表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

五 終戦と序幕


――コノ世界滅亡マデ後、〇日


 白夜は制服を着ていた。

 学校には黒羽の事が合って以来行っていない事を思い出す。彼は襟を緩め、ネクタイを外した。楽な格好がいい、そう思ったからだ。

 今日の昼、戦争がある。

 万全の態勢でなければいけない。

 手に嵌めたグローブを確認しながら彼は思う。ベルトに吊るした短剣。これは、自分が吸血鬼になる前、先代を刺したものだった。

 制服の上着を久しぶりに羽織ってみた。白虎に居た頃の自分を思い出す。つけていたプレートの安全ピンの穴が残っていた。皮肉だな、と彼は思う。何とも皮肉だった。自分が立ちあげたグループと戦うことになるなんて。

 虎菊の名前が一瞬、脳を霞めた。多分、アイツとも戦うことになるだろう、と彼は思う。この世界に来て初めて会ったのが彼だった。

 そんな記憶が何度かフラッシュバックした。

「白夜君」

 隣を見ると、レヴィンがいた。

 彼女はピンク色のパーカー、そしてそのうさぎ耳がついたフードを被り、横から白い髪を三つ編みにしたものが出ていた。先を犬のリボンで結んでいる。長いパーカーから覗く学校のスカート、いつも通りのスタイルだった。少し火照った白い肌が可愛い。大きな目はずっと正面を見つめ、筋が通った鼻、整った顔立ちは可愛いものだった。

 そんな彼女も彼と同様、何かを思い出しているようだった。

 彼女の横顔は、赤い十字架があり鈍い光を放つ。

 ちょうど、左側にいる彼はそれを見た。

「緊張するな」

 桜色の唇が動く。

「ああ、そうだな」

 結局、ピエルはあれからここには戻ってきていない。彼はずっと情報を集め、解析をしているらしかった。

 戦況は五分五分。

 予想していたものよりだいぶ変わった。というのも、白虎の有利が予想されていたのだ。戦闘員の数、武器、魔族の強さ、全ての解析において初めの戦況は彼らに有利に働いているハズだった。しかし、裏切りのせいかこちらにだいぶ情報が漏れていた。寝返る者も何十人、いたと聞いた。

 そっと、温かいものがレヴィンの手に触った。そして覆われる。何かと思ったらそれは手だった。温かい手、それは、白夜の手だった。彼は、彼女の手を握っていた。顔を火照らし、目を背けながら。

「戦いがはじまるまで、ずっとこうしてていいか」

 何気なく、彼は口を尖らせた。そんな彼を見ながらレヴィンは笑う。

「いいだろう、特別だ」

 そして彼らは、『パズルの塔』がある白虎の本部を見た。



『パズルの塔』に白虎の本部はあった。そして、その塔の頂上にある部屋に十字架に吊るされた未沙と黒い巨大な鎌を持つ牙がいた。彼は下の様子を見ながら彼女に囁く。

「ねえ、未沙。もうすぐ始まるよ、戦いが」

 未沙は虚ろな目でただ眺めるさけだった。右目に咲く赤い薔薇、それは儚げに咲いていた。

「ボクは王政を望むよ。そして君を人形のお姫様にしてあげるよ。だからさ、ボクの為に働いて。そして、ボクが王様になったら後継ぎを作ろ、二人で。ボク達の子供を作ろうじゃないか。はい、って言え」

「・・・・・・はい」

「そうだねー、どうだろう。地上の旅でも行こうか。ガスマスクをつけなきゃいけないけど、ボク達の故郷に帰れるよ、ねえ、殺人の王子様」

 牙は階段を睨む。

「分かりましたか、牙君」

「ああ、簡単にね」

「女の子を幻覚にかけるのはどうかと思いますよ、僕は」

「王子様に言われたくないよ。だって、お父さん殺したんでしょ?もう、知ってるよ。知らないと思った?」

 急にカストルの表情が曇る。

「これも知ってるよ、もう、地上は人間が住めないようになっているってことぐらい。だから、ここは失いたくない楽園なんだよね。王子様もそれを考えてここに来たんだよね。目には目を、歯には歯をっていうハンムラビ法典知ってるよね。あれにも書かれていた通り、人殺しは死んで罪を償わなきゃいけないんだ」

