNPCに容量割り振ってるんだよ!」
虚空に向かって叫ぶ姿は、格好がシンプルながら価値のある物を身にまとっている様に見えるとナヴィが言うのだから、きっと価値あるものを身に着けているのだろう。だと言うのに、良い年齢をした大人がこんな風な姿をするのは酷く滑稽に見える。
「さっきから五月蠅いなあ……もうヤダ」
いいかげんに逃げようと足を踏み出しかけたメルを止めたのは、声だった。
「技術魔法・影踏」
ぞわりと背筋の毛が逆立つかのような感覚を覚えたメルは、一歩を避けた。
足元を何かが走り去るのが見えて、思わず振り返るとメル以上に驚いた顔をしているサンの姿がある。
「そんな……技術を避けられた?」
「……乱暴ですね、おじさん」
今度は、おじさんと言われても反応しなかった。
どうやら、今の行動が余程ショックだったらしい。
「お前、何なんだ。なんだってゲームのキャラが、NPCがそんなプレイヤーみたいに自在に動ける?」
「さっきから何を言ってるか判らないけど……」
子供らしかぬ顔をし続けているメルは、非常に不愉快な気持ちになっている。
少なくとも、このままでは家に帰っても嗤う事は出来ても笑う仮面すらつける事は出来なさそうだ。
「おじさんが人の事を馬鹿にしてるって事だけは判った、何それ。人の事ゲームのキャラとか言うけど、人生遊びとか言いたいわけ?」
表情からと言うのもあるが、サンはたじろいだ。
いかに混乱していたからと言っても、メルの言っている言葉そのものは否定出来ないと判っているからだ。
「あ、いや……そういうつもりじゃ……」
「じゃあ、どういうつもりだってわけ? こんな狭い道のど真ん中で騒ぐは暴れるは、人の事つかんで離してくれなかったし。奴隷市場にでも売るつもりだった?」
「いや、そう言う探索は今うけてないし……」
「そう言う問題じゃないと思うよ、サン?」
「え……そう、なの?」
じっと見つめるメルと、光が一箇所で溜まっていると言う事はフェアリーも空中で立ち止まってサンをジト目で見つめているのだろう。
「ごめんね?」
キラキラとした粉を振りまいている妖精は、メルの方を見た。
乏しいメルの頭ではともかく、ナヴィの教えてくれた情報では妖精と言うのは神聖だったり可愛らしいとか羽が薬の素になっているとか色々と噂が絶えないのだが、目の前にある妖精に限って言えばその限りではない気がする。
「そうだよね、幾ら入れ物がプレイヤーで中身がNPCだからって。あたしだってNPCの一種だもん、そんな驚いたりしたら良くないよね。ごめんね?」
「言ってる意味は判らないけど、別に……」
「改めてよろしくね、あたしは指輪の妖精フェアリー。今の御主人様はそこに居るサン。
サンはこのPDQ世界のプログラマーであるお父様の息子で、管理者権限を一部譲渡されたゲームマスターなの」
メルには言っている言葉がちんぷんかんぷんだが、ナヴィが肯定しているから間違いではないのだろうということくらいは判った。
ふとサンに視線を向けると「あ……」だの「ううぅ……」だの、意味不明な声が口から漏れている。
「ぴぃでぃきゅう?」
「PDQはこの世界の名前よ」
「……ここは街だよ? アレハガルドの」
それから、メルはたっぷり長い時間をかけて待たされたような気もしたが。
もしかしたら、案外それは短い時間だったのかも知れない。
「「はあっ?」」
契約をしていると言う主と妖精は似るのか、まったく同じタイミングで反応した。
もし、これが普段ならば微笑ましくて笑ってしまったかも知れないと言う気はするが……なんだかそんな感じがしない気が、メルにはした。
「アレハガルドって……どこだ、それ? PDQにそんな場所あったか?」
「ししししししししらないよおっ! この間アップデートした時にはそんな場所なかったよお! 大体、母音が最初に来る名前の地域はお父様作らないって言ってたもん!」
「冒険の書!」
「なんで最初に見ないのサンの馬鹿ぁぁぁぁぁぁっ!」
プレイヤーがよくやる様に、サンも虚空から本の様なものを出した……様に普通ならば見えるだろうが、メルにはサンがどこにあるのか判らない空間にしまってあったものをナヴィの様な見えない友達に出してもらったと言う事が判った。だからと言って何か思ったりするわけではないが。
「ない、ない、ない……世界地図……って、運営と接続切れてるんだった……!」
ばばばばばっ! と音を立てて本を読んだらしいサンは、そのままぽいっと本を投げたら仕舞いこまれたのが見えた。
「デスゲーム……?」
「ええっ……またあ……?」
蒼白な顔をしたサンの横で、フェアリーはちょこまか動きながらうんざりしたような顔をしている。
一体何があったのか知らないが、何やら子供の目から見ても同情したくなると言う程度の顔と言えばご理解いただけるだろうか?