「それは・・・・・・僕に死ね、と」

「でも、もったいない。だから、代わりに死んでもらう代行者を用意したよ」

 彼らの前には縛られた大男がいた。彼は、体中血だらけになりながらもがいていた。

「惨めだよね、お兄ちゃん」

 ケケケ、と笑う。いや、嗤う。

「虎菊、さん・・・・・・」

 目の前に転がっている男、それは虎菊だった。この白虎の表リーダー。カストルを拾ったのも彼だった。

「どうして・・・・・・」

 カストルは血だらけになった彼に駆け寄り、縄を解こうとした。

「無駄、だよ」

 その行為に牙が見下ろしながら吐く。

「どちみち、彼は助からないよ。体中に毒がまわっているからね」

「君の兄さんだろ・・・・・・」

「君と同じさ、肉親殺し。でも、ボクは彼を肉親だとはこれっぽっちも思っていないんだよ。ボクにとっての肉親は勉兄さんだけさ」

 彼はピースの隙間から外を眺めた。

「兄さんもまた、何かをやらかしそうだよ。まったくさ。でも、楽しいよ。ボクはちゃんとこの日のために鎌を鍛えた。さあ、どっちだろうね王様になるのは」

 そう言いながら彼は、再び未沙の体を愛でた。

 その横でカストルは茫然とこの部屋の様子を見ていた。何もする気が起こらず、ただただ彼はこの光景を見下ろしていた。

「さあ、戦いを楽しんでこればいい。きっと楽しいよ」

「牙君、君は行かないのか?」

「行かないさ。詰まらない戦いは嫌いなんだよ、ボクは。ボクはここで勉兄さんを待つさ」

「そうか」

 カストルは、このパズルのピースで作られた部屋を見回す。そして、この部屋から出て行った。


 階段の途中で彼は足を止めた。そして、壁に凭れかかる。そのまましゃがみ込んだ。

「馬鹿だ、僕は。自分の命の恩人すら助けられないんなんて・・・・・・虎菊さん、ごめんなさい。僕は、なんて愚かな人間なんだ・・・・・・本当に馬鹿げてるよ」

 彼は制服の襟を緩めた。彼らしくない姿。しかし、彼はピースでできた壁を見ながら呟く。

「ここには、この地下世界の住人の数の分ピースがある。今は輝きを失っているけれど、また、元通りになれば輝くのか・・・・・・僕のピースもここのどこかにあるんだろうな・・・・・・お父様がこの建物を作った意味が僕には分からない。なんで、この世界にこんな代物があるんだ、よ」

 独り言のつもりだった。しかし、その問いに答えが返ってくる。

「この世界の住民の命はこのピースだよ」

 彼の目の前にはピエルがいた。彼は背にある大剣を引き抜こうとした。

「暴力行為はよくないよ、王子様。君は、この塔ができた意味を知りたい、そうだろ」

「知っているのか」

 と、彼は吠える。

「知っているよ―、オレはこの地下世界のホームズなんだから」

「教えろ」

 緑色の目が彼を睨む。

「教えれないね。だって、貴方様は自分の妹の死すらオレのせいにしました、よね」

「それは・・・・・・だな」

「オレは睨まれるのは慣れてますけどね、暴力は慣れてないんですよー。道化だから」

「何が言いたい」

 だから、とピエルはカストルに迫る。

「実を言うと、オレも知らないんですよーそんなこと。だって、分かんないじゃないですか。一個人の思考なんて。さすがの天才のオレでも見抜けませんよー。この、無駄に技術が凝られた塔。それだけじゃない。なんで、最下級の身分の人間でもない虐げられる存在のオレ達にこんな楽園を王は準備したんだ。ここまでする必要ないだろ、ふつーう。どうでもいいカスな存在のオレ達にこんな経費を使うかなー。貴方様なら知っているんじゃないんですかー?」

 ピエルは尊敬を現すかのように礼をした。そして、跪く。

「な、何を」

「教えて下さいな、どうしてか。貴方様はそのことを知った、そしてお父上である王を殺した、そうじゃないですか?」

 そっとピエルはカストルの手を包んだ。

「この道化に教えてくださいな」

 彼の中には、ピエルに対する敵対心はなかった。というより、疑心がふつふつと湧きあがっていた。

 目の前にいる男、ピエルという名の男は人間の体を持った悪魔なのかもしれない、と。たしかに彼は人間ではなかったが、悪魔でもない。ただの道化。この世のモノガタリを書き記す道化だった。

「悪魔・・・・・・」

「悪魔、それがどうか?」

「悪魔なんだとよ、この世界の住民は。だから、地下の世界に閉じ込めた。でも、悪魔は人間より強い。だから、密閉された空間を作った。すべて、呪いだと言っていた。これでいいだろ」

「なるほど、悪魔。それは人聞きの悪い。王は自分勝手だった、と。では、貴方様はどうなんですかね。知っているでしょ、地上はもう、ないということぐらい」

 カストルの顔に影が差した。

「どうしてどれを」

「行って来たからですよ。不審に思っていたんですよ。だって、今まで人っ子一人出入りが行われなかったこの場所に外部の人間が入ってきた。もう、この時点で怪しんでいましたよ。黒い騎士團の方に言ったら、ガスマスクを渡されて通してくれました。あの鎧の向こうは笑っていた、と思いますが」

 無駄に丁寧な口調が、その顔が、彼は怖かった。何かを企んでいる、そう思えてしまう。彼は階段をゆっくりと上がった。

「どうして、こうなったんですか。唯一、その時点で地上にいた貴方様にお聞きしたい」

 ピエルの頭が下がる。

 彼はその茶色い頭を見ながら、口を開けた。

「新兵器ですよ・・・・・・実験失敗で、ウイルス兵器と言った方がいいのかな。僕は詳しくない。とにかく、それが広まってしまった。毒に似たウイルスらしい・・・・・・ガスマスクがあればなんとか生活はできる。今、地上に生きている生物はいないだろうね。出来事は、丁度一ヶ月前さ。僕はたまたま、この地下世界の入り口付近にいた。そして、倒れている僕を助けてくれただけ」

「嘘、だろそれは」

 灰色の目がカストルを射た。

「嘘って、無礼な」

「オレは、この地下世界のホームズ。嘘を見破れないでどうする。たしかに、地上はガスマスクをつけないと危ない。そして、地上でもまだ生物は生きているよ。細々と生活していた。オレはこの目で見た。そして、君は興味本位でここに近づいた。そうだろ。オレは、何でも知っている。君は弐種の吸血鬼。自ら望んで吸血鬼になった。そして、王を殺しこの世界に通じるパスを手に入れた。この世界にはさ、時々王が来ていた。君の妹に会いにだ。この世界は黒羽のために作られたと言っても過言じゃない」

「そんな、馬鹿なことがあるのか」

「馬鹿、じゃないよ。真実だ。そして、君もまた黒羽を愛していた。そして、君は彼女に愛ために父を殺しここに移住した。そうだよ、移住がいけなかったんだ君の場合。だから、王は君に隠した。だから、オレはあの時言ったんだ。そして、君は言った。『黒羽は僕がこの世界に来たから死んだ』とね」

「そうか」

 いつの間にか、カストルの手には剣が握られていた。

「もっと、頭で考える人だと期待したんだけどね」

「期待はずれで悪かったな、道化」

 剣先がピエルの鼻先まで来る。

「期待、していたのになー。分かりました、お相手します」

 彼の手にもまた、拳銃が握られていた。そして、銃口をカストルに向ける。

「なるほど・・・・・・面白い」

 銃口から玉が放たれる。

「軽い」

 カストルの持つ剣はそれを跳ね返す。そして、ピエルの腹部を切る。しかし、避けたのか血痕はない。

「どこだ、道化」

「ここですよ」

 ククク、と笑い声が漏れる。そして、上から発砲音がする。

「ま・・・・・・さか」

 カストルは打たれた腕を抱えながら倒れる。

「まさかですよ、でも殺しません。ただの麻酔銃です。貴方様には人質になってもらいますよ」

 ピエルは彼を担ぐ。そして、階段の上を睨んだ。

「牙、狂いすぎだ」

 ピエルとカストルは闇に溶け込んでいった。



――マモナク、コノ世界ハ滅ビビビビ・・・・・・

 アナウンスが壊れた。

 というのも、ピースが元の場所に戻っただけだった。どうして、今頃ピースが戻ったのかは分からない。ただ、崩壊によって死ぬのはなくなったらしい。しかし、それで喜んでいる暇などない。というのも、後数分でここで戦闘が行われる。この世界の住人たちも見物しに来たのか集まっていた。