が、ここで絆されるとせっかく逃げられた努力が無駄になる事も判っていたので。
「ちょっと、そこのお嬢ちゃん!」
「さよぉぉぉぉぉぉぉならぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
こっそり、メルが「技術・透過」を使って距離を稼いだのを彼らは見えただろうか?
見えていないと言う事を祈るしかないが、判った事は数少ないがゼロじゃない。
一つはサンと呼ばれる人はおかしいと言うこと、もう一つはゲームをする程度の気持ちで生きているらしいと言う事。子供相手に馬鹿にしている様に見えるし、遊ぶなんて余裕は限りなく村に近い町に住んでいる程度のメルに余裕はない。そんな事は大抵の人が知っている筈なのに、それを知らないらしいと言うのが何やら許せない。
確かに、メルには必要だから街の名前とか覚えたし普通のメルくらいの年の子供ならば町や街の名前など自分が住んでいる所以外は知らなくても何とかなるだろう。事実、そう言うものだ。
「でも、あんな人にゲームとか言われるとムカツク……」
メルの周囲には、プレイヤーの様に一攫千金を夢見て旅に出る様な人は滅多に居ない。
ほとんどの人が生まれた場所で生きて、そのまま過ごしていく。毎年何人かの人は大きな都市に出かけたりする人もいるし、近所に王都で騎士をしていたと言う老人なども居る。
だけど、誰もが望むとおりの人生を生きられるわけではないけれど。
「遊んでるほど余裕なんてない……」
子供でも、メルには理解出来る事がある。ナヴィが居てくれるからと言うのもあるけれど、そうでない部分だってある。
「ぶっ放してやれば良かったかな……?」
生活をする上で、メルは自分でもどれくらい使えるのかよく判らない技術を持っている。今は使えないものもあるけれど、いずれは全て使える様になるだろう……生活に密着していたり、意味が判らないものも沢山あるけれど、その中に誰かを攻撃したりするものはない。今のメルは討伐などの仕事を請ける事がないと言うのも理由の一つだし、その為には今の装備では一回で駄目になるだろう。何しろ町の人達はメルが近所で遊びも含めてお手伝いをしていると思っているのだから、そんな激しく色々変わるわけにはいかないのだ。
そんなメルには文字通り「切り札」があるわけで……でも、まだ使ったことはない。
「ですげえむ……か……」
メルは祈る、どうか面倒に巻き込まれません様にと。
あのわけの判らない人に二度と会う事がありませんようにと。
しかし、得てしてこの手の願い事と言うのは裏切られる為に存在するのだ。
何と言っても、これまで二度も起きたと言う世界を揺るがす事件の真っ只中に居た人がかち合った三度目の事件。しかも、それを認識した瞬間に立ち会ってしまったのだから巻き込まれるなと言うのが無理な話。
その後、世界は更に斜め上の複雑な様相をしてゆくのだが……。
また、それは違う話となる。
END
もし、貴方の周りに「ちょっと変わってるな」と言う人がいたら。
その人物は、どんな人だろうか?
とりあえずは、怖がったり避けたりしないで。
まずは、普通に接してあげてください。
特別かも知れない、けれど特別ではない、そんな人なのだから。