 もう、住人達はこの世界が常識となっている。だから、この世界が滅びる訳ない、そう信じている。

 そして、住民達は第五ブロックで行われる戦闘に興味を引かれた。中には、剣など武器を持っている人もいた。

 その中に、白夜とレヴィンは息を潜めていた。玩具達はもうすでに、『パズルの塔』の前で準備運動などをしていた。

「思ったより命がけの戦闘って感じがしないな。ボクはもっと、敵と味方がはっきりしていると思ったんだが」

 白夜の隣でレヴィンが唸る。彼女は鎌を持ってそれを肩に担いでいた。その鎌の柄から手錠によって繋がれている彼女の右手はしっかりと鎌を握りしめていた。手汗が若干滲む。


 ざわめきが起こった。


 観衆達は塔の上を指さして口ぐちに何か言っていた。彼らの指さした方向を見ると、そこには十字架があった。『パズルの塔』の時計がある位置に十字架がぶら下がっていた。血で染まった十字架。そして、そこにぶら下がっているのは、

「未沙っ」

 レヴィンが叫んでいた。そして、伸ばしても届かないはずなのに彼女は左手をめいいっぱい伸ばして背伸びをしていた。彼女の大きな目から涙が零れ落ち、滴となって光る。

 たしかに、その十字架には少女がぶら下がっていた。たとえ上の方とは言え、日光が存在しないこの世界のせいなのか、見えた。茶色い髪を二つに三つ編みにしており、少し浅黒肌。しかし、彼女は裸同然の姿をしており、体中を薔薇の刺が巻いていた。そして、右目には血のような真っ赤な薔薇が咲いていた。

 誰か、気分を害したのか吐いている者や泣いている者もいる。

「ひどいな」

「残虐だよ、これは」

「グロい」

「あの子、『リーフ』の未沙ちゃんじゃないっ」

 などど、観衆は口ぐちに言葉を交わす。

「お集まりの皆さん」

 ざわついていた空気を一瞬にして黙らせた声があった。そして、その声を発した彼はその十字架の上にいた。

 彼、というには幼すぎる。一〇歳ぐらいの少年だった。黒いマントを羽織り、巨大な黒い鎌、顔の右側には青い十字架があった。

「牙・・・・・・」

 白夜の隣にいたレヴィンが十字架を睨みながら吐く。そして、跳躍しようと鎌を振りかざした。しかし、その行為を白夜が止める。

「駄目だ、今は」

「でも」

「いいから」

 彼女は悪態をつきながら鎌を下に下ろす。そして、牙を睨んだ。

「今日から、この世界はボクのものです。そして、皆さんはボクの物です」

 空気が変わった。今までと空気が違う。観衆だった彼らは、憎しみを込めて十字架の上にいる牙を見ていた。中には悪態をつく者もいたが、ほとんどは押し黙り上を見ていた。

「この戦いは、そのために行う。ボクは、反逆者のためにこの世界、地下世界を守る、それだけだ。だってさ、もう、地上はないからね。この地下世界が新たな国なんだよ。だから、ボクがこの国の王になるんだよ。そして、この十字架に吊るされている彼女はボクの女さ。彼女はね、今日からこの国のシンボルだよ」

 ケケケ、と下品な笑い声が響く。そして、牙は鎌を振った。そこに風ができる。

「もう、この国は滅亡することはない。反逆者によって『パズルの塔』のピースが取られる事もない。今日から、この塔はボクの家だ。安心しろ。そして、ボクはピースを取った反逆者を今から殲滅する。皆さんは、その様子を見ていただきたい。そして、分かっていただきたい」


――コノ世界滅亡マデ後、一〇日


 電子音のアナウンスが入る。

 静かだった、この場所はすでに異常というほど騒がしかった。

 観衆だった彼らは、手に武器をとり、盛り上がっていた。そして、牙に向かって叫ぶ。纏まりがないとはいえ、彼らの目的は同じだった。

 というのも、『パズルの塔』のピースが欠けたから。

 この塔には白虎しかいない。

 彼らは、この世界を守るとついさっき宣言したというのに世界滅亡のアナウンスが入った。ピースを取ったのは、白虎の誰か。それは、誰でも分かる。

 そして、彼らは武器を取った。



「・・・・・・これでいい」

 血を吐きながら、虎菊は吐く。何度かもがいたせいか彼を縛る縄は解けていた。いつの間にか、彼の手にはピースが握られていた。そして、彼は震える手でそれを口元に持って行く。

「これを飲み込めば・・・・・・」

 ピースの大きさはペットボトルのキャップほどだ。それを、飲み込む。確実に、喉を詰まらせる事は誰にでも分かる。しかし、彼は飲む込むことを決めていた。

 視界が揺らぐ。

「牙は行き過ぎだ・・・・・・止めるのも兄の務めだ」

 そう言って彼はピースを頬張る。そして、太い喉仏を上下させて飲み込んだ。

 案の定、彼は苦しそうに喉を持つ。赤くなった喉。そして、彼は口から涎を垂らしもがいた。もがき苦しんだ。

「虎菊・・・・・・」

 彼の目の前には牙が立って見下ろしていた。

 いつの間にか、騒然となった場所から一端、引きさがったらしい。片手に黒い鎌を持ち顔を青ざめている。

「どうして・・・・・・ボクを裏切る」

 彼の足が虎菊の顔を踏んだ。

「出せ・・・・・・今すぐ、出すんだ。そうしたら、解毒剤をやる。どうだ・・・・・・」

 虎菊は、血走った目で彼を見上げた。そして、目を閉じた。

「おい、死ぬなよ。おい」

 絶命した。

 虎菊は死んだ。喉に詰まらせて死んだ。いや、毒がまわって死んだのかもしれない。

 そんな彼を牙はただ、見下げる事しかできなかった。

「兄さんは馬鹿だ」

 牙の両目から大粒の涙が零れ落ちた。初めて流した涙。彼は拭いもせず、ただ流していた。後ろでは観衆が騒いでいる。しかし、彼にはただの音でしかない。

 そして、

 そして、彼は狂った。発狂した、という表現が正しいかもしれない。

ウヲォォォ・・・・・・

 まるで、狼のようだ。

 それもそうだ。彼は《蒼狼の死神》。レヴィンが《死神うさぎ》という通り名があるように、彼は《蒼狼の死神》だった。そして、彼の小さな容姿は変貌する。

 黒いマントを破り、牙の顔はまるで狼のようになった。蒼い毛並みの狼。それはまるで、ただの狼だった。四本足で立ち、牙をむき出し唸る。尻尾が生え、爪も生えた。

 もう、彼は死神ではない。弐種の死神、それは人間と他の動物を組み合わせ心臓を鎌にしただけの化物だ。ただ、鎌を操るから死神、と呼ばれただけ。彼は、ただの狼だった。

 弐種は、オリジナルである壱種と参種より弱い。そして、力も半分だけ。弐種が少ないのは、失敗作が多いから。晴れて魔族になったとしても、途中で死んでしまう。元の姿に戻ってしまうことはこの地下世界でも多々あった。


 そして、それはレヴィンにも起こっていた。


 レヴィンもまた、うさぎになっていた。白い毛並みをもつうさぎ。そして、彼女は小さな白い手を白夜にのせる。

「白夜君、行こう」

 赤い十字架が白い毛並みに浮かび上がる。そして、うさぎは鎌を持った。

「それは・・・・・・」

「本来の姿と言えばいい。これが、ボクの姿さ」

「死神じゃ・・・・・・」

「それは後付けと思ってくれればいい。そうせ、ボク達は人の手によって魔族になった者。ただ、心臓が鎌なだけで要はただのうさぎ。いや、違うな。うさぎと人間を合わせてるのか。とにかく、行く」

 跳躍。

 レヴィンの白い手を白夜の手が力強く握っていた。彼女は小さい手に鎌を持ち、空を切る。そして、『パズルの塔』の十字架がある所に降り立った。

 

 そこには、狼がいた。蒼い狼。青い十字架が覗いているのを見ると多分、牙なのだろう。彼は、四本足で地面に立ち、牙をむき出して低く唸った。

「牙、なのか」

「《蒼狼の死神》、それが彼の名前。だから、狼。人間の姿の時と化は頭がいいけど、この姿になると彼は人間性を失くす」

 いつのまにか、白いうさぎのレヴィンはうさぎ耳が生え人間の体に白い毛が所々に生えていた。彼女の白い髪がふわりとなる。

「それは・・・・・・」

「戦う、それが今のボク達の目標。どうも、ピエルのいや、兄ちゃんのおかげで王子様と戦うことはなくなったみたいだけれど」

 レヴィンが持つ鎌が空を切り、狼に突進していった。白夜も援護しようとグローブを外し狼に攻撃する。

 ウヲォォォ・・・・・・

 狼は吠え、彼らを吹き飛ばした。そして、前足を踏ん張る姿勢を取る。

「痛い・・・・・・」

 白夜は呻きながら、目を赤色に輝かせた。そして、犬歯を剥く。

「強いな、さすが狼と言うべきか」

 レヴィンが鎌を構え、攻撃態勢を取る。

「いやあ、関心ならないね。僕とも戦ってくれるかい?」

 白夜の首筋に剣が当たる。上を見上げると、カストルが立っていた。彼もまた犬歯を無視kだし、緑色の目を輝かせていた。

「どうして、今頃・・・・・・」

「ピエルに勝って来たんだよ。仲間外れは困るな」

 カストルは笑いながら、金髪を揺らした。そして、狼の毛を撫でる。狼は低い唸り声をあげて目を細めた。

「役立たず」

 レヴィンは頬を膨らませながら、狼に攻撃をしかけた。鎌を振るい、切る。狼の首筋に血が流れ狼は再び唸る。

 しかし、次の瞬間カストルは狼の首に剣を刺した。血が噴き出し、辺りを真っ赤に染めあげる。彼もまた血を浴び、自慢の金髪には血がついていた。そんな彼は髪を摘まみながら溜息を吐く。

「あー僕の大事な金髪が、こんな狼の血なんかに染まるとはね。汚らわしい」

 カストルは今までには見せた事のない表情、緑色の目を見開き犬歯を見せながら笑っていた。そして、倒れた狼を足でボールのように転がす。

「この毛、売ったら高くつくだろうねー。あ、僕が即位した時の服にでも使ってあげようかなぁ。それか、君のうさぎの皮を剥ぐのもいいかもねぇ」

 狂っていた。

 彼は、誰の目から見ても確実に狂っていた。表情がまるで、悪魔、そのものだった。

「さて、次は誰と戦おうか」

 彼はそう言いながら、剣を舌で舐める。そして、白夜に剣先を向けた。

「吸血鬼君だね」

 気味が悪いぐらいの笑み。彼は、まるで髑髏のように嗤っていた。嗤いながら彼は剣を突き出す。

 そんな彼に対し、白夜は犬歯を覗かせて吐く。

「弐種の吸血鬼になんかに負けてたまるかよ」

「さてね、それじゃあ、修行とやらの成果を見せていただこうか」

 剣と短剣が交わる。

 赤と緑が交わり、離れる。

 カストルの強さは圧倒的とは言わないまでも、強かった。完全に白夜は押されていた。

 彼は、剣を部屋中に突き刺した。その衝撃で光を失ったピースが弾け飛ぶ。金属でできたピースは曲がり、刻まれ、鈍い光を放ちながらこの戦いの犠牲になっていった。

 この部屋はピースで作られた唯一の部屋だった。

 そして、そのピースをわざと彼は壊しているようだった。憎しみを持って彼は壊した。

「避けてんじゃねーよ、攻撃しろ。僕に、僕に、この僕に一撃でも与えろ」

 服が切れる。一瞬の鈍痛。白夜は切られた腕を庇いながら、攻撃を避ける。瞬間的に傷は治癒するといっても痛いものは痛い。

「治癒力、すごいねー。僕の治癒とは比べ物にならないや」

 本当に思っているのいか、彼は笑いながら剣を振り回した。

 もう、この部屋のピースは全て破壊されたのだろう。ピースの奥にある壁が覗いている。どうも、ここはコンクリートで作られたただの建物にピースを貼っただけの建物らしい。そこで、白夜は気づいた。

 ――この世界は滅亡しない

「なんだよ、それ」

 白夜の目には、あるモノが映り込んでいた。

「コノ世界、万年保持スルナリ」

 ピースが剥がれたところから、その文字は覗いていた。金のプレートにその文字は彫られていた。そして、そのプレートには続きがあった。

「『パズルの塔』ハ、タダノ偽物。コノ世界ノ住民ガ、団結デキルヨウ造ッタ」

 レヴィンがそれを見つめ、歌うように紡ぐ。

「コノ世界、栄光アレ」

 この世界の全てがこのプレートによって証明できる。そう、確信した瞬間だった。」

 つっ、と一筋の血が流れた。頭に激痛が走り、白夜はその垂れてきた血を舌で舐めりとる。そして、カストルを睨んだ。

「強くなったね、褒めてあげるよ。でもさ、それじゃ到底僕には及ばない。それにさ、無視するなよ。戦いに集中していないじゃないか。だから、君はもう傷だらけなんだよ。世界がどうとか僕にとってはどうでもいい。どちみち、僕がこの世界の王になればそんなことひっくり返せばいいのさ」

「・・・・・・そうか」

 白夜は憐れむような目で、カストルを見た。

 チラリ、とレヴィンが白夜を見て合図した。そして、桜色の唇だけ動かす。

「そうか」

 もう一度、白夜は同じ事を呟いた。そして、近くに来たレヴィンと手を繋ぐ。

「何やってるんだよ、デレデレ見せつけないでくれるかな。不愉快だよ、僕は」

 カストルの剣が二人に切りかかる。

 と、同時に二人は鎌と短剣を交合わせた。そして、切る。


 血が、噴き出した。


 まるで、噴水のよう。それを喉が掻き切られた狼が見ていた。

「馬鹿な」

 切られた腹から血を流し、カストルはよろよろと後ろに数歩下がった。そして、狼の腹部に座りこむ。そして、白夜とレヴィンを見た。

「王子様、オレは君が父を殺したように殺してあげるよ。君は、死んで償うべきだよ。だって、君はこの世界を乗っ取ろうとした。地上を壊してしまったせいで、この世界を、と考えた。そうだろ。そして、吸血鬼になるべく自分を改造し魔族となった。そして、この世界に入り込み白虎に取り入った。本来さ、黒い騎士團が君の世話をするはずだ。なのに、君は白虎に入った。牙を動かし、この世界を我がものにしようとした。地上で失敗したから、この地下を支配してしまおうと、そうだろカストル」


 ピエルが立っていた。

 体中血を流し、まるでゾンビのような格好をして彼は立っていた。

 白夜達の後ろに、彼は立っていた。

 灰色の目を細め、彼は笑いながら立っていた。


「貴様、倒れたふりをしただけか・・・・・・」

「いや、本当に倒れてしまったよ。睡眠弾を打ったのに凄かったね。それと、殺してもらった方が好都合だった。オレの手は汚したくなかったんでね。後々のためにね。まあ、こうして、道化のモノガタリは終わったよ。良いモノガタリだったね。本当」

 拍手――

 ピエルは手を叩きながら、倒れているカストルと狼の姿をした牙に近づき耳元で囁いた。

「終わったんだよ、これで」

 狼は唸るように、姿をゆっくりと人間に変えて行った。そして、人間の姿になった途端、絶命した。カストルは、ただ、遠くを見つめ、ゆっくりと息を引き取った。

「当然の最後か・・・・・・いや、予想通り。にしても、驚きだね。この『パズルの塔』が偽物とは」

 ふら、としたかと思うとピエルは倒れた。彼は重症の状態を負ってもまだ立って役目を果たしたのだ。死んではいないものの倒れてしまうのは当然といえば当然だった。

 そんな彼を、白夜とレヴィンは笑いながら見ていた。

「終わったんだ」

「終わった」

 落着いた、と思った時だった。鈍い音とともに、彼らの視界に何かが映り込んだ。

「未沙」

 レヴィンは叫びながら十字架に駆け寄る。そして、この部屋に十字架を引きよせた。少女、未沙。彼女は花の妖。自らの血で染まり、息も絶え絶えだった。

 その時、下から大勢の声が聞こえてきた。よく見ると、階段から何人かの人々が昇ってくる気配があった。武器を片手に彼らは口ぐちにいろんなことを叫び、上ってくる。


「君達は・・・・・・?」

 彼ら、は様々な容姿をした者達だった。見た事のある顔もいくつかある。彼らは、この部屋を見回し、ずかずかと入って来た。医者らしき格好をした男が、十字架に巻きついている未沙に駆け寄る。レヴィンは、その医者に付き添った。

「これは・・・・・・」

 彼らは、絶句しながら金色のプレートを見ていた。そして、口ぐちにいろんなことを叫ぶ。

「俺たちゃ、何をすればいい?」

 彼らの一人が、尋ねる。

「まず、そこに転がっているピエルを運んでくれ。名誉の負傷だ。牙を倒したのも彼だよ」

「牙は・・・・・・」 

 白夜は、そっと死んでいる少年を指さす。今にも、駆け寄り何かをしようとする彼らを白夜は止めた。

「止めてください。もう、死んでいる。だから、ただ葬ってくれればいい。晒し物にはする必要なんてない」

「だが、俺達は・・・・・・」

 白夜は、彼の言葉を遮り、言う。

「もう、死んでいる」




 ・・・・・・。




「行くのかよ、本当に」

「だって、地上に行く用意したし。ボクは絶対行くからな」

 レヴィンは頬を膨らませながらスーツケースを持った。

「さあ、行く」

 ここは心西探偵事務所。

 あれから、一年。牙とカストルは死に、この世界の住民は事実を知った。

 瀕死の重傷を負った未沙も、病院にお見舞いに行った時は元気そうにしていた。

 根子と天弧は、再び事務所を経営している。

 しかし、残念ながら虎菊は死んでしまった。

 あの戦いは本当に意味があったのか、分からない。

 ただ、今が平和だからそれでいい。

 そして、ここから見えたはずの『パズルの塔』の解体作業は進んでいた。というのも、もうこれは必要ないから。


 今、この世界は一つの国家になりつつある。

 近々、大統領選挙も行われるようだ。ピエルも、この選挙に立候補すべく今日も演説をしている。多分、彼が第一代地下世界大統領だろう。彼は、皮肉にもこの世界のヒーローだ。

 白夜とレヴィンはというものの、彼らは地上を旅する事にした。

 ガスマスクをつければ、地上にいてもさほど問題はないらしい。

 それに、

 それに、見ておきたいものがある、それが理由だ。

 そして今日、彼らはここを旅立つ。そして、地上に行く。

 二人は手を繋いでこの事務所から出て行った。

 もう、あの時のことは思い出したくもない。

 この世界は新しく生まれ変わる。

 過去は、消えた。



数多の子うさぎ眠り目覚めん

道化たるもの、子うさぎを惑わしてはいけない

蝙蝠と子うさぎ、道化を虐げる

蝙蝠落ちて子うさぎ食らふ、蝙蝠その生き血を求めん



王子は王を殺し国賊となる

そして、王子国滅ぼす

新たな国欲し、王子、地下行く


狼、牙を研ぐ

虎は狼によりそい、守る


狼花を愛す

花、狼愛せず

狼、求婚す

十字架にかけそれ妻なり


王子、狼に取り入る

道化、王子に取り入る


そして


彼らは真実を知る


裏切り

そして、絆


この物語それが全て


道化

物語の語り部となり国治める

いつか平和は訪れる

ピース、それは平和


―――平和よ、栄光あれ






 さて、これでこの話は終了です。

 そして、わたしは約一年半の執筆活動停止を行います。

 大学生になったらまた、書きに来ると思うので、よろしくお願いします。


 以上(@^^)/~~~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